協働教育センターを中心に学生の自主・自律を育成/和歌山大学

 2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は、「生涯あなたの人生を応援します」をスローガンとして掲げる、和歌山大学の山本健慈学長と鰺坂恒夫教授(学長補佐キャリア支援・男女共同参画担当/システム工学部教授)に、学生の人生の支援という観点での取り組みについてお話をうかがった。

学生が自らの幸福を実現する実体に

 「教育というのは、ヒトを人間として育てること」――山本健慈学長は、教育学という自らのバックグラウンドから、そんな問題意識を持っているという。「人間としての基本的な形成がなされないまま専門教育が行われ、人間としての判断力を持たないまま専門家になるというのは、ある意味で危険なことであるし、学生本人の本当の意味での将来の幸せに通じないと思っているんです。」山本学長がこう言いながら想起するのは、およそ20年前のオウムの事件。エリート大学生がカルトにはまったことで多くの大学人が衝撃を受け、大学のあり方を自問した事件だった。

 これは「就業力以前の基本的な問題意識」だが、その上での和歌山大学の就業力への認識は、大学のためでも企業のためでもなく、学生のための就業力であり、「学生が自らの幸福を実現する主体になる」ことが基本、というものだ。

 「自分の幸せを実現する主体になるということは、自己認識をしっかりするということ。自分の個性を自覚して、自分の個性をどう生かすことが幸せなのか、その方法を自ら獲得できるということが一番重要です」(山本学長)

 人に個性がある以上、就業力も人それぞれのものとなる。また、産業界のほうも単純ではなくいわば「個性」があると山本学長は指摘する。「産業界」を一つの実在のように仮想して、そのニーズに全て応えると学生はみんな幸せになる、というのは「虚構のストーリーなのであって、そういうのは作りたくないというところがあります」(山本学長)。

教養教育・専門教育+協働教育

 和歌山大学の教育改革の具体的な取り組みの一つは、基本的な人間としての形成を支援する教養教育の重視だ。それを一元的に担う「教養の森」センターが、2012年度に設立された。「人間となるための教養教育と、専門家になるための専門教育、その2つがセットになると思っています」(山本学長)。

 キャリア支援を担当する鯵坂恒夫学長補佐(システム工学部教授)は「教養の森」センターについてこう語る。「大学は『象牙の塔』と批判されることがありますが、社会の中で象牙の塔のようなことができるのは大学しかない。だからそれを捨てちゃいかんと思うんです。大学には、『教養の森』のようなちょっと象牙の塔っぽいところがあってしかるべきです。一方で、産業界ニーズに対応した教育が必要なのもわかります。どっちも捨てたらあかんと思っています」

 そこで和歌山大学は、専門教育、教養教育に加えて社会性を意識した「協働教育」を第3極と位置づけた。

 「産業界が学生に期待する力のひとつに、協力する力・チームでの力があります。コミュニケーション力が弱いと言われることとも関連しますが、今の学生はチームの経験が少なく、協働作業が苦手とか拒否するとかの傾向があります。中には、中高の段階でのいじめなどで苦い、痛い経験を持っている学生もいます。そのあたりも踏まえて、自発的でかつ協働的な経験を積み上げさせようということです」(山本学長)

 「社会を毎日動かしているアクティビティというのは、営業チームにせよ設計チームにせよ、基本的にチームでやっている。チームワーク、まさに、チームのワークがどうすればうまくいくのかを考えるとき、リーダーシップということがよく言われますが、リーダーばっかりおったのではうまくいかないので、フォロワーシップということも体験していかないといけない。それが協働教育であろうと」(鯵坂教授)

 協働教育は、インターンシップ、PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニングおよびプロブレム・ベースド・ラーニング)、就業力、キャリアデザインなどを含んでいる。2001年度に始まった通称「クリエ」こと学生自主創造科学センターを、本年度から協働センターとして改組した。

 「原型は95年に設置されたシステム工学部で始まった『自主演習』です。レクチャーによる学習ではなく、自分たちの興味関心に基づいてテーマを設定し、フォローしてくれる先生も自分で見つけ出して、それを大学で支援するという仕組みで、結構面白い学生が育ってきている実績があるんです。高校まで受動的な教育で育ってきた学生を、大学でどう主体的・能動的に変えていくかで苦労なさっている大学さんが多い中で、非常にいきいきと学んでいる学生の一群があるということは、和歌山大学の一番いいところだと外部評価からは常に言われてきて、見学者も絶えません。いくつかの国立・私立大学がうちを参考に自主学習を支援する仕組みを作っていると聞いています。そういう伝統にチームの教育というものをさらにプラスしたのが、協働教育センターへの改組です」(山本学長)

専門職員という第3極

 教職協働について鯵坂教授は、「専門教育と教養教育の第3極として協働教育という話をしましたけれど、人材面でも、教員と事務職員からなっている大学という組織に、専門職員という第3極が欲しい」と言う。

 例えば現在、学部ごとのキャリアセンターに加えてキャリアセンター本部を置いて全学的なキャリア支援にあたっているが、いずれの組織もなかなか正職員をおける状況ではないという。

 「就職の事務的なサポートは事務職員がしますけれど、キャリアカウンセリングからエントリーシートの書き方指導までを行う、いわゆるキャリアカウンセラーとしては、やはり専門職員が欲しい。実際にはGPの予算を活用して外部の人材に頼っているわけです」(鯵坂教授)

 「大学を将来どういう人的構成にしていくかというときに、事務系の職員も専門性の持てるキャリアパスを作ろうという話もあるし、第3の領域の、新しい専門職のカテゴリーを自立させていくみたいな方向になっていくのではとも思います」(山本学長)

 一方で山本学長は「うちの職員は非常に水準が高い」と言う。学生に向かう姿勢、「生涯あなたの人生を応援する」というスローガンを現場で体現している度合いにおいては、教員よりもむしろ職員が一歩先んじているというのだ。

 「就職の問題で、学生はかなり自立的なのに親が妨害するケースがあるとします。そのときに今の学生は親となかなか戦えない、だから親も含めて就職支援しなくちゃいけないケースもかなりある。それはそれで時代の反映なのでね。そのときに職員たちは、たんに厄介な親というのではなく、親のそれまでの人生、ライフヒストリーにも思いを馳せながら、『親も含めて対応しないと、学生の面倒が見られないね』というような議論をごく自然にしている。一人ひとりの学生を、親も含めてどういうふうに受け止めて、具体的に支援したらいいのか、最前線で非常によく考えていると思います」(山本学長)

図表1 意思決定フローの起点としてのIR機能

『教育活動宣言』の公表

 今後の課題は、2つの意味での教員の人材開発であるという。1つは教育技術という意味、もう1つは意識改革という意味だ。

 教育技術の面では、アクティブラーニングの指導力を高めることが、重要かつ難しい問題だと鯵坂教授は言う。

 「何か養成課程でもあってそこを出ればいい指導者ができ上がりますというのは考えにくい。すごく属人性のある問題なので、グループワークの指導や学生に対するファシリテーションのうまい人と組む、いわば教員のOJTをするのが効果的でしょう」

 ところが、一大学ではそういう「うまい人」の数が非常に少ないという問題がある。「でも、たくさんの大学が寄ればちょっと数が増えるでしょう。ですから『産業界ニーズ』事業のように複数の大学が寄る機会を利用して、アクティブラーニングの指導力を高めることをやりたいと考えています」(鯵坂教授)

 意識改革のレベルでは、教員が「一人の大学人として、一人ひとりの学生に伴走していく意識を持てるか」を、山本学長は問う。「和歌山大学には今正規の教員がおよそ280人いますが、280人が280人教育的に機能すれば、非常に高いレベルの教育機関になると思うのです。こういうプログラムを作るとこういう就業力のついた学生が作れますよみたいなのは、世間にはわかりやすい話ですけれど、嘘っぽい、ですよね。あんまり嘘の絵は描きたくない。

 それよりも、和歌山大学の教職員はこういう姿勢で学生たちと付き合いますという、学生に対する教育活動に関する誓いの文章を『教育活動宣言』として公表しようと思っているんです」(図2 : 4月5日入学式で公表)「教育活動宣言」は入学式で学生に対して誓い、全教職員がクレド(信条)として名刺大のカードにして持ち歩く構想という。

 「学生一人ひとりにはそれなりに人生にストーリーがあるわけで、そのストーリーを理解してやって受け止めてやって、彼らが自分で幸福を追求する主体になるために何が一番いい応援になるかということを考えれば、それだけでもずいぶん若者はエンパワメントされると思うんですよ。極論すればそれだけでもいい。細かいカリキュラムなんか要らないんじゃないかと。私が学長として和歌山大学に残したいのは、そういうマインドを持つ、教職員のかたまり。それを経営の理念として貫いていけば、役に立つ大学として評価されていくのではないかとも思っています」(山本学長)

図2 教育活動宣言


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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