EマップとEプロジェクトの両輪で就業力を育成/岩手県立大学
2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。
この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。
今回は、県立大学として地域活動の体系化に留意しながら「IPU-E(岩手県立大学-Employability)」という就業力育成を進める岩手県立大学の取り組みについて、中村慶久学長と高瀬和実特任准教授(学生支援本部)、高橋一教学生支援室長に、お話をうかがった。
就職先企業アンケートから見えた課題
中村慶久学長は、2009年に就任したときの岩手県立大学の第一印象を「非常に静かな大学」と振り返る。「こんな素晴らしいキャンパスを持っていながら、誰も外で暴れていない」。中村学長は続けて、私も岩手県人ですが、と前置きして「わりと引っ込み思案」な県民性を指摘する。「ここの学生も、真面目で伸びしろも非常にあるけれども、とにかくおとなしい。企業に入っても、積極的に前に出られないのではないか、就業力という点では弱い部分があるのではないかと感じました。そんなこともあって活性化したいという思いが一つはあったのです」。
そんな頃、就職先企業に定期的に実施していたアンケートの結果から、岩手県大生の「弱点」が明らかになった。「企業が求める能力・資質と、本学の学生の印象を聞いたところ、就業力にかかわる部分で非常に開きがあり、これはなんとか埋めていかないといけないという認識になりました」。
ちょうどそこに公募があった2010年度の「大学生の就業力育成支援事業」に申請し採択されたのが、本格的な取り組みの始まりだった。
自身の成長度を測るEマップ
IPU-E(岩手県立大学-Employability)には、主要な事業が2つある。1つは、就業力育成にかかわる事項についてどれだけ成長したかを自己採点し、成長度を測る「Eマップ」。もう1つは学生が自分たちでプロジェクトを企画し実行していく「Eプロジェクト」だ。
学生支援本部の高瀬和実准教授は、2つの事業の性格の違いを「Eマップは、総合政策学部であれば1年生から3年生の全員が対象で、望むと望まざるとにかかわらず必修です。それに対してEプロジェクトは、やる気のある学生が対象で、主体性重視です」と説明する。
Eマップは、経済産業省が推進している社会人基礎力と同じ能力要素を、総合政策学部が独自に意味づけし、学生が年2回(前後期各1回)記入するシートを開発したものだ。
「学生には、必要な都度振り返るポートフォリオとして活用できるように、アナログなファイルに全部蓄積しておきなさいと指導します。当初は、なぜこんなものを書かされなければいけないのかという学生が多かったのですが、就職時にはエントリーシートを書く材料になるし、自分の過程を見て自信をつけるというところに活用できる。就活を経てみると、内省をしてそれを自分の中で落とし込むプロセスをEマップで経験したことはよかったというような声が、最近は出始めました」(高瀬准教授)。
また、短大部では今年から、Eマップをもとに学生相談をする運用を始めたという。「引っ込み思案な子が多いので、何もない状態で『どう?』と聞いても何も出てこなかったりしますが、これが1枚あることで、少なくとも話のとっかかりになっているようです」(高瀬准教授)。
学年を追ってEマップのスコアがどう変化するかなど、これから検証していく予定だ。
基礎力グランプリで準大賞~Eプロジェクト
「Eプロジェクト」は、半年もしくは1年のプロジェクトに対して1グループ最高30万円の予算をつけて、学生の自主的な取り組みを支援するもの。社会で働くことに近いものを、プロジェクトを通じて疑似体験することが就業力育成になるという趣旨だ。学生は自分で企画を立て、仲間を集め、教員または職員にコーディネーターを依頼し、申請書を書いて審査に臨む。
「とにかく学外といろんなことをすることによって、何の形であれ就業力は付くであろうと。
学『内』的な仕掛けとしては、今の学生は、集団で動くのが得意ではないという分析がありましたので、メンバーは4人以上という条件をつけました。さらにその中にはリーダー、サブリーダー、会計、書記、と役割を決めることも指導しています」(高橋室長)。
制度の立ち上げ初年度の参加は3組だけだったが、そのうち、「復興girls」というグループの震災復興の取り組みが、社会人基礎力育成グランプリ2012で準大賞を受賞した。「復興girlsのおかげで制度が学内に浸透した面がある。一番、いろんな意味で頑張ってくれたグループです」(中村学長)
2013年度の場合、前期に4件、後期は「復興girls」の継続版「復興girls & boys」を含む5件、合計9件9グループが採択された。
最初の学年が卒業したばかりで、事業の評価はこれからというが、Eプロジェクトをはじめとする学内外の活動を通じて「今まで内向的な学生が多かったのが、徐々に活性化してきている」と中村学長は言う。
「プロジェクトに参加したことで成長した面が、就職して仕事についたとき、どう生かされていくか、追跡調査なり、検証が必要と思っています」(中村学長)。
総合政策学部から全学へ
Eマップは総合政策学部が中心になってスタートした。当時の学部長が就業力への問題意識を持ち、先頭に立って取り組んだことが大きかったという。現在Eマップに積極的に取り組んでいるのは、この総合政策学部に加え、ソフトウェア情報学部、短大部。一方で資格取得を前提として長期の実習が課される看護学部と社会福祉学部にあっては、実習を通じて社会人基礎力の育成が図られ、その成果が記録に残ることもあり、Eマップの導入には至っていない。
中村学長は、「全ての学部で一律に取り組むとは考えていません。トップダウンで一気にやったとしても、うまく行くとは限らないので、まずは理解してもらって、それならやろうという雰囲気作りが大切。キャリアセンターの職員の皆さんも、そういうことを心がけながら、各学部と話をしている状況だと思います」と語る。
学生支援室の高橋一教室長が教職協働のモデルケースとしてあげるのは、やはり総合政策学部だ。
「就業力育成委員会というのを学部の中に持っていただいて、いい意味でキャリアセンターとの二人三脚となっています。2010年の事業立ち上げ当初から、われわれ主導の企画と、学部の方針と、それぞれ持ち寄ってのミーティングを月1回ペースでずっと重ねています。そこで全部合意を取って教授会に諮るという、円満なプロセスができています」
県内企業とのサポーターズ・ネットワーク
今後の展開として、学長の意向の一つは、地域との連携の強化だ。「Eプロジェクトを含め既に今までやっていることですが、『学生が地域で学ぶ』ということを、もう少しきちっと体系化して、1年次から地域で学ぶ意識を高める仕組みを導入していくことを検討中です」。
そのためにいっそうの活用が期待されるのが、県内企業の「サポーターズ・ネットワーク」だ。2011年度に発足し、157社(2014年5月現在)がインターンシップの受け入れ、PBL(Project Based Learning)への応援、授業の外部講師など、もろもろの就業力育成に協力している。
岩手県大は開学が16年前(98年)と歴史が浅いため、協力企業の開拓はOB・OGに頼らない形で進んだ。
「非常勤で採用したこの事業のコーディネーターが、県内のものづくり企業を中心としたネットワークのコーディネーターも兼ねていたので、そのルートで製造業を中心に協力のお願いを始めました。業種のバランスも考え、今後はサービス業系などにもっと広げていきたいと考えています」(高橋室長)。
基礎学力強化が今後の課題
岩手県大の就業力育成の課題を中村学長に尋ねると「学生の活性化という面は、学生のいろんな活動が目に付くようになってきて、ある程度成功していると思います。一番心配なのは基礎学力ですね」という答えが返ってきた。
「公務員試験なんか端的ですけれど、就職の筆記試験で落ちてくる。あるいは企業に入ってからも、学力に自信がなくて『自分は勉強できないのだ』という感覚でいると、発言力も弱まります。そこはある程度、自分はこういうことができるのだというのを持って卒業してもらわないと、せっかく就業力を高めても生かしきれないのではないかと思います」。
いわゆるキャリア教育を強化して就業力を高めても、基礎学力が卒業までの4年間で十分に仕上げられないことを懸念しているわけだ。
そこで2013年度に新設した高等教育推進センターで、基盤教育の内容を抜本的に見直している。昨年度は全学の1年次から開講される教養教育を再検討し、今年度の4月にカリキュラム改定を実施した。
「基礎学力としてもう一つ、語学力の問題。ことさらグローバル化云々と言わないとしても、今までの語学教育ではだめじゃないかと。教養科目に続いて語学科目のカリキュラムを議論していて、2015年度から新カリキュラムを実施する予定です。
こうした中に、学生の地域活動に、教育としての体系化を加えていく。それが上手くいけば、学力的な底上げもできて、かつ、今よりももっと就業力もある学生が、数年後には出てくると期待しています」(中村学長)。
(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)
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