「未来志向」による果敢なキャンパス再編と新学部創設/神戸学院大学
わが国には2014年現在781の大学が存在し、その規模や学部構成、そして立地も実に多様だ。一つとして同じ条件の大学は存在せず、それぞれが異なる条件の下で自らの教育研究のあるべき姿を模索し続けている。しかし実際には、社会の目に大学の変化は見えにくい。だからこそ、例えば新学部設置といった一見華やかな大学の動きに関心が向きがちだ。
しかし、いくつか大学を訪れてみると、そんな華やかさの裏には愚直さが潜んでいることが少なくない。逆に言えば、大学としてブレない愚直さを追求してきたからこそ華やかな取り組みが実現できているともいえる。表層的な華やかさにだけ目を奪われていては本質は見えてこない。
ここではそんな事例を見ていきたい。神戸学院大学だ。近年新たなキャンパス設置や学部創設を進めるなど、果敢な挑戦には目を見張るものがある。その果敢さの理由を探りたいと、神戸市西部に位置する緑豊かな有瀬キャンパスに岡田豊基学長を訪ねた。
開学以来の「未来志向」というDNA
神戸学院大学(以下、神戸学院)は1966年、体質医学の権威として世界的にも知られた初代学長・森茂樹によって創設された。歴史的な発展過程を振り返ってみると、1966年に栄養学部からなる単科大学としてスタートし、翌年には法学部・経済学部を設置、その後も薬学部(1972年)、人文学部(1990年)、経営学部(2004年)、総合リハビリテーション学部(2005年)と、創設後40年をかけて文理にわたる幅広い学部を整備してきた。
新たな挑戦はさらに続く。2007年4月にはポートアイランドキャンパスを開設し、神戸市の中心部に進出。そして、昨年2014年4月に「現代社会学部」を設置し、今年4月には「グローバル・コミュニケーション学部」の開設が控えている。今春には都合9学部、約1万人の学生を擁する神戸市内最大の私立総合大学へと成長する。
法人として神戸学院は2012年に既に100周年を迎えた。大学も来年2016年には晴れて50周年を迎えることになる。それにしても、この半世紀に及ぶ果敢な挑戦はなぜ可能になったのだろうか。
そんな筆者の問いかけに対し、岡田学長は神戸学院が歴史的に継承してきた精神の存在を強調する。神戸学院は創設以来、森初代学長の思いを引き継ぐ「真理愛好・個性尊重」を建学の精神に掲げ、「神戸学院大学憲章」にも「学びと知の探求を通じて、普遍的な学問体系の英知に触れる喜びを実感し、その過程で自己と他者の個性に気づき、互いの存在をこよなく尊重する」と表現されている。さらに、運営上のモットーとして「後世に残る大学」を掲げる。その意味するところは、「常に存在価値のある大学であり続けること、未来志向であることだ」と岡田学長は説明する。それは、大学が単に生き延びるためではなく、変わり続ける社会のニーズに応えて存在価値を発揮していける大学であるために「常に未来志向であれ」というわけだ。
神戸学院には、こうした初代学長が残した建学の精神や運営上のモットーが精神的支柱として生き続けている。それは、岡田学長の表現を借りれば「神戸学院のDNA」ということになる。キャンパス創設や今回の学部設置は、歴史的なDNAに根差した発想が結実したものだと学長は語る。
「第二の誕生」としての新キャンパス創設
確かに、神戸学院は現在も未来を見据えた大きな動きの中にある。過去10年におけるキャンパス整備と学部の設置・配置を整理したものが図表1だ。
岡田学長は、2007年のポートアイランド(通称ポーアイ)キャンパス設置が神戸学院にとって「第二の誕生」だったと振り返る。大学にとって新キャンパスの開設は資金調達を含めた苦労が伴う半面、大きな転機にもなり得ることは想像に難くない。法人としても非常に大きな決断で、そのための議論には4年ほどを費やしたそうだ。
ポーアイキャンパス誕生の一つの契機は薬学部の6年制化だった。6年制になれば4年制と比較しても単純に1.5倍の広さの施設が必要になる。従来の有瀬キャンパスでは不十分だったという。そこでポーアイキャンパスを設置して移転させることとなった。それを後押ししたのが神戸市による神戸医療産業都市構想だ。ポートアイランドはもともと神戸市が有する土地だ。2003年には国の先端医療産業特区にも指定され、その中心となるポートアイランドには多くの医療系の研究所・大学・企業が誘致された。神戸学院も薬学部の移転を打診されたという。
しかし、ポーアイキャンパス開設は、法・経済・経営の各文系学部における教育体制にも大きな変化をもたらすことにもなった。教室等が手狭になっていたこともあり、これら3つの学部は1・2年次が有瀬、3・4年次がポーアイで授業を行うことになったからだ(図表1)。全学的な共通教育を重視する観点での措置だったが、その反面、学年の垣根を越えた合同ゼミのような授業が実施しづらいという課題も目立つようになったと岡田学長はいう。
こうした課題を解消すべく、2015年4月のグローバル・コミュニケーション学部開設を機にキャンパスの再編が行われる。具体的には、法・経営学部をポーアイに、経済学部を有瀬に移転させ、学年によるキャンパス移動をなくして全学年同一キャンパスで学べるようにする。
それだけではない。大学本部も来年ポーアイに移転し、翌2016年4月には附属高等学校のポーアイ移転も決まっている。今後、ポーアイキャンパスは神戸学院が高大連携を含めてこれまで以上に新たな挑戦を試みていく場になることは間違いない。
キャンパス再編がもたらした成果
こうして進められている大がかりなキャンパス再編は、実際にどんな成果をもたらしつつあるのか。
その一つは志願者の増加だ。ここ10年間の志願者数の推移は図表2にある通り。一見して分かるように、2000年代後半から志願者数の漸減傾向が続き、2012年には13,000人を割り込むところまで減少していた。しかしこの年を境に今は明確なV字を描いて志願者が増加する傾向に転じている。
学生の出身地は兵庫県が6割程度に上る一方、神戸を起点に東からの受験生は必ずしも増えていなかったという。ただ、ポーアイに新学部が設置されたことが奏功してか、昨年は大阪からの受験生が増加したそうだ。
効果は、そうした量的な側面にとどまらない。岡田学長は、ポーアイキャンパスの設置を契機に地域社会との連携が目に見えて強まったと感じている。神戸市や兵庫県との関係が密になり、行政から多様な要望が寄せられるようになった。JICA関西本部や神戸空港もあり、社会との連携がしやすいのが強みだ。この結果、大学関係者の意識も変わってきているのを感じると学長はいう。社会全体が学生の活力を期待し、キャンパス外での学びに価値を見いだすようになったことが影響しているのではないかと岡田学長は見ている。
新学部設置で期待される波及効果
それでは、ここ2年連続で進められている学部設置はどんな効果をもたらしているのだろうか。
先に見た通り、新しい学部の設置が受験者増という効果をもたらしているように見える。しかし、岡田学長はそれはあくまで結果であって二次的な目標にすぎないと強調する。むしろ岡田学長が期待するのは、二つの新学部で取り組む教育がもたらす波及効果だ。「現代社会学部」はアクティブラーニングやサービスラーニングを推進する場として構想された。大学で学んだことを地域に出て現場で実践し、また大学に戻ってブラッシュアップする。そんな大学と現場を結ぶ往還が学びを深めていく。そして、来年度から始動する「グローバル・コミュニケーション学部」では、単なる外国語学習を越え、自発的に実践し何かを成し遂げていける力をもったグローバル人材を育成していくことを目指す。
アクティブラーニングに、グローバル人材の育成――なるほど、現代における大学教育のトレンドだ。しかし、神戸学院の新学部設置を単にトレンドを追い求めた結果だと考えるのは早計だ。むしろ大学経営という観点から見逃してならないのは、これら新学部設置に「神戸」という強みを活かすという発想が通底している点だろう。岡田学長は「神戸だからこそできる学部・学科の設置を目指した」と述べる。
ちょうど20年前に阪神・淡路大震災を経験した国際都市「神戸」。ポートアイランドにキャンパスを構えるようになった大学として、この神戸という地の利を活かした教育を展開することは極めて戦略的だ。例えば、昨春設置された現代社会学部には社会防災学科が置かれ、既に防災を軸に地域社会と連携した学びや活動が展開され始めている。
他方、グローバル・コミュニケーション学部には英語コース・中国語コースを設け、3年生前期に半年の留学を全員に義務づけることにしている。英語と中国語をツールとして使いこなせるレベルにまで高め、世界どこに行っても臆せず相手とコミュニケーションし、日本の文化・社会について情報発信できる人材を育成したいという。同学部には同時に日本語コースも設け、留学生数の増加につなげる計画だ。
岡田学長は、これら2つの学部で展開する教育手法を起爆剤にして、9学部を有する総合大学としての強みを活かしながら、既存学部の改善や活性化につなげたいと考えている。その意味で、2つの新学部設置は、21世紀に大学が求められている教育を先行的に推進していくための足がかりと位置づけることができる。トレンドというよりも、戦略的思考の産物だというべきだろう。
改革を推進する意思決定プロセス
それにしても気になるのは、以上のような改革がどうやって意思決定されていくのかだ。
岡田学長は、学長を中心に副学長や事務局長によるミーティングを週1回開催しているという(図表3)。公式な意思決定ラインには必ずしも乗っていないが、アイデアを出すところだ。独自の情報収集や他大学への訪問・見学を通してトレンドを常に把握しながらアイデアを作り上げていく。その後はさらに、同じく非公式の学部長懇談会での議論を経て、ようやく公式の意思決定ラインに乗せるのだそうだ。もちろん、こうして民主的な手続きを踏むため審議には時間がかかる。スピード感には欠けるかもしれないが、全学による意思決定を丁寧に積み上げることで、長年一緒にやってきているスタッフとは共通の問題意識が醸成されるようになっていると学長は説明する。
その上で、公式の意思決定プロセスで重要な役割を担うのが「総合企画会議」だ。学長をはじめ、学部長・研究科長、事務部長、部署長、教職員ら約40名で構成され、毎月1回定例で開催されている。構成員には一人一票が与えられ、全員の総意に基づく意思決定が行われる。
図表3にあるように、総合企画会議には教授会や各種委員会での審議結果も諮られていて、教学マターは大学評議会に、法人マターは法人理事会に送られる。議題によって大学評議会に議論するものと法人理事会で議論するものとに仕分けるのだという。
確かにこうした手続きを踏む以上、意思決定には時間がかかる。ただ、それは大学組織では珍しいことではなく、社会からの批判もこの点に向けられることが多い。神戸学院の場合、その弱点を補完しているのが非公式なミーティングや懇談会だ。民主的手続きも尊重しつつ迅速な意思決定を実現するには欠かせない装置なのだろう。
兵庫県は日本の縮図と言われ、150万都市の神戸もあれば日本海側には限界集落もあると岡田学長はいう。わが国が今後直面する課題をいち早く経験する県の一つだ。神戸学院の置かれた状況も決して甘くない。場合によっては定員規模の再考も視野に入れる必要がある。そんな危機感が、 現状に先んじて手を打っていく組織文化を醸成しているのかもしれない。
今後の課題と展望
最後に、岡田学長に神戸学院にとっての今後の課題と展望をたずねてみた。
一つは、大学としてのアイデンティティ維持だという。二つのキャンパスに分かれることで構成員の日常的な交流が減少してしまうことを学長は危惧する。例えば入学式のような、入学生2,500人が一堂に会するような場を活用して、総合大学としての強みや神戸学院としてのアイデンティティを感じられるよう、意識的に交流を図っていきたいという。
もう一つ、学生を主役にしつつ、大学全体の教育力向上を目指したいというのが岡田学長の考えだ。そのために、学内GPともいえる「学生チャレンジプロジェクト」を来年度から始める予定だ。ゼミやサークルなど学生が自発的に取り組む活動を財政的にバックアップしていきたいという。
さらに、グローバル・コミュニケーション学部の設置を契機に、そのリソースを活かして英語や中国語を副専攻として学べるシステムの導入を構想中だ。これからのグローバル社会を見据えれば、そして総合大学としての強みを考えれば、医療系学部の学生にも共通教育の中で語学力を身につけてもらいたいと学長は考えている。
神戸学院の「未来志向」は今後も引き続きさらなる改革につながっていくに違いない。
(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構准教授)
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