地域で学校を育てる “隠岐島前高校の挑戦”/隠岐島前高校

迫る廃校の危機

 島根半島からたかだか60km北に位置する隠岐の島であるが、松江や境港からフェリーで約3時間の道程は本土と離島という関係にならざるを得ない。隠岐の島は、大きく2つに分けて島前(どうぜん)と島後(どうご)と呼称され、島後は1島であるが、島前は知夫里島、中ノ島、西ノ島から構成されている。これら4島を結ぶ交通手段は船である。

 こうした離島は、いわば日本社会が抱える課題の最前線にあり、少子高齢化、地域産業の衰退、若者の流出と負のスパイラルの加速化が著しい。2000年代からの急速な少子化で、島前高校の生徒数は減っていった。図表1から島前高校の入学者数をみると、1990年代は80名の定員に対してなんとか70名程度を維持していたが、2000年代に入ると50名、2006年には35名と急減し1学年2クラスから1クラスになった。さらに、2008年には28名にまで減少し、島根県の高校統廃合の基準である21名に迫った。

 「島から高校がなくなれば、子ども世代だけでなく、一家を挙げて島から出て行かざるをえません。すなわち、30歳代後半から40歳代後半の基幹労働力が失われ、こうして島を出て行った者は2度と島には戻りません。これは学校の存続問題以上に、島の存続問題です。地域の存続が高校にかかっていると言ってもよいでしょう。島に人を呼ぶ、そのためには島外から魅力あるとみられる高校にしないと、この危機は脱せません。高校の存続程度の消極的なスタンスではだめなのです。島前挙げて各方面の方々と議論をして、改革方策を練りました」。島前高校の常松徹校長は当時の危機感を話される。

図表1 生徒数推移

島に人を呼び込もう:「魅力化プロジェクト」

 存続ではなく魅力ある高校にすることを目的とした「島前高校魅力化プロジェクト」は、2008年3月から本格的な活動をはじめる。「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会」の中に、島前3首長、3町議長、島前高校校長、3中学校校長、PTA会長、OB・OG会会長等を構成メンバーとするワーキング・グループが設置され、そこで具体的な構想案を練り上げていった。同年12月には、ワーキング・グループの最終答申が固まる。その後2009年10月からは「魅力化の会」の下部組織として「隠岐島前高等学校魅力化推進協議会」が結成され、図表2のような体制で活動は継続されている。学校問題は地域問題であるとして、地域住民、保護者、高校のOB/OG等が関わり、島全体でプロジェクトが支えられていることが特徴である。

 高校廃校が島の衰退をもたらすという関係を逆に循環させれば、高校の魅力化が島に高校生やその家族を呼び込み、それが地場産業の復興や起業につながるというポジティブなスパイラルになる。そこで、島前高校に島外から高校生を募集する「島留学」を起爆剤にしようと考えた。

 このプロジェクトのコンセプトは、「ないものはない」というコピーで表現される。ここには、「何もない」という意味と「無限にある」という意味との、2つの逆説的な意味が込められていることは容易に理解できよう。都会と比べて便利なもの、手軽に楽しめるものは何もない。しかし、豊富な自然環境と小規模で地理的に閉じた社会は、学校を越えて誰もが個々の生徒に目を配る「島全体を学校」にすることができると考えたのであった。学校を魅力的にする要素は無限にあるのだ。

図表2 地域全体で生徒に対峙する体制

島は教材:「地域学」・「夢探究」、シンガポール研修

 教育理念は、グローカル人材の育成である(図表3参照)。この理念を具現化した高校のカリキュラムは、2本の柱を持つ。1つは、ここでしかできない魅力ある教育内容の構築。もう1つは、大学進学を視野に入れた学力保証である。これまでにも義務教育レベルであれば山村留学という形態で、自然環境あふれる空間での教育の魅力を売りにすることはあった。しかし、将来の進路がかかる高校段階では、それだけでは売りにならない。それにどのような付加価値をつけるのか。また、都市部の高校と遜色のない学力をどのようにして担保するのか。この両立が求められる。

 第1のここでしかできない教育内容は、「地域学」と「夢探究」として結実した。「地域学」は2年生対象の週3時間授業であり、島という地域を学び、地域活性化の課題を見つけ、その課題解決を目指すPBL(課題解決学習)方式をとる。島全体を教材とし、島の人々が先生であり、生徒の課題解決の協力者となる。この過程における生徒達の発案、例えば島の利便性の向上のための船やバスのダイヤ改正の検討が実際の改正に至った事例等、社会を動かす経験に結びつくことも多い。

 もう1つの「夢探究」は、1・2年生の総合的学習の時間をあててのキャリア教育である。自分は将来何をしたいのか、地域に出て様々な人から仕事について話を聞き、それをチームで議論してプレゼンテーションを繰り返すといった、こちらもPBL方式をとっての学習である。「特に島内の生徒は内向き志向の子が多く、自分の進路についても周囲の大人に言われたままに漠然と考えているケースが多いのですが、そうした子に進路の多様性を教え、考えさせ、自分で進路選択できるようにすることに狙いがあるのです」と、中村怜詞教諭は語られる。

 これらPBLの延長に、シンガポール国立大学で行われるグローカル研修がある。学習の成果を英語でプレゼンテーションを行い、同年代の学生と意見交換をすることは、生徒にとっては大きな挑戦である。地に足が着いたローカルなテーマを、広くグローバルな視野で考えることに挑める人材になってほしい。目指す「グローカル人材」には、そのような意図が込められている。

図表3 魅力化プロジェクトの狙いと打ち手

確実な学力保証:高校と公営塾の連携

 もう1つの学力保証に関しては、学校内と学校外の2側面で対応した。島内の中学生がそのまま高校へ進学してくるため、生徒間の学力のばらつきは大きい。従って、学力別の個別サポートが不可欠になる。学校内に関しては、1年生より英語、数学、国語の習熟度別指導を行い、2年生以降は、国公立大学進学を目指す「特別進学コース」と、地域社会の活性化を担う実践力を涵養する「地域創造コース」とに分かれる。上述の「地域学」(2年次)が開設されているのは「地域創造コース」であり、このコースでは加えて「地域地球学」(3年次)が開設されている。

 県教育委員会、文部科学省、国交省等との交渉によって、生徒当たりの教員数を定めている標準法の改正にこぎつけたことで、教員の加配も実現し、学校内の教育体制は充実してきた。これに加えて、2015年度からは、1年更新の常勤講師として任用する教員を全国募集する。アクティブラーニングを含めて、離島から最先端のグローカル教育に挑戦したいという「脱藩者」によって、新たな高校教育のモデルを実現していくことが目的である。そのような教員がどの程度応募してくるかは未知数であるが、全国でも珍しい取り組みである。

 ところで、都市部であれば予備校や塾が学校外教育を担うが、ここではそのようなものはない。そこで新たに設置されたのが「隠岐國学習センター」である。町によって設立された公立の塾であること、高校と密接な連携をとり学校内外で生徒の学力の伸長を図っていることに特色がある。学習センターでは、月曜から土曜の18時から22時まで利用でき、このうち19時30分から21時30分までが、学力と希望進路に合わせた個別指導の時間である。毎月の費用が1万円程度と格安に抑えられていることから70%の高校生が通い、切磋琢磨する環境が生まれている。また、学習意欲の喚起や将来のキャリアを展望するための、「夢ゼミ」というゼミ形式の授業もある。これは、高校における「夢探究」の授業とつながる部分もあり、学校外でも進路意識の形成を支えようとしている。

 この学習センターのスタッフの多くは島外から来た若者である。高校側からすれば、教員とは限らない人間が高校との連携のもとに生徒の指導に当たるということに対して、当初、忌避感がなかったわけではない。しかし、生徒の学力を向上させるという共通の目標のもとに次第にその壁はなくなり、現在では、高校の進路指導部をはじめとして担任や教科担当者と週に1回程度の会合を持ち、個々の生徒に関する情報を共有し指導方針の擦り合わせを行うまでになった。

現状の総括:ポジティブ・スパイラル

 魅力化プロジェクトの、これまでのところの総括をしておこう。図表1にみるように、高校の教育に魅力を感じた島留学者は2012年から大幅に増加し、学生数は2008年と比較して倍増している。島留学者は定員の30%という制限があるため、最大でも24名しか入学できないが、それを上回る志願者が来ていることは1つの成功の指標である。また、高校卒業後の大学進学者も、国立大学進学者をはじめ難関私大進学者が出始め、着実な効果が見て取れる。こうした変化について、「ただ単に大学進学率が上昇しただけではありません。なぜ、その大学に進学したいのか、何を勉強したいのか、卒業後どのような仕事がしたいのか。そうしたことまで具体的に考えて進路を考える生徒が増加しています」と、中村怜詞教諭は語られる。島を学習することで島の外の世界に視野を拡大するという狙いは、とりあえず達成している。

 島内生と島外生との混合による学生文化の変化は大きく、相互の刺激とそれによる競争は、とりわけ島内生の意識の喚起をもたらしている。それは、学習面の意欲の高まりだけでなく、学校生活全般に及び、その結果は部活動の成果ともなっていることは心強い。

 他方で、島外生は、この島にやってきて何かを求めている。興味深いのは、「地域創造コース」の教科として設定された「地域学」だが、これはむしろ島外生の人気が高いという。島外生の多くは大学進学を当然としていながら、他方でこの島でしか経験できない「地域学」型の授業に興味を示す。こうした要望に対応して、「特別進学コース」においても「夢探究」の授業の一部を「地域学」に類似した内容とすることで、生徒の希望に応じるようになった。この島でしかできない授業、すなわち島の課題を見いだし、その解決策を考案する授業が、生徒の主体的な学びや成長に資するものであることの証左であろう。

 これらの諸活動を担っているのは、高校教員や島の住民だけではない。この試みに意義を感じた若者が、学習センターを中心として集まっていることの効用を無視することはできない。こうした人々が、教育面のサポートのみならず、産業面のサポートにもなることが期待される。

 魅力化プロジェクトは、今のところポジティブ・スパイラルが回り始めており、短期的にみれば改革は成功だったと言ってよい。しかし、それに安住することはできない。なぜなら島前3島の中学生数は、今後も減少の一途をたどる。現在は公設ということで費用を廉価に抑えている学習センターも、どこまで公費負担ができるかという問題もある。

 そうしたなかで、「魅力化プロジェクト」は、今後を見据えた新プロジェクトを構想しているという。それは、島前高校への島留学者を増やすことだけではない。高校の範囲を超えて、そもそもこの島で子育てをしたいと思う若者を呼び込むことである。魅力化プロジェクトにより、「将来は、島に帰って起業したい」という高校卒業者が増えている。その彼/彼女が、大学卒業後、あるいは島外で働いた後に島に戻ってきて、どのような新風を吹かせてくれるか、それが希望の種である。そうした若者を増やしていくことが、はじまって数年のプロジェクトの新たなテーマである。そのためにも、高校段階において、離島というこの地域を創造することを念頭においた教育の更なる進化が求められる。

 現在の日本社会の課題に関して、若い世代の教育を通じて解決策を探るこの試みが、今後のモデルになるか否か、島前高校のチャレンジはその試金石である。


(吉田 文 早稲田大学教授 教育社会学)


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