ICTが変える大学の仕事 ─効率と効果を求めて/東京理科大学

大学経営の非効率

 東京理科大学は、5つのキャンパスに理工系の学部を中心に8学部約2万人の学生を擁し、「日本の理科大から、世界の理科大へ。」をスローガンに掲げてさらなる躍進を図っている。昨今、大学の国際化・グローバル化は、それを掲げない大学が珍しいほどにオールジャパン体制で推進されており、このスローガン自体がことさらに特別なものではない。東京理科大学が突出しているのは、国際化・グローバル化を推進するために、教育・研究を支えるICTの基盤をグローバル・スタンダードに合わせ、大学のマネジメントの効率化を図っていることである。といっても、それだけでは、読者にはよく理解できないに違いない。今や、どの大学でも当たり前のようにICTは導入されているからである。

 ただ、大学の日常を見回すと、ICTが本当に効率的に用いられているかどうか怪しい部分が浮かび上がってくる。例えば、稟議(原議)書の決裁に関しては、紙版の申請書に順番に捺印し、最終的にそれをPCに入力していないか。また、物品の購入に関しても、見積・請求・納品の3点セットの書類を紙で提出し、それをPCに入力していないか。電子化が進むといっても、紙ベースの書類を介してのことが多く、よく考えれば意思決定の時間はさほど短縮していないし、事務処理に掛かる手間もあまり効率的にはなっていない。

 効率化を図るといいながら、大学の経営は非効率なままの部分を残していることに、日本の大学は意識的でないのかもしれない。東京理科大学の場合、それを意識的に根本的に変えようとしている。

中根滋理事長の決断

 その突破口になったのは、2012年12月に新たな理事長が就任したことである。新理事長の中根滋氏は、東京理科大学のOBではあるが、東京理科大学にとっては最近では珍しく民間企業出身の理事長である。大学のマネジメントがいかに民間企業のそれと異なるか、上述のような非効率と見えるやり方は、結果として、大学の教育・研究の質の向上という大学本来の目的を阻害することになっていないのか。こうした理事長の疑問が、ICTによる徹底的なマネジメントの効率化に取り組むことになった。中根理事長がIBMの出身であるということも大きく影響したであろう。

 ただ、従来の大学の常として、理事長や学長のこうしたトップダウンによる意思決定に対して、しばしば教員からの反対が出ることがあるが、意外なことにそれはなかったという。半谷精一郎理事は、「ICTによる効率化は大学の教育や経営を活性化させるための経営サイドの改革であり、真っ先に取り組んだ財務系システムは教学とあまり関わりがなく、また、教員のこれまでの教育・研究のやり方にも大きな変更はありません。むしろ、教員サイドにとっては雑務が減ることは歓迎であり、他方で、事務サイドから言えば、ボトムアップで改革を、とはなかなかなりません。従って、財務系システムの改革はいわば事務サイドの改革のため、教員からの大きな反対はなく進めることができますし、またある程度のトップダウンによる全学的な改革が必要なのです」と語った。

ICT化の道程

図表1 ICT化への年表

 全学のICT化は2013年度より開始された(図表1)。まず、2013年4月には職員のメールシステムをOffice365にした。Office365とはマイクロソフト社のOfficeを中心にしたクラウド版グループウェアであり、その後、2014年4月には学生や教員を含む全学に拡大され、さらに卒業生に対しても無償提供されている。

 2013年7月には、現状のシステムの見直しがはじまった。特に財務・会計・人事に関するシステムを、これまでの使い慣れたシステムにパッチを当てて更新するか、あるいは、全く新しいシステムにして思い切った改革を行うか、それが効率化をめぐる最大の検討課題であった。議論を重ねた結果、11月には従来のシステムの更新ではなく、SAP社のシステムを新たに導入することを決定した。この財務システムが本格稼働を始めたのは2015年4月である。本格的稼働までに2年弱を掛けてきたのは、よくある大学用にカスタマイズするためではなかった。半谷理事によれば、「新システムの導入にあたって、大学用にカスタマイズすることは止めることにしました。というのは、カスタマイズすると、本体のバージョンアップによってカスタマイズした部分の見直しが必要となり、その度ごとに億単位の費用が必要になります。費用の無駄を省くという点でも、効率化を図ろうとしたのです。他方で、カスタマイズしないことによる使いにくさというデメリットをどのように解決していくか、この問題の解決にこれだけの時間が掛かったのです」ということであった。

電子決裁システム

 財務システムの見直しが時間を掛けて検討されるなか、他方で、早々に決定したのは電子決裁システム(FASE)の導入である。民間企業では当たり前のように導入されている仕組みであるが、大学では、まだまだ稟議書を持って各部署を回るのが普通である。しかし、職階に従って順番に稟議書に捺印することの非効率性を指摘する声は、従来からあがっていた。そこで、2013年10月には全てを電子決裁とすることにし、承認者にはiPadが支給され、pdf 形式の書類に電子印のボタンを押すことで、掛かる時間を短縮しようとした。見かけは従来の書類形式がpdfになっており、違和感は何もない。

 この効果は大きかった。それまでは、稟議書の申請から承認完了までに平均72時間/件掛かっていたのに対し、FASE導入後は平均38時間/件にまで短縮し、意思決定に掛かる時間は半分にまでなったのである。この時間効果は誰の眼にも明らかである。導入当初は、誰が電子印を押すのが遅いか統計をとり、それをリスト化して公表するなどして、時間短縮を促したという。こうして、出張など外出先へもiPadを持参して決裁印を押すという行為は、日常になったそうだ。

 加えて、投資利益率も向上したことを指摘したい。導入から3~4か月経過した2014年1月末で既に104.3%となっており、1年間で215.6%、3年間で355.3%が見込まれている。電子決裁システムにより、稟議書の受け渡し時間がゼロになったことが最大のコスト削減利益である。

カードで研究費使用

 もう一方の新財務システムの導入によって、目に見えて変化するのは、教員の研究費の使用方法である。教員が研究費によって、どの業者からどのような物品を購入しているか、過去にさかのぼって使用状況を調査すると、物品の30%は大学生協を通じて購入されていることが明らかになった。これまでは紙版の伝票によって処理していた事務作業をICT化すれば、効率化は著しい。

 もう少し、具体的に述べよう。教員は、生協で使用できるバーコードカードを渡され、それで物品を購入する。バーコードカードの情報は大学事務に自動連携して、いつ、誰が、どのような物品を購入したかというデータとなってSAPによって処理される。これによって研究費の使用状況の全学的な把握が極めて容易になる。また、大学としては、研究費の不正使用を最も恐れており、そうしたことを防止し、透明性の高い予算処理のためにも、新システムは効果を発揮することが期待されている。

 また教員は、自分の研究費をどのように使用したのかについてVRE(Virtual Research Environment)というシステムを通じて確認できる。教員にとっても、物品の購入がバーコードカード1枚で完了し、かつ、自分の研究費の予算管理の効率化が図られるという仕組みである。まだ、学内研究費に限っての使用であり、科研費等の外部の研究費には適用されていない。また、物品購入以外の使用、例えば、学生アルバイトの謝金、学会の大会参加費の立替等には適用されていない。この新システムによって、こうした部分での研究費使用に関しても効率化を図ることができるか否かが、今後の課題とされている。

VRE で研究生産性の向上

 このVREは、実は教員の予算管理システムとしてのみ機能しているわけではない。Virtual Research Environmentという名称の通り、教員の研究に関するコラボレーション環境をICTの利用によって効率化し、ひいては研究成果の向上につなげていくことが目的である。

 図表2にあるように、研究費の予実把握はその1つであるが、それ以外に研究業績のシステム上での集約により、どの教員がどのような研究をしているのかを容易に調べることができ、研究コミュニティーの広がりや、部門を超えたコミュニケーションが生起することで、研究の革新が期待されるのである。

図表2 VRE 構築プロジェクトの全体像

 VREは、東京理科大学の中長期計画に従って導入されたシステムであり、2019年には「世界の理科大」になることを目指した取り組みの一環なのである。

 とかく、日本の私立大学は学部学生の数に依存することで経営の安定化を図ろうとする。しかし、東京理科大学の場合、今後の少子化の中で、そうした体質からの脱却を図り、むしろ研究力で身を立てていく道を選択しており、そのために大学院を拡充し研究大学としての地歩を固めようとしている。研究成果を大学発ベンチャーとし、そのリターンでもって財務基盤の充実を図ることも計画している。そのためにも、ICTによって研究環境を整備し、教員がより効率的に研究に取り組める仕組みを作っておかねばならないのだと、半谷理事は説明されるのである。

課題は学籍システムの改革

 大学の中長期計画をもとに、インフラ整備としてICTの導入を進めていくのであれば、必然的に、学務面でもICTによる効率化が求められる。特に学籍に関してはどの大学もICT化を進めているが、学部ごとに異なるシステムを導入していたり、授業関連情報とそれ以外の学生生活情報が統一されていなかったりと、それこそシステムのカスタマイズが重ねられた世界で動き、全学的な統 一システムになっていない場合が多い。このために数年ごとのバージョンアップから取り残されるということも、しばしば耳にする。東京理科大学の場合もその例に漏れない。

 そこで、2013年10月には、新たな統一的な学籍システム(SIS)の導入の検討を始めた。この学籍システムは、学生からみれば学生生活の全てに関わるポータルとなる。これまでのCLASSという学園生活支援システム、LETUSという教育支援システム、キャリアカウンセラーの相談予約システム等は、個別に稼働し、モバイル対応もしておらず、学生への情報伝達として必ずしも十分に機能していなかった。そこで、図表3のようにeTUSPortalとして統一し、2015年4月から稼働を開始した。LETUSは学修ポートフォリオLETUS++となって、学生は学修成果の達成度を自分で確認し、次の目標を立てるという自己学修が可能なシステムとなった。Unicareerは、よりきめ細かな就職支援サイトとなった。


図表3 VLEの概要


 CLASSとGAKUENの2つの既存システムは、2013年から検討を続けてきた新たなSISに置き換える予定であり、2017年の本格稼働に向けて準備を進めている。こうして、学生の学修に関するVLE(Virtual Learning Environment)も、着々とICT化が進行している。

ICTを超えて

 ICTは便利な道具であり、組織のマネジメントに不可欠なものとなった。しかし、意外なほどにうまく使われていないのが、大学の現状であるのかもしれない。教員の共同体的な特性を持つ大学は、人間中心の構造を色濃く持つ。合議による意思決定や部局の独立性がそれであり、組織としての意思決定に時間が掛かる。トップダウンによる意思決定にも馴染みが薄い。そうした特性が、ICTの導入や使用にあたっての非効率性を生み出している場合があるのだ。部署ごと、領域ごとのカスタマイズは、その最たるものだろう。ICTの道具としての効果は、統一性によって時間効率を高めることに加えて、情報の一元管理によって、情報の多様な組み合せが自由にでき、それによってマネジメント戦略の立案を容易にすることにある。

 東京理科大学は、それをやろうとしているのである。それも、現状の改革だけでなく、将来に向けての戦略としてICT化を進めている点も特筆すべきである。例えば、海外留学の促進計画においては、1学年約4000人の学生のうち、2000人程度を送り出そうとしている。その場合、留学先の大学との単位互換をどのようにするのか、それを今のような1つひとつ授業科目の内容を見極めて、手作業で処理するという方式ではたちまちパンクする。そうならないためには、双方のカリキュラムを検討し、事前に履修すべき科目、単位互換が可能な科目を設定し、それを先方の学籍システムと連動する仕組みを構築しておく必要がある。壮大な計画であるが、それをやらなければ、海外留学の促進というミッションは十分に遂行できない。

 「単なる節約や管理ではなく、要は、東京理科大学の教育と研究をどのようなものにしていきたいか、そのあり方を考え、それらが最も効果をあげるための方策の1つが、ICTによる効率化なのです。教員に対しても、そのことをきちんと説明していけば、皆さん理解してくれます」と半谷理事は力説される。ICTの道具としての有用性が発揮されるか否かは、大学としての将来に向けてのマネジメント戦略の有無による。言われてみれば確かにそうであるが、そう言い切ることは容易ではないと思う。


(吉田 文 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)


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