世界に通用する学生の育成を目指した中期計画とチャレンジ/関西学院大学

教育と国際化を重視した計画

 今や、どの大学も将来計画を持ち、それを計画、構想、プラン、ビジョン等として前面に掲げるようになった。大学外部からの改革要請への対応としても、大学のサバイバル戦略としても、計画が必要だ。どの大学がどのような計画を持つかが、注目される時代になった。だが、それは往々にして計画倒れになる。現状分析に立脚せず単なる努力目標の羅列の場合、計画を実行に移すための手段が明確でない、また計画が学内に浸透しない等理由は色々ある。計画は立てるものの、それを遵守して大学を経営することはさほど容易なことではない。計画にもとづく大学経営は、どのようにして可能になるのか。関西学院大学をその一事例とし、どのような計画を持つのか、それにどのようにして実効性を持たせているのかをみていこう。

 現在、関西学院大学では、2008年度に策定された「新基本構想」と、その構想のもとにある新中期計画を持つ(図表1)。「新基本構想」は、創立120周年を迎える2009年にはじまり、それから10年後を視野に入れての、「目指す大学像」「目指す人間像」と6つのビジョンを定めたものである。その構想にもとづき、まずは2009年度から2013年度までの前半の5年間に実施すべき計画を「前期新中期計画」とし、その進捗状況にもとづき、2014年度から2018年度までの後半5年間の「後期新中期計画」として策定した。ただ、2014年度から後半の5年間がスタートしたところで、「スーパーグローバル大学創成支援」に採択され、併設高校がスーパーグローバルハイスクールの指定を受けたことで「後期新中期計画」を見直し、2015年度からの「中期計画」が新たに策定され、そのもとで運営がなされている。

図表1 中期計画の全体スケジュール

 米国・南メソヂスト監督教会の宣教師によって神戸に開校され、2015年には126周年を迎える関西学院は、学外者にもよく知られている“Mastery for Service(奉仕のための練達)”をスクールモットーとして掲げ、キリスト教主義にもとづいた全人教育を行ってきたという歴史を持つ。そのため、基本的に学生の教育には力を入れてきたうえ、国際的な雰囲気を強く持っている。従って、新基本構想を立てるに当たって、自然にそれがベースになり、それを明確に意識して一層推進する方向で進められた。前期新中期計画においても、後期新中期計画においても、「教育」と「国際化」に大きな比重が掛けられている。こうした方向性について、村田治学長は次のように語られる。「近年、教育の質の保証ということが言われ、それを基軸にした大学改革が行われていますが、本来は学生の質の保証が最も重要なのです。学生にいかに世界に通用する力をつけて社会に送り出すか、これは今や日本社会全体の課題になっています。世界の人材と伍して競争できる学生を育成してこそ、学生の質の保証は達成されたことになるのです。関西学院大学としては、全てをこの目標のもとに収斂させて大学改革を行っています」。いわば、世界で戦える人材の育成を目指しての教育と国際化なのだ。

SGU 施策を柱にした大学改革

 こうした方針のもと前期新中期計画を進めるなかで、文部科学省の競争的資金を獲得してきた。2011年には「大学の世界展開力強化事業(タイプB)」、2012年には「経済社会の発展を牽引するグローバル人材育成支援(全学推進型)」、そして2014年には、「スーパーグローバル大学創成支援(タイプB:グローバル牽引型)」に採択された。大学のグローバル化、グローバル人材の育成が日本社会の課題とされ、グローバル関連の競争的資金は大きく増加している。あたかも、大学の方針に時代の追い風が吹いたかのようである。とりわけ、スーパーグローバル大学創成支援に採択されたことで、後期新中期計画は見直され、「グローバル・アカデミック・ポート」と命名されたスーパーグローバル大学創成支援に対する施策を中心に取りまとめられた。このスーパーグローバル大学創成支援事業を通じた大学改革を図式化したのが、図表2である。以下、改革の中心を占める教学改革、それを下支えする組織的インフラ整備、計画を迅速に実行に移すためのガバナンスの仕組みの3点に絞ってみていこう。

図表2 将来に向けた改革の全体構想

 教学改革に関しては、大きく分けて2点に特色がある。1つが「ダブルチャレンジ制度」、もう1つが「国連・国際機関等へのゲートウェイ」である。それを図式化したのが図表3である。

 まずダブルチャレンジ制度であるが、この特色は『異なるものとの出会い』による視野の拡大、思考の深化を目指す「アウェイチャレンジ」にある。アウェイの場は3つある。第1は「インターナショナルプログラム」という留学、第2は「副専攻プログラム」、第3は「ハンズオン・ラーニング・プログラム」というサービスラーニング、インターンシップ、フィールドワーク等、実社会における実践型の学習である。

 この3つはいずれも以前から実施していたものである。海外協定校の学生派遣数は2012年度で全国4位という実績を持ち、1997年度に副専攻制度、2004年度からは同制度をもとにした4年間で2つの学位が取得できるマルチプル・ディグリー制度も導入している。大学外での実践型教育に関しても、西宮市と連携した「西宮市まちづくり」プロジェクト等が正課目として実施されている。それらを「ダブルチャレンジ制度」として1つにまとめ、さらに2019年度入学生から全学生に課す構想を持っている。

 学長は特に「ハンズオン・ラーニング・プログラム」によって、学生が学習へのモチベーションを高め、タフになることに期待を掛けておられる。前述の地域連携プロジェクトの経験では、学生は、大人との交渉や調整で揉まれて強くなり、何らかの解を出すためには生半可な知識では太刀打ちできないことを身を以て体験するため、よく勉強するようになり、それも楽しんで勉強するようになると話される。こうした学習を全ての学生に経験させることで、学生の質の保証のボトムアップを図ることを目指している。

図表3 関西学院大学「グローバル・アカデミック・ポート」構想「ダブルチャレンジ制度」と「国連・国際機関等へのゲートウェイ創設」

卒業生を世界へ

 もう1つの特色は、国連等へのゲートウェイの創設である。国連と連携した教育は20年ほどの経験があり、1997年から実施している国連本部での学生研修、2004年からの国連ボランティア計画と連携しての学生派遣(国連ユースボランティア制度)等を開始しており、2013年には「『国連ユースボランティア』派遣日本訓練センター」を設置、運営している。このように国際機関への人材輩出は様々に行ってきたが、それをさらに高めて大学院修士課程において、複数の研究科による共同プログラムとし、全科目を英語の授業で実施する「国連・外交コース」を2017年に開設を予定しているところに、他に例をみない特色がある。

 大学院であること、国連等の国際機関とターゲットを絞っていることから、このプログラムの恩恵にあずかる学生はそう多くはない。しかしながら、日本企業の海外展開を促進するグローバル人材もさることながら、日本が世界の中でプレゼンスを示していくためには、国際機関でグローバルな課題に取り組む人材の育成は重要である。意欲の高い学生に対する、大学院レベルでの少数精鋭教育を目指すところが特色といえよう。

 もちろん、これまでの国連での研修や国連ユースボランティアは継続し、それに加えて大学院開設と同時に2017年から学部の副専攻として「国連・外交プログラム」を設置し、大学院進学を目指す学生の増加を図っていくことも計画している。これは言い換えれば、学生の質をさらに高める教育の一環といってよいかもしれない。関西学院大学では、学内のその気風から卒業生の外資系企業への就職が多く、“Mastery for Service”というスクールモットーにもとづいたキャリア教育の強化へのシフトを行ってきた。確かに、大規模総合私立大学における就職率のトップを7年連続で維持しており、また、就職に強い大学としてのランキングにも上位にランクされている。しかし、これに甘んずるところなく、外資系企業への就職は引き続き強化し、さらには企業内ベンチャーやベンチャーを立ち上げるような資質を持つ学生の育成にも力を入れるべく、産学連携の研究会を実施しているという。それはひとえに、世界と戦える人材を育成することを証明してこそ、さらに資質の高い入学者を獲得できるからだという戦略なのである。

 教学とキャリアセンターとの共同による全学的なキャリア教育やインターンシップは既に2005年より開始しているが、「スーパーグローバル大学創成支援」に採択され、従来の蓄積の上に、さらに学生の進路を世界に焦点化しての取り組みである。世界に通用する学生をいかに育成できるか、学長の思いはここに収斂する。

改革を進めるインフラ:高大接続センターとIR

 どのような資質を持った入学者を、どのような方法で選抜するか。それには選抜した学生が学内でどのように成長したのかを、明確に把握するしくみが必要である。それがなければ、学生の質の保証は成り立たない。

 2015年に新設された高大接続センターは、そのための装置の1つである。もともとの入試部から高大接続センターという新しい名称にしたのは、1つには学院内外のスーパーグローバルハイスクールとの緊密な高大連携の方策を考案することにあるが、それだけでなく、もう少し長期的なプランにもとづく、大学のミッションやスクールモットーに適する学生を、どのような方法を以てすれば選抜することができるか、それを考えることをもう1つの目的に掲げているからである。

 それとともに、学内の諸データ、特に学生関連のデータの詳細な分析は、計画の進捗状況を把握し、必要に応じて計画を修正し、さらには、今後の計画を立案するうえで欠かせない。IRとして、大学IRコンソーシアムの在学生調査に加えて、現在は他大学と共同してOB/OGの調査を実施しており、その結果にもとづき、関西学院大学の学生にどのようなコンピテンシーが必要か、どのような学習の経路が必要か、さらには、どのようなタイプの学生を選抜すべきか、トータルな分析を行っているという。

 志願者が減少する時代であるからこそ、大学のミッションや現在の改革の方針に最適な学生を選抜したいというお話は、説得力を持つ。学生が大学を選ぶだけでなく、大学も学生を選ぶ時代になっている。その時、学生から選ばれる大学になるか否かが、生存戦略にとっての決め手になることを教えられた次第である。

ガバナンスと学長のリーダーシップ

 さて、これらの綿密な計画は、関西学院大学にとっては取り立てて新しいものではなく、これまでの実績をもとに、それらを「グローバル・アカデミック・ポート」として再編成したプランである。これまでの文部科学省の競争的資金への申請も、大学としてのミッションやそれにもとづく実績を鑑み行っており、大学の構想や計画にそぐわないとして敢えて見送ってきた事業もいくつかある。そうした判断こそ、学長のリーダーシップの1つなのであろう。

 学長のリーダーシップの遂行に関しては、迅速な意思決定を可能にする仕組みとして、2013年度から「たすきがけ」と呼ぶガバナンス改革を断行したことに特色がある。これは、学長が学校法人の副理事長を兼務し、理事長と共に教学や財政等を統合的にマネジメントする体制であり、この体制では、副学長も法人常任理事を兼務し、法人と大学の諸施策の連動を高めている。

 他方で、実施すると決めた計画が遂行されるためには、学内の全ての教員の賛同や協力がなければ成り立たない。教員の賛同や協力を取り付けることがいかに大変かは、企業組織のトップダウンの意思決定システムが働かない大学という組織であり、それがまた、ある意味、共同体としての叡智を集結する大学という組織の強みでもある。

 それに対しては、学長自らが、全学説明会等を実施し大学が策定した方針に対する透明性と公開性を高める努力を丁寧に実施しているという。大学における学長のリーダーシップとは、教育・研究の現場をつかさどる教員が納得してこそ貫徹するものであり、それなしには大学はサバイバルできないというのが、村田学長の認識である。

 こうした大学の方針が今に始まったことでないこと、それが学生運動が盛んな1960年代後半に遡ることであるというお話も興味深くうかがった。学長によれば、関西学院大学では学生運動がすさまじく、廃校寸前に陥った危機があったという。そこからの回復のために、毎週土曜日を利用して学生と教員との対話集会が開催され、学生の教育に力を入れるための諸々の改革はそれを契機としたという。そうした中で培ってきた教員と学生間や学部間の垣根の低さは、ある種伝統になっているそうだ。

 「構想が10年というスパンでは長期に過ぎ、中期計画は3年から5年で見直すという迅速な対応が必要であり、他方で、学内への浸透度を高めるためにはじっくりと繰り返し説明することが必要なのです」という、一見矛盾するような要請をいかに舵取りしていくか、現在の日本の大学の学長にはこうした困難を乗り切る力が求められている。


(吉田 文 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)


【印刷用記事】
世界に通用する学生の育成を目指した中期計画とチャレンジ/関西学院大学