英語が当たり前になる時代の、その先に向けて/名古屋外国語大学

 名古屋外国語大学は、2学部9学科1研究科から成る私立の外国語大学である(2015年5月現在の学生数は3964名)。同大学は、高い外国人教員比率(中部地区1位※1)や「留学費用全額支援制度」等、外国語大学ならではの教育環境を特長とする。留学生の派遣数は中部地区1位※2。卒業生の就職決定率も97.8%と好調だ。特に航空、旅行、ホテル業界に強く、キャビンアテンダントの採用実績では中部地区1位※3である。2015年4月には外国語学部に世界教養学科を新設。積極的な改革により、次世代の外国語大学を目指す。グローバル社会の先を見据えたブランド戦略と改革の成果について、亀山郁夫学長に話をうかがった。

名古屋外国語大学における不断の進化の過程

 名古屋外国語大学は、中部地区唯一の外国語大学として、1988年に中西学園によって創立された。創立28年目の若い大学ではあるが、不断の進化を重ねることで今日の基盤を築いてきた。外国語学部単科にて出発した同大学は、1994年の国際経営学部の開設、1997年の大学院開設、2004年の現代国際学部の開設(国際経営学部募集停止)、2008年の英語教育学科(外国語学部)の開設、2013年の国際教養学科(現代国際学部)の開設と、柔軟な組織改編を進めてきた。並行して、特徴的な教育システムの開発も行われた。2003年には、学生3人に外国人教員1人がつきっきりで指導を行う少人数の語学授業「PUT(Power Up Tutorial)」を導入。2012年には留学費用全額支援制度を開始した。

 同大学の改革は、2013年4月の亀山学長就任により、さらなる加速を見せている。亀山学長は、東京外国語大学において外国語学部の再編を進めた経験を持つ。名古屋外国語大学への就任後にも、早速、次世代の外国語大学を目指したヴィジョンの策定と、改革の具体化に取り組んだ。2014年には、創立30周年に向けたアクションプランとして「NUFS Next」を策定した。同プランの内容は、2015年現在、世界教養学科の新設を核とした外国語学部の教育改革、研究活動の教養教育への還元を目指すワールドリベラルアーツセンターの設置、名古屋外国語大学出版会の立ち上げ、留学費用全額支援の対象となる2カ国留学の実施等、着実に現実のものとなっている。全国の外国語大学との連携も進んだ。2014年3月には東京外国語大学との交流協定、2014年6月には7つの外国語大学間での「全国外大連合憲章」が締結されている。

グローバル社会の先を見据えたブランド戦略

 名古屋外国語大学の改革ヴィジョンの背景にあるのは、グローバル社会の先を見据えた次のような亀山学長の時代認識だ。「現代は英語の時代であり、これからも、その傾向は強まっていくだろう。けれども、日本の未来をみるならば、英語が当たり前になる時代の、その先を考えなければいけない。日本語と英語に加え、もう一つの言語の視点を備えた人材を育成することに、これからの外国語大学の使命がある」。日本語のみによって理解できる世界の姿は表層的である。英語の修得は、より広い情報源に触れることを可能とするが、英語圏以外の地域の現実を理解するには限界がある。「例えばロシアが戦争に向かう必然は、日本語と英語を通した報道では偏った理解にしかならない。現地の言葉によって発信される生の情報に触れる必要がある。そこには、3つ目の言語を理解する人にしか分からない、別次元の世界観がある」(亀山学長)。

 外国語大学のブランドは、このような多言語性に立脚した教養にあると亀山学長は考える。「ブランドは、誰もが持ちたがるが、手が届きにくいもの。けれども、頑張れば手が届くもの。この点において多言語性の獲得はブランドとしての素地を備えている」。外国語大学におけるブランドのひな型は、1960年代から1970年代にかけて現地語を武器に世界各地でビジネスを開拓した、第一世代の外国語大学の卒業生にあるという。彼らの中には、その後に企業のトップを務めた人材も少なくない。「外国語大学の先輩達と交わす話題は、仕事の話というよりも語学の教養にまつわる話が多い。同時に、彼らの備えた教養の中に次のビジネスを生み出していく知恵が含まれている。外国語大学における最高のブランドとは教養であり、教養は多言語性に立脚すると伝えたい」と亀山学長は話す。

 多言語性に立脚する教養の理念を端的に示すキーワードが「世界教養」である。世界教養の理念を核とする名古屋外国語大学のブランド戦略は、中部地区において特に次のような意義を持つと亀山学長は考える。「名古屋外国語大学は、トヨタをはじめとする世界企業の集まる、日本有数の国際都市に置かれている。グローバル化に対する要求水準も厳しい。このような環境で信頼を勝ち得るためには、世界に通じる教養こそが重要である」。世界規模での競争の中で生き残ることができる、確たる目的意識と競争力を備えた人材。同時に、多言語性に立脚した高次元の世界観を背景に、幅広い地域への共感と謙虚さをもってビジネスを展開できる人材。世界教養の言葉には、このような未来を見据えた人材育成の展望が込められている。

世界教養学科の新設と外国語学部の教育改革

 世界教養の理念を核とする名古屋外国語大学の改革を象徴するのが、世界教養学科の新設と、外国語学部における新たな教育システムの導入である。外国語学部の新たな教育システムは、図表1に示す特徴を持つ。このうち、新設の世界教養学科では、学部共通の英語基幹プログラムに並行して、専攻言語プログラムでも高度な英語能力を磨いていく。同時に、英語だけでは見ることのできない多元的な価値観や文化の多様性を、インドネシア語やアラビア語を含む幅広い複言語プログラムから学ぶ。「日本語と英語だけでは得られない価値観、知性の証を、その萌芽でも良いので身につけさせたい。必ずしも、流暢に喋らなければいけないわけではない。重要なのは、自分で辞書をひいて、情報収集を行うための基本が身についていること。多言語に拠る検索エンジンの活用によって見える世界と言っても良い。こういった経験を得ることが、情報収集能力、洞察力、想像力を飛躍的に向上させる」と亀山学長は話す。

 もう一つ、外国語学部の教育改革において特筆すべきは「世界教養プログラム」の導入である。世界教養プログラムは、導入科目、基盤科目、応用科目によって構成されている。このうち基盤科目は世界教養学科のみの開講で、複言語と対応した教養教育プログラムとなる(他学科にも各専攻言語に対応した「コース科目」が置かれている)。また応用科目では、6つの地域区分と12のディシプリンを有機的に組み合わせた72テーマが用意されている。72テーマの約3分の1が英語開講授業であり、教養と同時に英語力を高める仕組みだ。これらに加えて、世界教養として重視されているのが歴史教育だ。導入科目では、「世界理解の方法」、「日本理解の方法」と題された近現代史を学ぶ授業が、全学科1年次の必修となっている。「世界目線から日本を見る力を養うことが目的。外国語大学ならではの、現地の言語・文化に根差した歴史を学べる点が特徴だ」と亀山学長は話す。

図表1 多言語・多文化共生の時代に向けた外国語学部の新たな教育システム

教育改革のプロセスと意思共有の仕組みの整備

 亀山学長が名古屋外国語大学の改革案を提示したのは、就任からわずか1カ月余の2013年5月であったという。英語教育と複言語教育を基盤に世界教養を育てるとのアイデアは、この就任当初の改革案の中に既に含まれていた。亀山学長は就任当初の名古屋外国語大学の状況について、次のように振り返る。「法人の強力なバックアップの下に以前から改革が進んでいたこともあり、ガバナンスの基盤ができていた。またPUTをはじめとする特徴的でレベルの高い英語教育等、多くのものが揃っていた。ただ、修得した外国語を用いて話すべき内容、教養については底上げが必要であった。学生に教養とは何かを考えるヒントだけでも学ぶ機会を用意できないかと考えた」。

 改革案の実現に向けた意思決定はトップダウンによって進められた。しかし、情報がトップ層に集中し、現場との距離が開いた結果として、説得に苦慮する場面もあったという。トップ層と現場教員の意思共有を図るべく導入されたのが、図表2に示す教育改革構想会議、及び教育改革推進室の仕組みである。教育改革構想会議では、学長を中心に改革構想の立案が行われる。これに対し教育改革推進室は、改革構想案の検証と具体化に向けた作業を進める。教育改革推進室には、改革のコアとして4つの部会が設けられており、それぞれ各学科から推薦されたメンバーが配置されている。教育改革推進室の各部会では、学長自身が構想の説明に加わり、参加者に改革の必要性と熱意を伝える。トップ層が考案した改革案を、各学科からの推薦者が検討し、オーソライズする手順を踏むことで、全学としての意思共有を進める仕組みである。「教育改革構想会議、教育改革推進室の中で、多くの時間を議論にかけている。その結果、一度は決まりかけた構想が覆る場面もある。だが、その過程に意義がある。文学者としての経験でも、繰り返しの改訂が、より良い翻訳につながっていった。何度変わっても、最終的に良いものができることが重要だ」と亀山学長は話す。

図表2 名古屋外国語大学における教育改革の推進体制

 また、提案を実現していくうえでは、教育改革推進室の室長として事務能力の高い教員を起用したことが非常にうまく機能したという。例えば、執行部と学部との間で合意がとれず、改革が動かなくなる事態が生じた際、推進室長を務める教員が説明に回ることで解決が図られた。「名古屋外国語大学の改革は、彼女の活躍に支えられた側面が大きい。トップとして示したアイデアを、迅速かつ厳密に図式化して説得に回ってくれた。改革は、このような人材がいないと進まない」と亀山学長は話す。

改革の成果としての志願者増と学生・教員の変化

 名古屋外国語大学における改革の成果は、入試結果に如実に表れている。図表3に示す通り、名古屋外国語大学では、志願倍率の上昇を伴いながら、入学定員を段階的に増やしてきた。2014年以降の志願倍率の急増は併願制度の導入に拠るものであるが、同様の制度で実施された2014年度入試と2015年度入試の結果を比較しても志願倍率は上昇している。特に2015年度入試では、外国語学部の入試倍率が上昇した。世界教養学科の新設と新たな教育システムの導入に伴う効果といえるだろう。また入学者の質という側面でも、外国語学部の改革が影響を与えているという。「世界教養の名に惹かれて入学してきた学生は、自分なりの問題意識を持っているように感じる。世界教養プログラムを担当する教員からも、授業での質問の水準が今までとは全く違う、との声が聞かれる」と亀山学長は話す。

 また改革を進める中で、教員側の変化も進んだ。特に若い世代の教員において、所属を超えた交流と協力が盛んになったという。この間の教員の変化の過程について、亀山学長は次のように述懐する。「はじめに学科を超えた教育プログラムのシャッフルを、トップダウンで行った。特に集中的な英語教育プログラムの創設が、その後の改革のエンジンになった。さらに、ワールドリベラルアーツセンターや教育改革推進室の創設を通じて、大学の活動に現場教員が積極的に関わる仕組みを整えた。そこに参加する先生方が、問題意識を持って自律的に動き出してきた」。トップから現場教員へ、大学を変えていくための土壌が段階を踏んで広まっていったこともまた、名古屋外国語大学における改革の副次的な成果といえるだろう。

図表3 名古屋外国語大学における志願者数の推移 (2006年~2015年)

組織と立場を超えて持続する改革のストーリー

 世界教養の理念を核とする改革は、亀山学長にとって、東京外国語大学時代にやり残した課題でもあったという。外国語大学の未来を見据えた亀山学長のアイデアは、名古屋外国語大学におけるガバナンスの基盤、充実した英語教育の実績と出会うことで、短期間での実現をみた。また改革を進める過程では、意思共有を図る仕組みの創設を経ることで、現場教員の問題意識の醸成と、所属を超えた交流と協力が段階的に進んでいった。大学の革新に必要な課題意識とアイデアが、組織や立場を超えて持続的に進化していく過程を、名古屋外国語大学の事例に見ることができる。

 亀山学長は、自らを評して、革新への欲求を持つ典型的なモダニストであると語る。また、名古屋外国語大学の経営陣にもラディカルなモダニズムを持つ人材が揃っているという。「名古屋外国語大学の改革は、まだまだこれから。自分としても、法人としても、今までの取り組み、他の大学の取り組みを発展的に上書きするような、さらなる改革プランを抱いている」と亀山学長は話す。年度内には、社会科学系の教育基盤の強化を含む未来構想の発表も予定されている。2017年、2019年に向けた改革案も、具体化に向けて既に議論の俎上にあるという。英語が当たり前になる時代の、さらにその先に向けて、名古屋外国語大学の革新は止まらない。


(丸山和昭 福島大学総合教育研究センター 准教授)


  • 外国人教員(比率)
  • 海外留学制度(留学生派遣:16単位以上取得)
  • キャビンアテンダント採用(2013年度)

【印刷用記事】
英語が当たり前になる時代の、その先に向けて/名古屋外国語大学