ワン・キャンパスが育む学生の豊かな学びと主体性/京都産業大学

 大学のブランドがいかに形成され、どう認知されているのか。それを明らかにするには、各大学が戦略的にどのような取り組みを展開し、高校生・産業界・地域社会がそれをどう捉えているのかを見ていく必要がある。

 周知の通り、日本では長く大学を見る指標として「偏差値」信仰が幅を利かせてきた。しかし偏差値は入試に係るペーパーテストで測定された学力でしかない。偏差値への過度な偏重が、大学を輪切りにし、本来は多様であるはずの大学の見え方を単純化してしまったことは否めない。受験戦争や試験地獄といった言葉が現実味を持たなくなった今、そうした偏差値の優位性は低下し、高校生が大学を選ぶ目も変化しつつある。

 本稿で取り上げる京都産業大学(以下、京産大)は、2015年進学ブランド力調査で、高校生から「教育方針・カリキュラムが魅力的である」、「国際的なセンスが身につく」といった項目で昨年より順位を上げた。本誌でも以前、産学連携教育に力を入れる大学の一つとして、「日本型コーオプ教育」を展開する京産大を取り上げている(187号、2014年)が、京産大は建学以来、産業界や地域社会との結びつきを重視し、社会ニーズに応える大学教育を追求してきた。最近では有償インターンシップも始めている。そんな積極的な姿勢が受験生にも伝わっていることが、今回の調査からもうかがえる。

 ただ、京産大が注目を集める理由はそれだけではない。京都市北部の神山キャンパスには 学生の快活な声と新校舎建設の槌音が響き、学生の主体性を促す、実に多様な活動が展開されている。近年では女子の志願者数も増加傾向にある。そうしたところにも京産大らしいブランド構築の秘訣がありそうだ。具体的にどんな取り組みが京産大のブランドを作り上げているのか。大城光正学長にお話をうかがった。

京産大ブランドの源泉となる「神山スピリット」

 京産大にとって今年は創立50周年の節目となる年だ。「創立50周年記念推進事業」として、数年前から「むすびわざDNA プロジェクト」を始めとする関連イベントを推進してきた。それもいよいよクライマックスを迎える。今年11月27日には「創立50周年記念式典」を開催し、そこで新たな戦略を学長宣言として打ち出す予定だ。

 大城学長は、この50年の歩みをふり返り、自大学の目を見張る成長ぶりに驚きを隠さない。経済学部と理学部の2学部でスタートした京産大は、今や8学部におよそ1万3000名の学生が学ぶ総合大学へと成長を遂げた。しかも、京都では珍しくなったワン・キャンパス(一拠点)を維持しての拡大だ。「学生数においても大学規模においても、50年でよくここまで順調に伸びた」というのが教職員共通の認識だと学長は述べる。必ずしもブランド醸成を意識してきたわけではない。学生の活動はもちろん、就職にもスポーツにも力を入れてきたことが、いつの間にか京産大のブランド力をつける結果になったのではないか。それが大城学長の見立てだ。

 そもそも京産大は創立当初から元気な学生が多かったそうだ。当時は今ほど大学に知名度がなかったが、学生の元気さには定評があった。企業説明会ではいつも京産大の学生が最初に質問してくると人事関係者に言われるほど、「明るい、元気、やる気」というイメージでやってきたと大城学長は言う。その根本にあるのは、キャンパスが位置する丘陵地を冠する「神山(こうやま)スピリット」と呼ばれる精神だ。現在キャンパスのシンボル的存在になっている天文台は「神山天文台」、約13万6000人の卒業生を擁する同窓会は「神山会」だ。そんな名称に象徴されるように、「神山」の下で学内構成員に広く共通する風土が育まれてきたと大城学長は述べる。

 ふり返ってみれば、京産大は、この「神山スピリット」を常に底流にしつつ、各時代に即したスローガンを戦略的に打ち出して成長を促してきた。40周年を迎えた2000年代、京産大は「パワーユニブ」、つまり「力のある大学」となることを目指した。自由な気風の中で学生がしっかりと鍛えられ、成長できる大学として認められるようになったと大城学長はふり返る。そして2010年には‘Keep Innovating.’を掲げた。「型やぶりな挑戦」を続けることで個性的な大学を生み出すべくやってきたというわけだ。

 それと同時に、大学のブランドやイメージの構築にスポーツが果たす役割も大きかった。京産大は伝統的に野球やラグビーが強く、バンカラなイメージがあったと大城学長は言う。それが、90年代半ばに全日本大学女子駅伝で4連覇したことで少しずつイメージが変化し始め、近年は学生の3 割を女子が占めるなど着実にイメージが変わってきたという。

 そして50周年を迎えた現在、京産大の目は次の方向を見定めようとしている。大城学長は、次は15年先の2030年を目標年にする予定だという。15年を一つのスパンで捉え、5年ごとにアクション・プランを策定・検証し、次の5年に活かすというサイクルで進めることになるようだ。その全貌は、新しいスローガンを含め、今年11月の記念式典で明らかにされる。京産大の次なる飛躍に向けた将来構想が提示されるはずだ。

社会のニーズに応える学部・学科作り

図表1 京産大における学部・学科の設置と再編

 こうして見てくると、京産大は常に社会における自らの存在意義を意識し、新たな価値を創造できる大学であろうとし続けてきたと言っていいだろう。とりわけ、社会ニーズに応えていこうとする姿勢は、学部・学科を新設・再編してきた経緯に反映されている(図表1)。

 2000年代以降の動きに限って見ても、文化学部、コンピュータ理工学部、総合生命科学部の設置に加え、学科レベルの新設・再編が毎年のように実施されている。

 昨年(2014年)4月の外国語学部改組ではそれまでの細かな学科を廃止し、英語学科・ヨーロッパ言語学科・アジア言語学科への再編が行われた。今年4月には、文化学部に京都文化学科が設置されている。さらに来年4月には、理学部に気象学や天文学に特化した宇宙物理・気象学科が設置される予定だ。そして2017年4月には、9つ目の学部としての「現代社会学部」が新設される。まさに矢継ぎ早の組織改組、拡大が進むことになる。再来年度には学生数が1万5000人弱まで増加する予定だ。

 こうした一連の組織改革から読み取れるのは、社会的要請に対する京産大の感応性の高さだ。学部・学科編成には大学が目指す「かたち」が戦略的に具現化されるものだ。大城学長は、結局のところ、魅力的な学部・学科作りを通して大学が変わったというメッセージを伝えていくことが重要だと述べる。

 その意味で先述の「京都文化学科」は好例だ。同学科は、半世紀にわたって京都市内に立地し続けてきた大学の存在意義を、京産大が真正面から問い返した結果誕生したものだと言っていい。国際ブランドでもある「京都」を舞台にした学びを提供できることは利点であり強みにもなるが、同時に、京都に立地する大学としての社会的責任でもある。京都文化の継承・発展にどう寄与するのか。その問いに対する教育面での答えが京都文化学科の設置だ。同時に、研究面では「日本文化研究所」が注目される。今年4月には専任研究員として彬子女王殿下をお迎えし、共同研究を開始した。さらに、ここ10年ほど京都商工会議所が実施する京都・観光文化検定1級の合格者を特別客員研究員として受け入れ、京都文化について研究を推進してもらい、毎年3月に成果報告会も開催している。京都に関する教育と研究を「世界に発信していく」、それこそがキーワードだと大城学長は語る。

ワン・キャンパスの強みを活かす

 大学は、その使命やビジョンを踏まえ、学部・学科等の組織開発を行っていくことで、自らの存在意義を社会に発信していくことができる。高校生が京産大に注目しているとすれば、そんな大学経営の「いろは」がしっかり機能しているからだろう。しかも、こうした多様な学部・学科編成が一つのキャンパスで展開されていることは、京産大の多面的な魅力を一体的に伝えることを可能にしている。

 再来年に予定している「現代社会学部」設置は、そんな多様性にさらなる彩りを加えることになるにちがいない。もちろん大城学長が指摘する通り、関西地域の他大学には既に社会学部が少なからず存在し、京産大の現代社会学部は後発組だ。京産大らしい強みを発揮することが求められる。地域・人間・メディア・健康スポーツといったテーマを軸に、若者が今後直面する諸課題について深く学べる学部にする計画だが、そこには、他の8学部が揃ったワン・キャンパスの強みを活かすことになるだろう。

 そんな強みを活かした取り組みは既に展開されている。融合教育(フレキシブルカリキュラム)だ。学部横断でプログラムを構築し、現代社会が抱える複雑な課題を解決できるスペシャリストを育成している。例えば、法学部と外国語学部が学部の垣根を越えて協働して提供する「司法通訳」育成プログラムがある。目標は法律の知識を備え、中国語や韓国語もできる人材の育成だ。このほか、法学部と理学部による「知財エキスパート」や、法学部・経済学部・経営学部による「人事・労務」の人材養成プログラム等が準備されている。いずれも修了者には学長名で修了証が授与されるという。

 同一キャンパスに複数学部が集約された「一拠点総合大学」だからこそ可能になる取り組みだが、プログラムの開発・調整は容易でないと大城学長は語る。卒業単位124単位の中で専門科目を組み合わせて別のプログラムを作るには、全学的なカリキュラムの調整が必要になるからだ。ただ、学部が割拠した中で専門教育が提供される大学の固い構造を乗り越えることは、多くの日本の大学に共通する課題だ。そこに切り込み、学生の学びの幅を広げようとしてきた京産大の取り組みは注目に値する。

 それだけではない。京産大のワン・キャンパスは、学生の主体性の育成にも活かされている。全ての学部、全ての学年が同一キャンパスに集っている利点は、異なる背景を持つ学生同士が相互に学び合い助け合う環境を整備しやすい点にある。京産大では、就職支援、ピアサポート、FD、ボランティア、広報等に学生が主体的に関与し、そこで自主性を身につける格好の機会となっている。例えば、就職内定を決めた学生が学生就職アドバイザーとして後輩にアドバイスをするそうだ。オープンキャンパスも学生スタッフが企画し、それを代々継承して工夫を凝らして改善した実績がある。そんな取り組みは、保護者や受験生にとても好評だと大城学長はいう。

教学改革を支えるガバナンス構造

 このように、京産大は多様な打ち手を講じることで、受験生を始めとする社会への発信力を高めてきた。では、こうした教学改革を支えるガバナンスはどのような仕組みになっているのだろうか。

 京産大における全学と学部の関係性は図表2の通りだ。「学部」、「学長室」、そしてその下で全学の教学運営を支える「教学センター」が連携する構造となっている。なかでも、従前の各学部の「事務長」を「学部長補佐」という新たなポストとし、学長室所属としたことに加え、この「学部長補佐」が教学センターの各学部担当「課長」として兼務していることが注目される。つまり、学部長補佐が全学と学部を結ぶ結節点として機能しているわけだ。学長室が中長期戦略のプランニングを行っているが、そこに学部長を補佐する役割を担う学部長補佐が入ることは全学の連携を図るうえで重要だ。

図表2 全学と学部の連携体制

 このガバナンス構造の下、学長のリーダーシップが発揮しやすい構造になっていると大城学長は述べる。毎月、各学部長と学部長補佐が学長のところに来て教授会の報告を行うことになっているという。学部長の選出も、学部で選挙したうえで順位をつけずに複数候補者を学長に挙げ、その中から学長が1人を指名する仕組みになっている。必ずしも1位を指名するわけではない。学部長は学部の利益代表者ではなく、大学の教学面を担うメンバーであることを踏まえ、それに見合う資質の有無をみて決定するのだと大城学長は説明する。

 こうした体制が社会ニーズに即した機動的な改革を可能にしてきたといえるが、もちろん課題はあると大城学長は指摘する。

 実は、今年度入試の志願者は減少した。大学が集中し競争の激しい関西地区ではライバル校の動静がストレートに影響を与えるからだ。京産大の強みをさらに強化する方策が常に求められる。

 いま大城学長の懸念は、これまで強みとしてきたワン・キャンパスの広がりに限界が見え始めていることだ。京都にあることは強みだが、古都だからこその厳しい建物制限を受け、この地でこれ以上キャンパスを拡大していくことは難しくなっているという。10 年、15 年先を見据えて持続可能性を維持するためには、将来的に第二キャンパス設置の選択肢も模索していく必要があるかもしれない。

 ただ当面は、活気ある京産大をどう維持していくのかが課題だ。その点ではスポーツ強化も一つの柱だと大城学長は述べる。スポーツ強化推進室を設置し、今後はラグビー、野球、陸上等のスポーツ支援を強化していく予定だ。スポーツが強いとキャンパスが元気になるという。

 すでに多くの魅力的な取組みを展開してきた京産大だ。今秋の50周年記念式典では次代を乗り切るための戦略的な将来像が提示されるにちがいない。引き続き注視したい。


(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)


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