小規模大学でも「警察官就職率全国一」を支えるキャリア支援/日本文化大学

日本文化大学キャンパス


大森義夫 学長

 2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例等を、積極的に紹介していきたい。

 今回は、警察官・公務員の就職に強みを見せる日本文化大学で、大森義夫学長、奥村卓石特任教授にお話をうかがった。

入学者の8割が公務員希望

 1978(昭和53)年創学の日本文化大学は、法学部のみ学年定員200人の小規模な単科大学だが、近年、警察官就職率の高さで注目を集めている。

 2012年度に就任した大森義夫学長は「自然発生的に警察官志望者が増えてきて、大学として、なるべく合格させてやろうと対策講座を始めたと聞いています。その中で、警察官志望者や合格者が多いという評判も上がるし、宣伝もしますから、警察官志望者がさらに増えてくるという回転になったのですね。ですから、別段今も、警察官養成所のように特化させようと思っているわけではないのです」と言う。

 奥村卓石特任教授によれば、警察官志望者が増え、対策講座等の取組を始めたのは15年ほど前。10年前から一気に増えたという。

 「学生の志向と、大学の経営が、非常に一致したのですよね。そういう意味で、恵まれたポジションと思っています」(大森学長)。確かに、この規模の大学が存在感を発揮するうえで、「警察官就職率全国一」という特徴を打ち出せることは非常に大きい。

 「評判が広まるにつれて、父母の片方ないし双方が警察官という家庭環境の学生も増えてきています。そういう意味で、基本的にまじめだし、目標がはっきりしている。

 少人数で、入学者の約8割が公務員志望。そしてその半ば以上がたぶん警察官志望。マンモス大学と違って、方向性が一つなのですね。例えば警察官の試験を受けるにしても、何十人も受けるのである種の一体感があるし、いい意味での競争もある。そんなところは学生にとってのうちの大学の良さでしょうね」(大森学長)

1年生から始まる「キャリアマネジメント」

 具体的な取り組みとして、警察官を含む公務員試験の合格にウエイトを置いた講座が、いくつか用意されている。

 「一つはまず、『キャリアマネジメント』という科目で、1年生から始まります。というのも、公務員の試験は基礎的な人文から社会科学の範囲まで、広範な出題なので、それに対応すべく、1年生で基礎、2年生で教養力と応用、3年生で実践というスケジュールで取り組みをしています」(奥村特任教授)。選択科目ではあるが、警察官をはじめとした公務員志望の多さを反映して、7割以上の学生が受講しているという(下図参照)。

キャリアマネジメント(選択科目)

 3年生になると、「キャリアマネジメント」と並行して「試験演習」が選択科目に加わる。「警察官・消防官」「地方公務員」の2つに分かれ、過去問題を実際に解き、学生同士でディスカッションも行う。1、2年生の勉強を踏まえて、3年生はまさに実践というわけだ。

 「他大学では、公務員試験対策に専門学校等に通う、いわゆるダブルスクールの学生も少なくないようですが、本学では授業の中で取り組みんでいるので、その必要がありません。時間的にも経費的にも学生の負担を軽減できていると思います」(奥村特任教授)

 「キャリアマネジメント」では、外部の専門学校と提携して講師の派遣を受けているが、カリキュラムは学内で開発。「奥村先生をはじめとする先生方は、警察官の経験こそありませんが、警察官受験指導を十何年経験しておられるベテランです。過去問等はもちろん、面接のお辞儀の仕方に至るまで、警察官受験には非常に詳しい。そういう方が、カリキュラムを企画し、実際の指導にも当たるということです」(大森学長)

 公務員試験対策に力を注ぐ大学も増えつつある中で、日本文化大学が成功してきた「秘訣」はどこにあるのだろうか。

 「まず、10年前というのは一足早い時期だったということ。それから、公務員、その中枢である警察官、消防官、地方公務員の、志望者を合格させることが中心課題だと、教員、職員が、全学的に一丸となれたことでしょうか」(大森学長)

 しかし、なぜ一丸となれたのかという疑問は残る。あえて推測するなら、「就業力強化策として警察官試験対策を導入し、特化しよう」ではなく、「警察官志望の学生を一人でも多く合格させよう」というニーズ先行型だったために、教員・職員の反対が少なく、まとまりやすかったという要素はあったかもしれない。

建学の精神に根づいた人間力育成

 最近の公務員試験の全般的な傾向として「人物重視」があるという。

 「神奈川県警や大阪府警が顕著なのですが、『学力より人間力』みたいになってきて、採用試験でグループディスカッションみたいなのを重視し始めているんです。丁々発止というか、学生間で協調しつつ議論ができるような多面的な力が必要になっていると思います」(大森学長)

 この傾向には、ゼミナール教育で対応している。1・2年生の基礎ゼミ、3・4年生の専門ゼミはいずれも必修で、基礎ゼミは20人、専門ゼミは12、3人と少人数グループ。グループディスカッション形式の授業も取り入れるが、単なる試験対策ではなく、人間形成を兼ねるものと位置づけられている。

 奥村特任教授は、公務員試験が一般企業の採用基準に近づいてきたと捉え、これからの教育はより人物重視を考えているという。「本学には、恩愛禮義、清明和敬、重厚中正、祖風継承という4つの建学精神があるので、これをいっそう大事にして学生と接触していこうと」。

 大森学長も「最近は企業の面接でも、君の大学の創学の精神は何か等と聞かれるらしいですよ」と言い、建学精神とその表れとしての独自教育に注目する。「創学者の蜷川親繼先生は、『広く次代の国家を背負う人材の育成』を目指してこの大学を始められた。蜷川家というのは、室町時代から続いている、教育の家系だそうです。次代の国家を背負う人材の育成に適切であろう法学部と、代々受け継いでこられた文化とが、蜷川先生の頭の中で融合した結果、幅広い基礎教育が本学の教育の特徴になりました。

 例えば、茶道です。『日本文化史』という1年生の必修科目の中にお茶の作法がある。むくつけき男子学生も週に1回、お茶室で茶儀に励みます。

 部活動では武道を奨励しており、剣道部、柔道部、弓道部があります。警察の採用で柔剣道2段以上だと加点されるということもありますが、それよりも、茶儀と同様、日本文化の継承、祖風継承の一環です」

 大森学長は、警察庁を退いた後、大手民間企業の役員を10年間務めた経験から、文科省のいう就業力の重要性はよく理解できるという。「けれども、そういう実務能力だけではなく、リベラルアーツというか、文化的な、一般的な社会人としての教養というのは、やっぱり大事だなと思っているのですよね。その配分は難しいところですが、大学としては、就業力の前に、立派な社会人になってほしいという気持ちも強いですね」。

民間企業就職率も向上

 取り組みの成果として、公務員(警察官を含む)だけでなく民間企業を合わせた就職率も高い水準にあり、 2015年には学部別実就職率の法学部で全国1位となった※2。警察官・公務員合格者が全体の数字を押し上げてはいるが、試験範囲の広い公務員試験の対策を強化した結果、一般企業の採用試験もカバーでき、好成績につながった面もあるようだ。

 奥村特任教授は、3年生の必修科目である「就職情報概論」の役割が大きいと指摘する。

 「通年ですから、講義が30回ありますが、就職の、非常に基礎的な問題から入り、相当広範囲に取り扱います。具体的に言えば、就職活動の仕方から、エントリーシートの書き方、面接、警察官に必要な知識まで。一部、志望進路に応じた内容もありますが、基本的には公務員志望でも民間企業に進む学生でも、共通する事項を扱っています」(奥村特任教授)

 就職先での卒業生の評価も、成果指標の一つだ。

 「例えば警察について申せば、まず、うちの卒業生はほとんど辞めないのです。もともと警察官は、警察学校で既に1割ぐらい辞めちゃうとか、辞めるのが多いのですが」(大森学長)

 3年離職率が3割といわれる昨今、すぐに辞めないというのは高評価のポイントだろう。

 「それと、警察の場合、大卒の新人を評価する上司が高卒ということが多いのです。その中には大卒は嫌いだという人も意外と多い。でも、本学の卒業生は、『俺は大卒だとかひけらかさないし、まじめにやってくれる』と評価されています。たぶん民間企業でも同じでしょうけども、そういうタイプが多いのだと思います」(大森学長)

実績をもとに第二の柱づくりへ

 現状を踏まえての今後の構想を、大森学長はこう話す。

 「まず警察官就職率全国一というのは、維持したい。現に、そう志望して本学に入ってくる学生が多い以上は、就職の希望は、できるだけ実現させてやりたい。

 次に、女子力を高めたい。警察官志望で入ってくる女子学生も随分いるのですが、女子比率がまだ2割強なので、これを3割に持っていきたい。例えば去年は本学から5名の女子が警視庁に合格しました。実は警察も、女子の採用を増やしているのです。ことに警察官・公務員を志望する女子高校生にはチャンスなので、ぜひ入学してほしいと熱烈に思っています」

 これらの構想の一方で、警察官養成所と化すのは、本意でないとも大森学長は言う。「だから端的に言えば、第二の柱が欲しいですよね。その努力はしているつもりですけれども。やっぱり警察官志望の学生が多いので、その兼ね合いが苦労している点です」。では第二の柱は何かとなると、現状で警察に次いで多い進路は、消防官、地方公務員、民間では警備業等だが、どれも決め手を欠くのが悩みという。

 「しかしこれは私どもが決めることじゃなくて、学生が決めることですから。学生の動向を見なくてはいけません。10年前に警察官志望者が増えたのと同じように、自然発生的に決まればよいと思います」(大森学長)


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)