女子学生に必要な21世紀型キャリア教育を切り開く/昭和女子大学

昭和女子大学キャンパス


坂東 眞理子 学長

 近年、女子学生を獲得するために、女子をひきつける学部を設置し、女子を意識した広報や施設を整える大学は多い。しかしほとんどの場合、入学後は男子学生と同じキャリア教育・就職支援しか提供されず、学生達もそれを当然だと疑問も持たない。こうした現実に強い違和感や危機感を覚えていた。「女性が輝く社会」の実現に向けた議論が活発に行われているが、大学時代から意識と行動を変えていく必要があるのではないか。

 そうした筆者の問題意識に明確に答えてくれたのが、昭和女子大学の取り組みである。女子学生に必要なキャリア教育とは何か。坂東眞理子学長にお話をうかがった。

21世紀型の女性のライフモデル

 昭和の時代、女性は学校を卒業後、少し社会勉強し、いい人と出会って結婚し、子どもを育て、温かい家庭を築くことを社会から期待されていた。多くの女子大学はそうした需要に応えた教育を行ってきたし、昭和女子大学もその典型であった。

 しかし今や、夫の収入のみで生活していくことは困難で、こうした昭和型モデルはもはや通用しない。「経済負担も育児も家事も男女が分担していく新たな時代で、女性達がのびのびとしなやかに生きていくために必要な力を身につけていくことが重要です」と坂東学長は話される。

 昭和の時代から、男性は企業が教育をしてくれたが、女性は必ずしもそうではなかったため、自分の力を証明するための資格をとることが重視された。現代でも不景気を背景に資格志向が強くなる時期もあるが、最も大事なのは資格の取得そのものではなく、社会で通用する基礎力を総合的に育てることである。それはスキルとしての英語やICTに限らない。組織の中でチームの一員として、あるいはリーダーとして働くことが女性にも求められている。また女性は、結婚・出産・育児というライブイベントをキャリアの中でどのように調整していくのか、という課題に直面する。しかも、それは時期も状況も一人ひとり異なっており、自分で考えて選択できる力や、パートナーを選ぶ目も養わなければならない。

 社会通用性と、長い目で見たキャリアを自ら設計する力。21世紀型の女性のライフモデルに必要なこの2つを獲得させるために、昭和女子大学は様々な工夫をしてきた。

女性のロールモデルとしての人材バンク「社会人メンター制度」

 まず、非常にユニークなのが「社会人メンター制度」だ。いわば、働く女性の実物大のロールモデルに触れさせる取り組みである。現在の学生の母親の多くは、専業主婦かパートで仕事をしているパターンで、働いている女性というと学校の先生くらいしか知らない学生が大半である。女性の多彩な生き方を支援するに当たり、そこをまず正す必要があった。実際にメンターに触れた学生達の最初の反応は、「こういう仕事があるんだ」という程度のものから始まるが、メンターとの出会いによって、自分の将来を具体的にイメージし、学生時代の過ごし方に対する自覚を得られるようになっていく。

図表1 メンター検索画面

 どういうきっかけで、いつ頃に始まったのか。坂東学長は、2005年に女性文化研究所長として着任し、そこで公開講座を開催していた。その中には基調講演だけでなく、働く女性達と学生がグループに分かれて話し合う試みがあり、非常に評価も高かった。そこで、2011年の就業力GPを契機に、より組織的に取り組むべく、3年以上の就業経験のある社会人女性をボランティアで募った。ボランティアで果たしてどれくらい集まるか心配だったが、新聞で取り上げられたこともあり、500名余りの女性から「自分の経験を役立てたい」と応募があり、この中から300名ほどで人材バンクを作った。メンターの中で昭和女子の卒業生は1割程度で、あとは大学とは無関係の社会人女性達である。職業、置かれた状況、年齢、人生経験等、メンターの属性は非常に多様だ。メンターと45分間1対1の「個別メンタリング」を受けたい学生は、学内検索システム(図表1)で、希望の条件(年齢、職業等)やキーワードで希望のメンターを検索して予約すれば、日程調整はキャリア支援センターが行ってくれる。利便性が極めて優れているのも特徴だ。

 ただ、この方式だと1カ月に10~20人ほどしかメンタリングを経験できない。そこで、土曜日の午後、テーマを決めてメンターとグループディスカッションする「メンターカフェ」を始めた。例えば「管理栄養士として働く」「留学経験を活かす」といったテーマを設定し、テーマにあったメンターに来てもらうものだ。さらなる仕組みとして「メンターフェア」も始めた。お昼休みにメンターに大学まで来てもらい、予約なしで会話をするもので、「この人とならもう少し話をしてみたい」といったきっかけづくりの場となっている。

 メンターに求めるのは、具体的な進路指導というより、将来に対してのモチベーションを与えることである。そのため、就職活動の時期ではなく、もっと早い段階での活用を念頭に置いている。1年次から仕組みの存在は伝えておき、カリキュラム上は、2・3年次の選択必修の科目で、1セメスターに1回は個別メンタリングを受けることを、教員から奨励してもらっている。こうした試行錯誤の結果、今では約半数の学生がメンター制度を利用するまで広がった。

図表2 2015年度キャリア支援システム

女性のキャリアや社会の仕組みを伝える

 「社会人メンター制度」は学生に気づきややる気を与えているが、それと同時に、社会の仕組みや職業等について、体系的に理解を深めることも重要だ。専業主婦を夢見ても、現実的には難しいことさえ学生達は意外と知らない。会社の名前もよく知らないし、女性にとっての良い企業という問題意識も持っていない。

 昭和女子大学の女性文化研究所では「ホワイト企業ランキング」を発表している。いわば、女性が働きやすい良い会社のランキングだ。ランキングの指標は、①ワークライフバランス基準(有給、育休、残業手当等)、②女性活躍基準(女性管理職比率等)、③フレキシビリティ基準(在宅勤務、フレックスタイム制度、社内応募制度等)の3カテゴリーで作っている。特に女性管理職の比率や男女の平均給与の差等、企業自身も把握していないデータも多い中、苦労しながら進めてきた。一方で学生たちにとって良い企業ランキングを作らせたところ、①ワークライフバランスは重視しているが、②③にはほとんど関心を持っていないことが分かった。実際に働きながら家事や子育てを両立している者の目からみれば、働き方に自由度があり自主性を持てることが極めて大事なのは明白なことだが、学生にそういう意識はまだないという。

 以上は一例だが、学生の認識と現状のギャップを1年次から始まるキャリア科目(図表2)の中でも伝えていき、視野を広げたうえで、「どういう分野でどういう生き方・働き方をするかを決めてほしい」と伝えている。

大学と社会をつなぐ場を作る

 また、社会人メンター制度以外にも、学生に外の世界を体験してもらうような場を意識的に作っている。2013年にはビジネス系学部であるグローバルビジネス学部開設と同時に、現代ビジネス研究所を設置した。昭和女子大学はもともと文学・家政を中心に発展してきた大学であるため、経済や経営の専門家が少なく、実務経験を持つ人材プールが必要という問題意識があった。また、坂東学長自身、ハーバード大学での研究員での経験が自身にプラスだったことから、社会人にそういう場を提供したいという狙いもあった。

 グローバルビジネス学部では、3年生になるとプロジェクト学習に取り組む。この授業は、教員と研究員(企業の人)がペアで行うユニークなものである。多くの大学でプロジェクト学習に取り組むようになっているが、全て自前でやっているのは少ないのではないかという。研究員は会社から言われて来ているのではなく、自ら研究計画書を書き、応募するボランティアである。自らの経験を大学に還元したいという社会人は思いのほか多く、協働する教員にも良い影響を与えているという。

女子大だからこそグローバル化に取り組む

 また昭和女子大学は、女子大では珍しくグローバル化に熱心に取り組んでいることで有名だ。前述のグローバルビジネス学部設置のほか、2013年~2017年のグローバル人材育成推進事業も、私立女子大学で唯一採択されている。社会の要請からも、女性のキャリアからも、女子大がグローバル化に取り組むのは意義があるという。女性は歴史的に見て男性より遅れて社会に進出しているため、男性が不足しかつ社会的ニーズの高い領域へ人材を輩出できれば、活躍の場が大きく広がる。現代においてそういう領域とは、まさにグローバル領域を指すからだ。

 グローバルビジネス学部を作った目的は、グローバルリーダーを支えるグローバルワーカーを育成するところにある。新増設に当たって「リーダー育成」を掲げる大学は多いが、実際のビジネスにおいてはリーダーだけがいても仕方がない。いわゆる「普通の子」のレベルアップこそが社会を良くすることにつながると考えている。「ただ、この分野は既存の共学私大が強い分野ですから、かなりのチャレンジでした」と学長は言われるが、蓋を開けてみれば、図表3にあるように、志願者数も急増した。また、これまでの昭和女子大学生とはタイプの違う学生が増えてきたという。共学志願者の併願先として目を向けられつつもあるようだ。

図表3 志願者数推移

 成功の背景には、「昭和ボストン」という全寮制の海外キャンパスを持っていたことも大きい。1988年に設立されたキャンパスで、一時は財政上の負担にもなっていたが、現在はこの環境を生かした質の高い教育を提供し、200~250名ほどの学生が学んでいる。英語コミュニケーション学科とグローバルビジネス学部の学生は、2年次に最低1セメスターはボストンで学ぶことが必須となっているが、昭和ボストンをステップにアメリカの他大学に留学する等意欲的な学生もいる。ほかの学科の学生も、昭和ボストンで、サマープログラムはもちろん、1セメスター授業を受けることができる。例えば、管理栄養士で英語もできる等、専門技能にプラスアルファで英語を使いこなせる学生が出てほしいという。またアジア方面では、上海交通大学と22年間の協定関係にあり、最近は国際学科でダブルディグリープログラムも動き出し、現在8名の学生が履修している。もうすぐソウル女子大学、ベトナム国家大学等とも同様の取り組みを始める予定だという。

時代と学生に合わせた丁寧な改革で潮流を創り出す

 こうした取り組みの効果は、明らかに就職率に表れている。2015年度の就職率は93.9%。5年連続で全国女子大第1位である。これまでの取り組みに加えて、夏休み前に就職先が決まらないと心理的なダメージを受ける学生が多いが、それを励まし、もう一度チャレンジさせる等、職員の努力も大きい。2014年度の個別面談実績は3855件に上るが、内定が決まる最後までこれほど丁寧に面倒をみている大学は少ないのではないだろうか。昭和女子大学では、国立大学並みの教員学生比率であることに加えて、1年次から各学科にクラスアドバイザーを置いており、教員と学生の距離が近く面倒見が良いことも背景にあるようだ。

 取り組みの効果の測定はこれからの課題だが、学生達が意欲的になっているという実感はあるという。確かに本当の意味での取り組みの成果は、卒業生達がしなやかに仕事と家庭を両立させ、幸せな人生を歩むことであって、10年後、20年後と長いスパンで出てくるものであろう。

 学生達だけでなく、最近の昭和女子大学は外から見たイメージも大きく変わった。坂東学長が昭和女子大学にきて12年(学長着任から9年)、行ってきた改革や、教職員が時代の変化に合わせて努力してきた成果が表れつつある。例えば、教員の採用は全て公募・任期付きに変えた。大きな私大でここまで思い切った取り組みをしている例はほとんどないが、多様な背景を持つ方が応募してくれるようになったという。職員も中途採用を中心に切り替えた。ほかの分野で仕事をしたうえで職場として大学を選ぶ人は、相対的に見て意欲が高い傾向があるという。こうした新しいチャレンジに軋轢はつきものだが、変わる意識のある人から変わってもらい、メンター、現代ビジネス研究所等、外部から新しいインパクトを入れ、新しい考えを持った教職員に来てもらうことで、時間はかかるが、確実に学内の雰囲気は変わってきた。

 キャリア教育について今後の課題を尋ねると、「これまでは自前で作ってきたが、今後は外部機関との連携も進めたい。パートナーとして選んでもらうためにも実力をつけ、個性をさらに際立たせることが重要だと考えています」とのこと。昭和女子大学のさらなる発展も楽しみであるが、男性も女性も活躍できる社会を作るためには、女子学生にこうした教育をしていくだけでなく、男子学生にも同様の教育が不可欠だ。願わくは、昭和女子大学の取り組みが、ほかの多くの大学にも大きなインパクトを与えてほしいものである。

(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科准教授)



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