良き医療人の個性を導く「アセンブリ入試」の挑戦/藤田保健衛生大学
愛知県豊明市にキャンパスを構える藤田保健衛生大学は、医学部と医療科学部の2学部7学科によって構成された、私立の医療系総合大学である(2015年5月現在の学生数は、大学院も含めて2810名)。同大学では、半世紀前より学部・学科の枠を越えたチーム制での共通活動を行い、チーム医療に欠かせないスキルとスタンスを身につける、独自の「アセンブリ教育」に取り組んできた。さらに、2016年度入試においては、医療科学部において「アセンブリ入試」を実施。大学の理念に即した人材選抜・育成の深化を目指した同取り組みは、医療系大学における先駆的な入試改革として注目を集めている。大学の教育理念とアセンブリ入試導入の狙い、その成果と今後の課題について、星長清隆学長、金田嘉清副学長(医療科学部長)に話をうかがった。
「獨創一理」の理念と「良き医療人」の育成
藤田保健衛生大学は、1964年に創設された南愛知准看護学校を母体とする。四年制大学としては、1968年に名古屋保健衛生大学を開学。衛生学部(後の医療科学部)から成る単科大学として、衛生技術学科・衛生看護学科が置かれていた。医学部の設置は1971年で、現在の大学名となったのは1984年である。建学の理念は創設者である藤田啓介が掲げた「獨創一理」。「独創的な学究精神を堅持して真理を探究し、おおらかな誇りを持ち、感激性に富む、個性豊かな人格を形成する」との意味を持つ。「藤田先生は、医者であると同時に科学者で、権威にとらわれない自由な発想と、先進的な理念を持っていた」と星長学長は話す。特に教育面では、患者に優しく技術もある「良き医療人」の育成を掲げ、幅広い医療専門職に対するきめ細やかな指導を特長としてきた。その成果として、藤田保健衛生大学の学生は、医師・臨床検査技師・看護師・保健師・診療放射線技師・理学療法士・作業療法士・臨床工学技士・診療情報管理士といった各種医療資格の合格率において、全国平均を上回る高い実績を誇る。研究・診療の面でも、大学病院での手術支援ロボット「ダヴィンチ」の導入(2009年)、医療科学部と大学病院の協力による地域包括ケア中核センターの設立(2013年、病院を有する大学としては全国初)等、「獨創一理」の理念に根差す先進的な取り組みが追求されてきた。
アセンブリ教育の伝統と入試改革への挑戦
先駆的な医療人養成を追求する藤田保健衛生大学の姿勢を顕著に示すものが、学部・学科の枠を越えて連帯精神を育む「アセンブリ(全員集合)」の理念である。藤田保健衛生大学は、始まりがコメディカル人材の育成であったこともあり、創設初期の段階から、幅広い専門職の連携によって医療に取り組む能力・姿勢の育成を重視してきた。「患者中心の医療を、教員も学生も一緒の目線になった師弟同行の考えの下に追い求める教育を、チーム医療という概念すら普及していなかった1960〜70年代に打ち出していた」と星長学長は話す。この理念を具体化したものが「アセンブリ教育」の伝統だ。アセンブリ教育は、藤田保健衛生大学の学生全員を対象に実施される独自のカリキュラムで、学部・学科の枠を越えた共通の活動により、チーム医療に欠かせない能力を段階的に身につけるプログラムである(図表1)。アセンブリ教育の成果として、藤田保健衛生大学の学生は、患者に寄り添う姿勢、優しさに優れていると、星長学長は話す。「赴任前、初めて本学の卒業生と接したとき、周りの医者との違いを強く感じた。亡くなる患者の苦しみに寄り添う、看取りの精神を備える人材であった。技術の優秀さも大事だが、優しさを持つことが良い医療者としての原点である」。
このようなアセンブリの理念を、現代の課題に合わせて入試にて発揮しようとする取り組みが、「アセンブリ入試」である。藤田保健衛生大学の理念を体現し、かつ個性を発揮して同期生を牽引する人材を、ディスカッションを含む丁寧な入試によって選抜する試みだ。「本学は、これまでの教育でも、良き医療職を数多く育てあげてきた。その成果は、高い試験の合格実績や、就職先の評判からも明らかである。ただ、今後のグローバル社会で活躍できるような、獨創一理の理念を体現する個性を備えた人材を育成するために、もう一歩踏み込んだ挑戦が必要と考えた」と金田副学長は話す。
アセンブリ入試の導入に当たっては、医療科学部の若手教員を中心に、時間を惜しまずに入学者選抜を行おう、との考えの下、議論が進められた。最終的には、入学定員450名のうち、約3%に該当する14名の定員が、アセンブリ入試に割り振られた。「画一的な規準によって、そこに満たない受験生を振り落とすという発想ではなく、いかに受験生の個性を導き出すかを目的として議論した。このような個性を持った学生が、60名のクラスに1名ほどの割合で配置できれば、学年全体の個性の発揮にも影響を与えると考えた」と金田副学長は話す。
学生の独自性を引き出すための入試選考プロセス
アセンブリ入試の仕組みは、高校時代の活動をまとめたアクティブレポートと国際適性に関わる英語力の評価から成る第1次試験、科学適性に関わる学力試験とグループディスカッションから成る第2次試験による、2段階での選抜となる(図表2)。「各選抜方法の点数配分については、悩ましい課題であったが、最終的にはグループディスカッションの配点を高く設定した。学業成績だけでは測定できない、個性・協調性・発言力等を総合的に見いだすことが、この新しい入試の中心的な課題であると考えたためだ」と金田副学長は話す。
グループディスカッションでは、医療科学部の6学科2専攻※の志願者を混合したグループが組まれ、医療従事者をテーマとしたディスカッションが行われた(テーマは第1次試験の合格結果と同時に提示)。評価については、医療科学部の各学科から2名ずつの教員がディスカッションを観察し、評価シートにもとづいて採点する方式を採った。評価シートは、医療科学部の教員達自らの議論によって作成された。5つの大きな評価項目の下に、それぞれ3~6の評価視点がつく構成となった。「試験を行う前には、入試担当教員の間でトレーニングとトライアルを繰り返した。導入に当たっての議論も含め、客観的に見て教員の負担は大変なものであると感じるが、学部の将来を担う若いスタッフを中心に、熱心に取り組んでくれた。教員全体として、藤田保健衛生大学の卒業生が多いこともあり、アセンブリ入試については大きな反対もなく導入することができた」と金田副学長は話す。
アセンブリ入試を実施に移すに当たっては、受験生にとって、ハードルの高い内容となったのではないか、との懸念もあったという。しかし結果的には、募集人員の約2倍となる33名が集まり、最終的には18名が合格した。「もともと、他の入試形態も含め、志願者の多くが本学を第一志望とする学生であるという素地もあった。実際、今回のアセンブリ入試の志願者には、別に実施された推薦入試で不合格となった学生が含まれていた。その意味において、アセンブリ入試の導入には、本学を志願する高校生に受験機会の幅を広げるという点でも意味のあるものとなった」と金田副学長は話す。
大学の理念に合った人材の獲得と今後の課題
アセンブリ入試の手応えについて、金田副学長は次のように話す。「グループディスカッションでは、予想以上に活発な議論が行われた。また、アクティブレポートについても、学生の個性が良く表現された内容が集まった。結果として、藤田保健衛生大学の理念に沿った、狙い通りの学生を採ることができたという実感がある。同期生の模範となるような学生達だ」。今回の手応えを受け、既に、来年度におけるアセンブリ入試枠の拡大の議論が始まっているという。卒業時の国家試験合格に必要な学力確保とのバランスをとりながら、いかに多くの受験生がアセンブリ入試を受けやすくなる科目ないし入試構成を設計するかが議論されている。アセンブリ入試枠の倍増、他学部への波及のアイデアもあるが、具体化はこれからの課題だ。
同時に、アセンブリ入試によって入学した学生が、入学後に個性を発揮できるような環境整備が、これからの実践課題となる。例えば藤田保健衛生大学は、半世紀にわたるクラス制度の運用実績を持つが、このクラスの中でアセンブリ入試枠の学生が個性を発揮し、同期生に刺激を与えるよう、担任が果たすべき役割についての議論が始まっている。藤田保健衛生大学の特長であるアセンブリ教育において、これら新たな入試枠による学生を活用するための具体的な方針も模索されている。「入試結果と授業成績、卒業時の学修成果を関連付けた統計システムは、既に整っている。入学後の継続教育の整備とあわせ、これら教育情報を活用し、アセンブリ入試枠による学生の成長を明らかにしていくことが、今後の課題だ」と金田副学長は話す。
学長のリーダーシップとガバナンス
「アセンブリ入試は、以前から導入を考えていたアイデアであるが、具体的な議論と実現に踏み切るきっかけは、星長学長の“私立大学なのだから、新しいことをやりなさい”という一言だった」と金田副学長は話す。星長学長は、慶應義塾大学医学部の卒業生。藤田保健衛生大学に赴任したのは1989年で、藤田保健衛生大学病院の病院長等の経歴を経て、2014年に学長へと就任した。星長学長は、学長としての姿勢・役割について次のように話す。「自分自身、私立大学の出身ということもあり、国公立大学にはできないことをやらなければいけないという思いがある。学長になってからは特に、良いと思ったことはやりなさい、と教職員に呼びかけてきた。ただ、学長としての役割は、大きな方針を考えることと、その実現に必要な学外との調整により環境を整備すること。具体的な実現方法や形は各部局の議論に任せており、アセンブリ入試は医療科学部が知恵を持ち寄った成果にほかならない」。星長学長の積極的な姿勢に、学内構成員が呼応した結果、地域包括ケア中核センターの設置や、北京大学・ジョンズホプキンズ大学との連携等、医療の未来を見据えた様々な挑戦的な取り組みが、短期間のうちに実現した。「星長学長の下、新しい時代に向けて本学の理念を具体化する作業が、凝縮された期間の中で進んでいると感じる」と金田副学長は話す。
これら密度の高い改革の推進は、星長学長が就任直後に整えたガバナンスの仕組みによって支えられている(図表3)。当時、文部科学省の教育改革支援事業に関わる諸条件を満たしていなかったことも、組織改革のひとつの背景となった。以前には設置されていなかった副学長職を新たに設けるとともに、優秀な職員によって構成された企画部を学長直下に新設。さらに、教授会に左右されない教職協働の各種委員会を企画・実働組織に据え、改革の加速を図った。これら各種委員会の委員長は学長補佐が担当するが、メンバーには若い世代の教職員を積極的に登用することで、当事者としての責任感の育成にも一役買っている。「若手の教員に、具体的な企画の具申を任せることが、当事者意識の喚起につながった。また委員会メンバーとして事務職員が加わることで、改革事業全体の進捗がスピードアップした」と金田副学長は話す。学長が示した大きな方向性を、具体的な行動に落とし込む体制作りが、未来の大学を担う若手を中心に進んでいると言えるだろう。「企画部や委員会には優秀な人が集まった。藤田保健衛生大学の変革は、彼らの力によるものだ」と星長学長は話す。
新しい時代を担う人材の選抜・育成へ
藤田保健衛生大学のアセンブリ入試は、創設者が掲げた先進的な医療人育成の理念を、現代的・将来的な課題を見据えて具体化するための挑戦の一つであった。アセンブリ入試を含む、新しい時代を見据えた挑戦は、星長学長が示した積極的な姿勢と、劇的なガバナンス改革を背景に、若手を中心とする構成員の活躍の下、加速度的に実現に移されてきた。「本学の自慢は、その先進的な理念にある。この時代を超えて揺るがない理念を、現代の課題と、医療の未来に向けて具体化していくこと。そのために良いと思うことには、ためらわず挑戦していかなければならない」と星長学長は話す。藤田保健衛生大学の掲げる「獨創一理」の理念、アセンブリの精神を備えた人材は、今日の医療現場において、ますます必要性を高めている。新しい時代の医療を担う人材の選抜、育成、輩出に向け、藤田保健衛生大学の伝統と挑戦が、さらなる飛躍を遂げることが期待される。
(丸山和昭 名古屋大学高等教育研究センター 准教授)
- 臨床検査学科、看護学科、放射線学科、リハビリテーション学科(理学療法専攻・作業療法専攻)、臨床工学科、医療経営情報学科
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