今後の大学経営における学長の責務とは

近藤倫明 公立大学法人 北九州市立大学学長・副理事長/田中優子 法政大学 総長/山崎光悦 国立大学法人 金沢大学 学長/吉武博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授大学研究センター教授(兼)(50 音順)
司会:小林 浩 リクルート『カレッジマネジメント』編集長

現在の学長の役割

司会 本日のテーマは「今後の大学経営における学長の責務」です。2014年学校教育法92条が改正され、学長中心のガバナンスにより、意志決定と変革のスピードを上げていこうという方向性が示されました。国立大学は法人化以来、変化しているように思いますが、学長の役割がどのように変化してきたのでしょうか。

山崎 金沢大学は2004年に法人化して以来、従来の学部・学科制を廃止し、3学域・16学類に再編成する等、目まぐるしい改革を推進してきました。教学だけではなく、マネジメントの観点でも学部の垣根がなくなり、部局長の人数が減った結果、意志決定のスピードが上がりました。今では教職員も国や大学が掲げる方針をやらなければいけないという雰囲気になっています。改革を進めるにあたり、学内の理解が得やすいと感じており、こちらとしては大変やりやすいのですが、逆にかじ取りを間違うわけにはいけないというプレッシャーもあります。競争的資金の獲得や、大学の研究成果等の数値把握等、学長の仕事はこれまでよりずっと多岐に渡り、非常に忙しい。おかげさまで少しずつですが、パフォーマンスや目に見える数値も良くなってきています。そうした結果を見て、教職員も改革を続けなければという意識が高まってきている状況です。

田中 法政大学の場合は教授会が非常に強いですが、最終的に決めるのは総長です。総長は学長であるとともに理事長の権限を持っており、最終的に総長があらゆる決裁をします。実は学則の中ではっきりと明文化されていませんでしたが、今回の学校教育法改正の折に、総長が決定するという一文を学則に入れるという学則改正を行いました。しかし、それまでやってきたことを文章にしただけですし、そのことで現状が変わるわけではありません。本学は学部の自治が非常に強い反面、学部の教員は学生に対する強い責任感を持っていて、教育を良くしていこうというFD活動も非常に盛んです。学部のブランディングも強く意識し、特に小さい学部ほど能動的かつ精力的に取り組んでいます。
 例えば国際文化学部は1999年に設立した際、学生全員を留学させるという制度を取り入れました。しかも英語圏に限らず10か国に派遣します。実務的には困難な作業ですが、それをやり遂げて教育が大変良くなりましたし、そうした取り組みを他学部も取り入れ始めました。本学は15学部ありますが、そうした学部独自の取り組みがあちこちで起きています。また、以前はお互いに何をやっているのかよくわかりませんでしたが、自己点検懇談会という組織を作り、自分の学部でやっていることを発表する機会があります。その結果、刺激を受けて自分たちの学部も何とかしようという空気が出来上がっています。
 新しいことをやろうとすれば、当然不都合だという意見も出てきます。そうした意見をちゃんと聞いたうえで、折り合いのつく方法を再提案する等、言葉を磨きながら納得してもらうやりとりを心掛けています。ただし、15人の学部長が相手ですから、スピードという問題はあります。しかし、総長がトップダウンで決定したことについて、実際の現場で問題が発生し、そのやり方はまずいということになると、結局はスピードが遅くなるのです。それを考えると、相手の異論を踏まえて話し合い、納得してもらったほうが速いのではないかと考えています。

近藤 2004年に国立大学が一斉に法人化し、同じ年に公立大学も法人化を選択できるようになりました。北九州市立大学は2005年に法人化しています。この法人化の時に、既に今回の法改正によるガバナンス改革に取り組み始めました。法人化に至る過程で、法人化にはどういうメリットがあるのかについてはかなり議論しました。それまでは設置団体の北九州市の一部局でしたから、市議会での承認がなければ決まらないことが多くあったのです。一方、法人化をすれば、大学の裁量の範囲が大きくなります。このため、大学で何を決め、どんな成果が求められるのかについて話し合いました。大学運営において大事なのは人事と予算です。そこでまず、人事や予算等について、学部教授会ではなく、教育研究審議会で審議することにしました。また、私が学長になった第2期(2011年〜)には、更に一歩進めて、予算方針会議、組織・人事委員会を設置し、全学的な方針については、そこで決めていくことにしました。
 教員評価にも取り組んでいます。しかし、この制度を導入した時に、評価する学部長・学長は誰が評価するのかという意見もありました。これを受けて、学部長評価・学長評価を導入することにしたのです。初めて学長を評価する規程を作り、私も一昨年学長評価を受けました。学長選考委員会とは別に新たに学長を評価する委員会を作り、学外の評価委員を中心にして実施しました。今年度からは、学長が評価者となる学部長評価も導入します。評価をどう活用するかの問題もありますが、評価結果によって何かを下げるという減点主義ではなく、良い点をもっと伸ばすというポジティブな評価システムとして、構成員全員できちんと自己点検できる仕組みを作ろうと考えています。

ガバナンスの変容

司会 法律が変わり、学長のガバナンスはどのように変わってきたのでしょうか。

吉武 国公立大学の場合は今回の法改正より、2004年の国立大学法人法以降からの変化が大きいと思います。そうした意味で、今回の改正では私立大学が大きな影響を受けることになるかもしれません。ただ懸念しているのは、ガバナンスと言うと必ず、学長のリーダーシップとはイコールトップダウンだと考える学長が出てくることです。田中総長のような考えを持っている方であれば良いのですが、ガバナンス=リーダーシップ=トップダウンという図式になってしまうと、反発も生まれますし、大学としては不幸なことになってしまいます。教員や職員も納得しない限り、良い仕事はしないものです。納得するプロセスをどうやって作り上げていくのか、ある意味では多少時間がかかっても丁寧にやっていくことが大学ガバナンスの一つのポイントだと思います。
 また、全学一体だと強調し、求心力を高めようとする風潮も行き過ぎると問題です。例えば大手企業の場合は事業部制を敷いて、いかに事業部に権限委譲してエンパワーするかに注力しています。せっかく学部や研究科という部局があるわけですから、学部長や研究科長に一定の責任を持たせて任せることは大変意味があることだと思います。全体として、リーダーシップや全学一体を強調しすぎる大学と、役割と責任を明確にしながら上手にやっている大学とに分かれている印象があります。

司会 確かにリーダーシップは非常に重要な課題ですが、トップダウン型のリーダーシップ以外に、皆を支えて働きやすくするサーバント型リーダーシップという言葉もあります。組織のあり方によってガバナンスのあり方も違うということですね。

学長と同じ方向を向いている副学長や学長補佐を周囲に配置し、学長が最終的に責任をとる体制を作ることで、学長ガバナンスは機能する。(近藤)

近藤 おっしゃるように大学改革は「用意ドン」で一気に進むわけではありません。意識を変えることが大事だと言われますが、実際は難しい。そのためには成功事例とその成果を経験していくことが重要だと思います。時間はかかりますが、新たなガバナンスによってどういうことが変わるのか、目に見える形にしていくことで、知らず知らずのうちに時間軸で変わっていくようなストーリーを描くことが重要だろうと思います。例えば本学では基盤教育センターや地域創生学群という教育組織を作りましたが、その成功事例や成果を全学的に広めていこうというスタンスでやっています。
 リーダーシップに関しては、前学長がトップダウンとミドルアップという言い方をしました。ミドルアップとは、大学改革に意欲ある若い教員を、学長指名で副学長や全学的な組織の長に就任させるということです。ガバナンスで大事なことは、学長と同じ方向を向いている副学長や学長補佐を周囲に配置し、学長が最終的に責任をとる体制を作ることです。また、本学では、リスクマネジメントの観点から、法学部の法律を専門とする教授を副学長に選びました。更に、グローバル化を推進することで生じるリスクマネジメントのために、学長付きの特任教授として、国際間の協定を精査する専門家を置いています。学長を支援する補佐体制を作ることによって、学長ガバナンスは機能するだろうと思います。

外部競争資金の獲得

司会 法政大学も成功事例として先ほど国際文化学部の例が紹介されました。

田中 その後も様々な変化が起きています。スーパーグローバル大学創成支援(以下SGU)に採択されて以降、英語で履修して卒業可能なコースが次々とできています。SGUのような外からのインパクトが今はたくさんありますが、教職員は忙殺されることにもなり、バランスをとるのは大変です。しかし、それによって大学が変わるという希望もあります。変化の契機をいかに掴んで、教職員自身の成長につなげていくかは非常に大事です。現状維持ではなく、変化し続けることを新しい大学の価値にしていく取り組みが重要だと思います。ただそれにはお金がかかりますし、財政的問題は大きな課題でもあります。

司会 金沢大学ではSGUも獲られ、地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(以下COC+)、大学教育再生加速プログラム(以下AP)も獲られています。全国で見てもこの3つを全て獲っているのは珍しい。何故これだけ競争資金に採択されるのでしょうか。

山崎 確かに意識して獲るように注力しています。金沢大学はURA(ユニバーシティー・リサーチ・アドミニストレーター)制度をいち早く導入し、積極的に研究支援・研究マネジメント人材の育成を進めています。大学として外部の競争的資金獲得の申請をする時に、そうした人材が下支えをしています。彼らの下には本学のあらゆる情報を集めていますし、他の大学の動きや外国の状況も調査してもらっています。それによって新しい方向性を打ち出し、結果として外部資金の獲得につながっています。

司会 皆さんも外部資金というのは意識されていますか。

近藤 はい。法人化以降、本学では6年間の中期計画の中で外部資金の数値目標を設定する等、「選ばれる大学になる」ことを掲げています。受験生から選ばれ、また、外部資金を得るために、例えば文科省補助事業に採択されること等も大学の重要な取り組みです。実際、現在は4つの文科省の競争的資金が走っています。法人化前にはなかったものを獲得することで、できなかったことができるという良い循環を創っていけるメリットやインパクトがありました。
 また、COC+に関連させると、本学のような地方の公立大学はある意味で動きやすい部分もあります。設置団体との距離が近く、一体となった取り組みができるのです。更に北九州市内には10の国公私立大学があります。特色のある単科大学もあるので、大学間連携が進めばいわゆるユニバーシティになります。COC+もそうですが、そうした地域の強みを生かそうということで、私も他大学の学長を訪問し、それぞれの大学の良さをどう生かすかについて話し合い、一層の連携を進めています。

司会 法政大学もSGUに採択されています。外部資金は良い刺激にもなる一方で、期限があるために予算も限定されますが、その効果をどう考えていますか。

外部環境に翻弄されすぎないためにも、正しい現状把握を基盤にした長期ビジョンが必要。(田中)

田中 実際は、最初から持ち出し前提と覚悟してやっています。例えばSGUの期限は10年ですが、もっと先まで展望して考えなくてはいけません。そうしたことを含め、2年間かけて「法政大学2030」という2030年を見据えた長期ビジョンを創りました。その中に外部資金獲得による計画も入っています。長期ビジョンは私が総長になったときのマニフェストで必要性を掲げていました。これまで私立大学は財政面も含めて外部資金等いつも外の声に翻弄されている状態でやってきました。それはある意味で大変危機的な状態です。
 もう一つは、進学率の高まりで受験生が多くなる拡大の時代には、少子化が既に始まっていたにも関わらず、学部やキャンパスを増やしてきました。ところが現在、本当の少子化が進行する中で、今まで拡大したものをこれからどうするのか、長期ビジョンが必須となっています。2030年までを見越して少子化の時代にどういう手を打っていくのかについてまとめています。今年度から具体的な16のプロジェクトに落として進めています。

司会 2030年のビジョンはどういう形のプロジェクトで創られたのでしょうか。

田中 法政大学が抱えている主要な課題を討議するため、委員会を5つ設置しました。財政基盤検討委員会、キャンパス再構築委員会、ダイバーシティ化委員会、ブランディング戦略会議、そして全体を統括する策定委員会です。私立大学にとって少子化を迎えて財政状況がどうなっていくのかが一番重要な問題です。まず現状を正しく把握したうえで、土地や建物の運用等も含め、どれだけ予算の見直しをしなければならないのかも検討しました。そうした委員会で精力的に集中審議し、全体をまとめる策定委員会の長を私が担当するという形で進めてきました。

司会 大学改革を動かしていくドライバーとして外部資金を使うこと、中期計画を策定すること等が挙げられています。改革のドライバーをどのように考えていますか。

単に社会に迎合するのではなく、教育研究はどうあるべきなのか、大学が自ら発想することが重要。(吉武)

吉武 やはり大学が主体になることです。例えば、国立大学は法人化までは文部科学省を中心とする一塊の一部でしたが、そこから真の意味で自立しないと、せっかく広がった社会との接触面を生かすことができません。大学の周りにいる学生、保護者、そして地域社会・企業との対話を通じて大学自身が五感で社会の変化を感じ、単に社会に迎合するのではなく、教育研究はどうあるべきなのか、大学自身が発想することが重要です。その点長期プランは、社会を洞察して自分たちはこれからどう打って出ていくのかを考える契機になります。そこに文科省が打ち出してくる施策を上手に利用していくことが大事になります。しかし、そうしたことを主体的に考えている大学もあれば、文科省が打ち出す施策を一生懸命に球拾いして、右往左往している大学もあります。執行部の右往左往している姿を冷ややかに見ている教育現場もあります。

地域と大学

司会 少子化により人口が減少する中で、地域との関わりを経営的にはどのように捉えていますか。

山崎 少子化に関して、金沢大学は他の地方都市にある国立大学とは立ち位置が違うという認識を持っています。金沢は高等教育機関の集積が高く、人口比率で言えば全国で2番目ですし、かつ18歳人口は増えています。大都市を除いて地方都市では唯一の地域だと思います。ただし22歳〜24歳人口になると急減します。そこをどのようにして食い止めるか、つまり学生の定着が、COC+における地域課題でもあります。従って、金沢大学は世界に展開する大学を目指す一方で、地域に必要な人材を輩出するという両方の責務を担っています。
 その意味でブランディングは極めて重要だと思っています。今まではどこの国立大学にも工学部や教育学部があり、学制改革以来に設立された駅弁大学はどこも一緒だよね、と言われる金太郎アメ的状況でした。少しずつ違うものを創り出しながら、特色ある大学にすることが我々国立大学の学長に問われている課題だと考えています。併せて都会からも人が呼べる大学になりたいと考えています。金沢には京都ともまた違う文化的魅力がありますし、町の生活の中に文化が溶け込んでいるという点で特異であると思います。例えば昼間はうちの大学の事務や技術の職員として働いている人が、夜になると陶芸教室や加賀宝生流の先生をやっていたりします。そうした金沢の地域性や文化の特色、それにプラスした食文化を含めて大学に取り込んでいきたいと考えています。

司会 北九州市も地域性もローカルとは言いながら、アジアと接している点グローバルの先端でもあり、人材育成は重要なテーマです。人口は増えないという課題に対してどのように取り組んでいますか。

近藤 今年、本学は創立70周年を迎えますが、「北九州市立大学100年」という30年後を描いたビジョンを創りました。ちょうど29年前に私は北九州市立大学に赴任したのですが、このビジョンは、新しく入った先生方が30年後もこの大学で夢や希望を抱けるようにと考えたものです。このビジョン創りで意識したのが、人口減少という課題です。北九州市は現在人口96万人、10年後には80万人台になると言われています。実は海峡を隔てて同じ経済圏として学問的交流の深い山口県下関市も、同じような状況にあります。この課題に対して、地方創生の中で大学が取り組むべきことは、北九州市や下関市に残る学生を増やすこと、つまり、学生の地元への就職と定着の支援です。ポイントは、地元に残りたいという学生が3割程度いるのに、実際に地元企業に就職するのは2割程度に留まるということ。1割のミスマッチがあるのです。これは、学生が企業を含めて地域のことを知らないからではないか。また、大学もこの問題に対してこれまで取り組みが足りなかったのではないかと自問し、新たなアプローチの一つとして地域関連科目を開設しました。学生に地域のことを知ってもらうためです。一方、地元企業も8割以上が地元の大学生を採りたいと思っているのに採れない状況があります。こうした状況を変えるため、この4月から、COC+によって、大学・企業・行政が連携する取り組みが始まったのです。

吉武 一つは大学に対する地域の失望感がかなりあると思っています。地方創生を推進している方々は大学等教育機関に期待しており、大学も色々な形でやってはいますが、現実は個々の先生たちが一本釣りされてやっている等、点でしかつながっていない状況です。私は新日本製鐵の出身ですが、例えば製鉄所の総務部長として週に一度程度は市長と会っていましたし、土日も地域の行事に参加していました。それに対して大学は個々の教員の活動も大事ですが、職員も含めて地域に出て行くという感覚がまだ少ないと思います。今はまさに大学が組織的に地域に展開していくかどうかが試されていると考えるべきではないでしょうか。

山崎 石川県の能登半島は、日本の中でも少子高齢化が特に進んでいる地域の一つですが、先端にある珠洲市の高齢化率は46〜47%です。実はそこに廃校を活用した私たちの能登キャンパスがあります。そこで地域の課題とその解決に向けて、先生・住民・企業を巻き込んで取り組んでいます。例えば七尾市と本学とは5つの課題の解決に向けた委員会を組織し、毎年進捗状況を確認しています。田舎では病院や買い物にいくうえで車は重要な手足なので、珠洲市では自動運転の普及を目的にした社会実証研究も推進しています。大学としては世界を目指す一方で、地域の課題にも真摯に目を向け、教職員が一丸となって取り組み、先進事例を作っていきたいと考えています。

近藤 問題となるのは地域社会と大学の距離感でしょう。本学では地域と大学の距離を超えるために、地域創生学群や地域共生教育センターという新しい教育組織を開設しました。学群では、学生が学外に出て、地域固有の課題に地域の皆さんと取り組むという教育プログラムを導入しています。例えば、八幡東区猪倉地区の過疎化が進んだ地域では、学生たちが農業関連プロジェクトに取り組み、泊まり込みでやり始めてから5年になります。これも地方創生のあり方を考えていく取り組みです。その一環として耕作放棄地でサツマイモを栽培し、市の特産品を作ろうと地域の酒造メーカーに相談し、市と地域と学生が協働して芋焼酎の製造につなげました。教職員が地域に入ることと同時に、学生が入っていくことも地域との連携を深めるために必要なことだと思います。

田中 地域と大学の関係ですが、首都圏の大学として法政大学が力を入れているのがフィールドワークです。もともと先生方も外で合宿や調査をする方が多いのです。これからは海外のフィールドワークはもちろん、国内でも地域と提携したフィールドワークを奨励したい。今のお話は大変興味深いですし、地方の大学と一緒に何かができるはずだと思っています。首都圏の大学にとってフィールドワークは重要な教育の方法です。セメスター制・クォータ制に変わっていくなかで、春休み・夏休みをスプリングセッション・サマーセッションとして、正規の授業にしていく方法があると思います。

教職員の教育力

司会 これまでは偏差値を軸に入試を受け、入学がゴールという「入学の国」でしたが、入学後の学習成果が求められる「卒業の国」に向かう動きが生まれてきています。学習の成果を上げ、学生の成長を促すためにどのように取り組んでいますか。

田中 学生が養うべき能力に関しては、文科省が能力の基準を変えました。その中の思考力・判断力・表現力は非常に重要な能力ですが、そうした能力開発はそもそも大学の教育でやってきたことです。しかし、それが入試と結びついておらず、全学的体制で取り組んでいなかったという問題があります。全学的にやるには教育方法を全面的にアクティブラーニングに変えないといけません。大教室スタイルの講義も、議論型・プレゼンテーション型に変える必要があります。
 また、求められる能力の基準が変わると、大学教育と同時並行で高校の教育も変えなければなりません。小・中学校も含めていよいよ教育全体の方法、能力の考え方が変化する時期に来ている以上、グローバル化を含めて能力について私たちがしっかりとした考えを持つべきだと思っています。

司会 そうなると教員も職員も変わっていかないといけませんね。教育力を高めていくためにどういう取り組みをしていますか。

山崎 私どもは以前からアクティブラーニングを取り入れている大学の一つですし、かなり先行しているという自負も持っています。また、本学学生のブランディング力を打ち立てようということで、昨年から育成する人材のモデル像を5つのスタンダード(能力)で設定し、教養教育から作り直し、2016年4月から実践を始めています。これら5つのスタンダードをKUGS「金沢大学グローバルスタンダード」と呼んでいます。例えば5つの中には「自己の立ち位置を知る」、つまり日本と世界の歴史や地理を理解するというものがあり、そのスタンダードのために6つの独自科目がある、といった具合で、5つのスタンダード全体で30科目程度を用意しています。基本的にはアクティブラーニングですが、それぞれ教材を独自に開発しました。我々としては5〜10年後に、最近の金沢大学を卒業した学生は変わってきたよね、と言われるようにしたいと思います。
 そのために教育方法も見直し、一部は英語による授業を開始し、10年後には学士課程の原則50%・大学院の100%を英語で教えることにしています。また、留学生を増やすために、英語だけで学位が取れるコースのカリキュラムを作っていきたい。そのためにアメリカのタフツ大学から数人の先生を招聘し、本学の先生方向けに英語教授法に関する教員研修をやってもらっています。授業のない時期に集中的に開講しているもので、宿題も多いので、受講している先生方は悲鳴を上げていますけれども。また、タフツ大学の先生方には職員向けに業務に役立つ英語研修や学生の英語の授業も担当してもらっています。トレーニング専門の先生方なので教え方が上手く、学生の評判も高いです。

近藤 これまで先生方は研究のプロフェッショナルとしてやってきましたが、やはり教えるということを真摯に受け止めないといけないと考えています。本学では12年前に法人化した後、FDの特命教授を外部からお招きしました。先生を教えるための先生です。50〜60代の先生に教えようとしても嫌がる方もいますので、最初は新任の先生たちに研修を行う仕組みを作りました。それから約10年経ちますが、3分の1の教員がそうした研修を受けた状態になりました。ある程度そうした母数が大きくなってくると、例えば、アクティブラーニングの取り組み等、大学内でも様々な教育文化が育ち始めます。FDのベストプラクティスを先生方が競い合うようにもなってきました。
 同時に教育の成果をどういう形で見るのかという問題があります。一昨年に文科省のAP事業に採択されたのに合わせて、この問題にも取り組んでいます。学生はどのように成長していくのか、また、学習の成果をどういう形で発信していくのかという観点から、地域創生学群では1年次から学生自身が自らの学びを自己評価する取り組みを実施しています。

司会 大学が個性を明確にして人材育成に対してコミットし、社会に輩出していこうという取り組みについて、どう考えていますか。

吉武 良い動きがたくさん出てきていると思います。ただし、気になるのは供給者の論理が強いことです。つまり、「こういう教育をしているから良いはずだ」というものです。でも学生にとってはどうなのでしょうか。つまり、実際に大学にはどんな学生がいて、どんな学習をし、その結果どういう成長をしているのか。さらに社会は一体どんな学生を求めているかということを含めて、学生の立場に立って自分たちの教育はどうあるべきかを考えている大学が意外に少ないように思います。
 もう一つは、熱心に教育に取り組んでいる教員の間でも、社会が何を求めているのかに関しては、社会が求める通りにやっても仕方ないと考える教員もいますし、社会が求めることを重視して教育を行なうべきだと考える教員もいる。こうしたいろんな考えを含めて社会と対話しながら、最後は大学が主体となってこういう能力を身につけさせるべきだということを議論し、大学の教員の間で共有するプロセスが必要だと思います。エビデンスも大事ですが、必ずしも全て定量的に計れるわけではありません。それでわかるのは2〜3割の部分かもしれませんが、それを参考にしながら学生と皮膚感覚で接触していくことが大事だと思います。何のために教育するのかという問いに明確に答えることは難しいと思いますが、常に教職員が社会との対話を通じて議論するというプロセスが、教育力を上げていくことになるのではないかと考えています。

近藤 大学は学生が卒業する時に成績証明書を出していますが、それでは不十分だと思います。企業・社会が学生にどういうものを求めているのかを踏まえ、大学の教育によって、学生がどのような能力を身につけたのか、つまり、学位授与方針に基づき、責任を持って学修成果を証明する必要があります。本学では、AP事業に関連して、成績ファイルを作るという研究が始まっています。例えば金融機関がどういう人材を求めているのかを調査すると、色々な能力が提示されます。それに対してこの学生は4年間でどの能力を身につけたのかを示す推薦ファイルのような仕組みを作りたいと考えています。それをデータベース化し、例えば公務員を受けることになれば、同じ書類の中でも公務員用の証明書を作成する。大学として一つの成果保証になるものを作る方向で検討しています。

今後の大学と学長の役割

司会 国立大学プランの中でミッションの再定義や3つの重点施策が示されました。公立大学と存在意義が被る内容も見受けられます。国立大学・公立大学のこれからの役割とは何でしょうか。

世界に展開する大学を目指す一方で、地域に必要な人材を輩出する両責務を負うのが国立大学。(山崎)

山崎 難しい課題だとは思いますが、国の財政問題や人口減少を考えると、2020年まで等の短期ではなく、長期で考えないといけません。その中で質の高いボリュームゾーンの人材を国立大学として育成していくことが大事な役割だと思っています。今後どう住み分けていくのかという問題と規模感の問題がありますが、今の86の国立大学を、地方都市が小さくなっていく中で本当に存続させることができるのかについては極めて疑問です。北陸3県を合わせても人口は300万人ぐらいしかいません。だからといって金沢大学やその他の大学が消えたら、都市は半分ぐらい消滅してしまいます。国立大学の機能をどのように残しながら、効率的に存続させるかという議論が、ようやく始まろうとしています。その場合に公立・私立大学とは競合していくのか、それとも共存するのかという大きな施策を、皆で考えていく必要があります。
 もう一つ国立大学の大事な使命は、文理を問わず基礎的分野を守っていくことです。文系の哲学・宗教等をはじめ、基礎学問は国立大学だからこそやらないといけないものもあります。研究費や助成金が獲れる分野だけをやっていれば良いということではありません。

近藤 地域にある公立大学は、基本として設置主体がどういう方針でこの大学を作ったのか、つまり、設置理念を意識することが必要です。また、公立大学の一番の応援団は市民の皆さんです。市民の皆さんに、地域社会の中でこの大学が本当に必要だとどのくらい思ってもらえるのかが極めて重要です。そのためには、地域にどういう形で、どれだけ参加していくかが問われます。教職員や学生も含めて大学が地域にとってどういう意味を持っているのか、常に思考し、行動していくことが必要でしょう。更に、今後は地域が抱える課題等を軸に、他大学との連携をますます深めていく必要もあると思います。

司会 私立大学は全国に約600校あり、学生の8割が私大・短大に在籍しています。人口も減り、2015年度には43%の大学が定員割れという状況を考えた時に、これからの私立大学の役割とは何でしょうか。

田中 やはり学生が偏差値だけではなく、この大学が自分に合っていると判断することが非常に大切です。この最初のマッチングをどうするのか。選ぶ側の高校生にとっては、実は私立大学の特徴がよくわからないことが最大の問題です。まずそれぞれの大学が自校の特色を明確に認識して打ち出す必要があると思います。例えば本学で2年間実施したブランディング調査では、それまで法政大学は何をやってきたのか、学生はどういう教育を受けて、どういう学生が卒業していったのかをまず検証するところから始めました。目新しいものを創るのではなく、まずは大学が持っているものを活かそうということです。その特色を様々な形で外に発信し、この大学のここに共感する、と判断してくれる高校生を増やしていくことが、特に私立大学にとっては非常に大事です。建学以来の歴史をたどり、事実を検証して大学の特徴を見出すことができれば、それにどういう特徴をプラスしていけば良いのかが見えてくると思います。

司会 今後の大学の再編はどうなっていくのでしょうか。

吉武 少子化が進み、財政的にも厳しくなってきます。高等教育に投入される資金はどうしても減らざるを得ません。カバーするには個々の大学単位で効率化していかないといけませんが、780校全体が個々にやっていくと、大学全体として力が弱くなってきます。難しい課題ですが、国がやらなければいけないのは大学のグランドデザインを描くことです。学生の在籍状況から考えると、やはり私学を高等教育の中心に位置づけ、再編を進めていくことになるのだろうと思います。ただ、学問分野的に私学でやるのは難しいが、国公立であればできるものもあります。その意味でも、国公立こそ、「自分たちが何を本当にやらなければいけないのか」という存在意義を突き詰めて考え、明らかにしていく責任があるのだろうと思います。
 もう一つは、大学は学生、教職員そして地域社会等、リソースをたくさん持っています。企業と連携しようと思えば本来色々なことができます。ところが日本の大学は、自分たちにはリソースがないので外から借りてこないといけないという感覚が非常に強い。自分たちの大学の歴史の中で培ってきたこと、自分たちの大学の内外で手に入るリソース等をきちんと把握して、それらを活かしていくことが大事ではないかと思います。

司会 最後に、学長の役割とは何でしょうか。

山崎 学長の任期が4年間ですので、2年前の就任時に「YAMAZAKIプラン2014」なるものを策定しました。実際には計画の進捗状況がよく、3年間で達成できそうになり、新たに「YAMAZAKIプラン2016」を策定しているところです。この中身は私が勝手に決めたものではなく、周りと議論を重ね、合意点を探りながらまとめたものです。大方針は出すのは学長ですが、さらに大事なことは具体的な中身については周りが議論しやすいような環境を整えることだと考えています。あまり早くやりすぎても皆が幸せになるわけではありません。しかし、財政基盤を整えると同時に、皆に一つの方向性をメッセージとして示していくために国の競争的資金等を積極的に獲得していく必要もあります。そうした外部の動きをうまく活用することで、結果的に改革のスピードが早くなりました。本学はめまぐるしく動いていますが、変化し続けることが大事であり、止まってはいけないと考えています。誰にしても現状維持の方が楽ですが、そこから新しいことは生まれにくい。大方針を掲げると同時に皆が動きやすいように環境を整え、変化し続けることを後押しするのが学長の役割だと思っています。

近藤 学長の役割は全体の大きなストーリーを書くことだと思います。本学の場合、6年間の中期計画でやるべき項目が70あります。学長の仕事として大事なことは、全体のなかでそれぞれの項目がどういう意味があるのかというストーリーを、きちんと提示することです。北九州という場所は、アジアの諸外国に近い。その立地だからこそ紡がれた歴史と伝統があるわけで、大学の存在意義はそこに起因するはずです。そうした大学の歴史を紐解きながら、大きな絵としての国際化や地域貢献の意味を示し、北九州市立大学の将来像を導くストーリーを創る。それが、学長としての私に課せられた大事な役割だと思います。

田中 私立大学の学長の場合は、大学の壮大な物語を創っていくことに加えて、経営を考えることが大きな役目です。大規模大学は付属校もありますし、学部と大学院組織・専門職大学院もあります。財政状態をいつもウォッチしていると、各部門の採算状況が見えてきます。そうなると、ここは赤字だから切らないといけない、これは止めないといけない等の話になりがちです。しかし、赤字だからと切るだけなら、方針も何もなくなります。大事なことは、今は赤字だが、これまでの経緯を踏まえると今後はこうなるのではないか、あるいは逆に今は黒字だが、今後のことを考えると止めるべきといった見立ても含め、まさに長期的なストーリーに基づいて判断していくことです。企業と違い、大学定員の管理が首都圏は厳しく、収入が増えるということはほぼないわけです。増えないなかで財政的な面だけを考えると、削減しかありません。そういう道を歩みつつも、大学の基本的方針やあり方を変える、あるいは変化し続けることによって、根幹にある部分を見極めるのが総長の役割だと思っています。

(文:溝上憲文 ジャーナリスト)