大学を強くする「大学経営改革」[30] スタッフ・ディベロップメント(SD)の体系化と実践 吉武博通

SDの重要性を強調する段階から実践の段階へ

 教育研究の質の向上や経営基盤の強化を進める上で大学職員の果たす役割の重要性が飛躍的に増していることは、大学関係者の多くが認識するところとなり、大学ごとにあるいは大学を超えて職員の職能開発(スタッフ・ディベロップメント、以下SD)のための様々な取組みが展開されている。

 各機関・団体が実施する研修事業への参加や大学院での学習などを通して自身の能力向上を目指す職員も急速に増えており、学ぶ機会の面でも意識の面でもSDの基盤は整いつつある。

 筑波大学大学研究センター(東京都文京区)においても、学校教育法改正により新たに履修証明制度が創設されたこと、および文部科学省「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」に選定されたことを受けて、2008年度より履修証明プログラム「大学マネジメント人材養成」を開設している。セミナー、講義、ワークショップ、フィールド調査、事例研究・課題研究という5つのモジュールで構成するプログラムで、必修を含む120時間以上を履修し修了認定を受けた者に対して学長名の履修証明書が授与される。

 これらの研修や教育プログラムに参加する受講生の意識は高く、大学の将来に期待を抱かせるが、彼らが学んだことがその後のキャリア形成やそれぞれの大学の業務基盤の強化にいかなる形で結びついていくのかについては、注意深く見守っていく必要がある。

 2008年12月中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」において大学職員の職能開発の重要性が示されたことは注目に値するが、具体策にまでは踏み込めていない。

 本稿では、これからの大学を担う職員をどのように育成すべきか、SDの体系を明らかにするとともに、それを実践に移すための考え方や方法論について述べることにする。

 最初に大学職員に求められる能力とは何かを考えてみたい。大学職員も組織の構成員である以上、求められる能力は他の組織と同様に次の3つの要素で構成されるものと考えられる(下記図参照)。


図 SD(大学職員の職能開発)の体系


 1つめは「動機・意欲」である。使命感や責任感、仕事への情熱、職場への愛着やロイヤルティ、改善意欲、処遇や自己実現に関する欲求などが含まれる。

 2つめは「スキル」である。ここでは仕事を円滑に進めるための様々な能力を総称してスキルと呼ぶ。高い成果を生み出す人材に特徴的な思考・行動特性を意味するコンピテンシー(competency)もこれに含めて考える。

 3つめは「知識」である。すでに獲得した知識だけでなく、知識を得ようとする興味・関心も含む。大学の場合は、社会や学問の動向に関する興味・関心、大学業務に必要な知識、自分の大学に関する知識の3つに大別することができる。

 重要なことは、それぞれの要素が相互に強く作用し合うという点である。動機・意欲が十分でなければ高いスキルは養われないし、知識も不十分なレベルにとどまる。コミュニケーションスキルが高ければ様々な人々から刺激を受け意欲も高まるだろうし、知識の獲得も促進される。大学を深く知ることが意欲につながり、知識の豊かさがスキルを磨くという面もある。3つの要素が相互に作用しながら、スパイラル的に能力が向上する状態をいかに創出するかがSDの本質である。

職員個々の価値観を重視したきめ細やかな動機づけ

 次に、3つの要素が意味するところについて、さらに掘り下げて検討してみることにする。

 最初は「動機・意欲」についてであるが、これまでの大学職員に関する議論の多くは、職員が担う役割や職員への期待が如何に高まっているかを説明し、その士気を鼓舞することに力点が置かれてきたように思う。そのこと自体は重要であり、引き続き強調していく必要があるが、他方で、一律的な大学職員論の段階から、よりきめ細やかに個々の職員を動機づけて意欲を高めることに力を入れる段階に進むべきではないかと考えている。

 大学職員といっても、就職の動機、職務や処遇への期待、ロイヤルティなど人によって違いがあるのは当然である。自身が卒業した大学に対する親しみや愛校心から就職した者、教育にかかわることや学生・留学生と接することに魅力を感じ職員を志した者、勤務条件や処遇などから安定した職業としての大学職員を選択した者など様々である。就職後、経験を重ねるに従って、興味・関心や職務・処遇への期待が変化することも十分にあり得る。

 職員個々の価値観の違いや変化を理解した上で、それぞれにふさわしい方法で動機づけを行い、意欲を高める。それはあたかも顧客の欲求を理解した上で、それに応じたサービスを提供するというマーケティングの発想と同様であることから「モチベーション・マーケティング」と呼ばれることもあるが、このようなアプローチに力を入れる必要がある。(モチベーション・マーケティングはモチベーションにフォーカスしたコンサルティングを展開する小笹芳央氏が提唱するコンセプト)

変わるためには手本とスキルが不可欠

 次は「スキル」であるが、3つの要素のなかで身につけるための方法論や道筋が最も見えにくいのがスキルではなかろうか。

 責任感、職務知識、規則に基づき正確に処理する能力などは申し分のない大学職員も、新たな問題に直面するとたとえそれが小さな問題でも戸惑いを隠せないという場面を数多く見てきた。また、意識改革の必要性は理解し、何かを変えなければいけないことはわかっていても、具体的にどのように発想を変え、仕事のやり方を変えればいいか、それがわからずに前に進めないというケースも多い。

 このような状況に陥るのは、身近に手本がないからである。スポーツでも芸術作品の制作でもものづくりでも見たことがないものを真似ることはできない。先輩たちが規則や前例に従って正確に処理する姿は常に見てきた。だからそのような仕事ぶりは確実に引き継がれる。それ自体は大切なことであるが、変化が激しく、次々と新たな問題が投げかけられる近年の大学の現場には、新たな発想や方法を生み出すダイナミズムも必要である。

 このような状況に役立つ手本は本当にないのだろうか。学部新設に一からかかわった職員、制度やシステムをゼロベースから作り上げた職員、大きなトラブルを処理した経験を有する職員などは、手本となり得る何かをもっていると思われる。このような職員は後述するメンターになり得る。



画像 筑波大学大学研究センターのワークショップの様子
筑波大学大学研究センターのワークショップ


 これと並行して、大学が重視するスキルを整理するとともに、それをどのようにして養成するかについての方針を明確にすることも重要である。

 ここでいうスキルは思考・行動特性を含む幅広い概念であるが、①仕事ごとにその目的を確認し、目的に照らして最も合理的な方法を選択する能力・習慣、②仕事の判断や処理に際して拠り所となる価値基準や行動規範、③改善や効率化の手法、④理解を得やすい文書の書き方や説明の仕方、⑤職場での良好な関係の築き方、⑥組織を超えた連携・協働の方法などについては、共通するスキルとして、大学全体に浸透させる必要がある。

知識を体系化・構造化し人材育成を計画的に推進

 3つめの要素である「知識」は,前述のとおり、「社会や学問の動向に関する興味・関心」、「大学業務に必要な知識」、「自分の大学に関する知識」の3つに大別できる。

 大学教育において教養教育が重視されるように、社会や学問の動向に幅広く興味・関心を抱くことは大学職員の意識と業務の質を高めるために不可欠の要素である。ここでいう社会には国際社会や地域社会も当然に含まれる。各国の経済状況を知ることで留学生支援業務への取組み方も変わってこよう。大学所在地の雇用状況は志願者数、在学生支援、就職活動に影響を及ぼす。このような具体的問題だけでなく、社会や学問の動向を理解するなかで、自分なりの大学観が形成され、自分の大学の将来を考える上での座標軸を得ることができる。

 大学業務に必要な知識は、「大学固有の知識」と「経営に関する知識」に分けることができる。前者には、大学の歴史・制度と諸外国の大学事情、大学を取り巻く状況と政策の動向、教育に関する知識、研究に関する知識、学生支援・キャリア支援に関する知識、国際交流・留学生支援に関する知識などがある。

 経営に関する知識は、経営管理、人事・労務管理、財務管理、施設管理、情報システム、知的財産管理、広報、リスクマネジメントなどである。それぞれに、企業にも大学にも適用できる共通の知識と大学だけに適用できる固有の知識(例えば国立大学法人会計や学校法人会計など)があることに留意する必要がある。

 これらの大学業務に必要な知識には、担当職務に関係なく知っておくべき基礎知識と担当職務に関するプロフェッションを確立するための専門知識の2つのレベルがある。研修を実施する場合、対象者と目的を明確にした上で、それにふさわしい内容のプログラムを編成する必要がある。

 本稿でいう知識の3つめが自分の大学に関する知識である。収容定員と在籍学生数、出身地分布、留学生数と出身国・地域分布、学部別志願・受験倍率の推移、学部別就職率の推移、収入・支出内訳などについて、おおよその数字や傾向をすべての職員が頭に入れておくことが望ましい。さらに、自分の大学の歴史、教育の特徴、研究の強み、特色ある活動、最近のトピックスなども知っておくべきである。

 自分の大学を知ることは自らを動機づけることになる。大学全体の状況を理解することで自部門や担当職務の課題も見え、他部門に対する理解も深まる。とりわけ、経営環境が厳しさを増すなか、大学がどのような状態にあるかをより多くの職員が理解することで、危機感を共有することもできる。

 求められる知識の全体像について述べてきたが、担当職務によって知識の深浅があるのは当然である。基礎知識のレベルであってもここに掲げたすべてが必要と考える必要もない。大切なことは知識を体系化・構造化することである。職員はそれに基づき自己啓発の目標を定めることができるし、人事部門はより合目的的な人材育成計画や研修計画を立てることができる。

職員が自らを成長させるための5つの条件

 大学職員に求められる能力について述べてきたが、職員がそれらを身につけながら自らを成長させるためには、目的意識、質の高い職務、良き指導・助言者(メンター)、健全な職場環境、評価・処遇の5つの条件が整っていることが望ましい。

 目的意識については、経営の一翼を担う気概を有する職員、ルーティン業務を着実に処理することで信頼を得たいと考える職員、学生に接することに喜びを感じながら親身に相談や質問に応じる職員など、様々であろう。大切なことはそれぞれの生き方や価値観に基づき、自分の持ち味を生かして大学に貢献する、そのような意識をもち続けることである。

 職員に仕事を与えるに際しては、質の高い職務を適切に課すことを大学として常に心がけておかなければならない。仕事の目的や進め方に疑問を感じながら担当業務を処理している職員は決して少なくない。仕事の目的を明確にし、効率的に処理できる仕組みを整え、適切に職務を配分する。その役目を担うのはマネジャーである。

 手本については前述したが、仕事の仕方や働き方の手本となる存在、必要な時に良き指導・助言を与えてくれる上司・先輩・同僚がいることは成長を強く後押しする。メンターと呼ばれる存在であるが、思考・行動特性を含む広義のスキルは彼らから学ぶことが多いし、どのような知識を身につけるべきかについても彼らの影響を強く受ける。

 これと関連するが、職場環境の健全性も重要な条件である。フランクな対話、方針や情報の共有、新しい取組みや改善の奨励、職場内の連携・協力などが行われにくい職場では成長も阻害されよう。

 最後は評価・処遇である。行き過ぎた成果主義は弊害のほうが多いが、上司や人事部門がきっちり見てくれているという信頼感や安心感がなければ、意欲も長続きしない。

人材育成を目的に組織・制度・人事・研修を再構成

 これまで述べてきたことからわかるように、職員の多様な生き方や価値観を尊重し、職員が自らの責任において自らを成長させることがSDの基本である。その成長を促すのはOJT(On the Job Training)であり、その効果が発揮されやすい環境を整えるのが大学の役割であると考えている。

 その場合、大学は何に重点を置いてSDの環境を整えればよいのであろうか。3つに絞り、本稿のまとめとしたい。

 1つめはマネジャーとメンターの育成・配置である。それ自体がSDであり、メンターについては本来自然発生的なものであるが、両方とも現段階においては意図的な育成・配置が必要と考えている。

 マネジャーについては、同じ部課長級であっても組織を束ねるマネジャーと専門知識や経験を生かした上級スタッフの2種類の役職を設け、前者については、学内外で開催されるマネジメントプログラムの受講を義務付けるなど、マネジャー教育の徹底に力を注ぐ必要がある。

 メンターについてはマネジャーがその役割を果たすことも多いだろうが、それに加えて、メンターの役割を担い得る人材をみつけ、戦略的な人事配置を行うとともに、後輩の指導をしながら自らも育つ仕掛けとしてチューター制を導入するなど、メンターが育つ基盤を整えることも重要である。

 2つめは健全な職場づくりの促進である。理事や事務局長などが気軽に職場に出かけて職員に声をかける、定期的に職員との懇談会を設けるなど、すぐにでもできる工夫で、職場の雰囲気や組織の風通しは大幅に改善する可能性がある。

 3つめはOJTを補うための、学外の教育・研修機会も活用した研修体系の構築とその計画的実施である。同時に、これら研修の成果を日常業務に根づかせるための方法論を確立しなければならない。

 人を育てるためには、組織、制度、人事、研修などの総点検が必要であり、SDを掛け声倒れにしないためにも、それらを人材育成という1つの目的に向けて再構成する必要があると考えている。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 大学院ビジネス科学研究科教授)


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