大学を強くする「大学経営改革」[31] 大学における広報の意義とあり方を考える 吉武博通

情報発信が大学に対する理解に結びついているか

 本誌前号の特集「選ばれる側としての情報公開」では、情報公開の意義とそのあり方が様々な視点から論じられているが、本稿ではそれを受ける形で大学における広報のあり方について考えてみたい。

 大学に対してはその閉鎖性を指摘する声もあるが、学外向けの印刷物だけを見ても、大学概要、学部概要、入学案内、募集要項、各種報告書をはじめ、実に多様かつ膨大な量の情報が発せられている。また、ホームページ(以下HP)上で公開される情報量は年々増大しており、講義資料・画像等を無償公開するOCW(Open Course Ware)に取り組む大学も増え始めている。

 このように、大学から多くの情報が発せられているにも拘わらず、閉鎖性が指摘されたり、大学の活動に対する幅広い理解が得られなかったりするのはどうしてであろうか。他方で、小規模な大学では印刷物やHPの作成等に十分な労力や費用を投入できず、情報発信面でますます不利な状況に置かれる場合もあるだろう。発信する情報の質と量が大学間格差をさらに広げることも考えられる。

 これらは大学からの情報発信に関する本質的な問題であるが、それに加えて、広く社会の動きや声を受け止め、それらを大学運営に活かすことも同じように重視すべきである。

 このような問題意識に立って、大学における広報の概念と目的を整理し、組織体制や人材育成を含む広報のあり方を論じたものが本稿である。

大学広報・特定目的広報・学内広報の3つの広報

 広報はPublic Relationsの英訳のとおり、企業・団体・官公庁等が施策や業務内容を広く社会に知らせることを意味する。それに対して、商品やサービスの価値を広く社会に伝えることは広告・宣伝といわれている。前者を企業広報、後者を営業広報と呼ぶこともある。これに社内報の発行等を行う社内広報を加えた3つの広報が、企業における広義の広報ということができる。

 このような整理は大学にもあてはまる。大学概要やHPの作成、大学の活動状況の公開、プレス対応等の業務は、企業広報に対応して「大学広報」と呼ぶことができる。

 募集要項など入試関連情報の公表や志願者獲得のための種々の広報活動を入試広報というが、それ以外にも就職活動支援、産学連携、地域連携、国際交流など、特定の目的のために、企業、地域・自治体、海外の大学・研究機関等の関係先を中心に情報発信を行う広報活動もある。入試広報を含むこれらの広報を本稿では「特定目的広報」と呼ぶことにする。企業の営業広報に相当する領域である。

 3つめの社内広報にあたるのが「学内広報」であり、自校に対する構成員の関心を高め、理解を促すという点で重要な意味を持つ。また、学外に発信する情報を学内で如何に集めるかが課題となっているが、学内報や学内Webへの掲載のために、トピックスが広報部門に投げ込まれる仕掛けを作ることで、学内情報の収集力を高めることもできる。

広報の5つの目的を理解し大学運営に活かす

図 大学における広報の概念・目的の整理

 これら3つの広報を合わせた大学の広報は如何なる目的を有しているのだろうか。

「説明責任を果たす」

 第一の目的は、説明責任を果たすということである。説明責任という用語は、報道等で頻繁に登場し、やや手垢がつき過ぎた感もあるが、学生納付金や税金を原資に運営され、高等教育という公的使命を有した大学にとって、説明責任が極めて重要であることは改めて強調するまでもない。

 説明責任を果たす上で最も難しいのは、公開・説明する情報の量と内容(どこまで説明すれば責任を果たせたことになるのか)、場と手段、タイミングの3点である。また、これらのベースにある広報のスタンスが特に重要である。同じ内容の情報を同じ場で同時期に説明したとしても、説明側のスタンスで情報の受け手が納得する場合もあれば、不信感を募らせることもある。誠実に公開・説明するというスタンスを貫くことが信頼の基礎を築くことになる。

「大学と多様な関係者を結びつける」

 第二の目的は、受験生・保護者・高校、卒業生、企業・団体、地域・自治体、留学希望者、海外の大学・研究機関など多様な関係者の関心を自校に向け,これらの関係者と大学を結びつけることである。

 この中で、受験生・保護者・高校等に働きかけ、志願者の増加と入学者の確保を目指す入試広報が最も重視されるのはいうまでもないが、卒業生ネットワークの構築、就職支援や産学連携のための企業・団体との連携、地域・自治体との連携、留学生確保を含む海外への発信など、それぞれに情報発信の充実を通した関係の強化が求められている。

 そのためには、受験生をはじめとする様々な関係者が真に知りたい情報を、容易にかつ理解し易い形で入手できる環境を整えておくことが重要である。

 本誌前号の特集でも「本人がやりたいことと大学の教育内容がうまくマッチングできるどうかを判断するための情報公開が不十分」との指摘が高校側からなされている。また、日本への留学希望者にとって各大学が提供する情報は言語の問題も含めて分かり難いことや、事前に理解していたことと入学してからの実情にギャップがあるとの声も聞く。

 これらの指摘は真摯に受け止めるべきだが、例えば高校との関係についていえば、入試広報の担当者の中には、十分に情報提供しているし、大学見学や模擬授業等の要望にも応えているのに、という戸惑いもあるようだ。情報の出し手と受け手にすれ違いがないか、あるとすればどのようにしてそれを解消することができるのか、この点が今後の大きな課題になるものと思われる。

「学外の声や動きを通して自校を知る」

 広報活動は大学から情報を発信するだけでなく、それに対する反応を含めた学外の声を受け止める双方向的なコミュニケーションでなければならない。学外と対話することで様々な動きや見方に触れることもできる。これらを通して自校に対する評価や期待、自校のポジションを知ることができる。これが広報の第三の目的である。

 この点で、入試広報部門に集まる受験生、高校、予備校、進学情報誌等の声は貴重であり、入試のあり方や教育内容などを考える上で有益な視点を提供してくれる。これに加えて、広報部門を通して得られるマスメディアの見方、就職部門や産学連携部門を通した企業の動向、国際交流部門を通した海外の声などについても、さらに収集力を高め、それらを大学運営に活かす努力が必要である。第三の目的を重視した広報活動の展開が求められている。

「自校に対する構成員の関心を高め理解を促す」

 学生のみならず教職員にとっても自分の所属する大学に対する愛着はモチベーションを左右する重要な要素である。そのためには自分の大学をより深く知る必要がある。

 創立の経緯・理念、歴史、大学・学部の特色、教育研究上の取り組み・成果、卒業生の活躍、学生の活動・活躍など、自分の大学を知ることで自ずと愛着が増してくる。また、トップの方針、大学の重点施策、教育研究や経営の状況、各部局の動きなどを理解することは業務の質や効率につながる。

 このような情報の多くは日常業務の中で得られるものだが、新聞・雑誌・テレビ等のメディアやHPを通して初めて知ることもあるし、学内報や学内Webで知ることもあろう。知ることでさらに関心が高まり、大学に対する理解や愛着も増す。その連鎖を後押しするのが広報の第四の目的である。

「大学のブランド価値を向上させる」

 広報の第五の目的は、大学のブランド価値を向上させることである。

 ブランドの本来の意味は商標・銘柄であるが、企業の場合、トヨタ、シャープなどの企業ブランドとプリウス、アクオスなどの商品ブランドが相乗効果をもたらして顧客を獲得していくのに対し、大学は企業ブランドに相当する大学ブランドの訴求力が強く、それが受験生の大学選択や企業の学生採用に強い影響を与えている。

 大学の個性化や機能別分化が求められる中、個々の大学がどのようにそれを実現し、自校のブランド価値向上に結びつけていくかが、厳しさを増す経営環境における重要な課題となっている。

 ブランド価値を向上させるためには二通りのアプローチがある。企業が良質の商品やサービスを継続的に提供し続けながら、企業ブランドを向上させていくように、教育研究面で特色を出しつつ、質の向上を進めていく中で、大学のブランド価値を高めていく、積み上げ型のアプローチがその一つである。この特色や成果を学外の関係者や社会に的確に伝えることが広報の役割である。

 もう一つは、大学ビジョンの策定を含めたブランド価値向上への取り組みを学内外に明確に打ち出し、いわゆるブランディング戦略を全学的・総合的に推進する、総合展開型のアプローチである。本誌上でも、明治学院大学(141号)、国際基督教大学、京都産業大学(147号)をはじめ数々の事例が紹介されている。

 総合展開型のアプローチの場合は、全学的な取り組みを通して学内外の関心を引き付け、大学の目指す姿や理念などを強く印象付けることが企図されており、ここでも広報が重要な役割を担うことになる。

広報を担う組織を明確化し連携を強化する

 以上を踏まえ、大学の広報体制について、組織と人材の両面でそのあり方を考えてみたい。

 広報組織の現状をみると、大学広報と学内広報は広報課,特定目的広報のうち入試広報は入試広報課が担当し、それ以外の就職支援、産学連携、国際交流等に関する広報はそれぞれの担当課が扱う、という体制が一つのパターンとなっているようである。

 大学の規模から、総務課や企画課が広報業務も担当し、入試課が入試広報を担当するという体制の大学もある。このような体制から広報課や入試広報課を独立させる大学が増えてきたことは、広報重視の意識が高まっていることの表れでもある。

 現在は広報課を置かない大学も、広報の名称を付した組織を置き、その長や一部の担当者は兼務させてもよいから、広報への取り組み姿勢と窓口機能を学内外に明示すべきではなかろうか。

 広報課、入試広報課、その他の担当課の間の連携も重要である。それぞれが自己完結的に業務遂行するのが基本だが、新聞等への対応、HPの作成、大学としての統一的なメッセージの発信等についての連携は不可欠であり、連携強化で業務の効率性や効果も高まる。また、入試広報はかなりの仕事を自前で処理できるが、就職課など他の担当課が行う情報発信活動には側面支援が必要なこともあるだろう。

 広報に関わる部署が参加する広報連絡会の定例化や共通テーマのタスクフォースによる取り組みなどを通じ、連携強化の基盤づくりをする必要がある。大袈裟な仕掛けではなく、フランクに連携・協力し合える状況をつくることが大切である。

広報に相応しい人材を見つけて計画的に育成する

 次に広報活動を担う人材の要件とその育成について,広報課スタッフを念頭に考えてみる。

 広報課や就職課など外部との接触が多い部署に、企業経験者等を中途採用する例が見られるが、外との関係や新しいことは外部人材任せという大学の安易な姿勢の表れと見ることもできる。それでは中途採用者の力も活かせない。

 広報についていえば、決して特殊なノウハウやスキルが求められる部署ではない。むしろ学内のどこよりも常識的な組織でなければならない。そこに配置される人材には、自分の大学に愛着をもっていること、学内の人と情報の在り処を知っていること、幅広い興味・関心と理解力を有していること、感度が鋭く機敏に判断し行動できること、明るく誠実な人柄であること、などの要素が必要と考えている。

 理解力、感度、判断力などは仕事のセンスともいうべき要素であり、多少ハードルが高いが、他の要素は個々人の意識や人柄、学内での経験などであり、それを満たす職員は少なくないと思われる。

 これらを参考に人材を選び、企業の広報担当者、経験のある他校の広報スタッフ、ジャーナリストなどの話を聴かせ、意見交換させるとともに、マーケティングの考え方や基礎的な方法論を学ぶ機会を与えることで、広報業務の本質やポイントをつかむ基礎は築けると考えている。後は経験を重ねるだけである。

 もちろん、広報業務の中には、HP作成などITに関する知識やスキルが求められる業務もある。また、国際化に対応して多言語による情報発信が求められる中、語学力を有した職員の配置なども考えるべきだろう。

 入試広報については入試業務への精通が優先されるが、彼らにも前述の学習機会を与えることで、広報人材に必要な素養を身につけさせることができる。

情報の出し手・受け手の間で踏み込んだ対話を

 冒頭でも述べたが学内では膨大な量の情報が生み出され、学内に蓄積し、学外にも発信されている。しかもそれらは増加し続けている。それにも拘らず、学内の情報が集まらない、もっと情報発信すべきといった声は強まるばかりである。

 情報の整理・蓄積・発信のあり方を絶えず見直していくとともに、情報の出し手と受け手の間のすれ違いを減らすよう、踏み込んだ対話が必要である。大学と高校、大学と企業などは、個々の対話に加え、一定の団体同士で踏み込んだ議論を行うことも考えるべきだろう。このような対話や議論を重ねることで、様々な媒体を通して発信される情報も生きてくる。

 情報発信にあたりどのようなチャネルや媒体を選択するかという点も重要である。東京以外の大学からは、全国紙や経済誌などが東京に集中しているため、これらの媒体への発信が難しいという声を聞く。一方で、大学を専門に扱う雑誌や進学情報誌などは全国の大学をバランスよく取り上げている印象がある。

 受験生や高校からの評判が良くても、企業や一般社会からの評判はいまひとつという大学もあるだろう。イメージがどう形成され、ブランド価値にどう影響するのかといったプロセスを理解し、より最適なチャネル・媒体の選択や組み合わせを考える必要がある。

 本稿を締め括るにあたり、現場の声を聴かせてくれた私立大学の職員諸氏に謝意を表したい。広報が大学を変える、そのような期待を抱かせる対話であった。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 大学院ビジネス科学研究科教授)


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