大学を強くする「大学経営改革」[34] 大学組織の問題解決力を鍛える 吉武博通

問題解決が活発に展開される組織をつくる

 組織は問題解決の装置だとも言われている。問題を効果的に解決できてこそ組織は存在価値を示すことができる。

 大学も経営・教学の両面において様々な問題を効果的に解決しながら、社会的存在価値を高めていかなければ、自らの存続自身が危ぶまれる時代である。

 大学の使命を一言で述べるならば教育研究を通した人類社会への貢献である。教育に重点を置く大学、研究に重点を置く大学、地域社会への貢献、リベラルアーツの重視、職業教育の重視など目指すところや貢献の仕方は様々であるが、社会的存在価値を示し、社会の信頼を得るにたる成果をあげることが、大学が解決すべき究極の問題と考えることもできる。

 そのために、教育、学生支援、研究、社会貢献、国際交流など取り組むべき問題は極めて多い。それらを支えるためには経営基盤の強化が不可欠であり、職員の育成、財政基盤の強化、施設・情報基盤の整備、情報の発信など、多方面の問題を解決していかなければならない。

 このような問題は、トップが主導する全学的な問題、学部や部など組織単位の問題といった形で、より具体的に問題設定され、解決が図られることになるが、それらの下には日常的な業務が広範かつ多層的に展開されており、それぞれに解決すべき問題は数限りなくある。日々寄せられる学生の要望への対応、様々なトラブルの処理、経費節減のための活動、諸手続きや業務処理の効率化など、問題の態様や緊急性などは様々だが、日常業務の現場は問題にあふれている。

 実務の現場・中間組織・トップマネジメントといった様々なレベルで、問題解決が活発に展開され、それらの活動が有機的に結びつくことによって教学・経営の質が持続的に向上する、そのようなポジティブな組織状態を作り上げる必要がある。

問題解決のプロセスを4段階で考えてみる

 哲学者であり米国心理学会会長も務めたジョン・デューイ(John Dewey,1859-1952)によると、人間の問題解決過程には、問題の認識、問題点の把握、解決法の着想、解決法の検討、解決法の選択、の5段階があるという。

 本稿ではこの考え方を参考に、筆者の経験なども踏まえ、解決策の実行までを含めた全プロセスを、①問題の認識、②問題点の把握、③解決策の着想・検討・選択、④解決策の実行の4段階として、そのあり方を検討する。


図 問題解決のサイクル


 問題解決という場合、思考法や技法に関心が向かい、関連書籍も本稿でいう②と③に焦点をあてたものが多いようだが、その前段として問題の認識がなされなければ問題解決という行為自体が始まらないことになる。大学の場合、その点に大きな課題があると考えている。また、解決策を検討・選択できたとして、コンセンサスの形成が特に重視される傾向にある大学において、その円滑な実行は容易ではない。

 そのような認識に立って、最初に①、次いで②と③を併せて論じ、最後に④の要点について述べることにする。

情報の把握力と問題に気付く感度が問題認識の鍵

 最初に、問題解決の出発点となる問題の認識について、そのあり方を検討する。

【データベースの整備と情報が行き交う職場づくり】

 問題を認識するためには、必要な情報が絶えず集まるようになっていること、自ら情報を取りに行くという姿勢が根付いていることが重要である。ここでいう情報は、文書情報や数値データ及び人との対話の中から得る情報や五感を通して感じ取った現場の情報の両方を意味する。

 文書情報や数値データについては、データベースを整え、利用し易い形で維持・改善し続けることが重要であることは言うまでもない。一方で、実際に情報を整理し活用するのは個々人である。例えば数値データであれば、常時頭に入れておくべき数値、手帳・ノートなど身近に置いていつどこでも確認できる数値、ファイルを取り出せば確認できる数値、の3つに仕分けるのも一つの方法である。

 これらの情報に、人との対話や現場に足を運ぶことで得た情報が加わることで、平板な情報が問題解決を促す力をもった情報に昇華していくのである。そのためにも、部門を超えて人が行き来し、いたる所で会話が交わされている職場、職員たちが頻繁に現場に出かける職場をつくり上げていかなければならない。

【問題に気付くことのできる感度を備えた組織】

 情報の収集と並び重視すべきは、多種多様な情報に接する中で解決すべき問題に気付くことのできる感度である。個々人の問題意識の高さと言い換えてもよい。その高低を決めるのは心の持ち方と知識である。

 ここでいう心の持ち方は主体的に問題解決に関わろうとする意欲を意味し、それは個々人の使命感・責任感と新たな取り組みを尊ぶ風土を醸成する中で培われるものと考えている。

 使命感・責任感は、社会における大学の役割や自校の存在意義、所属する組織の本来的な目的・機能、その中で自身が果たすべき役割を理解すること、加えて、組織において自分が期待され、一定の評価を受けていると自覚することで高められるものである。

 新たな取り組みを尊ぶ風土とは、サントリーの企業精神として語り継がれている「やってみなはれ」の言葉に象徴されるポジティブな組織風土のことである。新たな事柄や面倒は避けたい、出過ぎたことは控えたい、周囲の協力も得られないし実現も困難、といった心理が働きやすい状況では、仮に問題に気付いても行動には繋がらず、それが慢性化すると問題に気付くことすらできないといった状態に陥ることになる。

 問題意識の高低をきめるもう一つの要素は知識である。知識の幅や深さで情報の価値も変わってくる。高等教育の制度や答申に関する知識があれば、教育現場の実情に接することで課題や改善点が見えてくる。会計知識があれば、財務データに関心を持ち、それを通して法人の経営状況を理解できる。ITや業務改善の知識があれば、現状業務の中に様々な問題を見つけることができるだろう。

 大学職員にとって如何なる知識が必要かについては、本誌161号の本連載「スタッフ・ディベロップメント(SD)の体系化と実践」を参照されたいが、本稿で強調したいのは問題解決のプロセスの中での知識の役割であり、その知識が幅広く豊かであればあるほど、解決すべき問題をより的確に認識することができるという点である。

 現在の業務を処理するための職務知識が大切なことは当然だが、構成員の関心が組織の中に止まるようでは問題解決の活力も生まれない。職務や組織の枠を超えて個々人の興味・関心が広がり、知識も豊かさを増す、それを見守るゆとりのようなものを大学組織は持ち続けなければならない。

思考法の活用と徹底的な対話により解決策を見出す

 解決すべき問題が認識されたならば、問題点を把握した上で、それに基づいて解決策を着想し、複数の解決策を比較検討した後に、最善の解決策を選択することになる。

【問題を構造化し問い続けることを習慣づける】

 ここで必要とされるのが問題解決のための思考法である。コンサルティング業界などで用いられ、書籍などを通して広く紹介されているものの中から、重要と思われるポイントを挙げてみたい。

 最も基本となるのは問題の構造化である。ロジックツリーという技法が知られているが、MECE(MutuallyExclusive Collectively Exhaustive,ミッシー)と呼ばれる考え方に基づき、同じことをダブって考えていないか、重要な見落しがないかを確認しながら、問題をツリー状に分解・整理するのがその特長である。


図 ロジックツリーの一例(イメージ)


 トヨタ自動車では“なぜ?”を5回繰り返せと教え込まれるそうだが、ツリーを使って原因を追求する際には“Why?”を繰り返す、解決策を着想・検討する際には“So how?(それでどうする)”を繰り返すことが大切だといわれている。“So what?(だから何?)”も含め、様々な場面で問い続けること、それを習慣づけることで問題解決の足腰も鍛えられる。

 一方で、問題解決には時間的制約もあり、効率性や迅速性も求められることになる。そこで重視されるのが仮説思考である。問題点の把握でも解決策の着想・検討でも、初めに仮説を設定し、それを検証することで、有効な解決策により早く辿り着けるとして広く定着している思考法である。

 仮説思考と並んで強調されるのがゼロベース思考である。大学が横並び意識を捨て、本気で個性化や機能分化に取り組むためにも、また、人材の配置・育成や組織・業務運営のあり方を抜本的に見直すためにも、既成の枠組みを取り払って考えるゼロベース思考は必要である。

 また、視点を変えて考えることも重要である。例えば、収支を改善するための経営問題を検討する場合、法人と教学間で議論の応酬が続くことがある。そのような時に、学生の視点、社会の視点、教職員の視点、ライバル校の視点など視点を移動させることで、新たな解決策が導き出されることもある。

 最後に強調しておきたいのは、何のための問題解決かという本来目的に常に意識を集中するということである。検討や議論を進めているうちに、拡散したり枝葉末節に拘ったりといった状況が生じることがある。本来目的を樹木の根と考え、そこから太い幹を伸ばしながら枝葉をつけていく、そのような意識で問題に取り組むことが大切である。

 以上のような思考法によって、より有効な解決策が導き出されるだけでなく、問題の構造、因果関係、解決策の位置付けなどが明確になり、個々の問題解決がそれぞれに固有のストーリーを持って語れるものになるはずである。後述する解決策の実行段階での説明や説得も容易になり、実施後の成果評価や改善もやり易くなるものと思われる。

【現場の語り部たちを活かし育てる】

 実際に問題解決に取り組む場合、上に述べた思考法をどのような形で活用していけばよいのであろうか。思考法をコンピュータのアプリケーションソフトに喩えるならば、使いこなすスキルやデータの入力が必要になる。

 ロジックツリーにしても問い続けることにしても、机上でできることは限られている。コンサルタントはクライアント企業・機関に入り、各部門・各層へのインタビューを徹底的に行うという。アートディレクターの佐藤可士和氏はそれを問診と呼び、問診による状況把握を重視する。

 話を聴き、議論を重ねる中で問題の構造も見えてくるし、解決策のヒントも見つかる。筆者の経験では、じっくり聴き出すのは一対一か一対二、様々な視点から問題を見て、アイデアを出し合うのは4~7人くらいが良いように思う。

 様々な職場を廻っていると、事実・情報に正確さを欠く者、事実・情報は正確だが問題点が見えてない者、問題点は見えているが解決策を持っていない者、解決策まで持っている者の4タイプに分かれることに気付く。後の2者は“語り部”とも呼ぶべき存在で、問題解決に大きな力を発揮する。

 国公私立を超えて多くの職員と接していると、この語り部が少なくないことを実感する。大学という組織の中で、部門や職責を超えた対話が活発に展開され、良いと思われるアイデアを積極的に採り入れる雰囲気が広がるだけで、組織の問題解決力は数段高まるはずである。そのことを通じて、4タイプの中で一段上に上がる者が増えれば、人的基盤の強化にも繋がることになる。問題解決は人材育成の最大の機会である。

 もう一つ、問題解決に欠かせない数値データについて触れておきたい。全国や当該地方の経済・財政・生活・人口等に関するデータ、教育や研究に関するデータ、自校の経営・教学の状況に関するデータ、自身の業務に関するデータなど、常に意識しておくべきデータとその在り処を明確にしておく必要がある。

 それに基づき問題の認識や問題点の把握を行うことになる。定量分析として数々の分析手法も知られているが、経験的に特に重視しているのは、実数を見ること、時系列で数字の変化を追うこと、比較し差異を見つけること、の3点である。

 実数を最低10年程度並べたり、競合校と自校の経営・教学データを並べて比較したりする中で、様々な問題が浮かび上がってくる。分析手法が必要なのは問題をより深く掘り下げて検討する場合であり、グラフ等で可視化するのは説明の段階で十分である。実数が並ぶ表の中から問題を見つけるのが経営のプロであり実務のプロである。

 データに関する関心とデータから何かを感じ取る感受性を高めることが、多くの大学に求められているように思う。

共感を得ることと静かなる改革の実行が大切

 最後に解決の実行にあたって留意すべきことについて要点を絞って述べることにする。

 大学や部局のトップが主導する解決策の実行も構成員の理解を得られなければ十分な成果はもたらされないし、実務層が提案する解決策も会議や上司の承認、周囲の協力がなければ実行には結びつかない。

 解決策が実行や成果に繋がらない場合の最大の原因は、説明や説得が不十分であるために理解や共感を得られないという点にあるように思われる。説明・説得に必要なことは、論旨を明確にした文書、簡潔明瞭かつ誠実な説明である。

 トップ主導で示された解決策も、実務層から提案される解決策も、結論や施策が示されるばかりで、問題認識や目的、現状の問題点、解決策選択に至る考え方、実行上の課題と手順などが明らかでないケースは少なくないように思われる。

 もちろん、問題解決はこのような大掛かりなものばかりではない。現場レベルで一人あるいは数人で完結する問題も数限りなくある。それらを静かにかつ着実に進めることも大切である。スタンフォード大学の准教授が書いた『静かなる改革者』(後掲)はその重要性を説いたものである。このような取り組みが、周囲の共感を呼ぶとともに、実績として評価され、より大きな問題解決を進めるにあたっての説得力につながるのである。

 問題解決という切り口から大学組織を眺めてみると、様々な課題が見えてくるのではなかろうか。


【参考文献】

  • グロービス・マネジメント・インスティテュート『新版MBAクリティカル・シンキング』ダイヤモンド社2005年
  • 齋藤嘉則『新版問題解決プロフェッショナル「思考と技術」』ダイヤモンド社2010年9月28日
  • デブラ・E・メイヤーソン『静かなる改革者』ダイヤモンド社2009年



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 大学院ビジネス科学研究科教授)


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