大学を強くする「大学経営改革」[36] 就職先としての中小企業について考える 吉武博通

就職環境の悪化と高まる中小企業への関心

 就職環境が一段と厳しさを増し、大学卒業予定者の2010年12月1日時点での内定率は過去最低の68.8%となっている。

 このような状況の中、大企業への就職を断念し、中小企業の採用に期待をかける学生も増えてきているという。中小企業の合同説明会に大勢の学生が集まる様子がテレビでも繰り返し報じられている。

 2010年4月公表のリクルートワークス研究所大卒求人倍率調査(2011年卒)によると、全体の求人倍率は1.28、うち従業員規模5000人以上企業0.47、1000~4999人企業0.63、300~999人企業1.00、300人未満企業4.41となっており、規模間の倍率格差は前年に比べ縮小した(前年は5000人以上企業0.38、300人未満企業8.43)ものの、小規模になるほど求人倍率が高くなる傾向は続いている。

 『中央公論』2011.2の大学に関する特集に、雇用問題に詳しい海老原嗣生氏の「四大卒も中小企業を目指せばいい」というタイトルの文章が掲載されているように、現下の雇用情勢をただ嘆くのではなく、中小企業を積極的に就職の選択肢とすべきという主張も増えてきているように思われる。

 安定志向が強まっているといわれる学生の中にも、中小企業に関心を向ける者が増えてくることが予想され、大学においても中小企業への就職支援の重要性が増すことは明らかである。

 このような認識に立って、就職先としての中小企業について、関連書籍・データ、中小企業経営者へのインタビュー、筆者自身の経験などを基に考えてみたのが本稿である。

マクロ的にもミクロ的にも見えにくい中小企業

 最初に、中小企業とはどのような企業を指すのかについて明らかにするために、多少細かくなるが各種統計や法律上の取り扱いについて確認しておきたい。

 前述のとおり「ワークス大卒求人倍率調査」は従業員規模別の4区分で集計されており、5000人以上を大企業、300人未満を中小企業と呼んでいる。また、総務省の「労働力調査」では、非農林業雇用者を1~29人、30~99人、100~499人、500~999人、1000人以上の5区分で集計している。同じく総務省が5年ごとに実施している「就業構造基本調査」では、500人未満を9区分に分けてより詳細な就業実態を明らかにしようとしている。この調査には自営業主、家族従事者なども含まれ、雇用者を対象とした労働力調査と異なる点があることに注意しておく必要がある。

 従業者規模による区分に対して、財務省「法人企業統計」は資本金区分を用いており、1000万円未満(1,679千社)、1000万円以上1億円未満(1,108千社)、1億円以上10億円未満(29千社)、10億円以上(6千社)と4つに区分されている。括弧内は21年度の法人数であり百の位以下切り捨て表示している。また、日本銀行が国内の景気動向を把握するために3カ月に1回実施している「全国企業短期経済観測調査」(日銀短観)では、資本金2000万円以上1億円未満を中小企業、1億円以上10億円未満を中堅企業、10億円以上を大企業としている。

 これらに対して、中小企業基本法では、製造業・建設業・運輸業・その他の業種:資本金3億円以下または常時雇用従業員300人以下、卸売業:1億円以下または100人以下、サービス業:5000万円以下または100人以下、小売業:5000万円以下または50人以下を中小企業とし、この定義に基づき国は中小企業施策を検討・実施しており、「中小企業白書」が毎年公表されている。


図 中小企業基本法による定義、各種統計による区分


 このように中小企業といっても定義がまちまちであり、マクロ的にもその実態が見えにくいのが一つの特徴である。

 また、大企業の場合、社名が広く知られ、社名だけでおおよその事業内容がわかるし、上場会社であれば毎日株価も確認でき、ホームページで業績や経営方針なども知ることができる。前述のとおり資本金10億円以上の法人は約6000社、証券取引所に上場している国内企業は約3600社に過ぎない。

 それに対して、中小企業は、法人企業統計の資本金1億円未満の営利法人だけでも、その数は約280万社にのぼる。また、中小企業白書の付属統計によると、個人事業所を除く会社数が約150万(2006年)、このうち常用雇用者20人以下(卸売業、小売業、飲食店、サービス業は5人以下)の小規模企業約110万、それより規模の大きい中小企業が約40万あることがわかる。

 その中から将来の希望がもて、自らを成長させることができる職場を探し出すことは容易ではない。統計や定義の説明がくどくなってしまったが、中小企業への就職支援を大学が本気で行うのであれば、これらの知識を含め、中小企業に対する理解を深めながら指導・支援の質を高めていく必要があると考えている。

働く場としての中小企業の特徴について考える

 前出の「中小企業白書」によると、2006年時点での非一次産業常用雇用者数約3600万人のうち、中小企業が約2400万人、大企業が約1200万人であり、3分の2の人々が中小企業を職場としていることがわかる。ここでいう中小企業の定義は前述のとおりであるから、資本金や従業員による区分を少し上方に変えるだけで、中小企業で働く人々の構成比はさらに高まる。

 働く場としての中小企業はどのような特徴を有しているのだろうか。一般的には、①働く人にとって自分や企業の位置が見えやすい、②大企業のように専門分化や機能の細分化が進んでおらず、一人が多様な仕事をこなすことが求められる傾向にある、③大企業が組織として動き、組織として成果をもたらすのに対して、中小企業では個々人の行動が企業の成果に直接反映する傾向が強い、④働く場として特定の地域とのつながりがきわめて強い、⑤平均的にみれば大企業に比べ賃金が相対的に低く、労働時間等の労働条件も劣る、などの特徴が指摘されている。(渡辺幸男・小川正博・黒瀬直宏・向山雅夫『21世紀中小企業論(新版)』有斐閣アルマ2006を参考に整理)

 そのうえで、前掲書は「中小企業は大企業にはない働きがいを求める人にとっての、積極的 な選択肢の一つであるが、やりがいのある職場として、一方的に賛美されるものではなく、相対的な労働条件の悪さや賃金格差ゆえに劣った職場として、一方的に否定される存在でもない」と述べている。

 筆者は鉄鋼メーカーの営業時代に数多くの自動車部品会社や流通・加工業者との取引に携わった。また、事業所勤務時代には地場企業の経営者と接する機会も多く、共に兼職ではあるが、従業員60人と130人の2社の社長を同時に務めたこともある。

 これらの経験を通して特に強く感じていることは、中小企業の場合、業績、信用、将来性、社風などほぼすべてが社長次第という点である。取引先として融資先として就職先としてある企業を選ぶということは、その企業の社長を選ぶこととほぼ同義といって過言ではない。

 中小企業はしたたかでしぶといという印象もある。大企業は赤字だが、取引先の中小企業は窮状を訴えながらも持ちこたえるというケースをいくつも見てきた。大企業に入社したものの、再編で社名が変わる、出向・転籍で関係会社に移る、転職するといった話は特別なことではなくなったが、社名も変わらず解雇もせずに頑張っている中小企業も少なくない。

 もう一つ付け加えなければならないのは、前述の中小企業の定義とも関連するが、業種や従業者規模によって会社の様相が大きく異なるという点である。従業者300人以下を中小企業とした場合でも、30人未満、30~99人、100人以上と規模が大きくなるに従って分業が進み、組織やシステムといった要素が重視されるようになってくる。千人の大企業と1万人の大企業の違い以上に、この差は大きいように思われる。また、従業員数が20人を超えると財務基盤は安定化するという研究結果も報告されている。

 働く場としての中小企業を考える場合、このような特徴を頭にとどめたうえで、一方で、これらが平均値や傾向に過ぎないことも十分に意識しながら、いくつもの会社を個別に見ていく中で、中小企業を見る目を養っていく必要がある。

厳しい経営環境を乗り越えるためにも人材が必要

 中小企業の経営はどのような状況にあるのだろうか。2010年12月の日銀短観では、業況が良いと判断している会社の割合(%)から悪いと判断している会社の割合を引いた値が、製造業中小企業でマイナス12、非製造業中小企業でマイナス22となっており、大企業や中堅企業に比べてかなり厳しい状況にあることがわかる。また、先行きについては製造業中小企業がマイナス23、非製造業中小企業がマイナス29と一段と厳しさを増すとの判断が示されている。

 日本を代表する中小企業集積地である大田区蒲田で1936年の創立以来長きにわたり技術力を培ってきたOEMメーカーの瀧口製作所の瀧口利彦社長は「品川区・大田区の中小製造業はこの10年間で2万社から4千社になり、将来は2千社以下になるだろう」と語り、その背景として、利益が得にくくなっていること、後継者を含めた人材難、時代の変遷の中で技術が生かせていないこと、の3点を指摘する。

 そのうえで、「中小企業が欲しいのは何よりも人材。意欲をもち、スキルを高めようという意識があり、何の技術も抵抗なく受け入れられる人間なら文系・理系は関係ない。実績よりも可能性を買いたいし、経験したことがないことを恐れずにやれる人材が欲しい」と話す。

 大手電機メーカーを定年退職した後に同社に入り、技術を担当する深津邦夫取締役は、大企業の事業が単体装置からシステムに重心を移していく中で、装置の設計技術の空洞化が起こり、それを中小企業の技術力が補うといった状況が見られること、日本が誇るメカトロ技術は問題解決の技術であり、中小企業が支えている部分が大きいこと、の2点を挙げてものづくりにおける中小企業の役割の重要性を指摘する。

 そして、「会社の規模が小さいので製品全体に対して広く技術的にコミットでき、役に立っているという実感をもつことができる。インターンシップも大企業よりも中小企業のほうが効果的ではないか」と話す。

中小企業を第一希望にした手探りの就職活動

 このような中小企業の特徴や経営環境などを踏まえたうえで、学生は如何なるスタンスで就職活動に臨み、どのようにして自分にふさわしい会社を探せばよいのだろうか。

 筆者の授業の受講者で、最初から中小企業に絞って就職活動をし、社員40人で他にない強みをもつ専業商社に内定した学生がいる。お互いの顔が見える環境で社員一丸となり会社を成長させていくというイメージをもちながら働きたかったこと、経営者や他部署が身近なので会社経営に必要なことを効果的に学べることが中小企業を志望した動機だという。

 就職情報サイト主催の合同説明会や商工会議所主催の合同説明会に行く、オンリーワン・シェア・中小企業といったキーワードでインターネット検索、「元気なモノ作り中小企業300社」に掲載されている中小企業の中から気になる企業に電話をかけて見学・面接を申し込む、といった方法で就職活動を行ったとのことである。ちなみに内定先の企業は、東京商工会議所主催の合同説明会で知り、その場で社長から直接話を聞き、好印象をもったそうである。

 このようなケースは筆者が知る限り珍しいが、中小企業を最初から目指す学生がどの大学においても増えることが予想される。

中小企業への就職支援の意味を多面的に捉える

 中小企業への就職を支援するにあたり、大学がなすべきことについて、4点ほど要点を述べておきたい。

 まず、経済活動や地域社会における中小企業の役割、規模や業種の違いも含めて多様性に富むこと、中小企業で働くことの意味や特徴、企業選択にあたっての視点など基礎的なことがらを学生に伝えられるように、大学として中小企業に対する理解を深めておくことが重要である。そのために中小企業論を専門とする学内教員や地元自治体・商工会議所等の協力を得ることも一つの方法である。

 次に、中小企業の求人状況や雇用条件等に関する情報の質的・量的充実、企業情報の検索サービスの利用環境の整備など、情報面での就職活動支援を充実させる必要がある。前者については、一大学だけで十分な情報を収集することが難しければ、地域単位で複数の大学が連携して収集にあたり、その情報を共有するといった方法も考えられる。また、後者については日経テレコン21などの情報検索サービスを学生が効果的に活用できるように、図書館と就職課がどう連携するかといった点も考えておく必要がある。

 三つめとして、地域の中小企業を大学、金融機関、自治体がそれぞれの役割に応じて支援し、中小企業が雇用の創出、資金運用機会の提供、納税等を通じて地域社会に貢献するという好循環をつくりあげることに、大学がより積極的にコミットすべきではないかと考えている。

 例えば、中小企業の経営者や社員を対象にした経営や技術に関する教育、大学の研究成果の技術移転、留学生の活用による企業・製品案内(ホームページを含めて)の多言語化などを通じて中小企業を側面的に支援することができるし、そのことを通して中小企業を深く知り、インターンシップや就職の機会をより多く見いだすこともできよう。個々の会社単位では,同年代の社員と切磋琢磨する機会も限られるだろうが、大学を異なる企業の社員同士の交流の場とすることもできる。

 四つめとして、学生が社会の風潮や周囲の雰囲気に惑わされることなく、より自立的に自身の進路を選択し、就職先においても自立した個として、職場や社会に貢献しつつ、自らの人生を生き抜く、そのための精神的・能力的基盤の形成を、これまで以上に後押しすることが必要と考えている。

 例えば,経済の基本や企業の役割、企業で働くことの意味と従業員の権利・義務、決算情報の見方を含めた企業評価の視点などについての理解が不十分なまま、就職活動に入る学生のほうが多いのではなかろうか。志望する業界や企業の研究をするよりも、このような基本的事項をしっかり身につけるべきである。

 これらのことは就職先が大企業か中小企業かを問わず必要不可欠な要素である。

 日銀短観が示すとおり中小企業は大企業以上に厳しい経営環境に置かれている。その一方で、中小企業は人材を欲しており、学生も就職先としての中小企業に正面から向き合うことが求められている。

 就職先としての中小企業を考えることは、経済・産業、雇用・労働、地域を理解し、教育の本質やあり方を見つめ直す好機でもある。このような深さと広がりでこの問題を捉えるか、就職率の向上という目的だけで捉えるか、大学の見識が問われるテーマであることは確かである。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 大学院ビジネス科学研究科教授)


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