大学を強くする「大学経営改革」[39] 「規律づけ」の視点から大学を考える 吉武博通

誤解や混乱が見受けられるガバナンス論

 本連載では、過去2回にわたりユニバーシティ・ガバナンスをテーマに取り上げたが、2010年4月に実施された事業仕分けで、多くの独立行政法人がガバナンスの見直しなどを指摘されたこともあり、国立大学関係者の間でも従来に増してガバナンスへの関心が高まっている。

 私立大学においても、私立学校法改正の趣旨に沿う形で理事会機能の強化を進める中、法人理事会と大学の関係、学長選考の在り方、監事監査の充実などに関する問題意識が高まる傾向にある。

 このような状況は公立大学でも同様であり、ガバナンスを、国公私立を超えた大学共通の課題として認識した上で、それを大学の外からの要求として受動的にとらえるのではなく、むしろ積極的に大学の教育研究力や経営力の強化に繋げるべきというのが本稿の基本的な立場である。

 近年、ガバナンスという言葉は様々な場面で頻繁に登場するが、それを発する人々の意図するところが異なることも多い。法令遵守を意味するコンプライアンスや内部統制の問題を指したり、マネジメントの問題であるにもかかわらずガバナンスの強化が必要といった言い方がなされたり、用法に誤解や混乱も見受けられる。前述の事業仕分けも、ガバナンスの問題なのかマネジメントの問題なのか、厳密に考えると疑問が生じてくる。

 本稿では、最初にマネジメントとは何かを論じた上で、ガバナンスの概念や意義をあらためて確認し、大学においてガバナンスをいかに機能させるかについて検討していくこととする。

マネジメントで重視すべきは有効性・効率性・健全性

 大学に経営という用語を用いることへの抵抗は教員を中心に依然として根強いものがある。しかしながら、大学を設置する国立大学法人、公立大学法人、学校法人は紛れもなく経営体であり、国立大学法人の学長や公立大学法人・学校法人の理事長が経営責任を負っていることは自明である。

 これに対して、学校教育法上、学長は「校務をつかさどり、所属職員を統督する」役目であり、経営という概念をどうとらえるかにより、経営を担う立場なのか否かの理解も異なってくる。ただ、大学も組織である以上、管理や統制といった機能は求められる。

 本稿では、経営、管理、統制など法人や大学がその組織目的を達成するための活動を一括りにしてマネジメントと呼ぶことにする。理事長や理事は法人のマネジメントに、学長や副学長は大学のマネジメントに責任を負うことになる。

 大学に限らず、あらゆる組織において、マネジメントは何を重視してなされるべきだろうか。

 組織目的を達成するための活動をマネジメントと呼ぶならば、何よりもその達成度を高めることが重視されなければならない。これを有効性(effectiveness)と呼ぶ。環境変化に適応しつつ、当該組織のステークホルダー(利害関係者)の利益を確保し、組織目的に向かってより高い成果をあげること。これがマネジメントにおいて重視すべき第一の要素である。

 2つめの要素は効率性(efficiency)である。人材、もの、資金、情報などの経営資源をいかに効率的に調達し、活用するかが、有効性と並ぶマネジメントの重要な要素になる。大学を取り巻く環境が厳しくなるに従って、その重要性が増しつつあることは言うまでもない。

 これらに健全性(soundness)を加えた3つがマネジメントにおいて最も重視すべき要素であると考えている。ここでいう健全性とは、法令遵守や透明性だけでなく、倫理や個々人を尊重した健全な職場環境の保持などを含むものである。

 これら3つの要素をバランスさせながら、それぞれを高めていくことがマネジメントを担う者の最大の責務である。

図表 大学教員の人事に係る学部・大学・法人の関係(例示)

ガバナンスはマネジメントに対する規律づけ

 組織を率いる彼らが、有効性、効率性、健全性に広く目を配りながら、組織目的を実現すること、それを監視し、促すこと、それがガバナンスである。ひとことで言うならばマネジメントに対する規律づけということになる。(図1)

 その場合、誰が、何の目的のために、いかなる権限に基づき、どのような手段でマネジメントに対する規律づけを行うかが問題となる。

 日本国憲法は、主権者である国民が自らの人権を守るため、参政権に基づき、選挙で議員を選び、議会で選ばれた内閣総理大臣率いる内閣が議会に責任を負うことを国の統治の基本として定めている。

 会社法においては、株主が議決権に基づき株主総会で取締役や監査役を選任し、取締役会や監査役を通じて経営者の業務執行を監視するという仕組みが採られている。

 これらに加えて、国においても企業においても、議会や総会における決算の承認、適時適切な情報開示などは、行政や経営を監視する重要な手段となる。

 このような基本を押さえた上でガバナンスが有効に機能するための要件を整理すると、

  • 行政や経営を担うトップの任免
  • 基本方針や重要な執行事項の決定手続き
  • 業務執行に対する監視
  • 適時適切な情報開示
  • 外部の評価や脅威、外部からの規制・監督
の5点に要約できる。このうちの5番目については、国の場合、国際世論、他国の脅威、国際的な合意や協調の枠組みなどがそれに該当するだろうし、企業の場合、市場の評価、敵対的買収の脅威、各種の規制や所管官庁による監督・指導などがそれにあたる。

 国や企業と大学を同じように扱うことはできないが、コーポレート・ガバナンスを巡る議論の影響も受け、大学のガバナンス論が盛んになった経緯を考えると、これらのことを踏まえておく必要はある。その上で、大学の特性に合ったガバナンスの確立を目指すべきであろう。

法人が発する情報でトップの姿勢や経営力を測る

 大学のガバナンスについては、設置形態ごとにそのあり方を検討していく必要があるが、議論が複雑になるため、私立大学を例にガバナンスの観点から大学の構造をとらえると、

  • 学校法人の経営に対する規律づけ
  • 大学の管理運営に対する規律づけ
  • 学部・研究科の管理運営に対する規律づけ
という少なくとも3つの課題があることがわかる。

 最初に学校法人の経営に対する規律づけについて考えてみたい。

 2004年の私立学校法改正により理事会の機能と理事長が法人を代表として業務を総理することが明確に規定されたが、その理事会や理事長をいかなる形で規律づけるかがここでの課題である。

 株式会社と異なり株主のような所有者は存在せず、株主総会に相当する機関がある訳ではないが、法人職員や卒業生などのステークホルダーを構成員とし、一定数の理事の選出母体ともなる評議員会に、理事会を規律づける役割が期待されていると考えることができる。制度上は諮問機関としての位置づけと言われているが、事業計画における意見聴取、事業実績の報告、監査報告書の提出、監事選任の同意など、重要な節目で一定の監視機能を果たすことができる。

 その上で、理事会が理事長と理事の職務執行を監督し、監事が業務及び財産の状況の監査を通じて法人の経営を監視するというのが学校法人のガバナンス構造ということになる。

 しかしながら、学校法人といっても設立時の経緯や形態は様々であり、評議員会と理事会の力関係、理事の構成、理事長の実質的な選出方法など、法人ごとに様々であり、一律にその在り方を論じることは難しい。

 また、評議員会や理事会はその形式が重んじられ、経営の実質は理事長や常勤理事の掌中ということもあり得る。企業でも株主総会や取締役会の形骸化は常に問題視されてきた。

 このような法人間の違いを超えて共通して考えておくべきは、関係法令や寄附行為に則って、評議員会、理事会、理事長の責任と権限を、解釈や裁量の余地が過度に大きくならないように明確に定めた上で、それに基づく運営を徹底するということである。

 その上で、当該法人のガバナンスの構造について、その考え方、評議員や理事会の構成、ガバナンスの実効性を確保するための取り組みなどを中心にウェブ等を通じて広く社会に示すことが必要である。

 加えて、理事長の経営方針、法人の経営体制、財務情報を中心とした経営状況を、同じくウェブ等を通じて広く開示すべきである。ウェブ上で財務情報を公開する法人も増えてきたが、未着手の法人も少なくなく、公開していてもその内容やわかりやすさにかなりの開きがあるのが実情である。

 ガバナンスの本質的な問題の一つに情報の非対称性があるといわれている。社会に広く情報開示し、学外評議員・理事にも十分な情報提供を行う。その姿勢が法人の経営者に問われているのである。

法人と大学間の良き緊張関係と連携・協働関係

 理事長や理事会の機能・権限が強まり、それらの活動度が高まると、法人と大学の対立関係が強まったり、学長が理事会と教授会の板挟みになったりといった問題が生じることもある。受験者数、就職率、資格試験の合格者数、教育の質の向上、競争的資金の獲得など法人の大学に対する攻め手は増える一方だが、教員の意識や力量が向上しない限り、これらの要請は容易に満たされるものではない。

 法人と大学の間で適度の緊張感を保ちながらも、共通の目標には一体となって取り組める、新たな法人・大学関係を構築する必要がある。

 そのための第一のポイントは学長の任免である。選挙による選出から理事会主導による選出の方向に進むと考えられるが、歴史的経緯などから選挙による選出が続く大学も少なくないだろう。それを急激に変えようとすると、法人と大学の対立が深まる可能性もある。また、理事会主導で選出された学長の方が管理運営に優れるという保証もない。法人と大学が十分な対話を重ねてより良い方式を考えるしかないが、学長選挙を続けるならば、大学の管理運営を託し得るための学長の要件を理事会が大学に示しておくことが望ましい。

 第二のポイントは、法人と大学の共通目標の明確化、それを実行するための適切な役割分担、相互確認と連携・協働、である。

 法人の経営と大学の教育研究は、それぞれの特性に配慮しつつ、別個の概念として論じるべきだが、近年、教育研究の質の向上が要請される一方で、経営の効率化も求められており、教育研究と経営を分けて論じたのでは答えの出ない課題も急速に増えている。また、多くの大学で職員組織は法人経営と大学の教育研究の両方を支えており、これらが同じ基盤の上に成り立っていることを踏まえておく必要がある。

 これらのことを考えると、法人と大学が目標を共有するとともに、重要な課題と経営資源の確保・配分等については、基本的な部分で意思統一を図っておく必要がある。法人と大学が一体となって将来構想や中期計画を練り上げることは今後不可欠な作業となるだろう。

 その上で実行のための役割分担とマイルストーンを明確化し、相互に進捗を確認しながら、必要な事項については連携して実行する。

 このような運営を定着させることで、法人と大学に良い緊張関係と連携し協働する関係が根付いていくと考えている。何をなすべきかについての共通理解がないところに規律づけは働かないのである。

学部・研究科運営の規律づけは大学の重要な役割

 先に挙げた3つの課題のうち最も難しいのが、学部・研究科の管理運営に対する規律づけであろう。あらゆることを教授会で決定し、法人や大学による管理を介入として排除する体質は程度の差こそあれ根強く残っている。

 ここでも最初のポイントは学部長・研究科長の任免である。学長が推薦し理事会が承認するという方向に向かうべきだが、それが実現するまでの間、学長は少なくとも学部長・研究科長に相応しい人材の要件を示すべきだろう。

 法人と大学の関係の中の第二のポイントである共通目標の明確化、適切な役割分担、相互確認と連携・協働は、大学と学部・研究科の間にもあてはまる。とりわけ、教育については、大学と学部・研究科の役割分担を明確にした上で、大学として教育の質を保証できる体制を確立しておく必要がある。機関別認証評価を受けるのも、教育情報等の公表を義務づけられているのも大学である。(図2)


図2 関係法令を踏まえたガバナンスの構造


 第三のポイントは教員人事である。大学として人事委員会を設け、全学ベースで教員の採用や昇任を審査する大学もあるようだが、なお多くの大学が学部・研究科の教授会で事実上の決定を行っているのが実情である。教員人事は教育研究の質を左右する最大の要素であり、実質的な決定権を教授会に委ねたとしても、求める人材像、採用・昇任基準、審査プロセスなどを予め明確にさせた上で、それに則った人事が行われているか確認することは最低限必要であろう。

 第四のポイントは、学部・研究科運営の健全性のチェックである。自治や自律を強調していても、適正性や公平性、教育研究に専念できる環境、若手教員の育成環境の確保といった観点で見た場合、問題を抱える組織も少なくないのではなかろうか。自浄作用に委ねるだけでは解決されない問題も多い。健全性のチェックを通して学部・研究科運営を規律づけるのも大学の重要な役割である。

自由な発想と職場の活力を組織目的の達成に生かす

 ガバナンスは強化という単語とセットで使われることが多く、上から下に向けて管理が強まる印象が拭えない。その通りだとするとただでさえ窮屈になりがちな大学の現場から自由な発想や職場の活力が削がれることになる。それでは大学の組織目的を達成することもできない。

 組織理論に関する代表的古典である『経営者の役割』を著したバーナード(C.I.Barnard)は、同書の中で、組織を「二人以上の意識的に調整された活動や諸力の体系」と定義づけ、組織に必要な要素として、コミュニケーション、貢献意欲、共通目的の3つをあげる。

 学部・研究科は教育組織と教員組織の2つの側面を持つ。教員組織が上記の定義による組織にあたるかどうかは微妙だが、教育組織はここでいう組織である。

 組織とは何か、マネジメントとはいかなる目的を持ち、何を重視してなされなければならないのかについて理解を深めた上で、それに対する規律づけとしてのガバナンスを個々の大学の特性に応じて確立していく必要がある。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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