大学を強くする「大学経営改革」[42] 大学の情報化とITマネジメントを考える 吉武博通

担当部署や実務者任せになりがちな情報化推進

 IT(情報技術)の急速な発展が、個々人の生活や仕事、組織や社会を大きく変容させつつある。今や大学の教育研究や経営もITやそれを基盤とするシステムなしには成り立たない。

 募集・入試、学籍・履修・成績管理、教育・学生支援、図書館・文献情報、研究者情報、人事・給与、財務・会計、メールなど、全ての学生と教職員が利用者として様々な恩恵を受けており、社会への発信や多様なステークホルダーとの対話にとっても不可欠な要素となっている。

 その一方で、システムは個々の実務とITが結びつけたものであり、業務と技術の両方に通じているか、システム開発の経験を有するかでないと理解しにくい面がある。技術の急速な変化、ITベンダーなど外部依存の高まりがそれに拍車をかける。加えて、大学には教学と経営、教員と職員、学部間の壁など特有の組織体質があり、情報化の経緯なども複雑である。

 このようなことから、情報化の推進は担当部署や実務者に任せきりになり、自校の情報化の度合い、費用規模の妥当性、開発・運用・利用面などを経営レベルで把握・理解することが難しくなってくる。

 かかる状況の中で、ITの活用領域は着実に拡がり、教育研究や学生サービスの質とより密接なかかわりをもつようになってくる。情報化を適切かつ戦略的に進めなければ、教育研究面で他校に遅れをとるだけでなく、費用増が経営圧迫要因となる可能性もある。

 このような認識に立った上で、ITの高度利用を教育研究と経営の質の持続的向上に繋げていくために、情報化に関する業務を大学全体としていかにマネージしていくかについて論じたものが本稿である。

 なお、本文中ではIT、システム、情報化という3つの用語を文脈に応じて使い分けることにする。

何を集約し共通化することで全学最適を実現するか

 大学の情報化に関してよく言われることは、学内の各部門で様々なハード・ソフトが使われ、それぞれにデータが蓄積されているにも拘らず、それらをより有効かつ効率的に活用するための、全学レベルでの最適化の仕組みが整っていないというものである。

 国立大学に例をとると、初期の計算機導入の目的は学術研究のための計算機利用やプログラミングなどの情報処理教育にあった。大型汎用計算機が導入され、その運用を学術情報センターなどの組織が担い、学内各組織からの要請を受けて、提供する機能やサービスを漸次拡大してきた。

 その一方で、分散処理化の流れを受けて、個々の教育研究組織が独自にサーバーやソフトウェアを導入したり、人事・財務などの業務部門が個々にシステムを導入したりという動きが加速されてくる。その結果、学内の様々な部門で異なるハード・ソフトが用いられ、システム相互間の連携、大学全体のシステム構成や費用構造の把握が容易に行えない状況が生まれる。

 法人化以降の国立大学がセンターの上部組織として情報環境機構などの組織を置き、副学長の担当を明確化するなどの措置を講じていることの背景に、このような事情がある。同様の体制整備は私立大学や公立大学でも見受けられ、センターと共に図書館を機構等の組織下に置くケースもある。

 現在でも、学部・研究科などの組織ごとに自己決定しようとする意識は根強く、ITに詳しい教員のいる組織では、それらの教員の考え方に強く影響を受けることもあるといわれている。組織とシステムの両面において個々の自律性が高いことは大学の大きな強みでもあるが、大学が保有する知や情報の連結・活用、限られた経営資源の効率的投入といった観点からも、集約や共通化は必要である。

 ITの導入や利用に関する業務のどこまでを各組織に委ね、何を集約し共通化することで全学最適を実現するか、大学における一つの重要な課題である。

中小規模の大学こそ経営層の関心と理解が不可欠

 前述の状況は規模の大きな大学ほどより顕著であると考えられるが、中小規模の大学においてはそれ以上に情報化推進に係る人的資源の制約の方が大きな課題であると思われる。

 ITを専門に扱うセンターや事務組織を置き、そこに専任の教職員を配置するだけの余裕がなく、知識・情報や経験の蓄積も不十分な大学も少なくないだろう。組織を設置していても、兼任の教職員の下に常勤職員が1名配置されるだけで、他にはITベンダーの社員が同じ場所に常駐しているだけというケースもある。

 このような状態では、法人や大学のトップが関心を持たない限り、新たな取り組みが行われなかったり、事実上ITベンダーに丸投げされたりといった状況が起こり得る。学内で一定の判断や業務を行うにしても、特定の担当者の属人的な能力に依存せざるを得ず、情報化推進の実務を担う人材の計画的育成も難しくなる。

 教育や学生サービスの面で特色を出しながら、一方で経営の効率を高めていくためにITは極めて有力な武器となり得るが、経営層の関心や理解、実務を担う人材の育成などに問題を抱えたままであれば、大学として競争力を維持していくことは益々困難になる。

 大規模な大学においても、程度の違いはあるが、本質的な部分で同様の問題を抱えていると考えられる。限られた人的資源の中で、情報化推進を担う組織をどう構え、そこに配置する人材をどのように育成していくかは、規模の大小を問わず多くの大学に共通する課題である。

システムで何を実現したいかの目的を明確にする

 次に実際にシステムを導入する際の問題について考えてみたい。

 新たなシステムを導入したらそれを利用するユーザー部門での使い勝手が悪く、修正を繰り返したり、ITベンダーを変えて一から作り直したりといった事例を見聞きすることが少なくない。また、何年かに一度のシステム更新であるにも拘らず、これまでの仕事のやり方を変えず、ハードやソフトを更新しただけというケースも見受けられる。

 ソフトウェア工学が専門の中谷多哉子筑波大学准教授は「システム開発の基本的な流れは、①分析、②設計(基本設計・詳細設計)、③実装(プログラミング・単体テスト)、④テストであり、分析の段階で、何が欲しいかの要求の前に、何のためにという目的(Goal)を明らかにすることが重要」と強調する。

 前述の作り直しの例は、システムに求める機能や性能を明確にする「分析」と、どのような形でそれを実現するかの「設計」が十分に噛み合わなかったことに原因があると考えられる。

 設計以降のプロセスはITベンダーに委ねるとして、システムを用いて教育や業務を何のためにどう変えたいのかを構想し、それを具体的な要求として明確にしていく作業は、ベンダーや技術コンサルの力を借りたとしても、大学の責任で行わなければならない。

早稲田大学の情報化の取り組みから学ぶこと

 これまで述べてきた課題にどう対処するか。それを考える上で様々な示唆を与えてくれるのが早稲田大学の取り組みである。その推進を担ってきた教務部の黒田学情報化推進担当事務部長と神馬豊彦調査役へのインタビューと公表資料等に基づき、本稿に関係する特徴的な事柄について、その要点をまとめてみた。

 早稲田大学の情報システムは私立大学でも先進的といわれていたが、1990年代にネットワーク化の時代を迎える中で立ち遅れが明らかとなり、1997年度から2005年度までを推進期間とする「情報化推進プログラム」を策定。9カ年を3年ごとの3期に分け、5万人の学生・教職員が利用できる情報環境の整備(第Ⅰ期)、情報環境を活用した教育研究スタイルの変革(第Ⅱ期)、グローカル・ユニバーシティの実現(第Ⅲ期)と、期ごとの目標を定めながら全学的な取り組みを展開してきた。

 これらの成果の上に、2006年度から2014年度までの情報化推進プログラムをスタートさせており、2012年度から「世界レベルの教育研究の提供」を目標とする仕上げの第Ⅲ期に入っている。このプログラムはウェブ上に公開されているが、その内容を見ると、教育研究面を中心とする大学の目指す方向をあらためて確認した上で、それとの整合をとりつつ、それを強力に後押しする形になっていることがわかる。

 組織体制面では、情報化推進に関する機能と人的資源を集中させ、システム開発に関する意思決定を一元化させている点に大きな特色がある。

 具体的には、大学の本部組織である教務部「情報企画課」に情報化推進プログラムの策定と情報化予算の総括などの司令塔機能を位置づけ、情報環境整備やシステムの開発・運用管理などの実施機能は「メディアネットワークセンター」が担うという体制を敷いている。同センターはこの他に情報科学に関する研究教育、デジタル教材作成支援、遠隔教育システム・授業配信方式の開発などの業務も担っているが、情報企画課の職員がセンターを兼務し、同一フロアで仕事をすることで人的資源の効率性と実務の一体性を確保している。

 さらに学外組織として「株式会社早稲田総研インターナショナル」がシステムの開発・運用などの業務をセンターから受託、ITベンダーとの契約も同社が窓口になって行っている。

 もう一つの特色は、システムを利用する職員自らが業務分析を行いつつ全体最適を見出すことを可能とするために「Genesis –業務担当者のためのシステム分析手法」という方法論を開発したという点である。4分冊の合本として市販もし、職員にシステム的な思考を身につけさせるべく、新入職員研修でも必須化しているという。Genesisは、現在ではWISDOMと名づけられた大学経営戦略立案方法論として引き継がれている。

 豊富な人的資源を有する大規模大学だからこそ可能という見方もできるが、伝統校であるがゆえに様々な抵抗や障害もあったはずである。情報化という課題に正面から向き合い、そのことを常に考え続けている職員が中心になり、それを教員が支援し、総長や理事会が後押ししたからこそ、このような取り組みが可能となったと見るべきであり、規模の大小を問わず、早稲田大学の事例に学ぶことは多いと思われる。


図表 ITマネジメントの枠組み(概念図)


自校の特質に即したITマネジメントの確立

 以上のことを踏まえ、大学のITマネジメントを考える上で重視すべき事項を整理してみると、

  • 法人・大学を率いるトップ自らがITに対する理解と関心を深め、CIO(Chief Information Officer)の明確化を含めて、情報化推進に向けた全学的な取り組み姿勢を明示する
  • 全学的な立場での情報化戦略の立案と推進の総合調整機能を担う組織を明確化し、そこに情報化にかかわる学内諸部門の情報及びITの動向や他校の事例に係る情報を集約させる
  • システムを利用するユーザー部門において、自らの業務を分析し、さらなる効率化や新たな価値の付加を目的とした情報化を主導できるように、システム的思考を身につけた人材を長期的視点で育成する
  • Tベンダーやコンサルティングなどに関する情報を収集し、評価能力を高めながら、これらの外部機能を効果的に活用する
  • 自校の情報化の全体像、システムの整備・運用・利用状況、保有するIT資産や契約の状況、投資・費用の構造など、情報化に関する実態を可視化する
の5点が挙げられる。

 これらの視点で自校の状況を確認した上で、それぞれの大学の規模、組織、経緯などを十分に考慮し、自校の特質に即したITマネジメントを確立していく必要がある。

大学間で競い合うべきは教育研究系のシステム

 情報化を推進するにあたり今後注力すべきテーマにはどのようなものがあるのだろうか。

 人事・給与や財務・会計などの法人系業務を含めてさらなる効率化のための情報化が必要と考えているが、黒田氏は「法人系業務のように大学間で共通的なものは共通開発や共同利用を促進し、教育系や研究系のシステムで個々の特色を出しながら競い合う方向が望ましい」と語る。

 その上で、神馬氏は今後取り組むべき課題として、ITを活用した新たな教育方法、学修履歴の電子化、授業内容や教材の公開など、教育の高度化に繋がるシステム開発を挙げる。龍谷大学情報メディアセンター事務部の西坂正雄課長は、教育の質保証や経営の政策形成・意思決定を支援するための情報の収集・分析の枠組みであるIR(Institutional Research)をシステム面で後押しすることの重要性を指摘する。いずれのテーマも既存の業務を、システムを用いて効率化するという段階を超えて、ITを高度利用することで教育や経営の新たな方法を生み出しつつ質を高めていくというものであり、より豊かな想像力や構想力を必要とするテーマである。

 技術面では、クラウドコンピューティングの普及による多様なサービスの登場に対して、それらをどう評価し見極めて導入の是非やあり方を判断していくかも重要な課題となっている。ソーシャルメディアの評価と活用についても同様である。これらの動向に翻弄され続けることだけは避けなければならない。

 これらの課題を考えると、大学が当事者としての主体性を失うことなく、外部の知恵や力をどう引き出して活用するかが極めて重要であることがわかる。新日鉄ソリューションズの牧克彦氏は「分析の段階で顧客の目的や要求を引き出しながら、顧客の立場に立った提案をする中で相互の信頼を築くことを最も大切にしている」と話す。

 法人間の契約関係である以上、役割と責任の分担は明確にする必要がある。その上での対話と信頼の中からいかに新たな価値を生み出すか、極めて重いが挑戦的なテーマでもある。

ITは開発するのも利用するのも人間

 東日本大震災直後に発生したみずほ銀行のシステム障害は事態の収拾に10日間を要し、社会の厳しい批判に晒された。義援金口座に振り込みが集中したことで生じた大規模障害の原因は、リミット値の認識不足やシステム全体の理解不足など担当者による基本的な過誤にあり、その背景に、システム機能、未然防止に向けたシステムリスク管理、復旧対応における緊急時態勢、経営管理及び組織管理、の4つの面で不備や問題があったとされている。(第三者委員会の「調査報告書」2011.5.20より)

 この事例が教えることは、高度な技術の集積であるシステムといえども開発するのも利用するのも人間であるという当たり前の事実である。

 ITマネジメントはITをマネージすることではなく、組織の中や組織間においてITとかかわる人間の行動をマネージすることである。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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