大学を強くする「大学経営改革」[43] 確かなアウトカムに繋げる改革実行力をどう示すか 吉武博通

実行と成果が問われ始めた大学改革

 今年に入ってから高等教育や大学の在り方に関するいくつかの重要な提言や方針などが示されている。

 3月には中央教育審議会大学分科会大学教育部会の「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」が審議まとめとして示され、それを受けて、教職員や学生など様々な立場から話し合うための「大学教育改革地域フォーラム」が各地で開催された。

 5月には、文部科学省と経済産業省の共同提案で立ち上げられた産学協働人財育成円卓会議が「アクションプラン~日本復興・復活のために~」を公表。6月には国家戦略会議において、文部科学大臣より「社会の期待に応える教育改革の推進」、関係閣僚らで構成するグローバル人材育成推進会議から「グローバル人材育成戦略」が示されている。

 さらに同じ6月に文部科学省は「大学改革実行プラン」を公表。国立大学の一法人複数大学方式(いわゆるアンブレラ方式)に注目が集まったが、多様な大学間連携の選択肢の一つとして示したものであり、国としての大学政策の基本方針である大学ビジョンを策定し、実行を加速させることに本来の狙いがあると、策定に関わった関係者は強調している。

 この大学改革実行プランは、社会を変革するエンジンとしての大学の役割が国民に実感できることを目指したものであり、「Ⅰ.激しく変化する社会における大学の機能の再構築」と「Ⅱ.大学の機能の再構築のための大学ガバナンスの充実・強化」の2つの柱で構成されている。

 前者のⅠには、①大学教育の質的転換と大学入試改革、②グローバル化に対応した人材育成、③地域再生の核となる大学づくり(Center of Community構想の推進)、④研究力強化:世界的な研究成果とイノベーションの創出、後者のⅡには、⑤国立大学、⑥大学改革を促すシステム・基盤整備、⑦財政基盤の確立とメリハリある資金配分の実施、⑧大学の質保証の徹底推進が掲げられている。

 2012年度を改革始動期、2013・14年度を改革集中実行期、2015~17年度は改革検証・深化発展期とし、「実行」に重きを置いたプランとなっている。

 特に国立大学については、2012年度中に改革基本方針を示し、2013年年央までに全大学・学部のミッションの再定義を踏まえた国立大学改革プランを策定するなどのロードマップが明示されている。

高等教育に対する期待と変わらない大学への苛立ち

 中教審の検討は2008年9月の文部科学大臣による「中長期的な大学教育の在り方について」の諮問を踏まえたものであり、国家戦略会議で議論されている人材育成やイノベーションは日本再生戦略の柱として位置づけられている。また、大学改革実行プランは、政策提言仕分けや2012年度予算編成過程での文部科学大臣と財務大臣との合意を受けて文部科学省内に設置された大学改革タスクフォースで検討されてきたものである。

 このようにそれぞれの経緯は異なるものの、全体を通して見えてくるのは、高等教育に対する多方面からの期待の大きさであり、変わらない大学に対する社会の苛立ちである。

 その背景には、変化の速度が止めどなく増しつつあるグローバル社会、持続可能な社会・経済システムを追求しつつも容易に解が得られない閉塞感、名目GDPの成長が20年にわたり停滞する中で公的債務が増え続ける我が国の経済・財政への強い危機感がある。

 近年、大学に係る制度・政策の見直しも行われ、大学ごとに様々な取り組みが展開され、高等教育の現場は確実に変化しつつある。その一方で社会の変化はそれ以上に大きくかつ急速であり、根本的な部分で大学は変われていないという見方も根強い。国公私立を問わず、また公財政支出か家計支出かを問わず、高等教育にどれだけの資源を投入するかは、経済環境や財政・家計状況を背景とした国民の意思である。

 右肩上がりの上昇を続けてきた大学・短大進学率が2011年に前年比微減(56.8%→56.7%)に転じたことは周知の通りである。過去にも足踏みはあり一過性の可能性もあるが、都道府県別の現役進学率を見ると2011年は34道府県で前年比減少、うち10道県で2年連続減少となっている。前年比増の中には2010年に減少し2011年に増加するも2009年の水準まで回復していない県が4県ある。

 その背景の一つとして1人当たり県民所得の減少が考えられる。1996年度の全国平均322万6000円に対して、2009年度は279万1000円と13年間で13.5%減少している。とりわけリーマンショックが発生した2008年度の6.0%、2009年度の4.3%の減少が大きく効いている。

 国の2012年度一般会計予算を見ると、約90兆円の歳出を42兆円の税収を上回る44兆円の公債金で穴埋めする構造である。歳出経費では、国債費と地方交付税交付金を除くと、文教・科学振興の5.4兆円は、公共事業関係費を上回り社会保障26.4兆円に次ぐ2番目の規模となっており、その分、国民や社会の厳しい目に晒される状況にある。

急速に進む少子高齢化とグローバル化の現実を直視

 東西冷戦構造の崩壊を契機として経済のグローバル化が急速に進展、それと時を合わせるように我が国の名目ベースの経済成長も停滞、1人当たり国民所得も頭打ちとなり、最近では減少傾向にある。これらのことが財政や社会保障の問題の解決を困難にし、閉塞感をもたらす大きな要因となっている。

 その一方で、例えばトヨタ自動車の連結売上高(米国基準)を見てみると、2002年3月期の14.2兆円から2008年3月期は26.3兆円に6年でほぼ倍増させている。その後リーマンショックで大幅に落ち込み、昨年度は東日本大震災の影響もあったが、2013年3月期は22兆円の売上高を見込んでいる。同期の販売台数見通し870万台のうち国内販売は220万台にとどまり、トヨタにとって日本は世界市場の一部でしかないことがわかる。

 英語を社内公用語化することを決めた楽天の三木谷浩史社長は、その著書(『たかが英語!』講談社2012年7月)の中で、「2006年時点で、日本のGDP比率は世界の約12%を占めていた」が、「2020年に8%、2035年に5%、2050年にはわずか3%に落ち込む」との予測を知り、「グローバル化の推進は、もはや選択肢の一つではなく、必ず実現させなければならない生命線」と考え、英語公用語化を決断したことを明かしている。

 国内においては少子高齢化、世界においてはグローバル化が急速に進む中、国は解を容易に見出せない国内問題の解決に追われ、企業は国境を超えて地球規模での事業機会の最大化を追求している。この2つの現実が我が国の社会にもたらす影響は計り知れない。

 このような時こそ、新たな可能性を開く知の創出やこれからの時代を生き抜く人材の育成を通して、大学が未来への道筋を示すべきであるが、社会の変化に背を向けたり、それを追うことに精一杯になったりしていないだろうか。

ビジョン構想力・持続的な実行力・機敏な対応力

 前述の中教審部会の審議まとめでは「予測困難な時代」と表現されているが、予測困難な事柄はいつの時代でもあるし、現在においても予測がつくものは少なくない。確かに、どのような出来事がいつどのくらいの規模で生じるかの予測はつきにくいが、我が国における人口推計、世界経済の成長に伴う環境・資源問題や新興国のウェートの増大など、長期的なトレンドとして予測できることもある。

 将来を予測することなしにあるべき姿を構想したり、危機に備えたりすることはできない。グローバルな視野と長期的な視点を持った上で、将来のためになすべきことを着実に実行しつつ、短期的な変化に柔軟かつ機敏に対処する。人にも組織にも求められているのはそのような姿勢であり力である。

 大学はそのような認識に立って人材育成を行うとともに、大学自身も俯瞰的な視野・視点で自らの将来を構想し、それに向かって着実に歩を進めつつ、足元の課題にも機敏に対処していかなければならない。法人や大学という組織自体に「ビジョン構想力」、「持続的な実行力」、「機敏な対応力」の3つの力が求められているのである。

トップでなければできない本来の役割に徹する

 そのために必要なマネジメント上の課題として最初に強調したい点は、トップでなければできない本来の役割に徹するということである。

 本連載では、法人・大学のトップの基本的な役割を、①自校の社会における存在価値とそれをさらに高めるための方向性を学内外に明示すること、②教育研究の質の向上を促進するための環境の整備と経営基盤の強化、③組織の状態の把握と健全性の維持及び成果の確認とその公開、の3つであるとし、部局長にも学部・研究科のトップとして同様の役割が求められると述べてきた。(本誌155/Mar.-Apr.2009,54-57頁)

 トップは絶えずそのことを意識しつつ、節目ごとに自らの仕事を振り返らなければならないし、トップを補佐する常務理事・副学長やスタッフとして支える教職員は、トップがその役割に集中できるような環境を整え、それを支援しなければならない。

 会議、行事、来客、打ち合わせなどで慌ただしく日々を過ごすことで、その本来の役割が十分に果たせないことがあれば、将来に備えるべき貴重な時間を浪費していると言わざるを得ない。学生に考え抜く力を求める以上、トップやそれを支える人々も日々の予定をこなすことに汲々とすることなく、将来のために何をなすべきかについて考え抜き、それに基づいて効果的・効率的に組織を動かすことに集中すべきである。

情報を収集・整理・活用する力が競争力を左右

 将来ビジョン構想のためには、自校の状況と外部環境を、データを用いて的確に把握し、関係者間で共有することが不可欠である。

 自校の状況については、教学と経営に関する基本的な情報に加え、その特色や課題に関わる重点指標を、単年度や前年度対比にとどまらず、10年程度の時間軸で捉え、可視化しておく必要がある。とりわけ、学生と教員に関する情報は自校の教育や研究の水準を正確に知る上で極めて重要である。どのようなデータが存在し、新たにどのようなデータが必要か、何を重点指標とすべきかといった検討自体が戦略的な意味を持つことを十分に理解しておく必要がある。

 外部環境に関しては、人口推計、経済・財政、雇用・家計・社会保障などの情報、学校基本調査、OECDなど国際機関のレポート、地域の経済・社会に関する情報、自校の学部・研究科に関わりの深い分野の情報などをフォローすることで、自校を取り巻く環境の変化を読み解くことができる。

 これらの情報を丹念に見ていくと、大学を取り巻く外部環境が様々な面で深刻さを増しつつある状況を感じ取ることができるし、そのような中で社会的存在価値や持続可能性を高めるための道筋も見えてくる。


図表 大学を取り巻く外的環境の構図


将来を睨んだ施策と短期決戦の施策を総合的に展開

 これらの情報を活かしてビジョンを構想し、戦略や計画の形で実行方策と手順を明らかにしていくことになるが、将来の成果実現のために早い段階から手を打っておくべき施策と短期間で一定の成果を実現するため集中的に取り組む施策を明確に性格分けした上で、それらを総合的・計画的に推進する必要がある。

 例えば、教員の教育・研究能力の引き上げや専門分野構成の大幅な変更などは短期間で実現できるものではない。10年先、20年先の姿を描きながら、教員人事やポスト配分の考え方・方法を足元から見直していかなければならない。

 その一方で、今いる教員で、入学させた学生の目的意識や能力を高め、職場で活躍できる人材として社会に送り出していかなければならない。長期的にその水準を引き上げていくことも重要だが、常に成果が問われる短期決戦の課題でもある。

 そのためには、個々の学生の意識・能力を把握し、意欲・能力のある学生を伸ばし、不十分な学生を引き上げるための効果的な施策を、大学と学部がそれぞれの責務を明確にした上で、教職協働で組織的かつ具体的に展開していく必要がある。

 前頁で学生と教員に関する情報把握の重要性を指摘したのはこのためでもある。大学や学部の単位で所属全教員の棚卸しをし、学生の意欲・能力を高めるために誰に初年次教育を担当させ、誰にキャリア支援を担当させるかなど、個々の教員の資質・能力・経験に応じた役割賦与を行うことも重要である。学生の意識と能力を高め、何としても社会に送り出すという組織全体の強い意志が求められている。

 国のレベルで示される方向性は理念的なものや最大公約数的なものにならざるを得ない面があるが、個々の大学には生身の学生と教職員がおり、置かれた状況も異なる。その現実の中で今日的な解を出しながら、将来のあるべき姿に向けて着実・継続的に改革・改善を積み重ねていかなければならない。

「仕組み」をつくることが成果を生み出す

 最後に強調したいのは「仕組み」をつくることへの注力である。我が国の社会も組織も、変化する環境に既存の仕組みが適応できず、場当たり的に対処したり、個々人の奮闘に期待したりということが繰り返されているように思われる。

 厳しい競争環境にあっても、効率性を追求しつつ、顧客に価値を提供する仕組みを構築した企業は高い業績をあげ続けている。

 教員・職員の個々の意識や能力をどう高めるかも当然重要だが、質の維持・向上と効率性の追求を両立させるためには、教育、研究、学生支援、国際交流など教学のそれぞれの面で、さらには大学・学部の管理運営や法人の経営の様々な面で、自校にふさわしい仕組みを構築して定着させることが不可欠である。

 具体的な内容や方法については別の機会に譲るが、大学の報告書などを見ると、学部・学科の新設、課題対応の質や会議体の編成など組織を設置したことを業績として掲げるものが多い。問われているのは成果である。そのためにも、個々の構成員の力を、組織を通して具体的な成果に繋げるための仕組みが必要である。

 基礎学力の低下が指摘される中での志願者確保が卒業生の質の低下をもたらし、さらなる志願者減に繋がるという負のスパイラルを断ち切るためにも、繰り返しになるが、今いる学生の意識と能力の引き上げに全力で取り組む必要がある。同時並行して、将来ビジョンに向けた改革・改善も積み重ねていかなければならない。大学改革のために残された時間はあまりない。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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