大学を強くする「大学経営改革」[55] 多様化する学生を社会で活躍できる人材にどう育てあげるか 吉武博通

厳しい選別と淘汰の時代に突入しつつある

 120万人の踊り場に止まっていた18歳人口は、4年後の2018年以降再び減少に向かい、10年後の2024年度には106万人と推計されている。

 また、本年7月に公表された厚生労働省平成25年国民生活基礎調査によると、平成24年における17歳以下の子どもの貧困率は16.3%となり、上昇に歯止めがかかっていない。

 学生を確保して存続していくこと、教育水準を維持・向上させていくことが一層難しくなることは明らかである。大学は過去に経験したことのない厳しい選別と淘汰の時代に突入しつつある。個々の大学の生き残りのためにも、高等教育に対する社会的要請に応えるためにも、改革は不可欠であるが、大学という組織を確かな変革プロセスにのせることは容易ではない。

「概念ありき」から「誰のための何を目的とした改革か」へ

 以下の図は教育改革を進めるにあたって重要とされている諸概念を、相互関係を含めて体系的に整理してみたものである。


図 大学教育改革に関する諸概念の関係(概念図)


 大学はその理念や教育目標に基づき、ディプロマ・ポリシーを定め、それを実現するためのカリキュラム・ポリシーを策定し、そのためにどのような入学者を求めるかをアドミッション・ポリシーの形で明らかにしなければならない。

 教育課程はカリキュラム・ポリシーに則って構造化・体系化され、教員は、授業を設計し、シラバスを充実させ、学習の達成度を判断するための基準を予め明らかにする(その教育評価方法の一つがルーブリック評価)とともに、教育能力を高め、授業内容・方法を不断に改善することが求められる。

 学生は、学習計画、レポート等の成果物、成績といった学習の足跡を示す関連資料を収集・蓄積(ラーニング・ポートフォリオ)し、自らの学習プロセスを振り返る。入学前から卒業後まで、学生の学習・生活・成長を一貫してフォローするエンロールメント・マネジメントの考え方を取り入れる大学も増えつつある。また、それを成り立たせるためにも、大学に関する諸データを収集・分析し、意思決定に資する情報提供を行うIR(Institutional Research)が不可欠とされている。

 個々の概念や全体の枠組みについては、人によって捉え方に違いもあるし、カタカナ言葉が氾濫する昨今の風潮への違和感や反発も根強いものと思われる。次々に登場するこれらの概念自体が、それらを活用して改革を推進しようとする教職員と一般の教職員の認識ギャップを広げ、議論が噛み合いにくい状況を生み出しているという面もありそうだ。

 概念ありきの進め方は、定義や効果を巡る議論に終始し、収斂しない可能性があるし、理解が不十分なまま、大学本部主導で進めようとすると、本来の目的が徹底されず、形だけ取り繕うことになりかねない。

 組織が大きくなればなるほど、全体を巻き込むことは難しくなる。大学という組織の特質を考えるとなおさらである。誰のための何を目的とした改革かを明確にし、全ての議論を絶えずその原点に立ち返りながら行うことが肝要である。

 エンロールメント・マネジメントはマーケティングの手法を取り入れたものといわれているが、マーケティングの本質は顧客志向であり、営業など顧客に接する部門だけでなく、会社のあらゆる組織が顧客を起点に発想することが重視される。大学に置き換えると、全ての組織や構成員が「学生にとって何が必要か」を基軸に判断し行動することが徹底されなければならない。

 厳しい選別と淘汰の時代を生き抜くために、大学が今最もなすべきことは、「社会で活躍できる人材を育てあげられているか」という視点で、自校の教育や学生支援を問い直すことである。そうすることで、現状の課題や改革の方向性も明らかになり、議論を通して教職員の当事者意識も高まっていくものと思われる。そのような土台の上で初めて、前述の種々の概念や枠組みも生きてくることになる。

キャリア意識と自主学習が知識・能力の獲得を促す

 そのためには、社会で活躍するとはどういうことか、大学での学び方や過ごし方が卒業後の活躍にどう繋がるのか、といった点を掘り下げて検討しておく必要がある。

 後者に関する実証研究の成果をまとめた学術専門書として、中原淳・溝上慎一編(2014)『活躍する組織人の探求−大学から企業へのトランジション』(東京大学出版会)がある。「大学時代の個人の意識と行動」と「企業に参入したあとの個人のキャリア・組織行動」の関係を探求することを目的としたもので、ビジネスパーソンを対象に行った質問紙調査の結果がもとになっている。対象データの回答者数は25~29歳の1000名(調査自体は25歳から39歳までの3000名の協力者を得て行われている)であり、会社規模、性別、出身大学専門分野、出身大学偏差値などに偏りがないような配慮がなされている。

 この調査結果の分析に先立ち、同書はまず先行研究のレビューを行っている。その中で、2007年より継続的に調査を続けている京都大学と電通育英会による「大学生のキャリア意識調査」に基づき、学生の成長を促す変数を、①1週間の過ごし方(大学生活:自主学習、1人の娯楽活動、課外活動)、②学習(授業学習、授業外学習、自主学習)、③2つのライフ(キャリア意識:将来の見通しとその見通しの実現に向けての理解実行)の3つとしたうえで、知識・能力の獲得に最も効くのは「2つのライフ(キャリア意識)」と「自主学習」であることが紹介されている。

豊かな人間関係を重視した過ごし方が大切

 次に、今回実施した調査に基づき、大学から職業への移行についての分析を行っている。その中で、「豊かな人間関係」を重視した過ごし方をしていた者は、大学生活や就職活動、最初の配属先での過ごし方や結果を肯定的に捉えていたのに対して、「何となく」大学生活を過ごしていた者は、それらを否定的に捉えている者が多いとし、目的意識を持って大学生活を送ることが重要であると指摘している。

 大学時代の人間関係が、入社後の組織適応にどのような影響を与えているかという観点では、豊かな人間関係を重視する人は、組織における人間関係を理解し、すばやく組織に適応でき、また、他者と積極的に関わることで、自分がどのような役割を期待されているかを理解することができる可能性が示唆されたとしている。

 また、課外活動や他者との交流に費やす時間が長い学生の方が、知識や能力を獲得しやすく、授業学習だけでなく、授業外学習・自主学習をもあわせてバランスよく学習することが、知識・能力の獲得において重要であるとの結果も明らかにされている。

 さらに、将来の見通しを持ち、その実現に向けて行動することが、知識・能力の獲得に重要であり、将来の見通しとその理解実行という2つのライフは、大学1年生から4年生にかけて変化しにくいとの指摘がなされている。

「情報」を教育・学生支援の持続的改善に活かす

 同書のもととなった2012年の調査は、ビジネスパーソンによる振り返り調査であり、同一の対象を一定期間継続的に調査して得られる縦断データに比べて信頼性に課題があることは、本文中でも触れられている。

 前述のエンロールメント・マネジメントは、入学前の接触情報から入試成績、履修状況、成績、課外活動、相談履歴、就職活動、進路、卒業後まで、学生を一貫してフォローするものであり、個々の学生に対する支援のみならず、そこで得られた縦断データを、個人情報保護を徹底しつつ、全学的に活用することで、教育や学生支援の持続的改善につなげることができる。

 全ての学生に同じようなサポートが必要な訳ではない。一律に手厚いサポートを行おうとすれば、投入される経営資源の増加は避けられない。真にサポートを必要とする学生を見つけ出し、タイムリーに働きかけることで、メリハリのある効果的な学生支援も実現できる。

 既に大学は個々の学生に関する様々な情報を、データベース、紙の記録、学生と接触した教職員の記憶といった形で保有している。その一方で、入試、教務、学生、就職といった組織の壁や個人情報保護への配慮もあり、一貫した情報として活用しきれていない面がある。

 情報は、ヒト、モノ、カネと並ぶ重要な経営資源の一つである。これらの情報を活用することで退学者を減らせないか、学習への後押しができないか、就職率の向上に繋げられないかなどの問題意識を持つ職員も少なくない。不足している情報の把握、セキュリティの確保、分析ツールの導入など、ITを活用した情報基盤の整備と教育・学生支援の持続的改善に資する運用方式の確立を全学的に推進する必要がある。

重視すべき「大学1、2年生時のキャリア展望」

 中原・溝上編(2014)で示された分析結果に戻り、教育や学生支援において大学が重視すべき要素について考えてみたい。

 同書はその総括で、「大学1、2年生時の将来の見通し(キャリア展望)」が、学修態度や過ごし方に影響を与え、就職後の組織への適応や組織内での活躍につながること、正課を重視しつつ、正課外の活動で豊かな人間関係を築いた学生が、就職で成功を収めること、多様で異質な社会的ネットワークを発達させることが、円滑な組織社会化に寄与することを指摘している。

 多くの大学において、初年次教育の充実や多様な体験型学習の導入などの取り組みが展開されているが、これらは上記の分析結果に沿うものであり、その意図や方向性が誤りではないことを改めて確認できる。

 本誌前号に掲載された京都産業大学の「日本型コーオプ教育」をはじめとする取り組みは、挑戦的で体系的な先進事例といえる。インターンシップを中心とする教育のほかに、ボランティアを組み込んだ教育、社会と連携して地域が抱える課題を解決するソーシャル・ラーニング、産学連携によるPBL(Project Based Learning)教育など、正課教育として多様な方法を取り入れる大学が増えている。海外留学の促進や海外体験型教育の推進に力を入れる大学も多い。

 これらの取り組みについては、教育GP、特色GP、現代GPなど大学教育の充実に向けた国の支援施策が後押しした面も見逃せない。

体験型学習を根付かせるための3つの課題

 その一方で、教育改革に取り組む現場が抱える課題も多い。体験型学習を例に具体的に検討したい。

 最大の課題は、体験型学習に携わる教職員の負担の大きさと専門スタッフの不足である。企業や地域との連携、事前・事後の学習を含めて確かな教育効果につなげるためのプログラム設計とその運営、学外での安全確保やトラブル対応など、膨大な量の業務をこなしていかなければならない。

 教員か職員かの二分法や教職協働といった掛け声だけでは、体験学習を組織的かつ持続的なプログラムとして教育体系の中に定着させることはできない。専門人材の育成・配置とそれにふさわしい組織・システムの整備が不可欠である。

 2つめの課題は、教育効果の継続的把握と持続的改善である。学生の昂揚感が高まり、良き思い出として記憶にとどまるだけならば教育効果も限られてくる。そのこと自体に一定の意義もあるが、体験型学習を通して何を獲得したか、その教育効果を継続的に測定する方法を工夫したうえで、プログラムが絶えず改善される状態をつくりあげる必要がある。

 3つめの課題として、カリキュラム全体の体系化・構造化を進めるなかで、講義・演習との相互関係やバランスを考慮しつつ、体験型学習をどう組み入れるかを十分に検討する必要がある。講義・演習については種々の改善が求められたとしても、今後も中心的な教育方法であり続けると思われる。両者が相乗効果を発揮することで、学生の主体的・能動的な学びが促進されることが重要である。

入学直後の教育のあり方を根本的に見直す

 大学1、2年生時にキャリア展望を持たせるためには、体験型学習のみならず、初年次、とりわけ入学直後の教育のあり方が極めて重要な意味を持つ。学習習慣が身についており、目的意識もあれば、大学での学習や生活にスムーズに移行できるが、それらが不十分なまま入学してきた学生に対処するためには、従来の枠組みに捉われない新たな方法による教育を早い時点で集中して行う必要があると考えている。

 入学から短期間に履修科目を選び、興味もわかず理解もできず時を過ごすことが、前述の「何となく」につながる可能性は高い。担当教員、社会経験と高い見識を備えた学外講師、メンター役の3、4年生を交えたキャリアゼミで、学ぶことと働くことの意味を、討論を通じて自分の頭で考えさせる。また、歴史を学ぶこと、自然現象を理解すること、社会科学を通して社会の仕組みを理解することなどに興味がわくような科目を設け、それにふさわしい教員を学内外から選び、担当してもらう。それらの科目で興味を感じたことをゼミで話させてもよい。

 このような対応が必要か否かは、大学の選抜性、個々の学生の学習習慣や目的意識によっても異なるだろう。ただ、入学を許可した以上、基礎学力が低い、目的意識が希薄といった言い訳は通用しない。学生がより納得する形で就職し、一つの職場で少なくとも初期キャリアを全うできるくらいの能力を身につけさせるために、入学直後の教育のあり方を根本的に問い直す必要がある。

多様な学生を受け入れ、育てあげる力を競争力の源泉にする

 国のレベルで高校教育の質の確保・向上に向けた検討も進みつつあり、大学入学者選抜のあり方を含めて、順次対策が講じられるものと思われるが、学習習慣の乏しい学生を含めて、大学が多様な学生を受け入れる状況は直ちに変わるものではない。

 一方で、入学時の意識・能力にかかわらず、社会で活躍できる人材を送り出すことは、最終段階の教育機関に対する社会的要請でもある。この点に存在意義を見出し、他の追随を許さない方法で成果を示すことができれば、競争力の源泉となり得る。

 そのためには、目指す方向を明確にしたうえで、組織とシステムを整備し、それを担う人材を育成・配置していく必要がある。特に体験学習や学生支援などに携わる高度な能力を有する専門人材のソースをどこに求め、どう育成するかは喫緊の課題である。真の経営力が試されるといえる。

 わが国の教育が抱える構造的問題を、自校の価値を高める好機とする攻めの姿勢と戦略性が求められている。



(筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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