大学を強くする「大学経営改革」[62] 「ダイバーシティーと大学」について考える 吉武博通

「女性活躍推進法」による行動計画策定の義務付け

 2015年8月に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」が10年間の時限立法として成立し、2016年4月より施行される。

 本法は、自らの意思によって職業生活を営み、または営もうとする女性がその個性と能力を十分に発揮して職業生活において活躍することが一層重要となっていることを踏まえ、

  • 女性に対する採用、昇進等の機会の積極的な提供及びその活用と、性別による固定的役割分担等を反映した職場慣行が及ぼす影響への配慮が行われること
  • 職業生活と家庭生活との両立を図るために必要な環境の整備により、職業生活と家庭生活との円滑かつ継続的な両立を可能にすること
  • 女性の職業生活と家庭生活の両立に関し、本人の意思が尊重されるべきこと
の3点を基本原則に、政府による基本方針の策定、都道府県及び市町村による推進計画の策定、事業主による行動計画の策定・公表、優良一般事業主認定制度等を定めたものである。

 事業主行動計画の策定に当たっては、採用者に占める女性比率、勤続年数の男女差、労働時間の状況、管理職に占める女性比率等について把握し、課題分析を行うことが求められている。その結果を踏まえて、数値目標や取り組みを盛り込んだ行動計画を策定し、都道府県労働局への届出、労働者への周知、外部への公表を行う必要がある。

 常時雇用する労働者が301人以上の一般事業主には策定が「義務」として課され、300人以下の場合は「努力義務」とされており、国立大学法人、公立大学法人、学校法人もこの法律に則った対応が求められる。

国際水準や「2020年30%」目標から乖離する現状

 振り返ると、1985年に「男女雇用機会均等法」、1991年に「育児休業法」(1995年に「育児・介護休業法」)、1999年に「男女共同参画社会基本法」、2005年に「次世代育成支援対策推進法」と「少子化対策基本法」が制定され、それぞれ改正を重ねながら法的枠組みが整備されてきた。

 「女性の活躍推進」として語られる課題は、雇用における性別による差別の撤廃という目的から出発し、育児・介護に従事する労働者の支援、男女共同参画による豊かで活力ある社会の実現、急速な少子化の進行への対処、という社会的要請の推移の中で、目的を多面化させながら推進されてきたということができる。

 そして現在、国は、労働力人口が減少する中で、女性のさらなる社会進出を後押しするとともに、「女性の活躍の場が広がることで、経済社会活動のあらゆる場に変革が起き、これまでにない形での経済成長の実現が可能となる」(2015年6月30日『「日本再興戦略」改訂2015』より)とし、女性の活躍推進を国の重要政策の一つに位置付け、さらに加速させようとしている。

 これらの取り組みにより、女性の活躍に関する諸指標は緩やかながら改善傾向を示しているが、国際的に見ると依然として低い水準にとどまっている。

 内閣府『男女共同参画白書(平成27年版)』から具体的な数字を拾うと以下の通りとなる。

 国連開発計画(UNDP)による人間開発指数(HDI)において、2013年データで日本は187 カ国中17位、ジェンダー不平等指数(GII)において、149カ国中25位である一方で、世界経済フォーラムが2014年に発表したジェンダー・ギャップ指数(GGI)では、142カ国中104位であり、韓国(117位)とともに下位にとどまっている。

 例えば、2013年の日本の女性就業率(15-64歳人口に占める就業者数の割合)は62.5%とOECD平均の57.5%を上回っているが、2014年の総務省「労働力調査」による管理的職業従事者に占める女性割合は11.3%と、欧米諸国が3割から4割の水準にあるのに対して著しく低い水準にとどまっている。

 また、民間企業(常用労働者100人以上、2014年)の階級別役職者に占める女性割合では、係長相当で16.2%、課長相当で9.2%、部長相当で6.0%と、上位役職ほど減少する傾向にある。

 公務員(2014年)の場合、国の地方機関課長・本省課長補佐相当職以上に占める女性割合は5.6%、都道府県本庁の課長相当職以上で7.2%、市区の課長相当職以上で13.1%となっている。

 2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度とするという国の目標(「2020年30%」)とは大きな隔たりがある。

労働慣行や働き方の変革が女性の活躍の鍵

 このような状況を踏まえ、国は、2015年7月に示した「第4次男女共同参画基本計画策定に当たっての基本的な考え方(素案)」の中で、男性中心型労働慣行等の変革と女性の活躍、政策・方針決定過程への女性の参画の拡大、雇用等における男女共同参画の推進と仕事と生活の調和、科学技術・学術における男女共同参画の推進、男女共同参画の視点に立った各種制度等の整備、教育・メディア等を通じた意識改革・理解の促進等12分野を掲げ、具体的な取り組みを記載している。

 そのうち、労働慣行や働き方の変革は特に重要と考えられる。素案の中でも、M字カーブ問題の解消に向けたワーク・ライフ・バランスの実現(長時間労働の削減、ライフイベントに対応した多様で柔軟な働き方の実現等)、家事・育児・介護等に男性が参画可能となるための環境整備、男女共同参画に関する男性の理解の促進、ポジティブ・アクションの推進等による男女間格差の是正、非正規雇用労働者の処遇改善と正社員への転換支援等の取り組みが挙げられている。

 このうち、女性の就業率が出産・育児期に当たる30歳代で一旦低下するM字カーブ問題は、欧米先進国にはない、日本と韓国に特有の現象とされている。日本でも近年M字の谷が浅くなる傾向にあるが、その解消には至っていない。

 また、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている集団に対して、積極的に差別を是正する措置であるポジティブ・アクションに取り組む企業は、規模5,000人以上では64%であるが、全体では16.9%にとどまっている(2013年度の厚生労働省調査より)。

 ポジティブ・アクションには、指導的地位に就く女性等の数値に関する枠等を設定する「クオータ制」と達成すべき目標と期間を示して実現に向けて努力する「ゴール・アンド・タイムテーブル方式」等の方法があるが、その意義や課題についての理解をさらに広めていく必要もある。

多様性の尊重こそイノベーションの源泉

 ここまで女性の活躍推進について、全般的な状況を見てきたが、世界的に高く評価されている企業には、多様性の尊重こそイノベーションの源泉との強い信念の下、女性の活躍にとどまらず、広くダイバーシティーに取り組む企業が多い。

 例えば、日本IBMは同社HPの採用情報の中で、「市場競争におけるIBMの強みの源泉は、思想、文化、人種、性別や出身地などさまざまな違いを持つ人材の多様性(ワークフォース・ダイバーシティー)であり、これこそがIBM自身とお客様とに多様な発想をもたらす基盤となっています。実際のところ、営業、製品開発、サービスの提供など広い分野で、IBMの社員構成は多様化した市場の縮図ともいえます」と述べ、グローバルな市場動向の反映として、機会均等への社会責任、管理者層の多様性の促進、文化的相違の受容と認知、女性の能力活用、障がいのある人々及びLGBTの能力の最大化、ワーク・ライフ・バランス、の6項目を掲げている。

 LGBTは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字を並べたもので性的マイノリティを意味し、日本でも人口の7.6%を占めるとの推計がある。IBMのみならず、米ゼネラル・エレクトリック(GE)等世界的企業が経営課題に掲げて取り組んでいるのに比べ、日本企業の動きは遅いが、経済紙が特集を組む等、急速に関心が高まり始めている。

教授の女性比率は15%、職員も上位役職ほど低い

 大学の現状はどうであろうか。女性の活躍推進について、文部科学省『平成27年度学校基本調査』を基に、学生・教員・職員の男女構成を整理したのが下の表である。

 学部学生・大学院学生等学生数全体に占める女子学生比率が43%であるのに対して、教員に占める女性比率は23%、うち教授については15%にとどまっている。

 事務系職員(常勤)に占める女性比率は国公私全体で48%と男女がほぼ拮抗しており、私立大学では51%と僅かだが女性職員が上回っている。国公私とも契約、派遣、パートタイマーといった雇用形態で働く職員も多く、その多くが女性であることを考えると、大学の事務系業務の過半は女性が担っているといえる。

 その一方で、民間企業や公務員と同様に、ここでも上位役職になるほど女性比率が下がる傾向が見られる。国立大学協会の追跡調査報告(2015年1月)によると、主任・一般職員では5割を超える女性比率が、係長級で28.7%、課長補佐級で14.3%、課長相当職以上では6.5%との結果が示されている。私立大学については、職員数を男女別・役職別内訳まで含めてウェブ上で公開している大学が少なく、確たることはいえず、大学ごとに状況も異なるが、全体的な傾向は国立大学等と同様と思われる。


大学の学生・教員・職員の男女構成 (文部科学省『平成27年度学校基本調査(速報)』を基に作成)


女性研究者がキャリア形成できる環境整備が必要

 このような状況の中、国は第3期科学技術基本計画において女性研究者(博士後期課程在学生や企業・独法等の研究者を含む)の割合に関する目標を自然科学系全体で25%と定め、2006年度より女性研究者研究活動支援事業を展開している。

 大学も、本事業の支援を受けて女性限定公募を行ったり、同等業績の場合は女性を積極的に採用する旨を明記したりする等、採用面での工夫を行っている。また、メンター制度やロールモデルを通じた支援で、女性のキャリア形成を促している大学もある。

 これらの取り組みもあり、研究者に占める女性割合は僅かずつだが増加し、2014年で14.6%となったが、企業の女性研究者割合が低いこともあり、英国37.8%、米国33.6%、ドイツ26.8%等に比べて見劣りのする水準にとどまっている。

 より多くの女性が研究者を目指すためには、大学自身の努力に加え、独法研究機関や民間企業の研究部門での活躍の可能性が広がり、多様な選択肢の中で研究活動を継続し、キャリア形成できる環境が整うことが重要である。同時に、初等中等教育、高等教育機関、研究機関、民間企業、学術団体等が連携して、理工系の学部・大学院に進学する女子生徒・学生が着実に増加するように、長期的視野に立った取り組みを展開していく必要がある。

トップの強い信念に基づく組織的・戦略的展開

 事務系職員については、職員数が抑制される一方で、業務量が増加し、担うべき機能も高度化する傾向にある。長時間労働の解消を含めた業務のあり方の大胆な見直しを行うとともに、職員一人ひとりの能力を高め、職員組織全体の生産性を大幅に向上させることが、教育研究の高度化、経営力の強化、女性活躍の促進のいずれの観点からも不可欠である。

 そのうえで、大学として職員に期待する役割を明確に示すとともに、個々の職員が自身のキャリアをどう描き、どのような形で大学に貢献したいと考えているかを丁寧に聴き、対話を通して大学の期待と職員の希望をすり合わせることも重要である。

 また、評価、処遇、昇進等人事面において客観性と公正性を担保し得る制度・運用を確立するとともに、ジョブ・ローテーション、OJT、研修等により計画的に育成できる仕組みを整える必要がある。

 大学の場合、教員・職員とも居住地変更を伴う異動の可能性は低く、業務の性格上、他の職種と比べると仕事と生活の調和を図りやすい条件にあると考えられるにも拘わらず、女性の活躍が進まなかった原因はどこにあるのだろうか。

 「日経WOMAN女性が活躍する会社Best100」で2014年と15年の2年連続総合1位を獲得した資生堂は、「男女共同参画を社員の活力を高めて成果を上げ続ける組織風土づくりに向けての経営戦略のひとつと位置づけ、企業にとって重要なステークホルダーである社員の企業に対する信頼感を高めることを目的として」(同社HPより)、2004年より女性支援を本格的に展開し、2015年4月時点の女性リーダー比率を27.2%まで高めている。

 トップ自らが「女性の活躍と多様性の尊重は活力ある組織や社会を作るうえで不可欠」との強い信念を持ち、具体的な行動を通して、その考えを社内に徹底するとともに広く社会に発信する。このようにして、資生堂をはじめ女性が活躍する先進企業は、ダイバーシティーを組織文化として定着させる努力を重ねている。

 大学の場合、教員の意識を含めて組織を一つの方向に向けるのは容易でない面もあるが、「知識創造の場であり、学びの場である大学こそ多様性を尊重すべき」との強い信念をトップが持ち、具体的な行動と学内外への発信を通して、その姿勢を示し続けていかなければならない。

真のグローバル化は多様性の尊重なしに実現し得ない

 ダイバーシティーは女性の活躍推進にとどまるものではない。人種や国籍の違い、年齢の高低、障がいの有無、雇用形態の違い等を受容し、「多様であることこそ活力と創造の源泉」との積極的な考え方に基づいて取り組んでいく必要がある。

 その中には前述したLGBT支援もある。学生がLGBTサークルを結成する大学も増えつつある。早稲田大学では、LGBT学生が困難や差別を受けることなく学生生活を送れる大学づくりを目指した「LGBT学生センターをつくる」が学生コンペで総長賞を受賞している。また、国際基督教大学は日英両言語の「LGBT学生生活ガイドin ICU」を作成し、トランスジェンダーやGID(Gender Identity Disorder:性同一性障害)等性的マイノリティとされる学生の支援に取り組んでいる。

 女性の活躍推進とLGBT支援とでは、社会の認識や理解に大きな開きがあり、後者は生活・文化や法体系のあり方にも関わる、より複雑な要素を有している。新たな制度設計等ソフト面の整備に加えて、ハード面での対応が必要な場合もある。

 LGBT支援に限らず、ダイバーシティーに本気で取り組もうとすれば、法令・政策・社会動向に対する理解、制度設計、きめ細やかな配慮等、大学の負担は増すことになるだろう。

 大学におけるダイバーシティーにはそれらを超えた意義と価値があること、真のグローバル化は多様性の尊重なしに実現し得ないことを教職員のみならず学生を含めて大学全体で共有することが大切である。

【参考文献】
国立女性教育会館・村松泰子編(2015)『実践ガイドブック 大学における男女共同参画の推進』悠光堂
男女共同参画統計研究会(2015)『男女共同参画統計データブック−日本の女性と男性−2015』ぎょうせい



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


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