大学を強くする「大学経営改革」[63] 現場と事実を直視し、改革の進め方を問い直す 吉武博通

「社会の変化についてゆけない大学」は本当か

 「日本の大学は、きわめて時代おくれです。日本の社会も、世界の歴史も、急速に変化しているのに、大学がこれについてゆけない。」

 これは教育社会学者で文部大臣も務めた永井道雄氏の著書『大学の可能性』(中央公論社、1969)に記された一文である。大学紛争の最中であり現在と状況は大きく異なるが、「社会の変化についてゆけない大学」との認識は半世紀前も現在も変わらない。当時から改革の必要性は指摘されていたのである。

 その一方で、今日、改革を促す圧力は比べようもないくらいに増し、大学は急き立てられるように様々な改革施策に取り組んでいる。それによって大学に変化が生じているのか、それは望ましい変化なのか、仮に問題があるとしたら改革の進め方をどのように修正すればよいのかといった点について、十分な検討がなされているとはいえない。

 本来ならば、客観的な事実に基づいてこれらの問題を論じるべきだが、本稿でもそのような検証はできていない。個々の大学への訪問や研究会・セミナー等の機会に行った教職員との対話を基にしつつ、公表されている文書や調査研究報告等も参照して、これらの問題を整理し、本格的な検討に向けた課題提起を行うものである。

教職員は大学の変化をどう捉えているのか

 様々な大学の教職員が集まる研究会やセミナーの冒頭に、「直近10年程度で自校がどう変わったか」を3つの選択肢を示して挙手で尋ねると、どの会でも、「良い方向に変わっている」が約3割、「良くない方向に変わっている」が約3割から4割、「あまり変わっていない」が約3割から4割という結果に落ち着く。参加者が持つ印象を尋ねただけの信頼性に乏しい方法だが、現場実感として改革を肯定的に捉えているのは3割程度ということになる。

 何をもって「良い方向に変わっている」とするのかは人によって異なるが、学部の新設・改組、国の補助事業の採択、新キャンパス・新施設の竣工、その他教学・経営上の新たな取り組み等、目に見える変化が生じている場合に肯定的に捉える傾向がある。

 また、これらの取り組みに対する自身の関与の度合いによって評価が異なる場合もある。例えば、自分が関わって一定の成果が出た場合は肯定的に捉えるが、関わる過程で強い抵抗にあったり、関わりが希薄だったりする場合は、否定的に捉える傾向があるようだ。

 主体的に関わり、小さくとも目に見える成果が出ることが気持ちを前向きにさせるのだろう。

現場で生じている実際の変化を丁寧に見極める

 じかに聞いた話で印象深いものを挙げて、より具体的な現場の実感を探ってみたい。

 教育改革に関して多く聞かれるのはグローバル人材育成に対する戸惑いである。「学習習慣もなく、日本語の文章も正しく書けない学生が多いのに、グローバル人材を強調されても」という声は多い。

 国の補助事業に採択された大学では実に意欲的な試みが行われているが、「学部内でさえ協力を得るのは難しい」、「特定の教員と任期付きスタッフの頑張りでなんとかやっているが、既存組織の職員の協力が少ない」、「補助期間満了後に続けるのは難しい」といった声を聞く。全学的展開と定着こそ本来の狙いであるはずなのに、その点に最も苦労している様子が窺える。

 「経済的理由からアクティブ・ラーニングの授業を敬遠する学生もいる」という話を聞いたのは、経済的に恵まれた学生が多いと思われる都内の私立大学の教員からである。アルバイトや交通費負担の問題から授業時間外のフィールド調査等に参加できないことが敬遠の理由という。

 筆者自身、日常的に学生に接しているが、より積極的に授業に臨んでほしいと思う一方で、教養も専門も、授業も課外活動も、インターンシップも海外経験もとあれこれ求められながら、アルバイトもやり、就職活動に多大な時間を注ぎ込む学生を気の毒に思うこともある。4年間という限られた時間に、社会も大学もあまりに多くを求め過ぎていないだろうか。

 否定的な面を象徴する話が続いたが、改革を通して新しい芽は至るところに着実に育っている。そのことを含めて、実際にどのような変化が生じているかを丁寧に見極めることが大切である。

教員の多忙化で危惧される教育研究基盤の弱体化

 大学改革の最大の目的は教育の高度化である。教員の教育能力の向上や教育方法の改善、カリキュラムの構造化等教育のさらなる体系化、学生の学修支援の充実、組織としての質保証等がその柱となる。職員が果たす役割も増してきたが、最終的には教員の意識と能力による部分が大きい。

 一般に教員は研究に関心が高く、教育には不熱心と見られがちだが、研究力の高い教員が教育熱心であり、学内運営にも協力的という例は決して少なくない。

 改革はともするとこのような教員に仕事を集中させることになる。例えば、「博士課程教育リーディングプログラム」は、幅広い分野でグローバルに活躍できるリーダーを養成するための教育プログラムであるが、コーディネーターやコアメンバーに研究業績の高い教員を据えることが多い。これらの教員は他に大型の競争的資金を獲得していることも多く、研究を続けながら、教育プログラムの運営に当たることになる。

 鈴鹿医療科学大学学長の豊田長康氏(元三重大学長)が2015年5月に公表した『運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究~国際学術論文データベースによる論文数分析を中心として~』では、理系を中心とした「日本の研究力(学術論文)の国際競争力は質・量とも低下している」、「学術分野の違いにより、その動態に違いがあるが、国際競争力の高かった分野ほど論文数の減少~停滞が著しい」等の指摘がなされている。

 その上で、「国立大学の論文数の停滞・減少をもたらした主因は基盤的研究資金の削減(及びそれに伴うFTE 研究者数の減少)であり、さらに重点化(選択と集中)性格の強い研究資金への移行が論文生産性を低下させ、国際競争力をいっそう低下させたことが示唆される」と分析している。(FTE はfull-time equivalent の略で常勤研究者に換算して何人分に当たるかを示すもの)

 科学技術・学術政策研究所が2015年8月に公表した『科学技術指標2015』と『科学研究のベンチマーキング2015』においても、「10年前と比較して、日本の論文数は横ばい傾向であるが、他国の論文数の拡大により順位を下げている」ことや「多くの分野において、論文数及び注目度の高い論文数(Top10%、Top1%)における日本のランクが低下している」ことが指摘されている。

 論文数の停滞と研究資金の減少の関係について、ここでは立ち入らないが、教員の多忙化も論文数の停滞・減少をもたらす大きな要因になっている可能性は高い。さらに、教員の多忙化は大学院生に対する研究指導に影響を与え、博士後期課程進学者の減少と相俟って大学院における研究者養成機能を低下させる恐れがある。

 このように多忙を極める教員がいる一方で、改革に批判的または無反応な教員もいる。「何年間も論文一本書いていない」、「昔ながらの内容と方法で教えている」、「研究室にもほとんど来ていない」といった話は、程度の差こそあれ、どの大学でもあるだろう。

 結果として、改革が教員間の貢献度の違いを一層拡大させることになる。そのことが、組織全体の士気の低下や相互信頼に基づく協働の困難化をもたらす可能性もある。

大学の実情に即した活性度の高い職員組織づくり

 職員については、業務領域の拡大と業務の質的高度化が進む中、人件費抑制や定員削減、多様な雇用形態の職員による協働等が常態化しつつある。

 その中でよく聞くのは、「上位役職者や年輩者が保守的」、「新しいことを手がけようとすると余計なことはするなと言われる」、「現状のまま決められたことを処理すればよいと考えている人が多い」等である。

 これらは設置形態の違いを超えて共通して聞かれる言葉だが、私立大学の場合は大学間で職員組織の体質にかなりの違いがあるように思われる。創設以降の経緯、規模・特色・学部構成・立地、選抜性の高さや競争状態等、様々な要素が複合して組織風土や体質が作られるが、ある時期に教員と職員が協働して、あるいは職員が主導して、新たな施策に取り組み、それが大学にとって望ましい成果に結びついた経験を有する大学ほど職員組織の活性度が高いように思われる。

 国立大学では法人化後、従来の国家公務員採用から国立大学法人等職員採用試験などを経て法人ごとに採用する方式に変わり、選抜性の高い大学や自校の卒業生が数多く採用されてきたが、国家公務員時代から続く配置・育成の考え方や方式を抜本的に変革した大学は見当たらない。法人化以降の職員に何が期待され、どうすれば評価されるのか、どのようなキャリアパスが示されているのかは、依然として曖昧なままである。

 その中でも努力を重ねている職員は多いし、法人化以前に就職した世代でも意欲・能力が高く、改革を主導する職員も少なくないが、セミナーで私立大学の職員と一緒に学んだ国立大学の職員が「自分の大学を良くしたいと頑張っている私立大学の職員が羨ましい。国立大学の職員組織の実態はあまり変わっていないし、変われそうにない」と語った言葉が重く響く。一つの発言に過ぎないが、現状を言い当てているように思われる。

 配置・育成と仕事の仕方の両面からの職員組織改革を加速させないと、定員削減が進む中、既存の仕事で手一杯の状態が続き、活性度を一段と低下させてしまう可能性がある。

 職員組織の活性度は規模に左右されることもある。公立大学は一部を除き総じて小規模であり、職員組織も数十人にとどまる大学が多い。私立大学も事務系本務職員だけに限れば、1校当たり平均100名に満たない。そのため、特定の職員が一つの仕事を長期間担当し続けるという状況が生じやすい。また、小規模であっても機関として求められる機能や業務があり、少人数であるが故に新たな取り組みに割く時間も限られる。小規模であるが故に、大学全体を見やすく、一体感も醸成しやすいという利点もあるが、上記の課題を克服するために、個々の大学の枠組みを超えた業務の集約や人材育成の仕組み等も検討する必要もある。

国公私立大学の教育研究基盤を揺るがす動きが加速

 国立大学に関しては、2015年6月の文部科学大臣決定「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)」が、人文社会科学を軽視したものとの批判を含めて社会的に大きな波紋を広げた。

 私立大学に関しては、同年7月の「平成28年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知)」において、補助金配分の基準となる入学定員超過率の厳格と平成31年度からの入学定員を上回る学生分の減額措置の導入が示され、私学経営に突きつけられた厳しい課題として深刻に受け止められている。

 さらに、同年10月に開催された財政制度等審議会財政制度分科会では、国立大学法人収入について今後15年間、運営費交付金を毎年1%ずつ減少させ、自己収入を毎年1.6%ずつ増加させた試算が示された。その場合、国立大学法人の運営費交付金総額は2031年度で9826億円となり、2013年度に比べて1948億円の減額になる。

 これらを受けて、2015年11月、国立大学協会、公立大学協会、日本私立大学団体連合会の連名で「国家予算における国公私立大学の基盤的経費拡充に関する要望」を財務大臣と文部科学大臣に提出している。

 危機的な財政状況を背景に、国公私立大学の教育研究基盤を揺るがす動きが加速している。

「現場」と「エビデンス」を重視して改革を加速

 半世紀もの長きにわたり改革の必要性が認識されながらも大学の動きは緩慢であった。

 ここにきて、下図に示す通り、グローバル化、イノベーション、地方創生など社会的要請がさらに増大し、一方で、危機的な財政状況、家計の悪化、18歳人口の減少が大学の経営基盤を激しく揺るがす事態が進行している。


大学を取り巻く状況と課題


 国公私立を問わず、変えるべき部分は数限りなくある。しかしながら、国の政策にしても、個別大学の改革であっても、これまでの延長線上でただ危機感を煽り、新たな提案をさせ、努力を促すだけでは、形が少し変わる程度で、中身は何も変わらないだろう。永井(1969、前掲書)も「今 日の日本の大学において、変革を要するものは中身です。何を捨て、何をつくるのか。大学の現状をみつめ、理想を探求し、確立し、これにもとづいて改革のプランをつくりあげなければならないのです」と述べている。

 そのために必要なことは、国が高等教育のグランド・デザインを示し、個別プランの立案と実行は大学に任せ、社会とアカデミアが厳格に評価する、という役割分担を明確にし、それぞれが責任を持って役割遂行に専念することであろう。

 特に、観念論や感覚に基づいて一律に改革を促すことは避けるべきである。各大学や各学部が実態を正しく把握し、「欠けているもの」、「底上げすべきもの」、「さらに伸ばすもの」を見極めた上で、焦点を絞り、優先順位をつけて実行し、その成果を正しく発信することが大切である。

 そのためにも、政策立案、大学・学部のプラン策定、評価、社会への情報発信等を、正確な事実(エビデンス)に基づいて行う必要がある。IR(Institutional Research)が重視されるのもこのような理解に基づくものである。機関内のみのデータにとどまらず、機関を超えたデータベースの構築も不可欠である。大学ポートレートにはその狙いもあったはずだが、現時点ではその期待に応えられていない。

 大阪府立大学高等教育推進機構副機構長の高橋哲也教授は「日本は高等教育に関する共通のデータベースの構築が決定的に遅れている。英国ではUnistatsという全大学のコース(日本でいう学科レベル)の受験生にとって重要な情報をKIS(Key Information Set)として、相互比較可能な形で公開しているだけでなく、高等教育統計局(HESA)が収集している各大学の集計データが全大学で共有されており大学の戦略の策定や意思決定に使われている。大学の改革がいつまでも印象論で語られる状況を打破するためにも、大学の成果をデータに基づいて検証できる環境を構築すべきである」と強調する。

 「現場からの改革」と「エビデンスに基づく企画・評価・発信」を重視して、中身を変える改革を加速させなければならない。



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


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