大学を強くする「大学経営改革」[65] 職員の成長と大学の発展 龍谷大学のケースから職員育成を考える 吉武博通

2018年問題を間近に控えて職員育成は喫緊の課題

 教学と経営の両面において大学職員の役割の重要性が一層増しつつある。このことは今や大学運営に関わる者の共通認識となり、多くの大学で職員の能力の開発や発揮に向けた取り組みが展開されている。

 しかしながら、教員との関係を含めて、どのような姿をゴールとすべきか、如何なる道筋でその姿に近づけるのかについて、明確な考え方や方法を持ち、戦略的に推進することは容易ではない。試行錯誤を重ねることでしか自校に相応しい解は導き出せないのかもしれないが、いわゆる2018年問題を間近に控え、改革に費やせる時間が少なくなってきたことも事実である。

 そこで、本稿では実際のケースを通して、職員育成のあり方を多角的かつ実践的に検討してみることとした。取り上げるのは龍谷大学である。

 事務組織の活性や職員の成長の度合いを計測することは難しく、今後研究すべき課題である。従って、龍谷大学が他の大学以上に職員育成に成功していることを示す客観的データがあるわけではない。職員の育成や能力発揮という面で注目すべき大学は他にもあるだろう。

 その中で、あえて龍谷大学を取り上げるのは、職員の成長が大学の発展の原動力となり、大学の発展が職員の成長を促すという形でスパイラルアップしてきたケースとして捉えることができ、そのプロセスの中に、職員育成のあり方を考える上での有益な示唆が数多く含まれていると考えるからである。

9学部10研究科、学生数2万人の総合大学に発展

 龍谷大学の歴史は、1639年に西本願寺に設置され僧侶の養成機関「学寮」に始まる。以来、学林、大教校、大学林と名称を変えながら、1922年に大学令による大学となり、龍谷大学と改称する。

 1949年には新制龍谷大学として認可され、文学部を設置し、1960年に深草学舎を開設して以降、経済学部、経営学部、法学部を順次設置、1989年には瀬田学舎(滋賀県)を開設し、理工学部と社会学部を設置、1996年には国際文化学部を設置するなど学問領域の拡大を図ってきた。

 近年では、2011年に政策学部を設置、2015年には国際文化学部を国際学部に改組するとともに、新たに農学部を設置し、9学部、10研究科、短期大学部によって構成される学生数約2万人の総合大学に発展している。そのうち、国際学部のグローバルスタディーズ学科は、全員必修の留学、TOEIC®TEST730点の卒業要件化、授業の約8割は英語または英語+日本語といった特色を持ち、農学部については、国内の大学としては35年ぶり、私立大学としては7校目の設置となる。共に、高い注目を浴びてのスタートとなった。

 2015年5月時点での教職員数は1050人、内訳は専任教員517人、特任教員76人、事務職員258人、嘱託職員199人となっている。事務職員(本稿では「職員」という語を用いる)の7割強は龍谷大学の卒業生であり、事務組織を率いるのが常務理事でもある総務局長である。

 その常務理事・総務局長を最後に2016年3月に退職した長野了法氏に対するインタビューと同氏の講演記録などに基づき、先に述べた職員の成長と大学の発展の相互作用のプロセスを辿りながら、大学職員のあるべき姿とそれを実現するための道筋や方法について考えてみたい。

職員キャリアの早い時点での「一皮むけた経験」

 長野氏は、1973年3月に龍谷大学文学部仏教学科を卒業、同年4月に同大学の職員に採用され、経理課に配属される。文学、経済、経営、法学の文系4学部の時代であり、他の多くの大学と同様に、大学運営は教員が担い、職員の役割は補完的なものという伝統的な大学観が支配していた。

 最初の仕事は、学費収納係で、伝票処理などを全て手作業で教えられた通りの方法で行っていたが、先輩の一言で学校法人会計基準を基礎から学ぶ必要性を感じ、関係書籍を読み、短大協会の経理研修に参加し、会計基準の全容の理解に努めたという。

 その結果、予算決算業務に興味が湧き、上司に希望して関わらせてもらうようになる。そこで、関連規程の整備が不十分なことを知り、「予算統制要項」、「学費納入規程」、「事業目的分類科目」などの制定に取り組む。長野氏26歳、入職4年目で始めた「事業目的別予算書」は40年経った現在に至るまでほぼ同じ形で引き継がれている。当時の大学が組織的に未成熟だったからこそ若くして大きな仕事ができたのではないかと長野氏は振り返る。

 先輩の一言という小さなきっかけで、経理業務の基本を学び、仕事の面白さに気づくことで、自ら進んで困難な業務に挑み、結果的にいわゆる「一皮むける経験」をしたことになる。

「長期計画」が職員の参画と大学の発展を促す

 その頃、龍谷大学では1975年から1986年を計画期間とする「12カ年計画」と名付けられた長期計画をスタートさせている。当時の大学では先進的ともいえる取り組みである。

 1970年代当時の私立大学では水増し入学が普通に行われ、龍谷大学でも1974年度時点で、収容定員4779人に対して学生数は11884人と、定員の約2.5倍の学生が在学していた。本計画は、マスプロ教育と言われたこの教学条件を改善すべく、毎年7%ずつ実員を減らし、12年間で学則定員に近づけることを目標としたが、途中で学則定員を増やしたこともあり、10年でほぼ達成し、11年目に当たる1985年度からは第2次長期計画に移行する。

 学生数の減少による学費収入減については、毎年7%の教育改善率に、物価上昇率(人事院勧告を適用)を加算した率に相当する学費を値上げすることで補っている。また、2分の1助成に向けて私学助成も毎年増額されていたことから、教育条件が改善されれば補助金も増えるとの見通しもあった。

 計画が実際にどう推移したか、1974年度から80年度までの6年間で見ると、学生数は定員の2.5倍から1.3倍まで圧縮され、教育条件の改善により補助金収入は3億円から10億円に増額され、学納金収入も倍増となり、収入増を原資として教学施設設備を充実させている。

 この計画を主導したのは、学長事務取扱の千葉乗隆氏(後に1983年4月から1989年3月まで学長)であり、大学を変えようとする学部長もいた。

 職員では企画課長だった原田弘宣氏が立案当初から深く関わった。同氏は1960年3月に龍谷大学大学院文学研究科真宗学専攻修士課程を修了した後、1961年9月に職員として入職、最後は総務局長まで務めている。大学院修了者としての学識と説得力で、教員中心の検討体制の中にも違和感なく入っていけた。

 経営や財政という概念自体が大学運営に定着していなかった時代において、原田氏は「財政施策や施設計画は教員が片手間でやれる仕事ではない。だからこそ職員の役割は重要」との考えを持ち、職員に求めるものも厳しかったという。そのことから、職員の能力向上施策に力を入れ、海外の大学を自分の目で見てくることを目的に、1979年から海外研修を実施、1995年までの16年間で8回、延べ68人の職員をアメリカに派遣している。また、年功序列が一般的だった時代に、優秀な人材の積極的な登用も行った。

 第2次中期計画における「88改革」と呼ばれるカリキュラム改革では、セメスター制、コース制、グレード制などの導入を行うが、1991年の設置基準の大綱化を先取りする形で、これらを実施できた背景には、海外研修を通した職員の学びがあるという。


龍谷大学12カ年計画の推移


「教学創造こそ財政」の認識に立ち財政施策を展開

 当初「12カ年計画」として始まった「第1次長期計画(1975-1984)」を皮切りに、現在進行中の「第5次長期計画(2010-2019)」まで、5次にわたる長期計画が龍谷大学の発展に極めて大きな役割を果たしてきたことは明らかである。

 赤松徹眞現学長も龍谷大学公式サイトの学長挨拶において、「本学では、1975年から長期計画に基づく大学運営を進めています。2009年度までの間に、4次にわたる長期計画を策定し、弛みなくかつ計画的に大学改革を実行してきました。現在推進している第5次長期計画は、2010年度から2019年度までの10カ年に及ぶ長期的な総合計画であり、本学の使命や『2020年の龍谷大学像』を明確に示した上でグランドデザインを策定し、具体的な改革に取り組んでいます」と述べている。

 長野氏が説明する龍谷大学の長期計画の特徴は、

  • 長期計画を策定する際には、必ず事前の長期計画を総括し、そこから導き出されたものを基本に次の長期計画を策定する、いわゆるPDCAサイクルに基づく長期計画を推進
  • 建学の精神を堅持しながらも、時代の変化に応じた進取の姿勢と柔軟な発想で長期計画を展開
  • 教学改革とそれを担保する財政計画を常に一体的に取り組むことで教学創造と大学の発展を実現
  • 全構成員が参画する対話のある大学運営(ボトムアップ)と大学執行部のリーダーシップ(トップダウン)を高次元にバランスさせた計画策定

の4点である。

 特に、長期計画を支える財政計画は、他大学にはない特異なものであり、2001年度に策定した「龍谷大学財政基本計画」では、①財政は教学運営方針に従属するが、同時に制約条件でもある、②「教学創造こそ財政」の認識に立つ、③財政政策を主体性、安定性、健全性、社会性をキーワードに具体化する、という3つの基本理念を掲げている。

 この理念に基づいて、各学部財政自律促進システム、事業評価システム、事業目的別予算科目、財政検証システム、長期財政計画、人件費枠施策などの具体的財政施策が展開されている。

 このうち人件費枠施策は、教員人件費を学部ごとに、それぞれの学生納付金収入の一定範囲内に設定し、その範囲内で各学部が主体的に人事を行うことを基本にしたものである。職員人件費についても同様に、大学全体での学生納付金収入に対する比率を設定して、計画的な人事を行っている。

意欲喚起と能力の向上・発揮を促す人事制度改革

 財政基本計画の推進を通して、限られた職員人件費枠の中で、職員体制を如何に充実させるかという課題がより強く認識されるようになり、2009年度実施の人事制度改革に繋がっていく。

 その目的は、職員一人ひとりが課せられた役割と責任を自覚し、職務に対する意欲を持ち、職能及び専門性を向上させ、それらを職務遂行において発揮できる人事制度の確立と、職員の人件費枠を遵守しつつ、適正な事務組織の体制を整備すること、である。

 具体的には、資格制度、給与制度、研修制度、評価制度という4つの改革の柱を立て、それらをトータルな人事制度として確立することを目指している。

 このうち資格制度については、従来の6等級を10等級に増やし、資格取得可能な最低年齢からすぐに本俸が枝分かれする給与体系に改め、キャリア形成や職務に対する意欲の喚起を図っている。資格要件を満たせば、役職者の欠員状況等にかかわらず、かつより短期間で上位資格に昇格できることから、特に若い世代を中心に意欲の向上につながっているという。

 また、この改革により、職員の給与総額を変えることなく、職員数の20人増員を実現している。

龍谷大学のケースを通して学ぶこと

 龍谷大学のケースから職員育成に関する多くの示唆を得ることができる。

 まず、大学をより良き方向に進める変革プロセスの中で、職員が主体的な役割を果たすことを通して、職員の成長と大学の発展の相互作用が生まれるという点である。龍谷大学の場合、5次にわたる長期計画の策定と推進のプロセスが、この相互作用を促進する場となり仕掛けとなった。

 ただ、計画のための計画では、このような相互作用は期待できない。計画を推進することで、実際に大学がより良い方向に進む、真に実効性のある計画でなければならない。そのためには、教学上の諸施策に係る計画と、財政、施設・設備、人事など経営資源に係る計画を結びつけることが不可欠である。この点において、龍谷大学の長期計画は綿密であり、完成度の高いものと評することができる。

 職員が担う役割や機能を明確に認識することも重要である。財務や施設など経営に係る業務は職員が主体的に担い、教学に係る業務については確かな知識と技能で、教員を支え又は教員と協働するといった関係を確立する必要がある。龍谷大学でも教学に関する全学レベルの会議には必ず構成員として職員が加わっている。これにより審議が円滑に進み、実行も担保されるという。

 そのためにも、体系的な知識、物事の本質を理解する思考力、職務遂行に必要な技能などを身につけ、これらの能力を高め続けていかなければならない。特に、キャリアの早い時点で貪欲に学ぶ姿勢や習慣が根づくように、仕事を通して学び、上司や先輩の薫陶で気づき励まされ、研修の機会も得られるといった環境を整えることが大切である。

 職員の意欲と能力を高め、これらを職務において存分に発揮させるためにも人事制度は極めて重要である。年功序列的な処遇を続けている大学も多いと思われる。自らの能力を向上させ、組織に貢献しているにもかかわらず適切な処遇を受けず、経験年数を重ねただけの者が優遇されているとすれば、大学として大きな損失である。労働条件の不利益変更などの問題に十分に配慮した上で、人事制度改革に取り組むべきである。

危機意識がなくなれば変革のエネルギーも先細る

 当然だが龍谷大学にも課題はある。人事を担当する総務部の内藤恒義次長は、「きっかけを与えても全員が期待通りになるとは限らない。だからこそ採用に力を入れている。また、上司や先輩の背中を見て育てと言って済む時代ではない。部下を育てることが苦手な管理職もいる。部下の育て方を学ぶための研修機会なども必要だと思う」と話す。

 岡田雄介学長室(企画推進)課長は、「これからのマイナス成長の時代、所属組織や立場にかかわらず、エビデンスを積み上げながら堂々と議論できる職員が育ってほしい。どの世代にも組織を逞しく牽引する人材がいるようにしたい」と語る。その思いを実現するため、自己研鑽型研修として、10人の若手職員で構成する「龍谷未来塾」を立ち上げ、コーディネーターとして支援している。

 危機意識がなくなれば変革のエネルギーも先細りする。内藤氏や岡田氏の危機意識は原田氏や長野氏から受け継ぐDNAでもある。


 長野氏は退職を前にした事務職員会での講演をこう締め括った。

 「私自身、約半世紀にわたる龍大人生を振り返り、心底『ああ、有り難かった』、『楽しかった』と思えるのです。こんな幸せなことはありません」。



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


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