大学を強くする「大学経営改革」[67] 社会的課題の解決への積極的関与を通して大学の存在価値と持続可能性を高める 吉武博通

「受け身」では大学への理解も支持も広がらない

 大学は社会とどう関わるべきか。この問いに対する答えは、個々の大学の状況、学問分野の特性、個人の価値観等によって多様であり、共通の理解を得ることは容易ではない。

 改革の名の下に展開されてきた様々な取り組みにも拘らず、大学に向けられる社会の視線は厳しさを増すばかりである。公財政支出の抑制が続く中、教員補充人事の一定期間凍結を余儀なくされる国立大学もある。私立大学についても、経常的経費に対する補助金の割合が、2015年度に1割を下回ったことが報じられている。

 このような閉塞的ともいえる状況において、社会・経済的環境を与件とし、それにどう対処するかという受け身のスタンスをとり続ける限り、大学に対する理解や支持は広がらないだろう。

 一方で、現代社会が直面する諸課題はいずれも複雑で、難易度が一層高まる傾向にある。解決のためには、確かな知識・スキル、正確な情報、公平な立場などが強く求められる。大学こそそれを担うに相応しい機関であり、社会的課題の解決に組織的・能動的に関わることで、より明確に存在価値を示すことができるのではないかと考える。

 社会に解決すべき問題があるということは、ニーズがあるということであり、企業に喩えるならば成長機会があるということである。

 「大学を取り巻く環境は厳しさを増しつつある」という常套句で、危機意識を持たせ、改革を促すことも一つの方法だが、環境を与件とせず、環境に働きかけることで社会の期待に応えることこそ、大学の持続可能性を高めるための確かな道筋ではなかろうか。

 大学改革の必要性が広く認識されるようになったのは1991年の大学設置基準の大綱化以降といわれている。そこから既に四半世紀が経過しようとしている。

 本稿では、最新データが得られる2015年から5年間隔で1995年まで遡り、この20年間における変化を政府統計等で振り返る。そのことを通して現代社会が直面する諸課題と大学の役割について考えてみたい。

人口減少と急速に進む少子高齢化

 表1は、本稿で取り上げる統計データのうち主なものを課題別に色分けして一覧にしたものである。

 最初に大学関係のデータを確認すると、18歳人口はこの20年間で177万人から120万人と約3分の2まで減少しているが、進学率が37.6%から54.5%まで上昇したことで、学部入学者数は57万人から62万人に増加している。ただ、近年、進学率は頭打ち傾向にあり、18歳人口減がそのまま学部入学者数の減少に繋がる可能性は高い。さらに、今から15年後の2031年には100万人を切ることが確実である。年平均1万人を超えるペースで18歳人口が減少することになる。

 次は人口である。日本の総人口は1995年の1億2557万人から2015年の1億2711万人(いずれも10月1日時点)と若干増加しているが、生産年齢人口(15~64歳)は8717万人から7708万人へ1009万人減少、逆に65歳以上は1826万人から3392万人へ1566万人増加している。

 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計(出生中位・死亡中位)によると、2015年から20年後の2035年の総人口は1499万人減の1億1212万人、生産年齢人口は1365万人減の6343万人となり、65歳以上は3741万人と3分の1を占めるようになる。

 過去の推移を辿ると、年少人口(14歳以下)は1981年の2760万人から、生産年齢人口は1995年の8726万人からほぼ一貫して減少を続けており、総人口も2011年以降マイナスが続いている。

 また、3大都市圏への人口集中は、高度経済成長期ほどの勢いはないものの、依然として続いており、2015年国勢調査では3大都市圏人口51.8%(内東京圏28.4%)に対して、地方圏人口48.2%となっている。

拡大を続ける社会保障給付費と長期債務残高

 急速に進む少子高齢化に伴い、表1の通り、社会保障給付費も増え続け、1995年度からの20年間で1.8倍に増加している。

 2015年度(予算ベース)の116.8兆円の内訳は、年金56.2兆円、医療37.5兆円、福祉その他23.1兆円である。その費用は被保険者拠出34.8兆円、事業主拠出30.0兆円、国31.8兆円、地方12.8兆円、その他積立金の運用収入等により賄われている。

 費用増に歯止めがかからず、生産年齢人口が減少する中、社会保障制度の安定維持が極めて大きな課題となっている。

 財政面では、社会保障関係費の増加と景気低迷による税収減等を背景に大幅赤字が続き、2015年度末の国・地方を合わせた長期債務残高は1035兆円と、20年間で2.5倍にまで増加している。この水準は国内総生産(GDP)の2倍を超え、主要先進国の中で最悪の状況にある。

1人当たり名目GDPは3位から20位へ

 次に、内閣府「国民経済計算」で20年間の推移を振り返ってみたい。

 表1に示した通り、我が国の名目GDPはこの20年間500兆円という水準に止まったままである。その結果、新興国を中心に世界経済が成長を続ける中、日本経済の占める割合は1995年の17.2%から2014年には5.8%まで、そのポジションを大きく低下させている。

 その一方で、1995年に日本の7分の1、世界に占める割合は2.3%に過ぎなかった中国は、2010年に日本を抜き去り、2014年時点では日本の2.2倍、世界に占める割合で13.1%にまで成長を遂げている。

 また、1人当たり名目GDPに関しても、OECD加盟国における順位を1995年の3位から2015年の20位へと大きく下げている。ちなみに国際通貨基金(IMF)の統計はOECD加盟国以外も含むため、2015年の日本の順位は26位となり、金額ベースではシンガポールの6割程度となっている。

 経済力は教育研究を発展させる基盤でもある。研究面でいえば、中国の論文数は、その経済成長と同様に右肩上がりで増加を続けており、全世界におけるシェアも高まりつつある。

 世界経済における日本経済のプレゼンスの低下が、教育研究の競争力の低下をもたらすことがないよう、十分な対策を講じる必要がある。


表1  統計データで見る20年間(1995年~2015年)の変化


低迷する雇用者報酬と高まる非正規雇用割合

 雇用者報酬も、名目GDPと同様に低迷を続けている。2015年度は2010年度に比べて持ち直したものの、1995年度の270兆円を下回る257兆円に止まっている。

 その原因としては、国内景気の低迷や国際競争の激化を受けて、給与水準の抑制が続いたこと、非正規雇用の割合が高まってきたことなどが考えられる。1995年に20.9%だった非正規雇用の割合は2015年には37.5%まで上昇している。

 非正規雇用増加の背景には、製造業に比べて生産性が低いとされるサービス産業のウェートが高まっていること、年金受給年齢の引き上げ等に伴い、非正規として雇用される60歳以上の就業者が増加していることなどが挙げられる。

 前者について、例えば、宿泊業・飲食サービス業の正規雇用比率は26.7%に過ぎず、卸売業・小売業も50%にとどまっている。(総務省統計局「平成24年就業構造基本調査」より)

 また、職業別就業者数の推移を見ると、管理的職業従事者が減少する一方で、専門的・技術的職業従事者が増加する傾向が読み取れる。その他の職業について、2009年の職業分類改定以降の変化を見ると、ほぼ横這いが事務従事者、減少傾向にあるのが販売従事者、生産工程従事者、増加傾向にあるのがサービス業従事者、運搬・清掃・包装等従事者などである。

 このような職業構成の変化からも、雇用者報酬が低迷する構造的要因が見えてくる。労働によって生み出される付加価値を如何に高めるか、つまり労働生産性の向上が極めて重要な課題であることがわかる。

上昇が続く相対的貧困率と子どもの貧困率

 同じ20年の間に国民生活はどのように変化したのだろうか。

 厚生労働省「平成27年国民生活基礎調査」によると、全国の世帯数は1995年の4,077万から2015年の5,036万へと959万世帯増加している。その多くは単独世帯と夫婦のみ世帯の増加によるものだが、「ひとり親と未婚の子のみの世帯」も211万から362万に増加している。

 「平成25年国民生活基礎調査」では、2012年時点での「相対的貧困率」(貧困線に満たない世帯の割合)を16.1%、「子どもの貧困率」(17歳以下)を16.3%と算出している。また、子どもがいる現役世帯のうち、大人がひとりの世帯員の貧困率は54.6%に達している。

 相対的貧困率と子どもの貧困率は、1990年代半ば以降、緩やかながら上昇を続けており、国際的に見てもOECD平均を上回っている。また、社会における所得分配の不平等さを測る指標であるジニ係数においても、日本は所得再分配前、所得再分配後のいずれもOECD平均をやや上回る水準にある。(厚生労働省「平成24年版厚生労働白書」より)

相互に価値を享受できるグローバル化に向けて

 人口減少が進む中、日本企業は新たな成長機会を求めて海外進出を加速させている。

 表1に示す通り、日本企業の対外直接投資残高は1995年の2590億ドルから2015年には1兆2590億ドルへと20年で約5倍に増加している。特にここ数年の伸びは著しい。また海外売上高比率も急速に上昇し、売上の半分以上を海外市場に依存する構造が定着しつつある。なお、本調査は所在地別セグメント情報を開示している企業に限られていることに留意する必要がある。

 海外に在留する日本人も増えている。外務省「海外在留邦人数調査統計」によると、1995年の73万人から2015年には132万人へと20年間で1.8倍にまで増加している。

 日本に在留する外国人も増加の一途を辿っている。法務省「在留外国人統計」によると、1995年の130万人が2015年には223万人に達している。うち留学は25万人である。

 政府は「日本再興戦略2016」の中で、外国人材の活用を課題に掲げ、高度外国人材の積極的な受入れ、外国人留学生や海外学生の本邦企業への就職支援強化、グローバル展開する本邦企業における外国人従業員の受け入れ促進などの方針を示している。その一方で、移民政策と誤解されないように慎重な姿勢も示している。

 グローバル化に対しては、格差拡大など負の側面も指摘されている。これらの問題を克服しつつ、各国・各国民が相互に価値を享受し得るための知恵や工夫が求められている。

大学こそ社会的課題の解決に純粋に向き合える

 これまで統計データを手掛かりに、進行しつつある社会の変化と現実を眺めてきた。

 一断面に過ぎないこれらの情報からだけでも、①将来に向けた人口減少への歯止め、②当面の人口減少と少子高齢化の下での経済成長、社会保障と財政の持続可能性、地域活力の維持・向上、③量的ポジションが低下する中での、我が国の国際社会におけるプレゼンスの確保、④労働生産性の向上とイノベーション、⑤貧困・格差の解消と誰もが希望が持てる社会、⑥グローバル化がもたらす問題の克服と相互に価値を享受し得る枠組みの構築、など重要なテーマが浮かびあがってくる。

 国、地方公共団体、企業・団体等は、これらを背景に日々持ちあがる問題に、錯綜する利害を調整し、時間を区切りながら、取り組んでいかなければならない。問題を多角的に検討し、長期的視点に立って解決策を導き出すためには、制約条件やノイズがあまりに多すぎる。

 そこに大学の存在価値がある。異なる専門分野の研究者が、様々な角度からそれぞれの分析枠組みを用いて、問題の構造を明らかにする。その上で、目先の利害や損得を超えて、長期的視点と客観的立場からあるべき姿を追求し、その結論を筋道立てて説明する。

 一つの大学内、地域の高等教育機関の協働、学会内または複数の学会の連携、大学や地域を超えた共同研究など、展開方法は様々であろう。一連のプロセスの中で、大学と実務の間の活発な対話が不可欠なことはいうまでもない。そして、その成果を政策や経営に取り入れるか否かは実務の側の問題である。

 これらの課題との格闘は、応用研究のみならず基礎研究をも発展させる契機となり得る。教育面においても、現実の問題を解決するために、根源的な問い掛け、多面的な見方、分析的手法、論理的思考が大切であることを学生に気づかせ、このような能力を磨く機会を提供することにもなる。

研究と教育を発展させる創造的な契機をくみとる

 とはいえ、実際に大学教員の関心を社会の変化や社会的課題の解決に向けることは容易ではない。

 そのためには、学長・副学長、学部長及び職員が、これまでにも増して社会の変化や社会的課題の解決に関心を寄せる必要がある。会議時間を半減させ、捻出した時間の一部を使って様々な分野の外部講師を招いて話を聞くことなど、決断次第で直ちに着手できることである。教員にも声をかけ、会議とは異なる率直なコミュニケーションの場を広げていくことが大切である。

 また、社会的課題の解決をテーマとする共同研究を奨励し、そのためのインセンティブを付与することも検討すべきであろう。

 大学は依然として内向きと言わざるを得ない。構成員の意識を内に向かわせるあらゆるシステムや慣習を見直し、組織全体を「外向き」に転換させることはトップマネジメントの役割である。

 1971年6月の中央教育審議会『今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について(答申)』(「四六答申」)第3章「高等教育の改革に関する基本構想」に以下の一文がある。


 このようなさまざまな要請を今日の高等教育全体の機能の中に生かすためには、複雑高度化した現代社会に対応する新しい制度的なくふうが必要である。とくに、学問研究の自由に対する保障は、あくまで人間理性の自由な活動から生まれる提言と批判を通じて大学が社会に貢献するための基本的条件である。しかし同時に、大学は、進んで歴史的・社会的な現実に直面し、そこから研究と教育を発展させる創造的な契機をくみとることができるような社会との新しい関係を作ることによって、その社会的な役割をじゅうぶんに果たすことに努めるべきであろう。(原文のまま)


 この20年間に社会は大きく変化した。これからの20年間、変化はさらに加速するだろう。それに翻弄されることなく、社会的課題の解決に積極的に関与することで、大学は存在価値と持続可能性を高めていかなければならない。



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


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