未来社会を創造する資質・能力と高大接続システム改革 (合田哲雄 文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長)

2050年の世界

 現在、10 年に一度の学習指導要領改訂の担当をしている(今年度中央教育審議会で答申がまとまれば、高校は 2022年度から完全実施の予定)。現在46歳の中堅世代で ある私は「ゆとりと充実」を標榜した1977 年改訂の学習 指導要領で育まれたことを考えると、改訂に当たっては、30~40年後の社会を構想することが求められると改めて実感している。 2050年には、わが国や世界はどんな姿をしているだろうか。目の前の子どもや若者はどんな社会を創造しているだろうか。そして、今、学校や大学には、どのような教育を行うことが求められているのだろうか。 1960 年代においては、高等専門学校制度の創設、工業高校や高校理数科の設置促進、理工系学生増募計画等、 工業化社会という未来社会のイメージに向けた明快なマンパワーポリシーが展開された。 しかし、それから半世紀経った今、このような教育政策は成立可能なのだろうか。

 経済産業省の「わが国企業の国際競争ポジションの定量的調査」にある通り、成熟社会・知識社会であるわが国の産業構造は予測する間も なく短い期間で大きく塗り替わる。先日、経済産業省の担当課長と未来の社会や産業構造と学校教育のあり方について議論する機会があった。共有できたのは、第四次産業革命・インダストリー4.0・ビッグデータ・人工知能・地方創生・ローカル経済と労働生産性といった未来社会を語るキーワードは、未来を具体的に予測するもの ではなく、「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創り出すことである」(アラン・ケイ)。だからこそ、これからの子ども達には、現在の社会で必要な知識の習得にとどまるのではなく、新しい社会構造を創り出す力が求め られていることであった。未来社会は、このような力を 育成する教育が社会をリードする時代と言えよう。

未来社会を創造する資質・能力

  我が国の子ども達が競争しながら共存しなければな らない相手は、異なる言語や文化・価値観の中で育まれている海外の子ども達だ。新しいアイデアや知識の創出で、世界と激しく競い合う研究者や起業家・企業人が求められるのはもちろんであるが、他方、わが国経済の伸びしろはローカル経済にこそある。ミドルスキルを身に付け、社会をしっかりと支える安定したボリューム ゾーンは、ローカル経済と公正な成熟社会の基盤であ る。効率か公正かといった単純な二元論を超えて考え抜き、年齢や文化・言語・意見の異なる他者と議論を重 ね、「納得解」を導き出す能力は、国際社会や国全体のガバナンスだけではなく、成熟した市民社会における地域への参画でも求められている。 他者の意見や考えなどをしっかりと理解・吟味し、自らの意見を論理的に構成したうえで表現し、また他者との熟議を重ねる。この一連の思考のサイクルをまわす ための資質・能力は、成熟社会を生きる一人ひとりに必要な、言わば「共通通貨」と言って良いだろう。

 その育成に各国がしのぎを削るなか、15 歳の子ども達の論理的思考力等を測るOECD(経済協力開発機構)のPISA(学習 到達度調査)2012年において、我が国は加盟国中トップ。 2008 年改訂の学習指導要領を踏まえ、「ゆとり」か「詰め 込み」かという不毛な二項対立を超えて、記録・要約・説 明・論述・討論といった言語活動を通して、知識を活用したり探究したりといった学習プロセスを重視しているわが国の義務教育のパフォーマンスは高いと言える。

進化する高校教育の最前線

 しかし、義務教育を卒えた子ども達は、高校・大学と学 び続けるなかで知的に伸びているだろうか。文部科学省の「高大接続システム改革会議」は、高校教育は、小・中 学校に比べ知識伝達型の授業にとどまる傾向があり、その背景として、①現状の大学入学者選抜では、知識の暗記・再生や暗記した解法パターンの適用の評価に偏りがちであること、②一部のAO 入試や推薦入試においては 「学力不問」と揶揄されるような状況も生じていること があると指摘している。

  ただ、この20年、一部の高校においては、教育の質的転換のための先駆的な取り組みが、地道にしかし確実に行われている。例えば、福岡県立城南高校の「ドリカムプ ラン」。高校入学時からステップごとに自分の進路や進学先について考え、悩みながら探究し、教師も「ドリカム顧問」として個々の生徒の探究に真正面から向き合って進学に対する動機を育む体系的な進路指導は、主体的・ 対話的な深い学び(アクティブラーニング)の先駆であ り、全国の高校のキャリア教育に大きな影響を与えた。 九州大学21 世紀プログラム入試等でも顕著な成果を上げた、ドリカムプランの立役者の和田美千代先生は現在、福岡県教育センター教育指導部長として福岡県の高 校教育改革をリードしている。

  荒瀬克己大谷大学教授の『奇跡と呼ばれた学校』(朝日新書)は、京都市立堀川高校の校長として同校に探究科を設置し、生徒自ら設定する人間探究から自然探究にわたる多様なテーマの探究活動を軸に、学校全体の学びを質 的に転換した経緯や成果が克明に綴られている。この堀川高校の探究活動のレベルを飛躍的に上げる一助となっ たのが、2002年にスタートしたスーパーサイエンスハイ スクール。指定された高校に対して文部科学省が手厚い支援を行い、大学や研究機関と連携しながら、高校という枠組みを超えた特色ある質の高い科学探究を展開しているスーパーサイエンスハイスクールはこの15年で236校を超えた。科学の甲子園や数学・科学オリンピックで活躍する生徒はもちろんのこと、卒業生たち(第1期生は既に30歳に達している)は国内外の大学や研究機関において研究者として勤務していたり、日本学術振興会の「育志 賞」受賞といった卓越した業績をあげたりしている。

 眼差しを高校時代から海外の大学や同世代の若者たちに向けた動きも始まっている。2014 年から指定が始まったスーパーグローバルハイスクールは、現在112 校に及んでおり、海外の大学や高校と連携した課題研究などが行われている。そのテーマは「イノベーション」「起 業」「国内外の農業問題」などと多彩だ。教育課程を国際的な枠組みを活用して再編成しようとする動きも盛んになっている。2015年から日本語でも教育が可能となっ た国際バカロレアのディプロマ・プログラムは、東京都 立国際高校や玉川学園高等部、沖縄尚学高校等、13 の高校が認定されている。 他方、義務教育の内容の習得が必ずしも十分ではない高校生に対して、基礎から徹底して指導し、着実に学力 を定着させている高校の取り組みも見逃してはならな い。千葉県立姉崎高校は、義務教育段階も含めた基礎学 力の定着と向上を図るため、学校設定科目「マルチベー シック」を導入し、ステップ方式の教材と学力診断カルテの活用により、生徒の達成感の向上や希望進路の実現 など大きな実績を上げた(白鳥秀幸同校元校長『「学び直 し」が学校を変える!』(日本標準ブックレット2015年12 月発行)参照)。東京都の「エンカレッジスクール」等、義 務教育の学び直しをしっかり行うことにより、生徒の資質・能力を引き出し、可能性を広げようとする取り組みは確実に広がっている。

 教育の質的転換を全国で広げるために

 これらの高校に共通しているのは、①大学入試など当座の目標のために必要な学力のみに焦点を当てるのではなく、目の前の生徒の実態を踏まえ、この子ども達が社会で知識を活かして働かせながら次代を担うために必要な資質・能力とは何かを明確にしていること、②このような資質・能力を育むために、各教科等の学びが「何のためか」を明らかにしつつ、学校種や教科の縦割りを超えた体系的な教育課程のもとで学校がチームとして 組織的に機能していること、である。このような質的転換を職人芸、個人芸やエピソードで終わらせるのではな く、全国の高校で行われることが求められている。高校教育・大学入試・大学教育の三位一体改革が必要不可欠 となっている所以である(図表1)。

  「何のため」の学びか 資質・能力を育む高校教育

 そのため、学習指導要領改訂においては、小・中・高校を通じ、各教科を「コンテンツ(知識)の缶詰」にとどめるのではなく、それぞれの教科等の本質に根ざしたものの見方や考え方を活用して「知っていること・できること をどう使い、どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」といった資質・能力を育む構造へと転換することとしている。 例えば、国語科では、テクスト・情報の理解から文章や発話による表現という往還の中で求められる思考力・判 断力・表現力の要素として、「情報を多角的に吟味し、構造化する力」「論理の吟味・構築(根拠・論拠・定義・前提 等)」「言葉によって感じたり想像したりする力」「感情や 想像を言葉にする力」「相手の心を想像する力」「新しい 問いを立てる等既に持っている考えの構造を転換する力」等を重視した指導を行うことが構想されている。

 地理歴史科では、世界史や日本史の枠組みを超えて近現代における歴史の転換を学ぶ「歴史総合」(仮称)を共通必 履修科目とし、近代化・大衆化・グローバル化といった歴史の転換について、「比較する」「事象を因果関係で捉える」「相互作用の視点で理解する」等、歴史的なものの見 方や考え方に基づいて追究することによって、歴史的な知識を概念として体系的に理解することとしている。 その際、教科書などで扱われている用語が膨大になって いることが学習上の課題となっていることを踏まえ、歴 史的なものの見方や考え方につながる重要な概念を中 心に、用語の重点化や構造化を図る重要性も指摘されて おり、この点は、「大学入学希望者学力評価テスト(仮 称)」の出題の仕方においても工夫される予定だ。理数教育については、スーパーサイエンスハイスクールにおける取り組み事例等も参考にしつつ、数学と理科の知識 や技能を総合的に活用して主体的な探究活動を行う選 択科目として「数理探究」(仮称)を新設すべく、その具体 的なあり方の検討が進んでいる。

  このように、学習指導要領においてそれぞれの学びが 「何のためか」を明確化するなかで、必要な知識の習得が 十分ではない場合は学校種を超えて学び直しをしたり、 習得した知識を教科固有の文脈を離れ、具体的な課題の解決のために教科等を超えて活用し探究したりといっ た学習活動の充実を通して、高校教育の質的転換を図ることとしている。

でも、出口が変わらなければ… 2つの「テスト」のインパクト

 いくら高校学習指導要領を改善しても、大学入試などの出口が変わらなければ、高校教育は変わらない。だからこそ学習指導要領改訂の議論や方向性と歩調を合わせながら制度設計がなされているのが、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」と「大学入学希望者学力評価テスト(仮 称)」である。 工業高校や商業高校等の校長会は、「ジュニアマイス ター」(工業高校)や「簿記実務検定」(商業高校)等、生徒が どの程度力をつけたかを測る仕組みを確立している。

 主として普通科高校は質の保障を大学入試のみに依存してきた結果、学びへのインセンティブを失っている生徒が少なくない現状を踏まえ、義務教育段階の学習内容も含めた基礎学力の確実な習得と、それによる生徒の学 習意欲を喚起するために、高校の共通必履修科目について、CBT 方式、相対評価ではなく一人ひとりの基礎学力の定着度合いを段階で表示というイメージで構想されているのが「高等学校基礎学力テスト(仮称)」である。 姉崎高校の「マルチベーシック」のような取り組みが大 いに後押しされることが期待される。

 他方、選抜性が一定水準以上の大学の入試が、知識の 暗記・再生や暗記した解法パターンの適用の評価に偏り がちと指摘されて久しい。初等中等教育において、習得・ 活用・探究という学習プロセスの中で言語活動が重視されていることを踏まえ、「大学入学希望者学力評価テス ト(仮称)」は、主体性を持って多様な人々と協働するという大目標のために、問題を発見し、その解決策をまと め、実行するために必要な諸能力(図表2)を重視すると ともに、記述式問題を導入することとしている(図表3)。 同テストにおいて、5 つの選択肢の中から必ず「正解」が あることを前提にした知識の習得だけではなく、テクス トに表された「情報間の関係性」を理解し、統合・情報化 して新しい考えをまとめ、表現することが求められることは、学習指導要領改訂と相俟って、高校教育の質的転換へのインパクトが非常に大きい。 この2 つのテストの制度設計と学習指導要領改訂に共通しているのは、子ども達の未来社会を創造する資質・ 能力を、初等中等教育から高等教育を通じて一貫して育むという基本構想である。

次に問われるのは、大学教育

 ならば、次に求められるのは、初等中等教育が育んだ 学生の資質・能力を大学が4 ~6 年かけてどこまで伸ばすかであろう。教授の個人芸にとどまらず、組織として 横串の通ったカリキュラムを提供している大学はどこ か、どの大学に研究上のエッジがあるのか、これらの特長を引き出すべく、逃げずにマネジメントに取り組むための緊張感あるガバナンスを確立している大学はどこか。

 高校はもう大学入試を理由に教育の質的転換を怠ることはできない。大学も高校教育の質を言い訳にせず、学生の未来社会を創造する資質・能力を、入学から卒業までの間に確実に育むことが求められている。

(カレッジマネジメント Vol.198 May-Jun.2016)