プロフェッショナルが活躍できるダイバーシティ型経営へ(大久保幸男)

 会社の一員であることを重視する、画一的な「メンバーシップ型」企業から、高い専門性を持つ個性的な人材が活躍できる「プロフェッショナル型」企業へ──。日本企業の転換を説く、リクルートワークス研究所の大久保幸夫所長に、そうした転換が今求められる理由、プロフェッショナル化を前提とした場合の働き方の変化などについて聞いた。(聞き手/本誌編集長小林浩)

日本的なメンバーシップ型企業は社内にプロフェッショナルを生み出しにくい組織構造にある

日本企業の人事システムの特徴として「メンバーシップ型」という言葉を聞きます。これはどんな特徴を持っているのでしょうか。

 「メンバーシップ型」「ジョブ型」という対比は、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎さんが使い出した言葉です。

 仕事をきちんと決めておいてそれに人をあてはめる、欧米諸国の企業に多く見られる「ジョブ型」に対し、日本企業の特徴は人を中心に管理し、人と仕事の結びつきはできるだけ自由に変えられるようにしておく。どの仕事を担っているかよりも、社員としてわが社のメンバーであるか否かを重視するため、「メンバーシップ型」と呼ぶのです。

 従来型の日本企業に多いメンバーシップ型企業では、一定レベルの基礎力がある学生を新卒で一括採用します。

 その上で、それまでに身につけてきた知識や個性、価値観を一旦ゼロリセットし、会社独自の価値観や文化を学ばせる。その会社の人間として一から育てるわけです。

 人材育成ではゼネラリストの育成を目指します。いくつかの部署を人事異動でローテーションし、会社の業務全般への理解を深めさせる。そうしてより広い範囲について判断や意思決定ができるように育てていくのです。係長より課長、課長より部長というように、より広い範囲で判断と意思決定ができる人材が、社内的地位も待遇も上がっていきます。一方である特定の領域で専門性を高め、その領域では社外でも評価されるようなプロフェッショナル人材も社内に存在することがありますが、メンバーシップ型企業ではプロフェッショナル人材の社内的地位や待遇がゼネラリスト人材を超えることはありません。つまり社員が合理的に判断すれば、ゼネラリスト人材として昇進を目指したほうが得だということになる。日本的なメンバーシップ型企業は、社内にプロフェッショナルを生みだしにくい組織構造だといえます。

大久保さんは、日本企業は従来の「メンバーシップ型」からプロフェッショナル人材を活用できる「プロフェッショナル型」へ移行すべきだと説いています。まずお聞きしたいのですが、大久保さんのいうプロフェッショナル人材とは、どんな人材をイメージしているのでしょうか。

 分りやすいプロフェッショナルというと、弁護士や公認会計士、税理士等資格の必要な士業の方を思い浮かべるかもしれません。ですが私の言うプロフェッショナル人材は、資格が必要な職業に限定されません。企業の中には経営、人事、財務、研究開発、生産管理、マーケティング、営業等様々な領域がありますが、現在はそれぞれの領域が専門性を高め、求められる知識やスキルも高度化しています。ある特定の領域で専門性を高め、その領域では社外の評価も得ており、経営者でさえ一目置くような人や、そうした境地を目指す人達がプロフェッショナル人材といえます。

 現実の日本企業では、特定の仕事で専門性を高め、ある領域のプロフェッショナルを目指している人材は一定数存在しますが、多くの日本企業では、彼らもメンバーシップ型で処遇されています。本人はある領域で専門性を高めようとしているのに、それはあまり評価されず、ゼネラリストとしてどれだけ広い範囲で判断や意思決定ができるかで評価されてしまう。これはあまり合理的な処遇とはいえません。

 本来プロフェッショナルは、ある仕事について契約を結び、仕事の生産性や成果で評価されることを望みます。そのほうが本人の成長を期待できるし、会社としてもより高いパフォーマンスを期待できます。それなのにメンバーシップ型人材と同じ扱いをしていたのでは、本人にはスキルを高めようという動機づけも起こらないし、会社からの期待も分りにくくなる。事業の遂行に高い専門性が求められる中、そんな状態で、果たして国際競争を勝ち抜けるのでしょうか。

専門性を処遇する制度としては、複線型人事というものがかつてありましたね。

 複線型と呼ばれる人事制度は1980年代から導入されていましたが、これは管理職にならない人材に専門職という地位をあてがっただけのものでした。結局ゼネラリストを上位に置く社内ヒエラルキーに組み込まれ、「専門職よりも組織長のほうが偉い」という運用になってしまった。2000年代に入ると、社内のプロフェッショナル人材を定義したり、階層を作って段階ごとの育成プログラムを整備したり、しっかりプロフェッショナル人材を育てようという企業がようやく出てきました。

専門性をイメージする働き方として、プロフェッショナルのほかにスペシャリストという言葉もあります。違いはなんでしょうか。

 スペシャリストは語源をさかのぼると、仕事のある一部分だけを担当するという意味合いがあります。部分的に担当した仕事について正確さや効率をアップしていくだけで事足りる世界です。一方、プロフェッショナルの仕事は一部分だけということはあり得ません。

 プロフェッショナルは人の数だけ仕事があると言われ、個性化することでレベルを上げていく。プロフェッショナルとスペシャリストは、分けて考えるべきです。

 ITの世界で言えば、プログラマー等でITスペシャリストと呼べる人材がいます。スペシャリストとして経験を積み、そのスキルを生かして、システム全体のコンセプトから構想するようになれば、これはもうプロフェッショナルです。営業職で言えば、顧客からなるべく多数の注文を取り、数で仕事を評価されている間はスペシャリストです。これがレベルアップしてくると、単に顧客の要望通りにソリューションを提供するだけではなくなってくる。顧客の想像を超えた提案で感動させよう、顧客の気づいていない課題まで提示しようと考えるようになると、顧客は「またあの人に担当してほしい」と、その営業担当にロイヤリティを感じるようになる。こうなるとプロフェッショナルの領域でしょう。

中長期の競争力構築、健全性確保の観点からも「プロフェッショナル型」企業の移行は重要

日本企業には、なぜプロフェッショナル人材を活用できる「プロフェッショナル型」企業への移行が求められるのでしょうか。

 いくつかの観点でその必要性は説明できます。第1に挙げられるのは、中長期的な競争力構築の観点です。経営者が短期的視点を重視し、今期の利益を追い求めてばかりという状況では、プロフェッショナルの活用には目がいきません。企業がある程度の規模に拡大し、上場などで公共性が高まってくると、短期的利益ばかりを追い求めるわけにはいかなくなる。経営者と従業員だけでなく、顧客や取引先、さらには一般社会へと多くのステークホルダーがかかわるようになり、経営には戦略性や持続性が求められるようになります。中長期的に、自分たちはどこに向かっていくのか。どんな価値を提供することで社会に貢献するのか。そうしたビジョンを練り上げ、実行していくには、様々なプロフェッショナル人材の専門性が欠かせませんし、それらが実現して初めて、中長期的な競争力は構築できます。

 第2の観点は組織の健全性担保という観点です。従来のメンバーシップ型企業では、社員は会社と仕事で言えば、会社へのロイヤリティが高かった。会社のメンバーであることがまず重要だったからです。だから「会社のために」と悪事に手を染めたり、不祥事に目をつぶったりといった「会社人間」が生まれてしまいます。

 ところがプロフェッショナル人材は、会社よりも仕事へのロイヤリティが高いため、職業倫理に反するような不祥事は起こしにくい。またプロフェッショナル人材は、一緒に働く人に愛着を持っていることも特徴に挙げられます。パワハラをしたり長時間労働を強いたりしないので、職場がブラック化しません。経営者が倫理観を持つことはもちろん重要ですが、プロフェッショナル人材を認めて活用することで、組織全体の健全性が保たれるのです。

 第3の観点は、個人のキャリアのために必要だというものです。企業をとりまく環境変化のスピードが速まり、一度構築した競争優位性の賞味期限切れが速まっています。

 新卒で入った会社が定年まで健全で雇用を維持できるかどうかは、誰にも分かりません。一方で高齢化が進み、個人のキャリアはどんどん期間が長くなっています。会社の寿命は短くなり、個人のキャリアは長くなるなか、社外に出ても通用するような専門性を身につけることは、個々人が充実したキャリアを築くためにも重要になってきています。

社員一人ひとりの個性を生かす、ダイバーシティ型経営が必要だといわれています。そのことと「プロフェッショナル型」企業の間には、どんな関係があるのでしょうか。

 メンバーシップ型の企業は、中途採用より新卒中心で、採用後の職種も限定しないという特徴を持っています。ところが近年、無理に会社の画一的な価値観を押し付けるのではなく、個々の社員の得意領域や違った価値観を生かしたまま、人を育てようという企業が増えてきています。

 前者の企業では、育成は会社に入れてから進めるため、学校で学んだことは気にしないし、期待もしません。一方後者の企業では社員の個性に注目するため、学校で学んだことや育った環境を重視します。また前者に比べて新卒採用にも拘わりませんし、それぞれの個性を生かせる仕事を任せようと、職種もある程度想定して採用します。こうした特徴を持つ企業は、「ダイバーシティ型」と呼べるでしょう。ところでプロフェッショナル人材は、先ほど「人の数だけ仕事がある」と述べたように、元来個性的なものです。また培った専門性を買って採用しようとすれば、自ずと中途採用が中心となる。「ダイバーシティ型」の企業は自ずと「プロフェッショナル型」にも通じるわけです。

一つの専門性を極めてプロフェッショナルになるには、約10年の歳月が必要だといわれています。環境変化のスピードが速まるなか、10年の間に身につけようとした専門性が不要になったり陳腐化したりという心配はないのでしょうか。

 確かに、「蒸気機関が発達して馬車づくりの技能を生かせる場が減った」というように、時間をかけて身につけた専門性の社会的なニーズが低下することがあり、そうしたキャリアを歩むことへの代表的な批判でした。ところが現在はITやAI(人工知能)の発展により、「一つの専門性のプロフェッショナルになるには、最低10年かかる」という前提が変化してきています。徒弟制で、親方の仕事を見よう見まねで覚えるという方法では10年かかっていたものが、Eラーニングの活用やAIに集積したナレッジからの学習といった方法を採り入れることで、以前はプロフェッショナルには10年といっていたのが、5年、3年、2年と短くなってきています。このように専門性を身につける期間が短くなると、仮に最初に学んだ職業分野が衰退しても、別の分野の再学習が可能になってきます。新たな専門性を2、3年で身につけられるなら、その後10年、20年と働くことで投資回収は十分可能になります。

専門性を身につけるために必要な期間が短くなることは、プロフェッショナルのあり方にも影響を与えるのでしょうか。

 ずっと一つの分野を極め、その道のエキスパートになる。これが伝統的なプロフェッショナルのあり方でしょう。ですが、専門性を学べる期間が短くなることで、「最初に身につけた専門性に、関連する別の専門性を身につける」「最初に身につけた専門性とは、全く違う分野に挑戦する」といったパターンも可能になります。一つの分野を極めた後に企業経営の専門性を身につけてビジネスリーダーになる道や、複数の専門性を身につけてプロデューサーになる道も広がってきます。

 まずは一つの専門性を極めて高い業績を挙げ、他者から評価を受けられるようになれば、キャリアの展望は広がります。「外国語を学ぶと、もうひとつ外国語をマスターするのはより容易になる」というのと同じように、一つの専門性を極めた人は、別の専門性をより効率的に極めることが可能になります。「まずはどれか一つの分野でプロフェッショナルを目指す」ことは、その後どんなキャリアを選ぶにしても、不利にはならないのです。

プロフェッショナルが活躍する社会で幸せなキャリアを実現するために、若者はどんな能力を身につけるべきでしょうか。

 学習するスキルが大切だと考えます。学生時代、誰かの押し付けではなく自発的に何かについて知りたい、学びたいと思う。それを勉強して、自分のものにしていくスキルです。若いうちに学習するスキルを身につけておけば、あとはいかに世の中が変化しても、状況に応じて必要な学習を続けていく。そうすることで持続的なキャリアの構築が可能になります。

(まとめ/五嶋正風 撮影/冨永智子)

【PROFILE】
大久保 幸夫(リクルートワークス研究所 所長)
1983年株式会社リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)入社。1999年にリクルートワークス研究所を立ち上げ、所長に就任。2010年〜2012年内閣府参与を兼任。2011年専門役員就任。現在、労働政策審議会職業能力開発分科会委員(厚労省)等を務める。著書に『会社を強くする人材育成戦略』、『マネジャーのための人材育成スキル』、『キャリアデザイン入門 I・II』(以上、日経文庫)、『日本の雇用―ほんとうは何が問題なのか』(講談社現代新書)等多数。