質保証と経営戦略の総合マネジメントで改革を推進/関西学院大学

関西学院大学キャンパス


 認証評価の第3サイクルでは、内部質保証が重点評価項目とされ、各大学は自律的な質保証体制の構築と実質化が求められている。他方、大学経営の観点からは、2018年以降の18歳人口のさらなる減少等により競争環境が激化することを見据え、経営と教学をどのように関連づけ、実効性のあるマネジメント体制のなかで、教育研究を活性化し、学生の学習成果を高めていく取り組みを実現できるかが重要になっている。

 関西学院はマネジメントを総合的・統括的に実現するために2016年に総合企画部を新設するとともに、マネジメントを担う各分野の目的・目標の進捗や達成度を示し、PDCAの可視化を図るKPIダッシュボードの開発に取り組むことで、大学マネジメント全体を俯瞰し、モニタリングする体制の構築を進めようとしている。11学部14研究科を擁する大学・大学院のみでなく、幼稚園から短期大学まで9つの学校を運営する関西学院の取り組みは、総合大学において内部質保証の実質化を進めている具体例となるだろう。

村田 治 学長

総合的マネジメント体制のための2つの改革と「Kwansei Grand Challenge 2039」

 認証評価が第2サイクルへ入る頃、関西学院大学では、学内で自己点検・評価の仕組みを確立しつつも、その目標体系と大学独自の中期計画が併存する中で、それぞれのPDCAを統合することを課題としていた(本誌172号、2012年1月)。このことについて、村田 治学長は、「関西学院大学の仕組みは、5年前と比べて格段に進化した。第2期の認証評価はPDCAがあるかどうかを問うものであったが、第3期では内部質保証の実効性が問われる。効果的に内部質保証をまわすためにはそのための仕組みが重要となる。関西学院は2012年から2つの点で大きく変わった。1つは、法人の役職と大学の役職の『たすきがけ』であり、もう1つは、『総合企画部』を2016年に立ち上げたことである。現在、総合企画部を中心に、創立150周年の2039年に向けた超長期ビジョンを含めた、経営戦略を作成中である」と話す。

 法人の役職と大学の役職の「たすきがけ」とは、2013年以降に関西学院が取り入れた、経営(法人)と教学(大学)の新たな関係である。大学の学長が法人の副理事長となり、学長が任命した副学長が法人の常任理事、理事長の任命した常任理事が副学長となることで、経営と教学を一体的に運営する仕組みである。村田学長は、「2015年に学校教育法が改正され、学長と教授会の権限が整理された。しかし、ガバナンスやマネジメントで最も重要なことは経営と教学の関係である。経営と教学のPDCAサイクルは連動することが前提となる。これによって、ヒト・モノ・カネ・情報の資源を一体的に運営することができる」とこの仕組みの意味を説明する。この仕組みの背景には、以前は、大学のPDCAサイクルは教学のみであり、法人による経営と分離していたことがある。「たすきがけ」によって、学長が副理事長として法人全体の経営にも関わりながら、大学運営を進めることができるようになった。関西学院には、9つの学校があり、常に大学の意向が優先されてきたわけではない。そのため、大学と法人で意見が分かれるような場合、大学側は法人にお願いすることでしか経営的事項を進めることができなかった。しかし、関西学院全体を見るとき、学生の9割は大学に在籍しており、どのように選択と集中を行うかは戦略的な経営判断が必要となる。「たすきがけ」によるガバナンス改革により、大学と法人が一枚岩となり、一貫性を持った意思決定を行う仕組みが整い、経営と教学のPDCAサイクルが統合されたのである。

 2016年に創設された「総合企画部」は、副理事長のもとで、法人の経営計画、大学の教学計画、大学を除く各学校の計画、グローバル化推進、認証評価・学校評価・自己点検・評価、認可申請を担当する組織であり、大学の学長室と執務空間を共有することで連携し、法人と大学のマネジメントを一体的に推進していくことを役割としている。「たすきがけ」体制のなかで、総合企画部を学長である副理事長が統括することで、経営と教学のPDCAサイクルのPlanとCheckを統合的に運用する体制が整備されたのである。この総合企画部の創設の背景には、総合大学として各学部・研究科や財務・施設・学生支援など各担当部署の専門分化が進み、組織全体としてのマネジメントが強くなかったことがある。そこで、総合企画部を創設することで、学長を中心とするマネジメント体制が作られた。18名の職員(うち専任職員11名)が、総合企画部で学長を支えている。

図表1 次期将来構想・中期計画の全体像

 そして、現在、総合企画部を中心に、創立150周年となる2039年を見据えた「超長期ビジョン」と10年間の「長期戦略」から成る「Kwansei Grand Challenge 2039」の策定が進められている。関西学院では、このビジョン・戦略を実現するための「教学計画」と、経営資源の「基盤計画」(人事、財務、建設、情報化)を合わせた「中期総合経営計画」に基づいたマネジメント体制を整備していく(図表1)。これまでは、5年間の中期計画を策定してきたが、2014年に文科省のスーパーグローバル大学創成支援事業(以下、SGU)に採択されたことを踏まえ、マネジメント体制と教育改革の仕組みを整理し、新たな経営計画の策定を進めることとした。「SGUは、大学全体の改革プランであり、多岐にわたり影響する。それを含めた計画を策定している」と村田学長は位置づけている。そして、超長期ビジョンでは、OECDによる「Education 2030」や文部科学省の諸政策の動向を念頭に置きながら、AIの発展の影響、18歳人口の減少、関西経済の動向など社会と世界の未来予測を独自に行い、そのなかに関西学院のあるべき姿を描くものとして構想しているという。20年を超える期間を対象とする経営計画は他大学にも例がなく、独自の未来予測のなかで、関西学院の社会的意義を位置づけることは挑戦的な取り組みとなる。そして、超長期ビジョンをもとに長期戦略を設定し、経営上の基盤計画を策定した上で、3年間の教学計画を進めていくことで、内部質保証を運用していく。同時に基盤計画、教学計画は1年間ずつ検証しながら実行していくことで、内部質保証を実質化していく構造である。内部質保証を、超長期ビジョンと長期戦略のなかに位置づけ、ヒト・モノ・カネ・情報のあり方を含めることで実効性をもたせることが意図されているのである。

KPIダッシュボードによる重要指標の可視化

 このようなマネジメント体制の改革とともに、関西学院大学が内部質保証の具体化のために独自に進めてきたことが、ラーニングアウトカムの検討と、その検証システムとしての「KPIダッシュボードKGモデル」(以下、KPIダッシュボード)の開発である(図表2)。KPI ダッシュボードとは、大学運営のための戦略的重要指標をKey Performance Indicator(KPI)として設定して一覧化することで、大学の現状と課題を把握する独自の仕組みである。大学マネジメントにおける主要分野を対象に、目的・目標の進捗や達成度を測るために設定したKPIを指標項目とし、各項目を指標データとして示し、その指標データの経年変化や他大学との比較、目標値との差をグラフ化することで大学マネジメントの全体像を俯瞰し、モニタリングするツールとなる。自動車や航空機が運転席正面にある計器盤(ダッシュボード)をもとに適切に操縦されるように、大学が適切にマネジメントされるために必要な指標を一覧化し、理事会や大学執行部が経営指標となる情報を共有することで全体状況を俯瞰的に把握し、目的・目標への到達を目指すことが意図されている。

図表2 KPI ダッシュボード KG モデル

 それでは、大学におけるKPIはどのように設定されているのだろうか。このことについて村田学長は、「まだ研究段階で最終的な個々のKPIの項目は検討中であるが、KPIの最上位の指標は既に決まっている。関西学院では、大学教育の質保証のみでなく、学生の質の保証を重視する。到達レベルの高い学生を育てることを重視し、社会からの評価として就職率、就職・進路決定率、内定企業への満足度、卒業後のOB・OGの活躍度等を最上位のKPIとし、それをアウトカムの指標として内部質保証を進めていく。この指標は、スクールモットーである“Mastery for Service”に基づいている」と明確に説明する。「奉仕のための練達」と訳される関西学院のスクールモットーは、「隣人・社会・世界に仕えるため、自らを鍛えるという関学人のあり方を示すもの」で、事業を通じた社会への貢献を理想としたプロテスタントの精神が背景にある。ここから、ビジネスパーソンを養成することや、就職について学生の満足度が高いことは、大学の建学の理念(キリスト教主義に基づく全人教育)に繋がるものと位置付けられているのである。また、学生が単に就職するだけではなく、卒業後に、真に豊かな人生を送るための幸福のあり方を含めて考えていくことも想定されている。卒業生が目標を持って生きていく中で、社会、コミュニティーを発展させることを教育の成果として位置づけていくことに取り組んでいくことで、教育の成果や効果のあり方の枠組みを変えていくことも視野に入れているという。

 このようなKPIダッシュボードは、5年前から進めてきた野村證券との共同研究によって形成された。村田学長が同大高等教育推進センター長であった2013年にスタートし、教職協働の研究チームで、アメリカの大学への訪問調査など先進事例を調査した成果に基づいたものである。この研究は、KPIダッシュボードの開発が目的にあったのではなく、PDCAを実現するために先進事例を調査する中で、米国の多くの大学が戦略的にマネジメントに用いているダッシュボードに注目し、大学としての成果を考えるツールとして2016年に独自にKGモデル(関西学院モデル)として作成した。KGモデルの特徴は、KPIをPCの画面上で全てが見えるように並べることで一覧性を持たせることと、項目が多すぎて情報過多になることを防ぐために指標項目を40項目以内に絞り込んでいることにある。建学の精神に基づいて最上位の指標が明確にあることにより、個々の指標の構造化が図られることも、KGモデルとして重要な特徴である。

 各KPIがどのような状況にあり、相互にどのように関連しているのかを検証するためには、IRとして、どのような学生が入学し、大学でどのような学習を経由して、どのように就職し、卒業後にどのように活躍しているかの分析・検証が必要となる。そこで、IRの一環として、学生調査や卒業生調査が実施されている。卒業生調査では、「スクールモットーを心がけているかどうか」を尋ねることで、建学の精神の浸透度を確認している。年齢層が高いほどその肯定率が高い傾向にあるという。

自己点検・評価による内部質保証の実質化

 学長によるマネジメント体制の整備とともに、自己点検・評価の進め方にも改革が行われてきた。2014年までは大学基準協会の認証評価の項目に沿って各部署の自己点検・評価を行っていた。しかし、内部質保証を実質化する観点から、2015年からは、大学と学部・研究科の理念、目的、教育研究目標、方針等を構造的に整理し、それに基づいて目標と行動計画を策定し、その到達度を自己点検・評価する方法に変更した。学部・研究科等の目標と行動計画は、整理された構造から導き出されることで、大学の目標との間に整合性が保たれている。そして、年度末に2回、機構・センターの長等を含む大学執行部と学部長、研究科長と各組織の自己評価委員長、事務の責任者など80数名が一堂に会し、各部局の目標、重点施策の進捗状況と課題を報告し、意見交換する「内部質保証検討会」を開催し、全学で目標の達成状況や課題について共通の認識を持つことで内部質保証の実効性を持たせている。この内部質保証検討会では、質疑応答が活発になされ、各部局の取り組みを全学で共有する機会となっている。そして、自己点検・評価の結果は、ウェブサイトで公開している。

 このように関西学院大学では、内部質保証のための自己点検・評価の仕組みを再整備したのである。そして、次のステップは、中期総合経営計画と自己点検・評価をどのように組み合わせるかであるという。自己点検・評価で発見された問題点とその解決策を中期総合経営計画に組み込んでいき、改善のための予算と組み合わせることが、次のあり方とされている。そして、「学内コミュニケーションとして、長期戦略の中間報告案をもとに今夏、全学説明会を行う予定である。常に、透明性と公開性を重視している」と村田学長は話す。トップマネジメントのリーダーシップで進めていくだけでなく、組織全体が目標を共有することにも配慮している。

 関西学院では、過去5年間で、総合的マネジメント体制として、法人と大学の関係を再構築し、学長を中心としたマネジメント組織を確立した。その上で、超長期ビジョン・長期戦略・中期総合経営計画による構造的なPDCAサイクルを構想するとともに、その具体的なツールとしてKPIダッシュボードの開発を進めた。さらに、自己点検・評価を通じた大学執行部と部局の内部質保証の実質化を進めてきた。今後は、ビジョン・戦略・計画とKPIダッシュボードを用いてどのような実質化がなされていくかが注視される。これらの取組は、独自の調査研究の蓄積とオリジナリティに基づくものであるが、建学の理念を前提に、学長がリーダーシップを発揮する体制とともに、各部局が自律的に内部質保証を進めていくボトムアップの積み重ねを構造的に組み入れることの重要性は、各大学にも共有されるものだろう。

(白川優治 千葉大学国際教養学部 准教授)



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