学修成果(能力と行動)の可視化を柱に人材育成/山口大学

山口大学キャンパス


岡 正朗 学長

 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL( 課題解決型学習・ProblemBased Learning)・アクティブラーニングといった座学にとどまらない教授法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあるといえるだろう。

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索する中、様々な取組事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、創基200周年の2015年に「明日の山口大学ビジョン2015」を打ち出し、新学部開設や改組にも積極的に取り組む山口大学で、岡 正朗学長にお話をうかがった。

長州藩の私塾「山口講堂」が起源

 山口大学は、1815年に長州藩士・上田鳳陽が山口市内に開いた私塾「山口講堂」に始まる。山口県=長州藩が明治維新胎動の地などの歴史を背負う中で、山口大学も国立大学に生まれ変わり、発展してきた。卒業生でもある岡 正朗学長は、「非常に歴史のある大学で、それを誇りに思っています」と言い、創基200周年の2015年に発表した「明日の山口大学ビジョン2015」について説明する。

 「グローバル化、第4次産業革命、ソサエティ5.0の中では多様性のある人材の育成が非常に重要ではないかということで、留学生とか地域の人々とか、分け隔てなく受け入れ、多様性を容認するダイバーシティ・キャンパスを目指すことを、明確に書いているのです」

 その一方で岡学長は「我々の大学は地方創生に貢献しないと存在価値がない」とも言う。「世界」「地域」という2つの大きな課題の両立を象徴するのが、2015年度開設の国際総合科学部のカリキュラムだ。2年生秋から3年生夏までの1年間は海外留学するが、4年生の1年間は地域でプロジェクト型課題解決演習を行う。

地域のリーダーを育てるYFL育成プログラム

 山口大学のキャリア教育の根底には「社会に必要な人材を育成していく」という方針がある。「どういう能力を持つ人材が世の中で必要なのか、我々はそれに応えていかなきゃいけないと思っています。何でも変えるわけではないけれども、今の時代に全く合わない人材では良くない」。

 今の時代に必要な力として山口大学が取り入れたのが、例えば「知的財産教育」「アントレプレナー教育」だ。「知財教育」は、2013年度から全学部の1年生2000人全員に必修化した。2015年7月には全国の大学の「教育関係共同利用拠点」になっている。「アントレプレナー教育」の例としては、2016年度の大学院再編で、理学部、工学部、農学部の大学院を創成科学研究科の1研究科とした際、学部から博士前期課程の6年一貫教育に、ベンチャー教育、起業マインドの醸成を取り入れたことが挙げられる。

 社会からの要請としてもう一つ、地域の国立大学に必須なのが、地元就職の増加だ。山口県は中国地区の県の中で最も若者の流出が多い県であり、特に女性の流出が深刻だという。県内12高等教育機関、地方自治体、企業等によるCOC+事業「やまぐち未来創生人材育成・定着促進事業」では、2014年度(2015年3月卒)の卒業生の県内就職率が33.07%のところ、2019年度には43.16%へと、5年で10ポイント増加させるのを事業目標の一つとしている。

 そのためのプログラムが、やまぐち未来創生リーダー(Yamaguchi FrontierLeader: YFL)育成プログラムだ。1年次では「山口と世界(やまぐちの歴史・文化を学ぶ)」「やまぐちの行政・経済を学ぶ」の「山口学」ともいうべき科目等で、山口県のことを学ぶ。2年次では他大学の学生と一緒に地域に出てフィールドワークを行い、協働力やイノベーション創出力等を養う。3年次では長期の課題解決型インターンシップだ。

 YFL育成プログラムは「地域が求める6つの力」を育成することを明確にしている。「1 やまぐちスピリット」「2グローカルマインド」「3 イノベーション創出力」「4 協働力」「5 課題発見・解決力」「6 挑戦・実践力」の6項目は、「山口県の企業さんに、『どういう人材が欲しいですか』というアンケート調査をしてまとめたもの」という。「今までは大学主導で作っていたカリキュラムを、企業の希望を主導にして作った。ご希望のプログラムで育てた人材ですので、これは我々も企業さんにすごく強くアピールできます」。

 このプログラムを修了した学生は、COC+参加の12高等教育機関共通で「YFL」と認定される。さらに、学びや活動の記録をする「YFLパスポート」によって、学生の質保証を行うという。「就職する際にも、YFLパスポートを見れば、その学生の質がきちんと保証されているかどうかが、企業にも分かるようになっています」。

山口大学・学士課程教育の質保証体系

YU CoB CuSで学習成果を可視化

 ではこの6つの力を各学生がどれだけ持っているかを、どのように測定・評価するのか。ここで登場するのが山口大学独自のシステムであるYU CoBCuS(山口大学能力基盤型カリキュラムシステム: Yamaguchi University Competency-Based Curricular System)だ。

 「アクティブラーニング等山口大学独自の授業で身に付く能力と、行動力の種類を可視化するシステムで、全学で導入しようとしています」。授業科目ごとに、どのような能力が修得できるかが設定されており、その達成度で評価が行われる。YFLの科目であれば6つの力をそれぞれどの程度身に付けたかが、レーダーチャートで可視化される。

 YU CoB CuS は、2014年度の文部科学省「大学教育再生加速プログラム」テーマII「学修成果の可視化」の取り組みから生まれ、その後、2015年度のCOC+採択を受けて、YFLの科目に適用している。

 学修成果をレーダーチャートで可視化することによって、学生は自分のどこが足りないかを把握しやすくなる。また教員も、ある能力が目標通りに身に付いていない学生が多かったら、講義のやり方を少し変えるべきかもしれない、と振り返ることができる。学生と教員の両方に役に立つことが重要だという。

 また、ディプロマポリシー(卒業時に修得しているべき能力の設定)とYUCoB CuSとを関連付ける試みも始まっている。「国際総合科学部では従来の取得単位に加えて、YU CoB CuSの評価でディプロマポリシーの基準スコアをクリアすることを卒業要件に入れています」。

 YU CoB CuSの導入は全学部で行うが、卒業要件にまで適用するのは今のところ国際総合科学部1学部のみだ。

 「新しい学部から導入を進めています。新しい学部を作るのはエネルギーも要りますし、そこの先生方も大変だと思いますけども、『グローバルな人材を育成する』『地域に対する貢献を明確にする』という2つの方向性へのエンジンになると考えています。大学が全体として目指すべき方向に非常に近い新学部ができたので、これを契機として全学を改革していきたいという気持ちが強いですね」。

課題は変化への対応力をいかに高めるか

 改革にあたっての困難な点として岡学長は、変化それ自体への抵抗感を指摘する。例を挙げれば、地元就職を積極的に増やそうとする方針への抵抗だ。

 「地元就職を増やすなんて、大学の勝手じゃないかとの声もあります。そうではなくて、山口県がどんな県かを知ってもらって、地元のいい企業を紹介して、あとは学生が選べばいいということなのです」。岡学長がそう言う背景には、学生が山口県の企業をほとんど知らないという現実がある。瀬戸内海の工業地帯につながる山口県には、中小企業のカテゴリーではあるが売上が年間100億円以上という企業が約80社ある。ところが、3分の1の学生が山口県内の企業を1つも知らないし、91%が5社以下しか知らないのだという。YFL育成プログラムの「山口学」が必要な所以だ。

 また、「国立大学の気分が抜けない」ことも障壁になるという。「自分の好きな研究だけ自由にやっていればいい」というような意識が残っているというのだ。それに対して岡学長は、もっと「学生に寄り添う大学になるべきではないか」と言う。

 「『学生ファースト』とまで言うのはややためらわれますが、学生が我々にとって一番大切なものです。いい人材を世の中に出していくというミッションがなかったら、大学でなく研究所でいい。教育と研究がマッチングすることで新しいものがさらに出てくるのが大学であって、若者を育成しながら自分も成長していける。その喜びを感じることができるというのが、研究所にはない、大学ならではのことだと思います。ですから学生の面倒を見ないのはいけません。就職目的だけではなく、日頃から学生のためを考えるのが我々の仕事だと思います」。

学生が動けば大学が動く

 今後の方向性としては、近年の組織改革をきちんと評価することが重要だという。2015年度には教育学部を学校教育教員養成に特化、経済学部は5学科を3学科にして、それらの定員の一部を国際総合科学部の開設にあてた。2016年度には大学院を再編し、人文学部・人文科学研究科を改組した。「その一つひとつに、『あとは頑張れよ』というのではなく、そういう組織変え、教育改革をやったことの評価をしなければいけない」。

 いくつかの「困難」も指摘しつつ、岡学長は「取組を理解して協力する人が増え、大学は確実に変わっています」とも言う。何かインセンティブがあって協力者が増えているわけではなく、社会の変化を教員自身が感じ取っているからだろうということだ。

 「あと何年かしたら日本人の職業の半分は消えるといわれています。その中でどう人材を教育していくか考えるのは、我々大学人しかいないと思います。

 学生も元気になってきていると思います。先生方もそういう学生に引きずられているところがあると思いますね。だから、学生が動くと大学が動くんです。先生が動くより学生が動くほうが、大学は動くのではないかと感じます」。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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