大学を強くする「大学経営改革」[72] 大学運営の高度化を担う部課長をどう育てるか──強い部課長が強い大学を作る 吉武博通

SD義務化を受講の義務化として学内で徹底する

 大学をより良き方向に向かわせるために、構成員一人ひとりの意識を変え、能力を高めていくことが不可欠であることは言うまでもないが、学内のどの層に働きかけていくことが最も効果的なのだろうか。

 ガバナンス改革では、学長のリーダーシップが強調されるとともに、それを支えるためのスタッフの能力開発が重視され、平成28年3月31日公布(同年4月1日施行)の「大学設置基準等の一部を改正する省令」において、SD(Staff Development)が義務化されている。

 当然、各大学は研修の機会を増やす等、SDの取り組みの強化を図るだろう。文部科学省は、対象となる職員について、「事務職員のほか、教授等の教員や学長等の大学執行部、技術職員等も含まれる」とし、「SDの具体的な対象や内容、形態等については、各大学等において、その特性や実態を踏まえ、各職員のキャリアパスも見据えつつ、計画的・組織的に判断されるべきこと」を留意事項として記している(平成28年3月31日付高等教育局長通知)。

 しかしながら、国公私合わせて780校近い大学のうち、計画的・組織的にSDの仕組みを構築し、実施できる大学がどれだけあるだろうか。人材育成に対する法人・大学トップの信念や情熱、それを具体的なシステムに展開できる構想力や設計力、それに基づく育成施策を計画的に推進し得る実行力の3要素が揃わなければ、形を取り繕っただけの実効性の乏しいSDにとどまってしまうだろう。

 大切なことはSD義務化を学内においても貫くこと。単に研修機会を増やし、提供するだけではなく、特定の層や対象者に研修を義務づけることを徹底すべきである。

 筆者自身、FD研修やSD研修で大学を訪れることがあるが、多くが自由参加であり、参加率は高くない。国公私各大学団体、大学コンソーシアム、各種団体等が開設するセミナーも、大学による推薦の有無の違いはあるが、参加するか否かは本人の意思による場合が多い。

 その結果、自己啓発に対する各自の考え方や職場環境の違いなどにより、構成員とりわけ職員の間で、研修機会の活用度に大きな差が生じることになる。

 かといって、全ての職員に等しく研修参加を義務づけることも現実的ではない。自己の意思で参加できる学内外の研修機会を広く用意しながら、受講を義務化する階層別研修や職能別研修の機会を設け、そこでの学習を徹底することが望ましい。

 特に、階層別研修として部長層と課長層を対象にした研修機会を設け、受講を義務化することで、組織運営に関する知識・スキルを習得させ、実践に繋げていくことは、SD義務化の目的である大学運営の高度化を進めるうえで、決定的に重要な意味を持つ。

ミドルマネジメントにフォーカスした人材育成

 学内のどの層に働きかけることが最も効果的かとの冒頭の問いに改めて答えるとすれば、教育研究組織であれば学部長・研究科長と学科長・専攻長、職員組織であれば部長層と課長層であろう。

 一般的に、マネジメントは「トップマネジメント」、「ミドルマネジメント」、「ロワーマネジメント」と大きく3つの層に分けられる。

 大学で言えば、理事長・常任理事、学長・副学長・事務局長といったトップマネジメントの役割が重要であることは言うまでもない。また、教育研究の質や大学運営に係る業務の質は、より直接的には個々の教員・職員の意識や能力に依存する。大学にロワーマネジメントという概念が相応しいかどうかは別にして、第一線の能力開発も大きな課題である。

 その一方で、トップマネジメント人材の育成は短期間に効果が表れるものではなく、またその選抜・任免はガバナンスの視点から検討されるべき課題である。

 ロワーマネジメント層に対する研修も、職員組織の場合を考えると、そこで学習した事柄を活かし、発展させるための業務環境や職場環境が整っていなければ、職員の成長には繋がらない。

 それに対して、ミドルマネジメントは、トップと第一線を繋ぐ重要な結節点であると同時に、トップマネジメント人材の供給源であり、ロワーマネジメントにとっては当面のキャリア目標ともなる。

 このような点からも、ミドルマネジメントにフォーカスした人材育成に力を入れることは戦略的に極めて重要な意味を持つものと考えられる。

「課長」が担うべき5つの基本的な役割

 本稿の目的はSD義務化を出発点に、主として職員の人材育成の在り方を検討することにあるので、以降は、大学運営における部課長層の役割と育成について考えてみたい。

 一括りに「部課長」と呼んでも、部長と課長でその役割は異なる。課長はミドルマネジャーだが、部長はシニアマネジャーと呼ぶ方が相応しい面もある。

 組織によっては、課長のプレイヤーとしての側面が増し、かつて課長が担っていたマネジャーとしての役割が部長に移りつつあるという状況も生じているだろう。部下を持たないスタッフ的あるいは専門職的な課長相当職もあるだろう。

 これらの実態を一旦脇に置いて、部長と課長の本来的な役割について考えてみたい。

 最初は課長についてである。企業、行政、大学など多くの組織において、「課」は業務遂行の基本となる単位であり、その組織単位を率いるのが「課長」である。

 課に期待される役割や位置付けられた機能を理解し、具体的な業務に展開し、優先順位をつけ、配下の職員に割り付け、その進捗を管理しながら、成果に結びつけていくのがその第一の役割である。

 業務を遂行する過程で、問題を発見するとともに、その解決を含めて新たな施策を企画・立案し、推進する。加えて、業務の質の向上と効率性の追求の観点から仕事の改善を促すことも課長には求められる。

 また、他の課との調整が必要な事項、課を超えた連携・協力が不可欠な課題も多い。担当者レベルで自発的に調整や協力が行われることが望ましいが、課長自身が積極的に他の課と対話する姿勢を示すことで、それらがより促進される。実際に、課長同士がどれだけオープンかつフランクに話し合えているだろうか。

 職場の規律を維持するとともに、健全な職場環境を確保することも課長の重要な役割である。具体的には、責任を持って担当業務を遂行させること、やって良いことと悪いことを明確に伝えて守らせること、業務負荷や人間関係など職場の状態を把握し、必要ならば改善措置を講じることなどである。

 最後は人材育成である。第一の役割と並ぶ課長の最も重要な役割の一つと言える。組織における人材育成はOJT(On the Job Training) とOff-JT(Off the Job Training)に大別され、一般的にはOJTの役割が大きいとされている。課のパフォーマンスと個々の職員の成長の両方を勘案したうえで業務を付与し、適宜的確な助言と動機付けを行いながら、一定の成果をあげさせ、さらに難度の高い仕事に取り組ませる。

 Off-JTの機会を与えることも必要であるし、ロールモデルとして自身の仕事ぶりを部下に示すことも重要な役割である。

 以上、述べたことを改めて整理すると、

  • 課の機能の具体的業務への展開と成果の実現
  • 問題発見、企画立案、改善促進
  • 課を超えた調整と連携・協力
  • 職場規律の維持と健全な職場環境の確保
  • 人材育成

の5つが課長の基本的な役割となる。


図 部長の役割・課長の役割

5つの役割を支える「5つの能力」

 これら5つの役割を担うために、いかなる能力(知識、スキル、態度)が求められるのだろうか。

 1つ目は、課長の役割に対する理解である。上に述べた5つの役割に加え、自学において課長に期待される役割を正しく理解することが不可欠である。

 2つ目は、担当業務に関する知識である。自分が率いる課が担当する業務の目的、根拠となる法令や背景となる政策動向、基本となる業務処理方法・手続き、実務上の判断を行ううえでの視点や基準等に対する理解が必要である。個別実務について部下より精通している必要はない。より大きな枠組みの中で、業務を捉え、本質を理解することが重要である。

 3つ目は、業務を効果的・効率的に推進するためのスキルである。課題を具体的な業務に落とし込み、優先順位をつけ、部下に割り当てる。仕事を進めやすい環境を整える能力も求められる。

 4つ目は、問題解決のためのスキルである。定性情報や定量情報の収集・分析、解決方策の検討、上位者や他部門を巻き込むための説明等がその要素であり、特に、若い段階から論理的思考力を鍛えておくことが大切である。

 5つ目は、対人関係能力である。コミュニケーション、動機づけ、意見・利害の調整等がその要素となる。これらの能力と上に挙げた4つの能力が合わさることで、上位者、部下、他部門等との間で信頼を構築することができ、信頼構築がリーダーシップの発揮に繋がる。

「部長」には課長と異なる固有の役割がある

 次に、部長の役割について考えてみたい。

 「部長」は、トップマネジメントの1つ下の階層として、トップの考え方に直に触れる機会も多い。従って、その方針を課長に正確に伝え、課長による具体的業務への展開を促し、その遂行と成果実現のための指導・助言を行わなければならない。

 また、トップマネジメントを支えるスタッフとして、トップが行うビジョン・戦略の構想、方針・計画の策定、重要な意思決定等に関して、情報の提供、助言、提案などを行うことで、積極的に関わっていく必要がある。

 部内における課間の連携の促進、課を超えた経営資源の調整・再配分、既存組織の枠組みを超えたプロジェクトの創出とチームの編成、部を超えた調整と連携・協力も重要な役割である。

 さらに、視野を多様なステークホルダーや地域・社会・世界に広げ、組織に籠ることなく、これらと積極的に関わりあうことも必要である。視野の広さやより先を見通す目を養うことで、部長として固有の役割を果たすことができる。

 最後は人材育成である。第一線の職員育成についても課長に任せればよいというわけではない。課長層の育成を含めて、部長が人材育成に強くコミットすることが不可欠である。「シニアマネジャーの最大の責務は人材育成」と言い切る世界のエクセレントカンパニーも少なくない。

 以上、述べたことを改めて整理すると、

  • トップの方針伝達と業務遂行の指導・助言
  • トップによる構想や決定に対する補佐・助言
  • 部内外の調整とプロジェクト創出
  • ステークホルダーや社会との積極的な関わり
  • 人材育成

の5つが部長の基本的な役割となる。

 重要なことは、部長には課長とは異なる固有の役割があるということである。ただ単に2つの階層を重ねるだけの実態ならば、いずれかの層は不要と言われて仕方ない。人材育成は部課長が協力して重層的に行っていく必要があるが、それ以外の機能は部長と課長で明確に異なることを十分に踏まえておく必要がある。

 これらの役割を担うための能力については、課長と重なり合う部分も多い。つけ加えるべきは、課長とは異なる部長の役割に対する理解、視野の広さと視点の高さ、より先を見通す目である。

「部長」には課長と異なる固有の役割がある

 以上を踏まえて、強い部課長の育成の在り方について考えてみたい。

 まず、本稿で述べた事柄なども参考に、大学ごとに課長の役割、部長の役割とそれぞれに求められる能力を明確にすることが全ての出発点となる。

 そのうえで、既に部課長の地位にある職員の育成とこれから部課長を目指す職員の育成を分けて、その在り方を検討することが望ましい。特に、早急に前者に着手する必要がある。既に部課長の地位にある人材の意識を変え、能力強化を図らない限り、大学運営の高度化は進まないし、将来の部課長人材も育たないからである。

 そのためにも、既に課長の地位にある職員、部長の地位にある職員全員のアセスメントを行い、それぞれに課長の役割、部長の役割をどの程度果たせているか、教育訓練によりどれだけ能力を伸ばせるかを客観的に見極めなければならない。

 そこで一定の評価を得た者は、組織単位長(ライン長)としての課長職または部長職にとどめ、組織を統率することに課題ありと判断された者は課長相当または部長相当のスタッフ職として活躍の場を与えるという人事措置を講じることも一つの方策である。その際、後者に対する動機づけは特に丁寧に行う必要がある。

 そのうえで、課長職向けと部長職向けにそれぞれ研修プログラムを組み、ライン長かスタッフ職かにかかわらず、全ての課長職と部長職にその受講を義務づける。

 例えば、課長職向け研修プログラムは、前述の5つの能力の獲得を目的とした内容とし、日常業務を継続させながら、半年程度をかけて、講義の受講、グループ討議、レポート作成を計画的に課していく。具体的な方法は大学ごとの事情を踏まえて工夫すればよい。

 その際、各人の研修への取り組み方や受講成果をその後の人事計画に反映させることが有効と考えられる。そのことで研修に臨む受講者の姿勢もより真剣味を増すだろうし、研修を通じて個々人を多面的に観察することもできる。

 部長研修は、課長研修プログラムの中から、部長職にも有益な講義を選ぶとともに、部長固有の役割を果たすための考え方、視野の広さや先を見通す目等を養うことを目的とした講義やグループ討議を加え、同じく半年程度かけて実施していくのが望ましい。研修の最後に、自校が抱える課題とその解決策を提案させることも有効な方法である。

 とはいえ、このようなプログラムを独自に開発できる大学は限られるであろう。一方で、大学、大学団体、コンソーシアム、民間団体などが多種多様なプログラムを提供しているが、同じような内容であったり、単発的であったりで、本稿の趣旨に合致する体系的プログラムは少ない。

 我が国の高等教育を担う人材育成のため、大学・団体の枠を超えた教育プログラムの棚卸しと再構築が急務である。



(吉武 博通 公立大学法人首都大学東京 理事)


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