ガバナンス改革とアサーティブプログラム・アサーティブ入試による高大接続改革/追手門学院大学
追手門学院大学は、2016年に創設から50周年を迎えた6学部8学科からなる収容定員6780人の大学である。学校法人追手門学院は、1888年創設の大阪偕行社附属小学校に淵源とする伝統を持ち、2018年には130周年を迎える。歴史のある大学の多くがそうであるように、教育改革を進めるなかで経営と教学の関係を再構築することが求められた。追手門学院では、他大学に先行してガバナンス改革を行い、理事会の経営判断に基づいて一体的に運営できるように意思決定機構を再整備することで、全学的な教育改革に取り組んでいる。その改革のなかで、自己を理解し高校生に大学で学ぶ目的を考えさせ、大学で学ぶ姿勢と意欲を持つことができるように育てる「アサーティブプログラム」とその成果を発揮する「アサーティブ入試」を開発し、独自性の高い育成型入試を実施している。この取り組みは、文部科学省の2014年大学教育再生加速プログラムにも入試改革のテーマで採択される等、多くの大学から注目を集めている。ガバナンス改革とアサーティブプログラム・アサーティブ入試の関係を含めて、川原俊明理事長・学長をはじめ担当の皆さんにお話をうかがった。
ガバナンス改革によって動き始めた教育改革
川原理事長は、「大学経営では、10数年前までは理事会と教授会との関係で苦労してきた」と言う。理事会が新しいことをやろうとしても各学部の1つの教授会でも反対があるとうまくいかない状況であり、学長のリーダーシップがうまくいっていなかったことが理由である。2011年に川原理事長が法人理事長に就任したのち、ガバナンス改革として、2004年の改正私立学校法のもとで、理事会の経営責任に基づいて組織運営を行うことができるように改革を進めた。具体的には、2014年の学校教育法改正に先行して、2012年に寄附行為を改訂し、理事会を経営責任の主体として明確に位置付け、学長の任命を学内選挙から理事会の指名に基づいた任命制に変更した。そして、学長のもとに学長の諮問機関として教育研究評議会を置き、教授会は諮問機関として位置付けた。さらに、それまでは学内の規程改正にそれぞれの学部の教授会の3/4の賛成が必要であった規程を廃止し、学部長の任命も、学長による指名制度に変更した。この改革に対しては、学内に慎重な意見もあったが、弁護士でもある川原理事長は「大学の自治は国や権力からの干渉に対するもので、理事会に向けてのことではない。また、理事会が作成した規程を理事会が変更することは問題ないと判断していた」と話す。そして、他大学からは追手門が何か改革をやっているがうまくいくだろうかと思われていたようだと振り返る。しかし、このガバナンス改革を通じて、教育改革が進むようになり、2013年に基盤教育機構の設置、2015年に地域創造学部の新設と経済学部の学科改組、さらに、2016年と2017年には国際教養学部の学科改組、また、2015年から2018年にかけて450人の入学定員を増加する等、全学的な改革が進められた。ガバナンス改革を通じて、理事会と大学が一体となって、これらの改革を進めることができるようになったのである。この結果、追手門学院大学の志願者数は2013年度の7855人から2017年度1万6092名に2.04倍の増加を見ている。
中期経営計画の最初に位置付けられた「高大接続・入試改革」
現在、追手門学院大学では、経営と教学を教育理念のもとで一体となって進めるという方針のもとで、理事会による中期経営計画に基づいた改革が進められている。現在、2016年に策定した第Ⅱ期中期経営計画に基づいて、「追大志願者の育成と確保」「追大型学びのスタンダード」等、8つの戦略ドメインを設定して教育改革が進められている。その内容を示したものが図1である。
福島一政副学長は「中期経営計画は以前から策定されていたが、それに基づく組織運営はうまくできていなかった。しかし、ガバナンス改革を経て、中期経営計画を実質的に実現する組織体制が整備されるとともに、PDCAサイクルに基づいて、チェックしながら、全学をあげて改革を実現する体制が整備された」と話す。現在の追手門学院大学の運営体制を示したものが図2である。具体的には、中期経営計画を推進するために、理事会のもとに、2016年に中期計画戦略推進本部を作り、教務担当副学長を責任者に学長補佐など7、8人からなる教育改革本部を置いて、教育改革を推進する体制整備を進めた。そして、2017年7月からは、学部教授会を廃止して全学教授会に再編し、学部や機構単位の検討は学部会議・機構会議で行うこととした。これまでの学部教授会では、学長主導の改革や全学方針も、個々の教員とは学部長を経由した関係となるので、全学の執行部との関係が間接的となってしまう。執行部と各教員が直接対話する関係に変えることを目的にした改革であるという。
このようなガバナンス改革をもとに、創立130周年に合わせて、学生同士の「学びあい、教えあい」を実現することを目指した全学的な教育改革を進めている。2019年4月に、JR京都線の新駅であるJR総持寺駅から徒歩約10分の場所に、全学部1年生と地域創造学部と国際教養学部の2学部の教育を行う新キャンパスを設置する。新キャンパスには、中学・高校も全面的に移転する。学生が学部を超えて学ぶ、「学びあい、教えあい」を実現するキャンパスを整備し、教育改革を進めていくのである。そして、大学の規模の拡大も目指しており、収容定員を2020年には8000人に、将来的には、経営の安定と魅力ある教育のために1万人規模の大学として最先端の教育を実現するという。
不本意入学者の低減を目指す アサーティブプログラム・アサーティブ入試
中期経営計画の8つの戦略ドメインに基づいた取り組みの一つとして、大学の理念、ポリシーに沿った入試改革として、アサーティブプログラム・アサーティブ入試を進めている。アサーティブプログラムは、高校生に大学で学ぶ目的を考えさせ、大学で学ぶ姿勢と意欲を持つことができるように育てるものであり、アサーティブ入試はその成果を発揮するものである。
プログラム運営を担当している志村知美アサーティブ課長は、「追手門学院大学は、学生の不本意入学が多かった。第1希望は3割というなかで、“関関同立に行けないと人生終わりだ、という気持ち”という話を多くの学生から聞かされる状況であった。不本意入学を大学としてどうするか、という問題があった」と導入の背景を話す。そして、「追手門学院大学でいい」ではなく「追手門学院大学がいい」という入学者を増やすための取り組みとして、高校生によく考えてから受験してもらうという発想で、アサーティブプログラムとアサーティブ入試を実施してきたという。
アサーティブプログラムの具体的内容は、ガイダンスを経て、1)個別面談、2)MANABOSS(マナボス)、3)アサーティブノートという3つのプログラムから構成されている(図3)。個別面談は、高校生と追手門学院の職員が面談し、大学で何を学ぶか、大学で学ぶ意味を自ら気づくように促すものである。MANABOSSは、独自開発した言語能力(国語)、非言語能力(数学)を自学自習するためのeラーニングシステムである。MANABOSSで、基礎学力を確認するとともに、計画的に学習する習慣を身につけることで、受験勉強のきっかけにしてもらうことを意図している。MANABOSSは入試対策ではあるが、入試そのものには関係していない。また、MANABOSSには、システム上で議論する「バカロレアバトル」も設定しており、特定の課題に、利用者同士が自分の意見を述べるとともに、他者の意見をもとに、物事を多様な観点から考察することができる力を育成することも目指している。アサーティブノートは、自分の気持ち・考えをノートに書くことで自己成長を促すとともに、高校生に自分でノートをとる、ノートを作ることを学ばせることを目的にしている。
アサーティブプログラムはアサーティブ入試を受けるための前提であるが、入試とは切り離して、高校生が広く参加できる仕組みとしており、進路を考える教育プログラムとして高校1年生から3年生を対象に提供している。このプログラムの参加者は190人(2014年度)、557人(2015 年度)、751人(2016年度)と増加してきた。
このプログラムの個別面談には色々な高校生が来ており、何をすればいいか、どんな学部がいいか、○○学を学ぶにはどこに行けばいいか等、様々なニーズに応えている。福島副学長は、「多くの高校生は、大学で何をしたいのか、将来どういうことがやりたいのかは、決まっていない。しかし、高校3年生で将来のことを考えるべきで、そこを抜きにして大学、学部の話をしても始まらない。将来のことをしっかり考えさせる。個人に寄り添って考えさせることを基本にしている。追手門に来ればいい、ということを言うわけではない。自分のことを自分で考えさせるようにしている」と話す。その取り組みの中で、追手門では「自分個人を見てくれた」という信頼関係ができていくという。毎年、個別面談からの出願率は約75%である。一方で、高校1年生の時から参加していた高校生が、最終的に他の大学に進学するというケースもあるという。しかし、この仕組みを導入してから、第一志望の入学者が増加している。
アサーティブ入試は、グループディスカッションと基礎学力適性検査による1次試験と、個別面接による2次試験で行っている。アサーティブプログラムに参加していることが受験資格であり、プログラムに参加していない場合には受験できない。一方で、アサーティブプログラムで面談をたくさんしているから合格しやすい等の直接的なつながりはなく、アサーティブプログラムは、大学生になる準備として学んでおり、その学びをもとに、カレッジレディネスをみているものがアサーティブ入試という位置付けである。大学が提供するプログラムでの学びを前提にすることから、アサーティブ入試は育成型入試という特徴を持つ。そして、合格者には、入学前学習としてプログラムを提供している。この入試は、学部を超えて行っており、色々な学部を希望する学生を混ぜてグループディスカッションをしている。
主体性の高い学生が増加の一方、質の維持・向上が今後の課題に
アサーティブ入試の出願者は、初年度(2015年度入試)の91人から2017年度には395人に増加し、また、アサーティブプログラムを受講して他の形態の入試で志願してくる受験者も増えている。2017年度は、アサーティブ入試の入学者は190人、アサーティブプログラム受講者で他の形態の入試での入学者は180人となっている。アサーティブプログラムの成果として、まず、このプログラムで入った学生達には主体性があると、福島副学長は話す。具体的には、学生が「アサーティブスタッフ」としてオープンキャンパスやアサーティブガイダンスの運営を手伝うようになり、説明も担当するように変わっていった。また、沖縄の名桜大学の学生との交流の中で、新入生ガイダンスを企画・提案したりするようになり、現在27人の学生スタッフが、ガイダンス運営チーム、オープンキャンパス、案内等チームで分担して進めている。もう一つの変化として、個別面談を担当する職員の意識が変わってきたという。個別面談は教員でなく、職員のみが担当し、2016年度には61人が担当した。これは、SDの一環として位置付けており、評価者としてのトレーニングとして、職員によるケースカンファレンスとディスカッションを行っている。そして、職員が高校生と直接話すことで、この子達に対する仕事をしているという意識の中で、高校生から学生に目を向けるようになってきたという。
他方、今後を考えるに当たり、2017年度にアサーティブプログラムを受講して入学した学生は、370人で入学定員の約2割である。今後これを拡げていくためには、入学後にどのように育てていくか、入試改革から教育改革につなげていくかが次の課題であるという。育成型入試として、育ててから入学させる。そして、入学させてからさらに育てるためのカリキュラム改革として、一人ひとりの学生の成長に責任を持つための仕組みづくり、「学びあい、教えあい」の仕組みづくりを進めていくことが課題となっている。現在、アサーティブ入試での入学者の追跡調査も進められており、その検証とともに、アサーティブ入試での入学者数をただ拡大するのではなく質の維持や教育全体のあり方の中で今後どのように進めていくかが次の課題となっている。
アサーティブプログラム・アサーティブ入試には、高校側からは概ね評判が良く、本来高校がやるべきことであるが、大学がこういうことに取り組むのはありがたいという声もあるという。社会全体で高大接続のあり方が問われる中で、大学が広く高校生に学ぶ意味を伝えていく新たな取り組みであり、個々の大学の利害を超えた社会貢献、アウトリーチ活動と見ることもできる。また、初年次教育で行われていた教育プログラムを入試に組み込んだものと見ることもできるかもしれない。追手門学院の先駆的な高大接続・入試改革の取り組みと、ガバナンス改革で進められてきた新キャンパスでの新たな教育改革との相乗効果が期待され、その動向に目が離せない。
(白川優治 千葉大学国際教養学部准教授)