「研究第一」を法人経営・大学教育の共通軸に据える/長浜バイオ大学

長浜バイオ大学キャンパス


蔡 晃植 学長

 長浜バイオ大学(以下、長浜バイオ)は、2003年に日本で唯一のバイオサイエンス(生物科学)の単科大学として、滋賀県と長浜市の協力のもと、滋賀県長浜市に設置された大学である。医学・薬学・農学・工学・物理学等を学際的に扱う「バイオ」を総合的に教育研究する大学として、開学当初より高い志願倍率を維持し続けている。小規模ながらその独自性のある教育内容により安定的な経営を実現し、のみならず学生が高い満足度を得ていることの背景について、蔡 晃植学長にお話をうかがった。

大学の強さの背景にある「建学の精神」

 蔡学長は、長浜バイオの特徴について、以下のように話す。「バイオ分野で日本有数の研究成果を持つバイオの総合大学と銘打っており、研究を中心に置いた大学として自負しています。研究中心は、大学創設時からの方針、即ち建学の理念であり、法人経営の方針としても、大学のあり方としてもぶれたことはありません」。この「バイオの総合大学」と「研究中心」という2つの表現の中に、長浜バイオの強さの背景が端的に表れている。

 長浜バイオの大学創設準備がなされていた1990年代末、21世紀はバイオの時代として、国の政策においてバイオサイエンスが重点領域に位置づけられていた。しかし当時の日本において、バイオ関連の教育研究は、理学・医学・薬学・農学等、伝統的な学問分野の中で分断的に行われていた。そうした状況下で、1993年から京都で専門学校バイオカレッジ京都(2010年に閉校)を運営していた学校法人関西文理学園(当時:現学校法人関西文理総合学園)は、学際的・横断的にバイオサイエンスを教育研究する、バイオに特化しバイオの全領域を揃えた聖域を作るという考えのもと、滋賀県や長浜市等の協力を得て、長浜バイオの創設を進めた。2003年4月に、バイオサイエンス学部バイオサイエンス学科の1学部1学科(定員198名)でスタートし、2007年4月に大学院バイオサイエンス研究科(博士課程前期課程・博士課程後期課程)を開設、2009年度には、バイオサイエンス学科を再編して、アニマルバイオサイエンス学科、コンピュータバイオサイエンス学科を新設することで、現在は1学部3学科、大学院博士課程前期課程・博士課程後期課程を有し、在学生数1200名を超える、名実ともにバイオの総合大学となった。大学周辺には長浜サイエンスパークが整備され、バイオテクノロジー関連産業の集積が図られている。

図表1 バイオサイエンスが包括する領域イメージ

 そもそもバイオの領域には明確な定義はなく、生命を扱うものはすべてバイオサイエンスとして位置づけられており、創薬・環境・遺伝子・医療・植物・動物・酒造・土壌等、その対象は幅広く、基礎研究から応用・開発研究までを含んでいる(図表1)。広範な領域を対象とするバイオの教育研究を、学際的・横断的・総合的に進めるためには、各分野のバイオ研究の先端研究に基づいて運営されることが必要であり、研究力が生命線となるという考え方が創設時から認識されていた。このような研究重視の方針のもとで、大学の理念に共感した研究力の高い教員が集まった結果、教員一人あたりの科研費獲得額が私立大学の中で5位(2017年)、2011~16年に『ネイチャー』に掲載された研究論文数が私立大学の中で10位という研究実績が示されている。教員数が69名の小規模新設単科大学において、このような研究水準の高さは特筆に値するものであろう。

 こうした「バイオの総合大学」「研究第一」という大学の特徴は、創設以来揺らぐことなく、法人と大学で共有されてきたのである。「人口減少や大手大学の改革等を相手に、地方大学は苦境が続きますが、私学は建学の精神に拠らなければ生き残ることができません。建学の精神がぶれると、大学の方針がぶれることになる。受験生や社会に対して大学の存在意義を示すためには、そもそもこの大学が何のために在るのかという、建学の精神が軸になるべきでしょう」と蔡学長は話す。これは、言葉を変えれば、大学創設以来バイオ以外の他分野に進出することなく、バイオに特化しその研究の高度化を進めてきたことが、大学の「強み」となっていることを示す。市場や分野の衰勢に呼応して新しい学部学科を作り、領域を広げていく動きを否定するものではない。しかし、長浜バイオの場合は、創設の趣旨に照らし、また経営的観点からしても、1つの武器をしっかり磨きこむことが重要だと当初から認識していたということだ。そしてそのことが、毎年6~10倍の志願倍率を維持し続けている背景となっているのである(図表2)。

図表2 近年の志願者数推移

迅速な意思決定を実現するガバナンス改革

 もちろん、現在の大学を取り巻く経営環境は、建学の精神に基づいて大学を運営していればそれだけで安泰である時代ではない。蔡学長が2017年4月に就任し、最初に着手したのはガバナンス改革である。「小規模大学は組織が小さいからこそ、意思決定と実行のスピードが強みであり、勝負どころです。1つの学部で募集が失敗しても他の学部の成功で埋め合わせが可能な大手大学と違い、1つの領域に特化しているということは、そこで負けたら全て負けということでもあります。大きな資金を持つでもなく、失敗しない大学経営を着実に行うためには、意思決定の速さと動くスピードを重視した経営が必要です」との言葉の通り、従来の教授会中心の意思決定を学長中心に行う機構改革と、迅速な大学運営を実現するためのPDCAサイクル構築を進めている。

 具体的には3つの例が挙げられる。第一は、学長直下においた「学長協議会」を中心に大学運営を進める体制としたことだ。学長協議会は、学長、学部長、研究科長、教務担当機構長、事務局長、教務担当課長から構成されており、学長のリーダーシップのもと少数精鋭で大学運営を議論していくことで、スピード感のある大学運営を実現する。これは同時に、学長のガバナンスをチェックする役割も果たす。第二は、教員採用の体制変更である。長浜バイオでは教員採用は必ず公募で行う。これは研究能力の高い教員をしがらみなく採用することに加え、志高い若手の研究者を集めることにもつながり、研究中心の大学としては生命線とも言える制度だ。しかし、これまでの個々の人事案件ごとに教授会のもとで人事委員会が作られていた方式から、学長直下の常設の人事委員会が採用人事を一元的に担当する方式に変更し、その人事委員会には学長もメンバーとして加わることとした。スピード感を持って変化に対応していくためには、大学全体の将来構想を見据え、都度示される方針に合致した教員採用が必要であるためだ。第三の改革は、細分化されていた常設の各種委員会を見直したことである。必要に応じてプロジェクトチームを作って機動的に課題に対応するIT企業で採られている経営方式を参考にしたという。常設委員会を2割程度減らし、必要に応じて委員会の中に設定する部会をプロジェクトチームとして位置づけ、テーマごとの課題解決に対応する体制とすることで、フレキシブルな運営体制を構築した。こうした改革により、学長リーダーシップとそれを支える組織体制のもと、迅速な意思決定と業務遂行が実現しているという。

 もちろん、大学の中には様々な意見があり、全員が同じ方向を向いているわけではないこともある。しかしながら、大学の基盤となる方向性は「研究第一」である点で揃っているので、教員・職員共に、生産的に議論することが可能となっているという。なお、法人との関係については、法人運営の中心となる常務理事会のメンバーを、学長を含む大学の教員が半数を占めることから、教育研究の現場の意見が尊重される体制となっている。

実験・実習を中心とした質の高い教育:研究を通じたPDCA

 研究大学であることの強みは、学生の教育にも活かされている。「学費を学生に還元している比率は全国屈指ではないかと思います。本学はバイオを包括的に学ぶにあたり、1~3年次の実験・実習の時間がとても多い。例えば、バイオサイエンス学科では3年間で864時間を実験・実習に充てています。この実験量は世界トップレベルの時間配分です」と、蔡学長は話す(図表3)。

図表3 卒業後の活躍分野に合わせたカリキュラム

 4年次は全学科で卒業研究が必修である。研究重視の大学として、学生の卒業研究も当然重視されている。研究を体験することは、自らPDCAを回す体験をすることであり、バイオ的なものの考え方、仕事への取り組み方を学ぶプロセスでもあるとされているためである。具体的には、研究とは、①何が問題であるかを考え、何が明らかにされているか、どういう実験をするのか、プランを考える(Plan)。②計画を立てて実験に取り組む(Do)。③実験により出た結果を発表し、議論する(Check)。④その問題の次のステップを思考し、進む(Action)、というPDCAを体験することであると位置づけられている。このような研究を通じたPDCAの経験は、卒業後どのような進路を選んだとしても活きる経験であり、そのことが学生に対する高い教育成果につながっているという。

 この研究を通じた教育を実現するためには、高い研究能力を有する教員、研究に集中できる環境、最先端の研究器具・機材が必要である。「研究第一」という方針が明確であるため、設備投資のポイントも一貫しており、学部の卒研生も、その恩恵を享受し、研究に没頭することが可能となる。さらに、このような研究のプロセスの中では、実験結果を報告する、他者と議論することが必ず求められる。この力を育てるために、1・2年次では論理的にレポートが書けるようになるための教育、3年次からはプレゼンテーションや研究室でのディスカッションを重視した教育を行い、アウトプットを重視した教育プログラムが構築されている。さらに、1年次から3年次まで継続的に、問題解決・チームによる課題対応・社会理解と社会適応をテーマとするキャリア教育が用意されており、実践的な能力育成が図られているという。研究好きな理系の学生というと、他者とのコミュニケーションが苦手な学生もいるのではという邪推を、蔡学長は一笑に付したうえで、こう続けた。「むしろ理系の学生は研究成果の発表が多く、喋るのが苦手などと言っていられません。特に本学ではそうしたプレゼンを重視しているので、徹底的に叩き込まれます。国際学会での発表を経験することもあるので、英語力もまた然りです」。何より、蔡学長ご自身のプレゼンテーションの妙に、その言葉の真意を得心した。

 このような実験・実習と研究重視の教育プログラムを通じて、学生たちが成長している様子について、蔡学長は、「本学は偏差値が高い大学ではないため、入学時点では、高校までの教育で偏差値により区別されてきた学生、自分はできないと線引きする癖がついてしまった学生が多いのが実情です。本来の可能性はもっと先にあるかもしれないのに、便宜的に引かれたラインのせいで『自分はできない』と思い込んでしまう。そうした学生に対して、研究を通じて自分でPDCAを回せるようにし、自らを発見する機会を与える。自分の成長も限界も、入学時点よりもっと先にあることに気づき、主体的に学ぶことでできる自分を再発見していく。そのプロセスを研究第一の方針のもと磨いているので、満足度もとても高いのです」と説明する。研究中心の大学の強さが、質の高い教育を実現し、学生の成長と高い満足をもたらしているのである。

 それでは、このような高度な研究に基づいた質の高い大学教育を、どのように学生募集につなげているのだろうか。長浜バイオにおいても、3つのポリシーは当然、策定・公表されている。しかし、高校生に馴染みにくい3つのポリシーによって、バイオや大学の特徴を伝えることは難しいと考え、入試要項や大学案内では「長浜バイオ大学の約束」として、以下3点を示している。①質の高い知識を主体的に学ぶことができる自分の再発見を約束します。②世界トップレベルのバイオ研究を通じて調べる楽しさを約束します。③学んだことを他人にうまく伝える楽しさを約束します。大学の特徴を高校生に分かりやすく示すとともに、「この大学がどういう人を作るのか」「私はどうなれるのか」を伝える内容だ。保護者はどのように就職できるのかを重視し、高校は入学後に成長できるのかを重視する。「長浜バイオ大学の約束」は、受験生・保護者・高校といったステークホルダーに対して、それぞれの価値観に即し、大学の特徴と方針を分かりやすく伝え、大学の在り方を示すものと言えるだろう。

建学の精神に基づいた将来構想

 見てきたように、長浜バイオの強さを一言で表現すれば、「建学の精神に基づいて大学の軸を定め、それに沿って教育研究のさらなる高度化・充実が図られていること」と言えるだろう。このことは簡単なように見えて、実現することは容易ではない。社会に対して価値とするべき点をぶらすことなく、その実は時代と社会の変化の中で古びることなく、常に変化に対応することが求められるためである。

 蔡学長は大学の将来構想について、「今後は社会の要望と技術革新に対応し、どの学科でもデータサイエンスに対応できるバイオサイエンス人材の育成を掲げ、ビッグデータとデータマイニングを中心に、学部共通プログラムにデータサイエンスを取り入れ、必要であれば、学科改組や教育プログラムの全面改訂も考えていきます」と構想している。AIの発展が社会を大きく変化させることが様々なかたちで議論されているが、今後AIをうまく活用するために、あらゆる分野で「どのようなデータをAIに教えるか」を設計できる人材、AIを通じて「どのようなデータをとれるのか」について専門知識を持つ人材が必要となる。バイオ関連領域も例外でない。むしろ、生命に関わる膨大な情報を扱うバイオサイエンスは、データサイエンスの影響が最も大きい分野である。しかし、今後、データサイエンスを理解したバイオ専門人材が圧倒的に不足するであろうことに蔡学長は危機感を抱いており、バイオサイエンスの最先端を担う大学として、社会の変化にスピード感を持って組織的に対応する必要がある。建学の精神やガバナンス改革によって、その基盤は確立されているのは見てきた通りだ。

 2017年に滋賀大学にデータサイエンス学部が設置され、今後、長浜バイオがバイオ領域でデータサイエンスを取り込んでいくことで、琵琶湖畔は将来的に、日本のデータサイエンスの先端エリアを形作っていくかもしれない。小規模大学でありながら、むしろ小規模であるからこその強みを自負する長浜バイオの動向が、今後の日本に与える影響は、決して小さくないだろう。

(白川優治 千葉大学 国際教養学部 准教授)



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