卒業時点における出口保証の強化が可能にした飛躍的成長/金沢星稜大学

金沢星稜大学キャンパス


 メディアで頻繁に私立大学の窮状が報じられるようになった。特に地方に所在する私立大学が学生集めに苦労していて倒産の危機にあるという。私立大学のなかには公立大学への転換に活路を見いだす例もある一方、自らの努力で躍進を遂げる例もある。いずれにせよ、少子高齢化が進む日本社会において高等教育の行く末を見定めるためにも、私立大学の動向は重要である。とりわけ地方創生の観点から見れば、地方で私立大学が生き残れるかどうかは、ひとり私立大学の課題にとどまるものではなく、日本社会全体の課題だ。

 そこで本稿では、中小規模の地方私立大学によるどのような取り組みが奏功しているのか、金沢星稜大学(以下、星稜大)の事例を通して考えてみたい。星稜大は、大学教育の出口保証を強化することで地域における評価を高め、「就職といえば星稜」と言われるまでになった。そこには学生を着実に成長させる仕組みが機能している。

 実際にどのような取り組みで効果を上げているのか、宮﨑正史学長にお話を伺った。

「建学の精神」に徹した人材育成

宮﨑正史 学長

 金沢星稜大学は1967(昭和42)年、「金沢経済大学」として200名定員でスタートを切った。その名称が示す通り、経済学部経済学科のみの単科大学としての出発だった。その後2002年に現在の大学名に改称し、2003年には経済学部に「現代マネジメント学科(現在の経営学科)」が設置されている。さらに、2007年に人間科学部が、2016年には人文学部が設置され、現在の3学部体制となった。2017年5月現在の学生数は、大学院(経営戦略研究科)を含めて2,451名だ。

 星稜大の特徴は「何よりも、研究大学ではなく教育大学である」ことだと宮﨑学長は述べる。そのことは、開学以来の建学の精神である「誠実にして社会に役立つ人間の育成」に明瞭に表現されており、学長はこの精神に忠実でありたいと強調する。つまり、「教育大学」として、社会に役立つ自律した職業人の育成こそが星稜大の使命だという。このために、星稜大は各ディシプリンに即して専門性を身につけ、経済人・企業人として、スポーツ指導者として、保育士や幼稚園・小学校の教員として、グローバルな場でボーダレスに活躍できる人材を育成しようと取り組んできたという。

 星稜大は昨年(2017年)、50周年を迎えた。この半世紀の歩みは、経済・経営から教育系や人文系の学部設置へと進み、教育のダイバーシティを高め、育てる人材の裾野や幅を広げてきた歴史として描くことができると宮﨑学長は説明する。

 人間科学部におけるスポーツ学科の設置は、星稜が伝統的に強みとしてきたスポーツ分野を活かした学科であり、こども学科は小学校教員・幼保の道を目指す学科であり、地域の小学校との連携や、附属の二つの幼稚園(現在は認定こども園)において教育の専門家を育成していく組織的基盤として設置されたものだ。

 さらに、学生に留学を課す人文学部国際文化学科は、大学のグローバル化・国際化推進の契機となった。こうして複数学部ができることで、異なるカルチャーを持つ学生達が集い、相互に刺激し合いながら共に学ぶ環境が形成されてきたそうだ。

 しかも、最近10年間の志願者数は、多少の増減がありながらも基本的に増加傾向を続けている(図表1)。入試倍率も2009年度以降3倍を下回ることはなく、2017年度入試では6.4倍を記録している。質の担保には量の確保も欠かせない。質の高い学び合いを可能にするための量的要件が維持できており、それが好循環を生み出していると見ていいだろう。

図表1 金沢星稜大学入試状況

「全入時代」を経て飛躍的に成長

 それにしても、近年の志願者数の伸びは劇的だ。飛躍的と言ってもいい。なぜこんなに好ましい状況が作り出せているのか。

 改めてこの50年間を振り返ってみると、星稜大の歩みは必ずしも順風満帆だったわけではないことが分かる。図表1にあるように、まだ経済学部だけの1学部体制だった2000年代半ばには入試倍率が2.0倍を大きく割り込み、入試の選抜機能がはたらかない全入状態を経験している。

 宮﨑学長は、全入時代となった当時は、入学してきた学生をどう育てるかで教員も職員も苦労した時期だったと振り返る。卒業までに社会人基礎力をどう身につけさせるかが課題となった。就職活動において心もとない学生も少なくなかった。挨拶やノックの仕方、面接での受け答えの仕方を手取り足取りきめ細かに指導し、就活のノウハウを教え込むような就職支援が必要だったという。

 しかし、そうした地道な取り組みが次第に実を結んでいく。出口の状況、つまりは就職実績が良くなることで学生からの信頼が高まり、状況は徐々に好転し始めたと宮﨑学長は語る。現在では、新入生アンケートで、入学動機として「就職サポートが厚いこと」が7割を超えるそうだ。もちろん、就職が全てというわけではない。教育内容が重要であることは言うまでもないが、それは外からはなかなか見えにくい。しかし、就職が良くなると、間接的に教育の質も良いと見られるようになり、高校や受験生の耳目を集めるようになった。それは学生の変化として現れた。2000年代後半からの志願者増を背景に、目的意識のはっきりした学生が増え、自律的に自分で考え、計画し、実行し、提案・発表できるように変わってきているという。授業中の私語が減り、学生がきちんと授業を聞くのが日常的になった。学生の変化は教員のモチベーション向上にもつながっているそうだ。

学生の成長を支え就職につなげる仕組みの創出

 星稜大の飛躍の秘訣は、就職支援を含め、学生が着実に成長して卒業していける支援体制を整備・強化したことにある。

図表2 CDP の成果(公務員・教員合格者推移)

 その代表例が、2008年から開始された「難関試験突破プログラム」、略称CDP(Career Development Program)だ。現在、「公務員コース」「税理士コース」「教員コース」の3つで構成され、公務員(国家公務員一般職、地方公務員上級職)、国税専門官、税理士、警察官・消防士、教員を目指す学生の支援が展開されている。学外の資格予備校よりも経費を低く抑え、正課授業の多い1、2年生までは通常の授業時間外(5時限目以降)に授業が設定される等、資格試験の合格に向けた学習と大学教育における通常の学習とを両立できる支援体制がとられているのが特徴だ。公務員・税理士コースでは、CDPで取得した単位の一部が卒業単位としても認められる。

 もちろん、学生が正課とCDPのダブルスクールを続けるのにはなかなか忍耐がいるが、CDPは確実に成果を上げ、年々合格者の数が増加する傾向にある(図表2)。2016年の実績(のべ数)で見れば、国家公務員現役合格41名、地方公務員現役合格者34名、地方公務員(保育士)合格者9名、教員(正規)現役合格者27名だ。

 さらに、試験合格へのより高い意欲を引き出すため、全てのコースについて、その合格者には授業料返還をインセンティブにしていると宮﨑学長は述べる。2019年度には正課における成績優秀者に対しても授業料減免制度を導入するという。

 学生の成長を促す仕組みはCDPだけにとどまらない。

 例えば、「SEIRYO JUMP PROJECT(SJP)」は学生と教職員が連携して行う学生支援プロジェクトだ。ボランティア活動等について学生が大学に提案し、認められれば大学は一定の予算を配分して活動を支援する。和装で外国人観光客に英語で金沢の観光案内をする「おもてなし娘」、オープンキャンパスでの学生イベントの企画・実行を行う「オープンキャンパス活性化プロジェクト」、学内外をイルミネーションで飾る「キャンパスデコレーション」等、多様なプロジェクトが展開されている。

 その中心になっているのは女子学生だ。経済学部のみだった頃は女子学生比率が10%を割る状態だったが、今や、人間科学部こども学科や人文学部は女子学生が70%を越えるようになったという。キャンパスが華やかになっただけでなく、女子学生が学内外で自主活動を牽引してくれるようになった。当初は女子学生だけで立ち上がったプロジェクトに男子学生も加わり、取り組み自体が活性化していると宮﨑学長は語る。女子学生に特化した就職支援として「星稜女子力MOONSHOT講座」も開講され、その活力をさらに伸ばす取り組みも進められている。

 加えて、ここ数年、新たな学生支援の充実・強化が図られている。その一つが2012年に始まった「ほし☆たび」だ。海外定期フェリーに1週間乗り込み、洋上で参加者―クルー(乗組員)としての1・2年生、就職活動を終えたスキッパー(舵取り)としての4年生、そして教職員―がグループディスカッションを行い、自分の力で考え発表していく課題解決力を養う洋上研修だ。2014年にはウラジオストク、2015年からは上海への航海を行っていて、その様子は情報サイト「ほしカフェ」で伝えられている。

 星稜大はグローバル化のなか、海外で学ぶ機会の拡大にも努めてきた。53の協定校を有し、学部留学、短期・長期の語学研修、インターンシップ、ボランティア、エリアスタディーズ(国外の地域を学ぶ)等があり、年間150人強が参加しているという。さらに、欧州エラスムス奨学金制度の下、ハンガリーの大学と2017年度~19年度まで毎年2名が奨学生として学べる環境を整備してきたという。

鍵は学生の経験と成長についての情報発信

 もちろん、学生を育てる取り組みは学士課程教育が中心だと宮﨑学長は強調する。ゼミ活動を重視し、1年から4年までゼミに所属して学ぶようにしている。初年次の「基礎ゼミナール」では大学での学び方や社会人基礎力育成につながる学びが行われ、2年生からは、専門領域を踏まえて地域に出て地域課題について学ぶものが多い。3・4年生に課す「卒業研究」は2年前から必修化された。カリキュラムの体系化として、カリキュラム・マップやナンバリングを実施し、卒業研究のためのルーブリック導入も目指している。質保証の一環として、学生による学びの体系化を進めていると学長は説明する。

 今後も、星稜大の魅力を高める努力を続けていきたいと学長は語る。その基本は、各学部の教育内容を高めることだ。3つの異なるディシプリンがあるが、今後はディシプリンの多様性を拡大していくことが考えられる。定員管理が厳しくなっている昨今、定員を増やさずに再配分し、魅力的な学部を設置することも考えていきたいという。

 こうした星稜大の取り組みや戦略から見えてくるのは、学生の成長が、大学における正課内外での経験をいかに豊かなものにしていけるのかにかかっているという点だ。当然といえば当然だが、それこそが大学の本質的な存在理由の一つだ。大学は総力を挙げて学生経験の幅を広げていく努力を続け、その成果を社会に発信していかなければならない。

 そうした意味で、星稜大が北陸3県の公私立高校全てを回り、卒業生の状況についての情報提供に努めていることは注目される。宮﨑学長自身まだまだ足らないと感じているものの、高校の先生には大学に進学した卒業生がどう学びどこに就職したのかを丁寧に伝える取り組みをさらに強化していきたいと宮﨑学長は述べる。最近では、入学後の留学の可能性や語学力育成に力を入れているかどうかといった点に受験生の目が行くようになっているし、新入生のなかには学部での教育内容に関心を持つ学生も増えてきているという。大学からの情報発信の強化が求められる所以だ。

 そもそも、星稜大は国立大学の受け皿となっている面があり、国立大学受験に失敗して入学した学生が少なくない。しかし、国立大でなくとも最終的に希望先に就職を果たす等、満足して卒業している学生が多いと学長は胸を張る。国立に行けなかった学生を不本意のままに卒業させているわけでなく、むしろ自分にとっての良い学び、必要な学びに気づいて卒業していく学生が出てきているという。そうした学生の高い満足度が徐々に社会に伝わり、好循環を生んでいるのではないか。宮﨑学長の話からはそんな印象を強くした。

 星稜大の最大の強みはやはり出口保証の強化だ。入口では目標意識をしっかり持った学生を受け入れ、プロセスでは多様な経験を積ませて成長させ、個々の学生にふさわしいキャリアを追求できるよう支援する。そこに地道できめ細かな取り組みが求められることは間違いないが、それは大学教育の本質でもある。その基本に忠実に取り組んできた星稜大が今後いかなる展開を見せるのか、引き続き注目していきたい。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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