4年間継続的なPDCAサイクルで学生の成長を促す/東京都市大学
大学経営の契機となった学生の変貌
「入学してくる学生がどこか変わったと感じるようになった。そうですね、1990年代後半からでしょうか」と、湯本雅恵副学長は語り始められた。「具体的に言えば、入学時に十分な学習習慣が身についていない、あるいは、大学生活やその後のキャリアについての目的意識が不明確、そのような学生が以前と比べて増えてきたように感じるようになったのです。以前は4年次の卒業研究で鍛えることでよかったのですが、そこまで待っていては遅い、入学の時点から対応しなければと思うようになったのです」。
湯本副学長は、この原因を入学者選抜の多様化にあることを認めつつも、それへの対策が遅れていたと話される。こうした学生の多様化がじわじわと進んでいても、それを課題として把握し対応策を練り始めるにはさらに時間を要した。今後の大学の中長期計画である「アクションプラン2030」を作る過程でこの問題が明確に意識化され、大学戦略室という中長期計画を推進するための組織が設置されたのは、2014年であった。このアクションプランは、2019年に創立90周年、2029年に創立100周年を迎える節目に向けての中長期計画であるが、実はこうした中長期計画の策定そのものが初めてだったそうだ。
このアクションプランにおいては、目標年を2020年度、2030年度と定めた4つのプロジェクトが展開される。その第1が「教育の質保証プロジェクト」であり、そのもとに4つの施策・事業案が置かれている。そのうち本稿の議論と直接に関わるのが、「1.都市大教育理念に則った教育プログラム」「2.教育の質を保証するためのマネジメントシステム」である。このプロジェクトを立ち上げたことで東京都市大学(以下、都市大)の教育改革は加速化する。
教育改革を推し進める体制整備
教育改革を迅速に進めるためには、そのための組織が必要である。2014年の大学戦略室の設置から2年を経て、それとは別の学内組織として教育開発機構を立ち上げ、この中に教育支援・改善部門、教育評価部門、研修部門の3つを置いた。これは、学長と各学部及び全学委員会をつなぐ位置づけにあり、具体的な改革プランの企画・立案をするための組織である。「アクションプラン2030」を推進する大学戦略室との密な連携は欠かせない。
もちろん、これまでにも学部等の教務委員長を中心に構成される教務委員会において改革プランは議論されてきたが、委員会組織では所管業務も多く、なかなかプランの企画・立案には及ばない。そこで、そのための組織として、この教育開発機構を設置した。構成員は、副学長を機構長とし、副学長のもとに置かれていた補佐教員、教務委員長、3キャンパス代表者等8名の教員、関連部署の職員等、学長によって指名された合計16名である。このメンバーで、1カ月に1・2回の全体会議と、タスクチームによる検討を並行して行うことで、改革のための企画・立案を行ってきた。
学長が見込んだ教員を中心に据えるが、全学の意向も汲んだ組織構成とし、さらには会議の頻度を高くすることで、課題は格段に速く処理されるようになったという。大学という組織においては、ボトムアップを含みつつ、しかし、一定のトップダウンによる決断がないと改革は進まないのであろう。
「社会に通用する」学修成果の模索:ディプロマ・サプリメント
さて、もっとも主要な改革課題は、学生をいかにして主体性をもたせて社会に送り出すかである。そのためには、従来の卒業研究に1年次から3年次までの学習を接続し、さらには大学入学前から、そして大学卒業後の社会人に至るまでを視野に入れた教育システムを構築することが必要だと判断された。大学に在学する4年間における教育を、その前後を含め長期的な観点から構築しようとしたのは、大学教育の成果とは、社会に通用する人材の育成と考えたからにほかならない。
しかしながら、社会に通用する人材とは何か、それをどのような形で社会に示すのか、大学における学修成果をどのように設定するのか、学生がそこに至る過程をどのように評価するのか等々、目標を具体化するにつれ課題は増える。また、「社会に通用する」を謳うのであれば、卒業生に対する調査や企業等に対するニーズ調査も欠かせない。
こうした試行錯誤のなかで開発を進めているのが、ディプロマ・サプリメント(以下、DS)である。DSとは、もともとは欧州高等教育圏の構築を推進するボローニャ・プロセスのもと、国家間で異なる学位・資格の認定のために共通様式で情報を記載し、それでもって公的で透明性のある文書とするものだが、日本では共通性より各大学の学位の特徴を示すものとして用いられる傾向がある。
都市大の場合、DSは、図表1の六角形に記された「リテラシー基礎力」「コンピテンシー基礎力」「語学力」「基礎学修力」「専門学修力」「専門実践力」という6つの力であり、それを学修成果として可視化しようとした。そして、この6つの力を涵養するための正課活動と正課外活動の教育プログラムの円が、周縁に位置づく。これらは、社会人5年目と15年目の卒業生3000人対象の卒業生調査と、約5000社の企業対象の人材ニーズ調査を踏まえて設定されたものであり、その点では「社会に通用する」学修成果といってよい。このDSによって、自信を持って学生を社会に送り出せると考えたのである。DSを設定したのは教育開発機構であるが、比較的スムースに決めることができたそうだ。
これまでは卒業研究を遂行することで、学生が社会で伍していける力をつけることができたと大学は自認しており、学生を受け入れる社会の側もそれに信頼をおいていたが、それを目で見て確認することは容易ではない。そこにDSを介在させることで、獲得した力を可視化でき、他者への説明が容易になる。DSには、そのような効用が期待された。
1年次から3年次の学修成果:プレ・ディプロマ・サプリメント
課題は、1年次から3年次の学生の教育をどのように4年次の卒業研究につなげるかであった。4年次にDSを置くだけでは、学生の4年間の成長は測定できないうえに、学修成果の質保証もままならない。そうであるならば、1年次から3年次までもDSを用いて学修成果を測定すれば、成長が可視化できるうえ、学生の自己理解も高まるだろう。こう考えて、DSと同様の形式による、プレ・ディプロマ・サプリメント(以下、PDS)を置くことにした。それが、図表1の下部に示されている。学年ごとに6つの力を測定し、学年が上がるごとにその力が向上し、次第に大きな正六角形になることが理想である。
このPDSは、1年次から3年次には、半期に1回作成される。「鉄は熱いうちに打て」の例えのように、成長の度合いを細かく測定する。3年修了時のPDSは、企業提出用として就職活動のスムースな進展に用いられる。そして卒業時にDSがある。
また、DS、PDSには、上述の6つの力で測定される定量情報以外に、学生個人に関する情報、履修履歴、課外活動履歴、取得資格の情報、学位の情報等の定性情報を、学生が自分で記入するポートフォリオ機能があることを特筆したい。定量情報は客観的で比較衡量が容易であり、ある学生が全体のどこに位置するかを知るという点で有効であり、定性情報は学生個々人の特性を知ることができるという点で有効である。これらによって、学生は1年次から4年次までの自己の立ち位置を理解し、それを踏まえて次のステップに踏み出し、学修のPDCAサイクルを回すことができる。
この計画が他大学と比して評価されるものであることは、2016年度の大学教育再生加速プログラム(AP)のテーマV「卒業時における質保証の取組の強化」に採択されたことで証明できよう。このテーマの採択率は16%であり、期待の大きさを知ることができる。
綿密な支援スケジュールと支援者の役割
DS、PDS以外にも、適性検査とその結果を活用したセミナーが毎年企画されており、2年次、3年次にはインターンシップガイダンスやインターンシップ成果報告会、3年次には進路ガイダンスと、学生の進路に関する支援は手厚い。こうした綿密な支援のもとで、学生の目的意識を明確にし、意欲を持たせて社会に送り出す。
これらの支援活動を大学活動に恒常的に組み込み稼働させるには、やはり最後は人力である。もちろん、学生がPDSとDSによって、自ら学ぶことができるようになることが理想であるが、実際にはそこに向けての支援がないと難しい。学生を主体的にするための、他者からの支援が不可欠なのが実情である。
学修の目標を立て、学修の過程を記録し、結果を振り返るといった要所には、支援者が必要である。それを行うのが、クラス担任、学修アドバイザー、キャリアカウンセラーである。クラス担任制度は従来からあり、学部によって学年や人数で運用が異なるが、1・2年次を中心に学生30人程度を担当する。3・4年次は所属研究室の教員がその役割を果たしてきた。これまでは学修相談、時にはメンタル面の対応をしてきたが、これからはPDSを介して、より個別に継続的な学修支援に応じていく。学修アドバイザーは、全学的観点での学修支援に関するコーディネートと、教職員が行う学修相談へのアドバイジングの役割を担う。また、11人のキャリアカウンセラーはこれまでも将来のキャリアや就職に関する相談を担当してきたが、今後は学修成果につながる自己理解や成長の観点からも支援に関わることになる。このように重層的な支援体制を設けることで、4年間の成長の機会を担保しようとしている。
ただ、支援者の付加が増大することは必須なうえ、個別学生の学修成果に対する適切な判断が必要となる。新任教員に対しては、これまでも初任者研修や夏に合宿を開催してFDを行ってきたが、それはすべての教員に対してなされているわけではない。一方で、DSを開発しつつ、他方でFD専門委員会における勉強会の開催やワークショップの開催を重ね、2017年9月に開催した全学FD・SDフォーラムでは課題認識とDSを通じた支援の必要性について共有化を図った。システムを稼働させるのは人なのである。
システマティックな教育の質保証
学修成果の可視化の手法としてのDSの開発ではある。それは、往々にして外部から求められたことへの対応と思われるが、実はそうではないことが図表2を見ると理解できる。変貌した学生を社会に送り出すためには、学生が問題意欲を持って自ら目標を設定し、それに挑戦して、成功であれ失敗であれ、それを省察することによって自信を深めていくこと、それを「成長」と考えてのDSの開発である。図表の中央に位置する「DSシステム」は、学生が自身で学修のPDCAサイクルを回すための装置であり、その装置を駆動させるのが、学修アドバイザー等の人的支援体制である。機械的な意味でのシステムに人的要素を組み合わせることで、的確な装置ができる。それが右上の赤枠の「個別学修支援システム」である。学修成果を可視化するだけが目的ではないことは、人的な支援によって個別学修を促進する仕掛けとなっているところにみることができる。
教育を教授・学習過程と分析的に捉えれば、学生の学修の前には、教授過程がある。それが、図の左下の「教育システム」である。この部分は1990年代から2000年代にかけての教育改革の課題であり、多くの大学が多かれ少なかれ取り組んできた事柄である。
ただ、3つのポリシーの制定の義務化で再確認が求められているのが現実であろう。都市大でも、学期ごとの成績評価に関してGPAの妥当性が議論の俎上にのぼっているという。GPAとは履修科目の平均値であるが、成績評価の基準化の必要性や、学生個別の学修を支援しようという体制が作られつつあるなか、平均値で一括りにしてしまうことで個々人の特性を見落としてしまうことがないのかという懸念から出発した議論であろう。
この3つのポリシーのもとで、大学の提供する教育がどの程度機能しているのかをチェックするのが、右下の「教育IR」という部分である。IRを組み込むことで提供する教育のPDCAサイクルを回すことができ、それが、教育システムの再考に連なるという仕組みである。教育IRを進めていく際には、入学時から卒業後約10年までを視野に入れ、3つのポリシーとの整合性をはかっていく、「EM(エンロールメント・マネジメント)」が不可欠である。
このようにして一渡りこの図表を眺めてみると、日本のいくつかの大学では既に、あちこちの部分に取り組んでいることだろう。しかしながらそこでの改革は、得てして大学外部からの要請への対応として行ってきたため断片的であり、それぞれがどのような関連にあるのかまで気づくことができなかったように思う。都市大のこの図表は、日本の大学が総体として何をどのように改革しているのか、その見取図ともいうべきものであり、自身の大学が何をどこまで進めているかを測定するためのチェックリストに使えそうだ。
(吉田 文 早稲田大学教授)
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