大学を強くする「大学経営改革」[75] 「優れた組織」をつくり上げるために何が必要か 吉武博通
「改革」という名の「組織弄り」に陥っていないか
社会に必要な財やサービスの多くが「組織」によって生み出され、日本の就業者の約9 割が雇用者として「組織」で働く時代である。当たり前のように感じられるが、雇用者が就業者の半数以上を占めるようになってからわずか数十年しか経っていない。
組織とは何か、組織と個人の関係をどのように考えればよいのか、組織をうまく機能させるためには何が必要か、といった点について、日々組織と関わりながら、私たちはどれほど深く考えてきたであろうか。
とりわけ、組織への帰属意識が低いといわれる教員が多数を占める大学では、このような疑問すら湧きにくい状況にあったと思われる。そのようななかで、大学の活動領域は広がり、教育をはじめ組織的取り組みがこれまで以上に求められ、ガバナンスやリーダーシップが強調されるようになった。学内組織の新設や統廃合こそが改革との風潮も、政策当局を含む関係者の間で広がっている。そのことに右往左往させられる大学の現場の声も聞こえてくる。
組織を理解することなく、組織の中の個人を理解することなく、「組織弄り」を繰り返すことほど危ういことはない。誰のための、何のための改革なのかという疑問や徒労感が現場を覆い、学生や学問にじっくり向き合う物理的・心理的余裕も失われていく。
組織マネジメントは興味の尽きない創造的営為
主体的に考える力を身につけさせるための教育改革、基礎研究の深化と社会的課題を解決するための応用研究の展開、地域・社会への貢献、これらを促すための競争的環境の創出や評価の確立等、いずれも重要な課題である。
問題は、大学という組織がこれらの課題を効果的・効率的に処理できる装置として機能し得る状態にあるのかという点である。装置の処理能力を知ることなく、原材料を投入し、フル稼働させれば、やがて装置は故障し、修復に多大な時間と費用を要することになる。組織と機械は違うとの反論もあろうが、組織を構成する人間は機械以上にデリケートであり、期待以上の力を発揮することもあれば、期待に応えてくれない時もある。
製造現場を歩くと、機械装置の状態に目を配り、微かな異音も聞き逃すまいとする技術者・技能者の姿を目の当たりにする。ましてや組織は生身の人間の集まりである。その処理能力や状態を知ることは容易ではない。機械装置に対するものとは比較にならないレベルの目配りや心配りが必要なことは言うまでもない。
理事長・学長や役員・副学長・事務局長、あるいは学部長や部課長等、指導的立場にある人々は、自分が率いる組織の処理能力や状態をどれほど理解しているだろうか。より深く正しく知ろうと努力を重ねているだろうか。
組織とは何か、大学組織はいかなる特質を持ったものなのか、個人の能力を引き出し、組織を最大限に機能させるために何が必要か等、絶えず自らに問い続け、実践と内省を繰り返しながら、自分なりの組織観やマネジメント手法を身につけていくことは極めて重要であり、興味の尽きない創造的営為でもある。
『エクセレント・カンパニー』に学ぶ
本連載でも述べてきたが、明確な指揮・命令系統によって整序された経営体的組織(法人組織や事務局組織)と自律性の高い教員の集団である共同体的組織が併存する大学を企業組織と同一に論じることはできない。しかしながら、経営環境の変化を受けやすく、組織の優劣が成果に直結する企業が経験を通して培ってきた考え方や手法、それらを観察し分析することで蓄積されてきた経営学上の理論には、学ぶべき事柄が多い。
そもそも「優れた組織」とはどのような組織を意味するのだろうか。
ビジネス分野で世界的に注目された一冊に、『エクセレント・カンパニー』というマッキンゼー社の2人のコンサルタントによる著書がある。1980年前後の米国の超優良企業に共通する特質を抽出したものであり、日本企業の経営改革にも大きな影響を与えた。
その特質とは、①行動の重視、②顧客に密着する、③自主性と企業家精神、④ひとを通じての生産性向上、⑤価値観に基づく実践、⑥基軸から離れない、⑦単純な組織・小さな本社、⑧厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ、の8つである。
「行動の重視」とは、まずやってみて、だめなら直せという意味である。日本ではサントリーの「やってみなはれ」が知られているが、それと同じおおらかさを感じる価値観である。
「顧客に密着する」は説明するまでもないが、大学でも学生、保護者、高校、就職先等から得る情報は貴重である。とりわけ学生に密着し、理解することで、教育や学生支援機能を充実させる様々なアイデアが生まれ、それを実践することで、競争優位性を高めることができるはずである。
「自主性と起業家精神」、「ひとを通じての生産性向上」は、使う者と使われる者、管理する者と管理される者を区別するのではなく、個人とその自主性を尊重する。そして、組織内の至るところで地位に関係なくリーダーシップを発揮する人材が生まれる。そのような状態を指すものである。
「価値観に基づく実践」は、当該企業が大切にする理念やフィロソフィーが、組織内の隅々まで浸透し、日々の判断や行動にまで貫かれている状態である。そのような考え方が徹底されているからこそ、構成員の自主性に委ねることができるのである。
「単純な組織・小さな本社」は、読んで字のごとくであり、本部や機構、委員会等次々に新たな組織を設置し、複雑さを増す大学組織に警鐘をならす言葉でもある。法人・大学の本部機能や企画管理機能が重視され、教育研究現場や学生支援に係る機能に十分な戦力が割けないといった状況があるとすれば、小さな本社の考え方に則って、見直しを行うべきであろう。
「厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ」は、権限を分散し、現場の自主性に委ねる一方で、全社共通の価値観は末端まで貫くことを意味する。最近では、大胆な権限委譲を行う一方で、共通の価値観・ルールの徹底とリアルタイムの実績把握を通して内外の子会社や事業部門を統制する方法も広がっている。ただ、集権と分権のバランスはいつの時代のいかなる組織においても難しい課題であることは理解しておく必要がある。
「基軸から離れない」は、自社が熟知していない業種に無闇に手を広げることを戒めたものであるが、大学が新たな学部の設置や活動領域を広げる時など、意識しておくべき視点でもある。
持続可能な組織をつくり出すことがトップの役割
前掲書から約10 年後に、『ビジョナリー・カンパニー』というスタンフォード大学の2人の研究者による著書が出版され、注目を集めた。同じ業種の金メダル企業(ビジョナリー・カンパニー)と銀メダルか銅メダルに相当する企業(比較対象企業)を比較し、前者の優位性の源泉を分析したものである。
この中で、ビジョナリー・カンパニーのリーダーは、「偉大な指導者になることよりも、長く続く組織をつくり出すことに力を注いだ」と指摘している。
また、「確かに、利益を追求してはいるが、単なるカネ儲けを超えた基本的価値観や目的といった基本理念も、同じように大切にされている」とし、「決定的な点は、理念の内容ではなく、いかに一貫して理念が実践され、息づき、現れているかだ」と述べている。
さらに、綿密で複雑な戦略を立てて実行するのではなく、実験、試行錯誤、臨機応変によって生まれたものが多いとしたうえで、競争に勝つことよりも自らに勝つことを第一に考え、「明日にはどうすれば、今日よりうまくやれるか」を厳しく問い続けた結果が成功につながると主張する。
両書に共通するのは、基本的な理念や価値観の重要性であり、それが組織内に広く行きわたり、判断や行動に貫かれていること、そのうえで、自主性を尊重し、行動や試行錯誤を通した進歩を重視していることである。自ら方向性を示し、強い指導力で組織を率いるよりも、基本的な理念や価値観を守りながら、変革を続ける持続可能な組織をつくり上げる。そこにトップリーダーの役割を見いだしていることは重要なポイントである。
自由で豊かな発想、行動の重視、個人と組織の成長
両書の主張は、大学組織にも通じ、十分に活かされるべきものである。
問題は、両書の観察対象が合理的な管理構造の基本とされる官僚制システムで成り立つ大企業だという点である。これに対して大学は、既述のとおり経営体的組織と共同体的組織が併存し、「協働システムとしての組織」の成熟度は決して高くない。個々の教員の自律性を尊重したうえで、教員間の協働や教員・職員間の協働をどう促すか、法人組織や事務局組織に見られがちな形式主義、事なかれ主義、セクショナリズム等「官僚制の逆機能」と呼ばれる弊害をどう克服するか等、解決すべき問題の難度は高い。
組織を変革する場合、一つか二つの仕組みや制度を変更したからといって容易に効果が出るものではない。多くの場合、それらは相互に補完し合う関係にあることから、組織を成り立たせている考え方、仕組み、制度等を再整理し、相互の関係性を理解したうえで、手順を考えながら戦略的に変革に取り組む必要がある。
下図は、2つの前掲書、経営学の理論、筆者自身の経験などに基づいて、「優れた組織」づくりのための枠組みを示したものである。
図は4つのボックスで構成されている。中段に「組織の設計」と「人事管理の確立」を配置し、それを上段から「自校の使命・理念・将来像」、下段から「共有する価値・重視すべき考え」が挟み込む形である。目指すのは、「自由で豊かな発想と行動を重視し、個人の成長と組織の成長の好循環が生まれる組織」である。
仕事は決して楽なものではない。本来厳しいものであり、大学の役員・教職員にはさらに厳しさを求めるべきかもしれない。その中で、安易に思考を止めることなく、様々な知恵を巡らせ、行動し、試行錯誤を繰り返しながら、教育研究と経営を高度化させる。
そのプロセスを通して自らを成長させ、それが組織の成長・発展につながり、そのことが個人の働き甲斐やさらなる成長につながる。「優れた組織」とはそのようなものを指すのではなかろうか。
以下、4つのボックスについて、それぞれの要点を解説する。
組織と人事は車の両輪
最初に中段であるが、組織と人事は車の両輪との考えに基づき、左右に配置している。
組織というと、学部、本部、機構、部課、委員会など容れ物としての組織を考えがちであるが、それは組織設計の一部に過ぎない。また、大学の場合、組織や職位を設けてもそこに位置づける機能、権限、責任が明確に規定されていないことが多い。意思決定プロセスを含めて、これらを明確化することは組織設計の基本である。
そのうえで、業務の標準化、ICTの高度利用、見える化を進めるとともに、コミュニケーションの密度を高める仕組みや持続的な改善を促す仕掛けを工夫する必要がある。
内容については、本連載で述べてきたものもあることから本稿では詳述しないが、これらの要素が合わさって初めて「組織の設計」と呼べることを強調しておきたい。
人事については、教員と職員で人事管理のあり方は異なるものの、職種を超えて個々人が大学で働くことに何を求めているのかを理解することが全ての出発点となる。人事管理の本質は、組織の目的と個人の目的を調和させることにある。個人は様々な動機・目的を持って組織で働く。重視する要素、関心の置き方、働き方に対する考え等は人によって異なる。
そのことを十分に理解したうえで、求める役職者像・教員像・職員像を明確化し、キャリアパスや評価基準を示す必要がある。そして、公平な評価と処遇のための最大限の努力を行う。全ての構成員が納得する評価・処遇などあり得ないが、公平であろうと努める姿勢を示すことは、組織を健全に持続・発展させるうえで極めて大切である。
体系的な人材育成システムでは、特に、中小規模の大学に制約が多いことに留意する必要がある。学外の研修機会の活用や他機関との連携・交流等も含めて、自校に相応しい育成システムを工夫する必要がある。また、役職教職員の教育、新任教員研修や教育能力開発を含む教員向け教育の実質化にも取り組む必要がある。
どこを目指し、何を重視して行動するか
次に、上段の自校の使命・理念・将来像について考えてみたい。建学の理念が明確であり、その精神が構成員に受け継がれている場合はそれを拠り所にすることができるが、新たに使命や理念を制定したり、将来像を構想したりする場合、多くの人々の心に落ちる言葉や説得力あるビジョンを打ち出すことは容易ではない。
重要なことは、自分たちは何者であり、何を目的に、どこを目指して進んでいるのかを教員・職員や役職・一般を超えて話し合う機会を設け、日々の活動においても考え続けることである。そのプロセスを通して何をなすべきかが見えてきて、それが競争力につながるはずである。
下段の共有する価値・重視すべき考えは、バリューやウェイとも呼ばれ、判断や行動の基準となり得るものである。単なる作文や標語で終わらせるのでなく、これらの基準に則って行動したかどうかを人事評価で問うなどして徹底し、組織文化として定着させなければならない。
どこを目指し、何を重視して行動するかを共有したうえで、多様な構成員の主体性に委ねる。「優れた組織」づくりは時間がかかるが、大学の持続可能性を高めるために避けることのできない道である。
【参考文献】
T・J・ピーターズ、R・H・ウォーターマン(大前研一訳)『エクセレント・カンパニー』講談社、1983
ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス(山岡洋一訳)『ビジョナリー・カンパニー-時代を超える生存の原則』日経BP 社、1995
(吉武 博通 公立大学法人首都大学東京 理事)
【印刷用記事】
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