eシラバスとAI活用で、一歩先行く主体的学習と自己成長を支援/金沢工業大学

金沢工業大学キャンパス


ジャパンSDGsアワードSDGs推進副本部長賞に選定

 「SDGs(エスディージーズ)」という言葉をご存じだろうか。「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、国連加盟193カ国が2016~2030年の間に達成を目指す目標のことである。日本では、首相を本部長とするSDGs推進本部が取り組みをバックアップしており、その一環として、昨年末、平成29年度ジャパンSDGsアワード(第1回)の表彰が行われた。280もの応募のなかから12の企業・団体等が受賞。金沢工業大学は大学として唯一SDGs 推進副本部長(内閣官房長官)賞に選定された。

 17ある目標のうち、特に「質の高い教育をみんなに」への寄与が評価されての選定だった。「学部・学科を超えた全学体制」を整え、「誰一人取り残さない教育体制」を構築、「社会実装型の研究・教育を実践」し、「周辺の自治体と密接に連携」している。これまでの金沢工業大学の取り組み内容が評価されたということなのだろうが、ただ、おそらく受賞理由はほかにもある。いや、受賞の前提になっていることがある、とでも言い換えるべきだろうか。即ち、金沢工業大学の動きが早く、そして何よりプレゼン力が素晴らしいのだ。取り組みの内容自体が重要であることは言うまでもない。しかしながらどれほど良い取り組みをしていようと、そしていくら実績を上げようと、その意義が分かりやすいかたちで周りに伝わらなければ注目されることはない。

 取り組んでいることをいかに見せるか。実績をどう表現するか。ここで今回の特集である「学修成果の可視化」に観点を移しても、金沢工業大学はかなり力を入れた試みを行っている。

1990年代半ばにスタートした教育改革

 改めて金沢工業大学を紹介すれば、金沢駅から車で30分ほどのところに位置する理工系の大学である。北陸電波学校を母体に1965年に創設された比較的新しい単科大学ながら既に4学部(工学部、情報フロンティア学部、環境・建築学部、バイオ・化学部)を設置、学部学生数も6500人を超えている。建学綱領は、「高邁な人間形成」「深遠な技術革新」「雄大な産学協同」の3つ。ただ、このような説明を述べるまでもなく、大学関係者であれば、誰もが一度は金沢工業大学の名前を聞いたことがあろう。と言うのも、改革の先駆的機関として知られ、新聞社等が行う大学ランキングの教育関連項目上位常連校であるからだ。「教育付加価値日本一を目指す」というキャッチフレーズとともに大学が説明されることも多い。

 ただ、今でこそ教育改革代表校として知られるが、時間を遡れば、1990年代前半、金沢工業大学が目指していたのは、「研究機能の強化」だった。創設から四半世紀が経ち、大学としての体は整い、志願者も集まるようになった。これからは研究活動の拡充を志したい──このような考えから精力的な米国視察を実施するも、その中で見えてきたのは、「研究」ではなく「教育」の重要性だった。米国の大学は、教育を充実させることで研究成果を上げているところがほとんど。改革の矛先は一気に教育の充実化に向けられた。その結果として導入されたのが、「プロジェクトデザイン教育」である。1995年に方針が決定され、1996年から実際の授業が開始された。

 プロジェクトデザイン教育とは、問題発見から解決にいたる過程・方法をチームで実践する必修17単位の教育であり、カリキュラムの主柱になっているものだ。その内容も興味深いところだが、ただ、この文脈で急ぎ強調しておきたいのは、こうした改革の延長上にある現在進行形の動きについてである。即ち、2015年度以降、プロジェクトデザイン教育をはじめとする授業は、「eシラバス」を核としたパワーアップが図られている。さらに学生が学修の成果をより分かりやすいかたちで確認することができる「自己成長シート」の構築が試みられている。そして、この「eシラバス」と「自己成長シート」こそが、現在、金沢工業大学が「学修成果の可視化」をめぐって進めているチャレンジを説明するキーワードになっている(図1)。

図1 金沢工業大学の教育システム

一歩先へ行く「可視化」をめぐる挑戦

大澤 敏 学長

 そもそも金沢工業大学は、「学修成果の可視化」にもいち早く取り組んできた大学である。

 例えば、ルーブリック評価への挑戦は、既にプロジェクトデザイン教育導入と時期を同じくして始まっている。全学的に擦り合わせた共通のルーブリックを作成したうえで、科目の特徴に合わせた評価が行われる。成果の評価方法に悩む大学が未だ多いなか、ルーブリックについて、「20年以上やっている」「シラバス上で評価項目と基準が明確になっているので、齟齬はないです」と語る大澤敏学長の説明は、金沢工業大学の強さを示す証左だと言えよう。

 加えて、学生の成果物をポートフォリオというかたちで保存し、担任との定期的な面談やオフィスアワー(一週間に一度という頻度)に使用するだけでなく、就職活動時にそれを活用し得る体制も築き上げてきた。金沢工業大学は就職率の高さでも知られるが、このポートフォリオによる学修成果の可視化がうまく機能してきたからこそのことだとみることもできる。

 しかし、金沢工業大学の挑戦は、その先へと進んでいる。ルーブリック評価やポートフォリオの使用は軌道に乗り、シラバスの見直しも図っている。そのうえで試みたのは、それぞれをバラバラに運用する状況からの脱却であり、学びをより深く、より広くするための工夫であり、成長の様相をコンパクトに確認することができるシステムの構築である。「大学教育再生加速プログラム(AP事業)」に採用されたことも新たな取り組みを後押しした。そして結果として生み出されたのが前述の「eシラバス」であり、「自己成長シート」である。

「eシラバス」の導入

 まず、eシラバスについて簡単に説明すれば、様々な学修の素材をつなげることを可能にしたWEB上のシラバスのことである。

図2 eシラバス概念図

 シラバスには、「科目の概要」「科目の評価方法」「達成度の目安」「毎週の学習内容」といったものが記載されている。これは大学と学生との契約のようなものであり、eシラバスにも変更不可のものとして記載されている。しかしながら同時に、eシラバスには変更可能領域が設けられている。毎週の授業について教員は適宜コメントを載せることができ、また授業の理解を深めるために参考となる「eラーニング教材」「教員が作成する配布資料」「参考ビデオ」「授業の録画データ」「各教育センターが行う講習会や勉強会」等の教育情報が加えられる。また、授業科目に関連する正課外教育等へのリンクが貼られ、レポートの提出先もeシラバス上。ポートフォリオもeシラバスに組み込まれて運用されるようになった。いわば、各種教材を統合管理するカギとなっているのが、eシラバスなのである。学生達は、この一つのツールで、自分自身の学びの拡がりや意義を端的に捉えることができる(図2)。

 なお、eシラバスには、FD機能も期待できると言う。大澤学長は「全ての教員のeシラバスが閲覧可能ですから、先生方もヒントを得るために、他の教員のシラバスを見るようになるんです。すると、やはり頑張っている教員のシラバスから刺激を受ける。すごいなと思って、参考にするわけです。そういうことを自由にやっていきましょうということです。教室でのFDも大事ですが、リアルタイムFDをしていかないと、社会の動きについていけなくなります」と強調される。

分かりやすさを追求し、進化する「自己成長シート」

 もうひとつ導入を試み、現在進行形で改良されつつあるのが、「自己成長シート」だ。

 自己成長シートには、卒業のための単位数、現在の取得単位数、理想的な取得単位数が示され、自分自身と学科のGPA平均値の推移、さらに各科目の出席状況も分かるようになっている。加えて、これまでの課外活動や学長褒章(成績優秀者や課外活動等において顕著な活躍があった学生に送られる賞)の取得状況等も確認でき、自ら記録した毎週の行動履歴も振り返ることができるようになっている。

 自分が入学してからどのように成長してきたのかを視覚的に捉えることができるものだが、先述のように、このシートは現在も改良が試みられている。一般社団法人日本技術者教育認定機構(JABEE)の取り組みを参照して設定した技術者として必要な素養(A~N項目に分けて設定)について、どれほどの力がついているのかを各授業の成績から算出し、視覚的に把握できるシステムへの発展が企画されているのだ。

 自分のどこが強くて、どこがまだ弱いのかが一目瞭然で分かる。教員との面談で「今度はここを伸ばすために、こうした授業(あるいは課外活動)に取り組んでいこうか」という話ができるエビデンスにする。なるほど、大学時代の学びは複雑であり、獲得すべき知識能力も多様だ。しかし、「複雑で多様だ」で終わってしまっては、目指すべき方向性が定まらないのも事実であろう。目標を立てるためにコンパクトに現状を示す。学生目線を大事にし続けてきた金沢工業大学ならではのチャレンジである。

「学生向けWatson」活用スタート

 ルーブリック評価やポートフォリオに始まり、eシラバス、自己成長シート等、学修成果の可視化をめぐる金沢工業大学の取り組みは着々と進展しているようだが、「まだもっと先に行く、もっと面白く、有益なシステムを構築するために、IBM社の協力を得てAI(人工知能)を活用した学生向けWatsonを取り入れました」と大澤学長は改革の手綱をゆるめない。そしてこれは、いち早く教育改革に取り組み、学生達の学修履歴に関する膨大なデータを蓄積してきた金沢工業大学だからこその改革でもある。

 「AIは文字データから情報を拾うのが得意です。そのAIが、ポートフォリオに書かれた文章をはじめとする様々なデータから各学生の特性を判断する。そのうえで自分と同じ特性を持つ卒業生を、匿名データとして類似度の順にランキングし、その卒業生達が何をどのように学んできたのかを示します。また、なりたい自分に近い卒業生の学修履歴を参照できるようにしてあることもポイントです。学生は、自分の目標や将来像を具体的に描きながら行動することができるわけです」と大澤学長は話す。気軽に使用できるよう、チャットボット(Chat Bot)の仕組みが取り入れられていることも魅力的だ(図3)。

※クリックで画像拡大
図3 AI を活用した自己成長支援システムとChat Bot

 もちろん、AIの限界も十分に認識されている。「AIの言っていることが100%正しいわけではない。それは学生達にも言っています」と大澤学長は言われる。と同時に、「でも、自分を考えるとてもいいきっかけになる。実際、Watsonを利用して自分を見直し、新興国に行くプロジェクトに参加を決意し、大きく成長できたという例も出てきています」と続ける。

 学生向けWatsonが全学生を対象に導入されたのは、昨年の10月。本格的に運用されるようになってから間もなく、まさに発展途上である。システムが発展するにつれ、そして学修履歴のデータが豊富になり、使用事例が蓄積されるにつれ、その意義はさらに高まっていくのだろう。今後に一層の期待が寄せられる。

 私自身の経験を持ち出して恐縮だが、2012年夏に、別の目的で金沢工業大学を訪問調査したことがある。その時に印象に残ったのは、「標準化」を求めた改革だった。同じ名前の授業は、どの教員が担当するかに拘わらず、同じ内容を扱う。それでこそカリキュラムの体系化が可能になるとの説明だった。

 ところが、今回の取材からは、むしろ「多様性」に力点を置く話が多く聞かれた。教員の個性を出せるeシラバスや学生それぞれの成長を支援する学生向けWatson、また、大澤学長によれば、今後は若い学生達が社会人や留学生と積極的に関われる場の形成に努めていきたいと言う。

 わずか5年での変化に驚かされたが、他方で徹底した標準化を追い求めたからこそ、自信を持って多様性へと舵を切ることができるのだろうとも感じた。多様性はたしかに重要であるものの、徒に求めるとカオス状態になる。そうならずに改革が進められているのも、「標準化→個性化」という手順を踏んだからではないか。「学修成果の可視化」とは異なる論点であるが、そのようなことが強く印象付けられた。

 取材の最後に、ここまで改革に注力できる条件を大澤学長に尋ねた。すると、間を置くことなく、次の3つが返ってきた。第一に「学生好きのスタッフ」、第二に「アカデミック出身:企業出身=1:1という教員の構成比率」、第三に「学閥・企業閥のない環境」。学生のことを思う教員達が様々な観点から遠慮なく議論し合える環境の中で、金沢工業大学は成長し続けている。

(濱中淳子 東京大学高大接続研究開発センター入試企画部門 教授)



【印刷用記事】
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