先駆性を軸にした徹底した社会人マーケティングと教育設計/敬心学園 日本医学柔整鍼灸専門学校

日本医学柔整鍼灸専門学校キャンパス


マジョリティーとしての社会人学生

岸本光正 敬心学園本部長兼日本医学 柔整鍼灸専門学校副校長

 OECD(経済協力開発機構)のデータによれば、日本の25歳以上高等教育機関入学者比率は国際的に見て最低レベル。また、文部科学省『学校基本調査』を用いて算出すると、大学(学士課程)への社会人入学者数は、徐々に減少しているという結果も得られる。内閣府「人生100年構想会議」はリカレント教育の必要性を説いているが、果たしてどれほど実現性があるものなのか──しかしながらこうした見方は一面的にすぎないのかもしれない。少なくとも学校法人敬心学園日本医学柔整鍼灸専門学校(以下、日本医専)への訪問は、以上の問いが単純であることに気づかせてくれる経験だった。

 敬心学園の歴史は、1974年に日本ジャーナリスト専門学校(東京都新宿区四谷)を開校したことに始まる。その後、児童文学や福祉へと領域を拡げ、日本医専は2002年に創立された。地下鉄東西線高田馬場駅から徒歩1分という好立地に位置しており、柔道整復学科と鍼灸学科の2つを有する。学園クレド(信条)の行動指針として掲げているのは、「先駆性」「科学性」「倫理性」「文化性」の4つであり、なかでも「先駆性」を最も意識している。

 日本医専が、社会人の学び直しに取り組む代表的事例として注目されるようになったのも、「先駆性」を大事にする姿勢あってのことだ。学園が社会人をターゲットにし始めたのは、20年も前のこと。18歳人口が今後増えないという将来予測がなされるなか、一時的な介護福祉不人気といった領域の事情も重なり、社会人受け入れへと舵を切ることにした。ただ、方針転換を余儀なくさせた領域固有の事情は、別の側面から成功の下支えにもなったようだ。岸本光正学園本部長(日本医学柔整鍼灸専門学校副校長)は、「医療・福祉・保育業界は、新卒でなければ受け入れないといった制約がなく、高度な対人折衝業務が多いため、社会経験のある人が優位になるケースが多い」「卒業後の就職で、社会人だからといって困ることもない」「ライセンスに結びつく領域だという特異性も大きい」と説明される。

 結果として、いまや日本医専の社会人比率(高卒既卒者比率)は75%にものぼっている。年代的には20代が31%と最も多いが、30~40代も32%、50代や60代の学生もいる。社会人学生はマイノリティーなのではなく、マジョリティーなのである(図表1・2参照)。

図表1 入学者動向の推移

図表2 在学生プロフィール

競争優位性の磨きこみこそが鍵

 しかしながらここで急いで断っておかなければならないのは、医療・福祉・保育業界で社会人教育の看板を掲げれば、学校が自動的に発展するわけではないということだ。日本医専は、社会人学生のニーズがどこにあるのか、徹底的に理解しようとしている。

 岸本本部長によれば、社会人学生を一括りで捉えるには無理がある。素朴に整理してみても、同じ職種のなかで、さらなる飛躍をしたいと考えている「キャリアアップ型」と、これまでのキャリアとは違う業界に飛び込んでみようという「キャリアチェンジ型」の2つに分けられる。前者は「もっと患者さんのためにできることを増やしたい」と柔道整復師や鍼灸師になろうとする看護師、後者は子育てが一段落し、第二の人生として、身体の構造を理解したうえで美容関連の仕事に携わりたいと美容鍼灸に関心を持つ主婦等をイメージしてもらえばいいだろう。そしてこれらそれぞれに対して競争優位性をアピールするための方策が探られている。

 キャリアアップ型への方策として特記すべきは、「有資格者制度」を設けていることである。基本的に国家資格関連のカリキュラムは、どの学校でも似通っている。そうしたなかで、日本医専は、医療系国家資格を既に持っている人に対して単位互換科目の履修免除を適応し、学費や授業時間数の削減を可能にした。3年間の学費は基本的に395万円だが、有資格者夜間特待生コースに入学すれば、その額は柔道整復学科で280万円、鍼灸学科で250万円にまで抑えられ、場合によっては週2回の通学で卒業までの必要単位を取得することができるようになっている。社会人だからといってただ学費を下げるより、ケースごとに理由があって減免される制度のほうが明快で、むしろ魅力的に映るのではないだろうか。

 他方でキャリアチェンジ型に対しては、卒業後のことも見据えたケアの確立を試みている。柔道整復師や鍼灸師として第一線で活躍している施術家の講話を聞くことができる「はぐくみプロジェクト」やアルバイト・転職の相談機会となる「業界フェスタ」を提供し、また付属の鍼灸院で報酬をもらいながら経験を積むことができる卒後研修も用意している。「鍼灸を勉強したいと入学される40代の方も多いのですが、新卒に拘らない領域といえども、実態として、40歳以上の求人は出にくいというところもあります。そこで、学校側としては、卒業以降、中高年の方々が現場で実践力を身につけるための講座を作りました。運転免許でいえばペーパードライバーではなくて、きちんと運転できるようにするところまで持っていく、ということです」と岸本本部長は話す(図表3参照)。

図表3 キャリア支援センター取り組み内容

徹底したマーケティング

 競争優位性の磨きこみと合わせて、日本医専の強みを生み出しているのは、徹底したマーケティングである。教職員自らが、在校生や卒業生、あるいは学校見学者からの話をもとに、どんな層にどんなニーズがあるのか、どうしたらそのニーズが本学への入学につながるのか、かなり具体的に吟味している。インタビューでは、「西洋医学に限界を感じている看護師の方々が、次に学んでみたいと考えるものは何だろうか」「アスリートの人達のセカンドキャリアとして、柔道整復師や鍼灸師はどれほどの可能性があるのか」「スポーツチームとの接点を強化することで、“選手をサポートする仕事がある”という認識も広まるのではないか」「美容鍼灸のみならず、漢方やアロマ、薬膳まで含めたトータルな学びを提供することで、美容分野教育分野のアドバンテージを持てるようになるのではないか」といった話が次から次へと飛び出してくる。

 なかでもインパクトがあったのは、入試をもマーケティングに活用しようとしたことがあったという話だ。日本医専では、2017年11~12月に「イノベーション・チャレンジ入試」を実施した。受験生にチャレンジしたい柔整鍼灸業界でのイノベーションを語らすことで、意欲ある学生を見いだすとともに、学校側もその語りからヒントを得ようと、一石二鳥を狙ったものである。合格者は3年間全額授業料無料。その特典だけに惹かれたと思われる志願者が殺到したため1年で終止符を打つことになったが、興味深い提案をしてきた受験生もいたという。彼女は、それまで学校側が考えもしなかった柔整鍼灸業界の顧客を面接で示し、合格を勝ち取った。

 ただ、学園として、なりふり構わず事業を拡大しようとしているわけではないということもポイントだ。事業ドメインとして設定するのは、医療・福祉・保育領域であり、それは変わらない。これらの領域において、国家資格を軸にしながら現場ニーズを細かく盛り込んだカリキュラムを武器に戦うと決めている。ふり幅の広さと新たな価値の創出で勝負していきたい。このような硬さと緩さの合わせ技が、功を奏している。

同窓会を「校友会」に

 新たな価値の創出のためには、現在進行形の情報が欠かせない。その情報を適宜キャッチアップできるようにと、2年ほど前、同窓会を校友会へと変更した。同窓会は卒業生から構成される学校から独立した組織。対して、校友会は、在校生・卒業生や教職員が一体となって在学中から卒業後までサポートすることを目的とした組織。この組織変更に伴って、職業教育にとって極めて重要となる「学校と卒業生とのコミュニケーション」が活性化した。学校としては、「自分の仕事が天職だ」と思えるまで在校生・卒業生達をサポートしたい。3年間の学校という役割を果たすだけで終わりたくない。卒業生たちには、何らかのかたちで情報提供したいし、逆に彼・彼女らが学校に関わり続けてくれれば、在校生の教育にも反映できる。そのような熱意が変更の背景にはある。

 同窓会が校友会になったことへの卒業生のリアクションについて尋ねると、「正直、必ずしも学校に対してプラスのイメージを持っている卒業生ばかりではありません。距離を置きたいと考える人もいます」と岸本本部長は話す。しかしながら続けて、「でも、やはり卒業後もサポートしてほしい、もっと学びたいという声が寄せられることは多いです。というのは、卒業生達は、職業柄、大企業に入るわけではなく、個人事業主になる、あるいは小さな規模の企業に勤めるといった状態になるので、自分だけでできることは限られてくるのです。ですから、学校を起点にしたネットワークによるサポートが求められることになる」と指摘する。

 今、校友会を中心に発展させようとしているもののひとつに、プロスポーツチームへのインターンシップ制度(在校生・卒業生ともに対象)がある。なるほど、確かに個人が交渉できるようなレベルのことではない。実績ある組織が動くからこその強みが、ここにはある。

学生の事情に合わせた指導体制へ

 インタビューでは、また別次元の構想についても語られた。授業や補講だけではなく、様々な学生サポートについてのことだが、例えば30名の学生に対して1人の教員がつくといった担任制による指導体制を、学生1人に対して「複数の教職員」が担当する体制へと変えようとしているそうだ。これほど社会人学生が増えると、もはやクラスの統一性というものは期待できなくなる。年齢やこれまでのキャリアによって、学生としての構えは大きく異なってくる。ケース・バイ・ケースの対応が必要となり、だとすれば、複数の教職員が協力しながら臨むほうがうまくいくのではないかというプランにたどり着いたという。

 ただ、複数の教職員が担当するとなると、責任の所在が曖昧になるという問題も生じよう。その点を尋ねると、教職員の意識づけをめぐる説明が返ってきた。

 一般的に教(職)員会議は、およそ情報共有に終始するものが多い。そうしたなか、日本医専の教職員会議では、月に1回の頻度で特定のテーマに関するグループディスカッションを行っている。学校が置かれている状況を深く理解するためだ。そもそも教員には本校での仕事は授業が半 分、学校運営に関する様々な業務が半分だということが、採用面接の時点で伝えられている。いまやグループディスカッションで黙っている人は一人としておらず、立場を超えた活発な議論が交わされるまでになったという。

 当事者意識の強い、積極的な姿勢を持つ教職員のチームであるならば、おそらく、責任の所在云々という問題を超えた指導ができるはずだ。「結局、学校は組織力なんですよ」と岸本本部長も強調する。

卒業生とのつながりこそ高い満足度の証

 驚きに溢れた訪問だったが、いまひとつ印象的だったことがあった。日本医専が、学生や卒業生の満足度調査について、まだ十分に取り組んでいないことである。半年に一度の授業アンケートは行っているし、いずれは満足度調査もやりたいとは思っている。ただ、「タイミングと活かし方について見通しがつかないままにやると、やってしまって終わりになってしまうので」という説明だった。

 これだけ在学生や卒業生、現場の情報収集に熱心な学校である。当然、満足度調査もやっているだろうと思ったが、考えてみれば、これほどの体制で教育に取り組んでいれば、満足度調査という形式は必要ないということなのかもしれない。アンケート調査をせずとも、在校生が何を感じ、卒業生がどのような期待を新たに寄せているのかは、分かっている。何より校友会という充実した卒業生とのネットワークが築かれ、学びに戻ってくる卒業生たちも少なくない。こうしたつながりこそが、高い満足度の証だということなのだろう。

 敬心学園では、日本医専のほかにも注目される取り組みを行っている。日本児童教育専門学校は、文部科学省に「デュアル教育」の採択を受けており、様々な企業との連携のなかで、保育士や幼稚園教諭としての基礎力と実践力をつけるための学びを構築している。また、近い将来、専門職大学の創設にもチャレンジする予定だ。

 「先駆性」を大事にしつつも、現場の声に寄り添うことは忘れない。日本医専と敬心学園に学ぶところは大きいように思われる。

(濱中淳子 東京大学教授)



【印刷用記事】
先駆性を軸にした徹底した社会人マーケティングと教育設計/敬心学園 日本医学柔整鍼灸専門学校