学修成果を可視化し、地域貢献度の指標開発を目指して魅力ある大学づくり/山梨県立大学

山梨県立大学キャンパス


清水一彦 学長

 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあるといえるだろう。

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索する中、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、学修成果の可視化に取り組み、今年度(2017年度)には実施を始めた山梨県立大学で、清水一彦学長にお話をうかがった。

スローガンはグローカル・実践・地域

 山梨県立大学は、県立女子短期大学と看護大学との統合により2005年4月に設立された。国際政策、人間福祉、看護の3学部に学生数は約1200人で、約8割が女子学生だ。2015年度に就任した清水一彦学長は「ST比が1対11くらいと国立大学の平均的な比率で、恵まれた大学といえると思います」と言う。

 「スローガンは私が来たあと、『地域を愛し、地域を育てる大学』という柔らかいものにしています。キーワードは、グローカル・実践・地域の3つで、地方の大学の特徴を表しています」。

 県内出身者は学生の55%。県内就職率は、2015年には42%だったのが、2017年3月には49%と増えている。大学COC事業、COC+事業の成果だと清水学長は見ている。

 「入学生の声を聞くと、まず富士山・南アルプスという山の魅力、そして武田信玄という歴史の魅力があると。ありがたいことですね。2019年は開府500年、つまり甲府ができて500年ですし、2021年は武田信玄の生誕500年。山梨にとっては節目の年。2027年にはリニア中央新幹線開通の予定もあり、県民あげて地方創生に取り組んでいます」。

1200の授業科目でカリキュラムマップ策定

 清水学長が取り組む改革課題は「学びの質」と、公立大学の使命としての「働きの多様性」だという。

 第1に学びの質保証については、教師、学生、それを結ぶカリキュラムという3要素の力をつければ、質が保証されるというのが基本的な考え方だ。「教師力をつけるのはFD、カリキュラムの質を保証するのは授業評価、学生力は、学修成果の可視化なのです。この3つをどういうふうに大学のシステムとして構築するかが質保証システムの構築の鍵なのです」。

 学修成果の可視化の手順としては、3つのポリシー(アドミッション、カリキュラム、ディプロマ)の見直しから始めて、山梨県立大学における学士力とは何かを策定。次に、およそ1200の授業科目のそれぞれがどの学士力を目指すのかというカリキュラムマップを作成。そして、授業評価制度を一新。最終的には大学の教育力がスコアとして可視化される、いわば「大学の通信簿」を公表し、質を保証する狙いだ。

 並行して、GPA、科目ナンバリング制度等のサブシステムも構築した。

 学士力については全学レベルを「学士基盤力」、学部レベルは「学士専門力」、学部横断的な教職課程は「学士教職力」と命名。全学共通の「学士基盤力」なら、6つある大学の教育目標を4年間で達成するためにどういう学修成果を身につけるべきかを掲げた。

 「学士専門力」も同様で、学部もしくは学科の目標から抽出する力を策定。全てのレベルにおいてこの作業をした結果、全学で42の学士力が策定された。これらは文科省が言う「学士力」と必ずしも一致はせず、山梨県立大学独自の教育目標から抽出した独自の学士力だ。

 「法の規則では、全学の教育目標は必ずしもなくていい。多くの大学が学部ごとです。あるいは学部にはあっても学科にはないとか。本学の場合も、全学、学部、学科と教育目的・目標を見直したら、埋まっていないのがいくつかあった」。それが42の学士力策定で埋まったわけだ。

 次にカリキュラムマップだが、全学なら横軸に6つの学士基盤力(全学共通)、縦軸に約70の全学共通科目が並び、それぞれの科目の行の、目指す学士基盤力の列に印のついたマトリックスとなっている。まずは担当教員が印をつけ、カリキュラム会議にかけて検討・調整を行った。

 学部・学科でも同じように作成するから、1200科目についてのマップができ上がる。「それによってシラバスも変わる。従来は授業科目の到達目標等が書いてあったところが、目標としての学士力で表されるようになりました」。


身についた学士力を可視化する取り組み


42の学士力を4点満点で可視化

 このようなカリキュラムマップ、シラバスをもとに授業が行われたあとは、学生による授業評価だ。「従来は20項目ほどありましたが、今は4項目を4段階で評価するだけです。なかでも1番目の『カリキュラムマップで設定しているこの授業の学士力を身につけることができましたか』がメイン。学生はシラバスやガイダンスで、科目の目指すものを頭に入れて、学期ごとに授業評価するわけです」。

 それらをまとめると、全学共通、学部・学科、教職という42の学士力について、身につけることができたかの学生自身の評価が4点満点で可視化することができる(図表)。「特に本学のキーワードである、グローカル・実践・地域に関連した学士力の評点が高いことが望ましい(図表の赤字項目)。大学の目的の達成度が高いといえるからです。

 学部ごとの日常的な努力、組織の特性も出てきます。日常的に授業もカリキュラムもしっかり検討され、教え方も工夫されている学部は、どの学士専門力も平均して高い数値になる。もしばらつきがあるようなら、学部で議論して、設定した学士力の見直しなりカリキュラムの改善なり、考えなければいけない」。

 一般的に授業評価は、教員個人の評価になりがちなため、抵抗感を持つ教員も少なくない。しかし山梨県立大学の制度は学部学科、全学の学修成果を可視化することがあくまで主眼という。「そのために、教員ごとではなく学部・学科を中心に授業評価をもらうというふうにしてあるのです。もちろん個票も全部出ますから、担当する先生が授業改善をすることは可能ですが、それも個々の先生というより学部・学科の組織として取り組むという考え方で、授業評価結果の責任は学長が委員長を務める全学のFD・SD委員会においています」。

 このような取り組みは、様々な場面において、学修成果の可視化が問われる中で、十分に多くの大学の参考になり得る事例といえるだろう。

山梨のニーズに合ったカリキュラム

 2つ目の課題である「働きの多様性」を目指すにあたっては、清水学長は3つの取り組みを主な事例としてあげた。

 「1つは大学COC。地域人材育成科目というのを設置し、これを増やしていこうというのが一つの事業内容になっています」。COC初年度の2013年度は、全学の開設率が23%、担当教員割合が40%だったが、3年後の2016年度には、開設率33%、担当教員割合56%と増えている。「データ的に増えているだけでなく、学生の評価も高い。地方の大学には、学問体系で並べる学術的なカリキュラムだけでなく、地域人材育成というミッションに合わせて地域ニーズに合ったカリキュラムが必要です。先生方の意識もそのように変わっていると思います」。

 2つ目の事例は、山梨経済同友会との連携教育講座の開設だ。「要するに経済同友会の企業の人達に、授業を任せようと。2016年10月の協定書では、大学は報酬を負担しない代わり、客員教授や准教授の称号を授与する、としています」。2017 年度、既存の科目「インターンシップ」全14回のうち5回を、企業経営者、日銀の支店長をはじめ経済同友会のメンバー10人が担当する形でスタートした。

 「山梨経済同友会との連携ではもう1つ、山梨県民のための公開講座として、県の生涯学習推進センターも加わって『山梨学講座』を作りました」。学生向けの「インターンシップ」科目は「山梨創生学」と位置づけられており、山梨の良さを知り、意外と知らない山梨を“発見”してもらおうという意図は共通している。「『山梨学講座』には学生も来るし、去年は高校生も来ました。経済同友会が絡むことで職業の要素が入り、山梨の良さの中で働きの場が多様であるということも学生に理解してもらえればと考えています」。

 3つ目は、2015年度採択のCOC+事業だ。「COC+事業は地方創生事業として目標が明確で、雇用の拡大と地元就職率というKPIが設定されています。まさに働きの多様性です」。

 県内11大学に協力校の横浜市立大を加えた「オール山梨イレブンプラスワン」は山梨大学が幹事校だが、山梨県立大学も副幹事校として大きな役割を果たしている。

 「11大学のうち8大学が参加する『やまなし未来創造教育プログラム』は、ツーリズム、ものづくり、子育て支援、CCRCの4つのコースと、横断的な地域教養科目からなり、子育て支援と地域教養科目は本学が担当校です」。コースから6単位、地域教養から4単位、計10単位取ると修了証書が得られる。コンソーシアム山梨の単位互換制度とは異なり、山梨の地方創生、産業振興に合わせた一つのプログラムであることが特徴だ。初年度(2017)実績としては528人が履修登録した。

地域貢献度開発指標の開発を検討

 今後の展望として清水学長が語るのは「地域貢献度開発指標の提言」だ。「大学教育の質保証の観点からの地方貢献度の指標開発ができれば、大学での学びと地域での働きとが結びつくシナリオになる。

 本学のように、地域貢献科目群を設定し、その科目についての学修成果を測定して、大学もしくは学部や学科ごとの数値を、大学の教育力・地域貢献度を示すものとして私大協・公大協等の団体を通じて公表するのです」。

 全学教育力は3.5、地域貢献度は3.6、のような「大学の通信簿」になるわけだ。「本学だけでなく、多くの地方大学がそういう形で公表していけば、大学・短大の存在意義や価値のアピールにもつながっていく。予算獲得の大きなエビデンスにもなる。一つの大学ランキングにもなりうると思います。そうなればみんな努力しますよ。マスコミも取り上げるでしょう」。

 大学の地域貢献度指標としては、雇用創出数と地元就職率の2つをKPIとするCOC+、日経「大学の地域貢献度ランキング」等が従来あるものの、社会の関心は広がっておらず、数値化・定量化の難しさを感じさせるものにとどまっているきらいがある。

 「地元就職率何%、卒業率何%、国家試験合格率何%といった数字も、一つの指標として大事ですが、それだけではなく教育の質を、各大学が社会に示すことが、これからは必要だと思います」。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)



【印刷用記事】
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