「学びやすい環境」と「質の高い学習プログラム」で通信による芸術教育を実現/京都造形芸術大学

京都造形芸術大学


 京都造形芸術大学は、「芸術的創造と哲学的思想によって、良心を手腕に運用する新しい人間観、世界観を目指す。」を建学の理念とし、1977年に京都芸術短期大学として発足した。1991年には京都造形芸術大学として芸術学部を設置し、建学の理念を脈々と受け継ぎながら、京都瓜生山キャンパスのほかにも、東京外苑キャンパス、大阪サテライトキャンパスにて独自のプログラムを展開しながら発展し続けている。

 1998年には、創立者の強い想いにより、発案から5年の準備期間を経て、総合芸術大学としては日本ではじめての通信教育部を開設した。2013年には芸術教養学科も新たに加え、4 学科13コースに改組している。いずれの学科・コースでも卒業すれば学士(芸術)の学位が授与され、大学院への進学も可能である。今や京都造形芸術大学の大学院生は100名を超えており、通信制大学院としては最大規模となっている。

 「通信による芸術教育」にそれほどの期待があるはずがない、というのが開学前の大方の予想であったという。しかし、その予想は見事に外れた。関東圏、近畿圏を中心に日本全国の幅広い年齢層から支持され、18歳から96歳※までの、職業も、生きてきた世界も多種多様な7000名を超える学生が、通信教育部で学んでいる(図表1参照)

図表1 多種多様な在学生 在学生数7061名(2017年5月現在)

尾池和夫 学長 上田 篤 通信教育部長 教授

 本稿では、京都造形芸術大学の「通信による芸術教育」について、京都大学総長も務め、現在は通信教育部の授業も担当している尾池和夫学長、長きにわたって通信教育に携わってきた上田篤通信教育部長にお話をうかがった。

「学び重ねる意欲のある人」を受け入れる柔軟性

 通信教育部では、芸術に関わる学びに触れることによって、「絵を描き続けたい」「現職に活かしたい」「興味関心を満たしたい」「地域活動につなげたい」といった多種多様な意欲のある人を可能な限り柔軟に受け入れている。

 例えば、いずれの学科・コースも入学のための試験を行っておらず、18歳以上であれば、出願書類をもとに入学資格を確認する書類審査を経て、入学することができる。

図表2 学科・コース構成と募集定員

 また、1年次入学と同程度以上に編入学の定員も設けることにより(図表2参照)、他の大学や短期大学、他の学部学科等からの入学希望者にも広く門戸を開いている。芸術教養学科では、前期入学(4月入学)だけでなく、後期入学(10月入学)も可能であり、学びの一歩を踏み出す時期も柔軟に選ぶことができる。

 入学試験や入学時期だけでなく、入学後の学費についても十分な配慮をしている。芸術学科、美術科、デザイン科では、授業料+スクーリング受講料+単位修得試験受験料等で年間30~50万円程度、芸術教養学科では新たな学びの仕組みを作ることで大幅に費用を軽減し、年間17万円の授業料におさえる等、学費の捻出が難しいことにより学びを断念せざるを得ないような学生を極力出さないようにしている。

社会人の学びを支援するプログラム「週末芸大」「手のひら芸大」

 「人生100年時代」を見据え、何歳になっても学び直しができる環境整備が求められている。しかし、『学び直し』ではなく、『学び重ね』。現在のキャリアを化学変化させていくことが大切」と学習履歴を更新させていく重要性を尾池学長はまず指摘している。

 そのために京都造形芸術大学の通信教育部では、忙しい社会人でも初心者でも、安心して学び重ねることができるよう、「週末芸大」「手のひら芸大」といった学習プログラムを用意している。

 芸術学科、美術科、デザイン科は、自宅で学ぶテキスト科目と、大学等で授業を受けるスクーリング科目が中心であり、社会人にとっても学びやすいプログラム(「週末芸大」)で構成されている。

 週末や平日の空き時間を活用して、自分のペースでレポートや作品制作を進める一方、週末を利用した2~3日間のスクーリングでは、教員からの直接指導により集中して技術や知識を習得できる。京都はもちろん、東京キャンパスだけでも、卒業までに必要なスクーリングを全て受講することができるため(陶芸・染織は京都のみ)、関東圏の社会人でも学び続けやすい環境である。

 専門的な科目を基礎から学ぶことができるので、全てのコースでこれまでの知識や経験は問うていない。京都キャンパスでは、世界に誇る名所や名工にふれる貴重な芸術体験も取り入れる等、地の利も活かした実践的で質の高い学習の場を設けている。

学び重ねたい全ての人の「手のひらに、芸大を」

 「芸術は一部のアーティストやデザイナーだけが扱うことを許されているのではなく、本来全ての人に開かれたもの」という考えに基づき、芸術教養学科では「自己を高める」という本来の芸術の意味に立ち返り、芸術教育の門戸を開いている。

 例えば、「モノの見方、感じ方」を変え、暮らしの中に芸術を活かす方法を学ぶ。具体的には、芸術史や芸術理論でアートの仕組みと歴史的変遷をつかみ、基礎的な芸術の知識を深めるだけでなく、デザインや音楽、色彩等、現代の暮らしに身近なものの役割や考え方も理解していく。さらに芸術教養講義では、現役で活躍するデザイナーや芸術家たちの最先端の取り組み事例を研究したり、様々な芸術の姿に触れることで、仕事と暮らしをより良く変化させる「視点」も手に入れることを目指す。

 特徴的なのは、その方法・手段である。芸術教養学科では「手のひらに、芸大を」をコンセプトとし、スマートフォンなどを利用し、時間や場所を選ばず、インターネット(通信学習専用 Webサイト「airU(エアー・ユー)」)による学習を可能にしている。

 これまで「通信による芸術教育」に興味を示しながらも、最終的に入学を断念した理由として、「通学して受講する対面授業(スクーリング)」と「学費」の2つの問題があったという。そこで2013年に新設した芸術教養学科では、「自己を高める」ために学び重ねる意欲のある全ての人が芸術教育を学べるような環境を目指し、インターネット環境とメディアを最大限に利用した学習の仕組みを実現したのである。例えばWebスクーリング科目は、学習効果が最も高いといわれる3~ 5分間の動画教材とテキストで学ぶ形式をとっている(全15章からなる動画教材を視聴し、各章ごとに選択式の確認テストを実施)。

通信教育だからこそ求められる質の高い学び

 自分の所属する学科・コース以外の学びでも、興味があるものを好きなだけ選択して、広く学ぶことができる。通信教育部においては総合教育科目・学部共通専門教育科目として179科目を設置するだけでなく、各期に100を超えるユニークな講座が並ぶ「藝術学舎(公開講座)」との単位連携も行っている。

 多数の講座をもつカルチャーセンターやオープンカレッジ等における学びとの違いを尾池学長に尋ねると、「アラカルトとして多数の科目を設けているというより、フルコースのカリキュラムとして構造化している」ことが真っ先に挙げられた。質の高い学習プログラムが体系的に構築されており、「学位授与に向けて単位を付与するという重みは、教員の意識や態度にも表れている」と上田部長は話す。通学部と兼任する教員だけでなく、30名を超える通信教育部専任の教員も、通学部と同じ理念に基づき、非常に前向きで熱心な指導に当たっている。

 通信教育部発案時から「芸術は自分と向き合う時間も必要であり、通信による学習はそれに適している」という確固たる想いはあったものの、当時の文部省の認可を得ることは容易ではなく、「しっかりとした自宅学習システム」を整えることが強く求められたという。

 そのため、先に紹介した「3~5分間の動画教材とテキストで学ぶ形式」でも、その手軽さだけでなく質の高さも常に追求している。例えば、映像教材では「日曜美術館」等を制作するNHKエデュケーショナルの協力による豊富な素材と、京都造形芸術大学の教員による臨場感あふれる授業が展開されている。

 その教材を含め、教育システムを1~2年のサイクルで更新していることは、特筆すべき点である。尾池学長は「お金はかかるが、『旬』を逃さないことが重要」とその理由を語り、Webマガジンも活用しながら、「通信による教育」ならではのタイムリーな学びの場を提供している。

 「ツールは手軽にしても、学びの高い質は担保する」というポリシーは作品やレポートの添削指導にも表れている。ほとんどのテキスト科目においてWebによる提出が可能であるが、著名な作家や研究者、現役の専門家でもある教員によるアドバイスが丁寧に書き込まれて返却され、評価には複数の教員があたっている。

 ほかにも、所属する学科・コースによっては、「資格課程」を併修することにより、学芸員資格、中学校・高等学校教諭1種免許状(美術)の取得も可能である。また、建築士試験(1・2級)受験資格は大学の通信教育部として日本で初めて取得できるようになったものである。

学び重ねを支えるコミュニティと障壁

 卒業した後も、何らかの事情で退学した後も、学び重ね続ける人々のコミュニティがあることは、京都造形芸術大学通信教育部の大きな特徴である。

 通信教育部では、必ずしも「卒業」をゴールとしていないこともあり、大学には9年間在籍可能であるが、年限退学後に再入学する学生も毎年十数名いる等、学生はフレキシブルに学び重ね続けているという。そのためか、多くの大学では卒業生の同窓コミュニティが一般的であるのに対し、京都造形芸術大学では、途中で学びを中断した学生も含め入学した学生をひと括りとするコミュニティが存在している。

 先にも紹介した「藝術学舎」では、好きなもの、興味のあるものを自由に選択し、1講座から受講できる。東京、大阪、京都の3拠点を中心としながら、現地実習の訪問藝術学舎も実施しており、卒業や退学した後も全国で芸術に触れる機会を提供している。

 学生、教員、卒業生をつなぐコミュニケーションサイト「airUキャンパス」では、大学や学科・コースからのお知らせ、学生同士の学習会・展覧会等のイベント情報等が定期的に配信されている。大学側からの一方向的な配信だけでなく、フリートークコーナーでは自由なトピックスを学生や卒業生側が立て、交流することも可能である。

 こうした学び重ねを支えるコミュニティからの口コミにより、新たに入学を希望する人も少なくないようだ。しかしその一方で、周囲の理解を得ることができず、本人が入学を希望しても叶わなかったり、入学した後も職場にはオープンにできないような雰囲気も一部にはあるという。こうした点を尾池学長は非常に問題視しており、その背景には、「日本社会や企業の生涯学習に対する意識の低さがあるのではないか」と指摘している。

 芸術教育が一部の人々が嗜む特別な学問ではもはやない今、これほど多くの様々な人々の興味関心を誘う領域はないだろう。近年、いわゆる理数系教育にArt(芸術)を取り入れた「STEAM教育」が推進されており、芸術教育に対する期待も大きくなっている。

 京都造形芸術大学通信教育部で展開されている「週末芸大」「手のひら芸大」といった学習の形は、従来の高等教育、ひいては学校教育システムの枠組から見れば少々異質に思うかもしれない。しかし、「人生100年時代」を迎えるなかで、わが国の高等教育機関に対しても、多種多様な人々に「学びやすい環境(場所だけでなく、方法・手段・ツール等も含め)」で「質の高い学習プログラム」を提供することが強く求められている。

 高等教育機関において多種多様な人々が学び重ねることは、自身のキャリアの化学反応を起こすだけでなく、若者のキャリア形成にも良い影響を与えうる。

 京都造形芸術大学では、通信教育部の展覧会に通学部の学生が足を運んだり、通学部の学生向けに開催されるロールモデル研究会で通信教育部の学生が話をしたりする機会もあり、社会人、仕事をリタイアした高齢者、子どもを育てる女性等が学び重ねている姿は、通学部の学生にも良い影響を与えているようだ。

 尾池学長は「新しいことを突飛に取り入れるのではなく正常進化を続け、0~110歳の学生が学ぶことのできるような環境にしたい」と京都造形芸術大学の今後を展望する。そうなれば、親子2代はもちろん、3代にわたって学び重ねる意欲のある人々が集うことが可能であろう。親や祖父母が学ぶ姿は、子どもたちにも良い影響を与えるのではないだろうか。

 時代を先取りし、「大学で学ぶこと」の概念を柔軟に拡げていく京都造形芸術大学の今後に大いに期待したい。

(望月由起 日本大学文理学部教育学科教授)



【印刷用記事】
「学びやすい環境」と「質の高い学習プログラム」で通信による芸術教育を実現/京都造形芸術大学