ビジネス・スクールというビジネス/グロービス経営大学院大学

グロービス経営大学院大学キャンパス


日本最大のビジネス・スクール

図表1 入学者数推移

 日本の専門職大学院のうちビジネスとMOTの2017年の入学者は2300人であるが、そのうちグロービス経営大学院大学(以下、グロービス)が782人(図表1・4月入学者のみ)と3分の1を占める。これに次ぐ早稲田大学大学院が226人(4月入学者のみ)であるから、グロービスがいかに突出した規模を持つかが分かる。

 ほかのビジネス・スクールと比較すればその歴史は浅い。1992年に株式会社グロービスが設立され、そこでグロービス・マネジメント・スクールとして事業が開始されてからを数えれば四半世紀、株式会社立から学校法人グロービス経営大学院大学になった2006年から数えれば10年ほどしか経っていない。学校法人になった2006年の入学者数は、図表1に示すように、わずか78人である。それが10年で10倍へと驚異的な伸びである。

 ちなみに、グロービスの2年間の学費は298万4000円、厚労省の専門実践教育訓練給付金の 助成を受けても186万4000円は必要である。在学者の出身大学は銘柄校であり大企業勤務者が多いものの、約60%が30歳代であることからすれば、決して余裕を持って支払える金額ではない。それにも拘らず、こんな高い買い物をしようという学生が、約800人にまでなったのである。

 これほどまでに成長できたその鍵は何であろう。その秘策に迫ってみたい。

 グロービスがターゲットとする顧客は、いわゆる社会人である。従って、職業と学習を両立させるための学習の利便性を図る仕掛け、即ち柔軟な時間の利用と時間の節約ができる仕掛けが必要である。まず、それを確認しておこう。

 第1は、パートタイムで通学できることである。授業は、夜間と週末を利用して開講されている。第2は、時空を超えるオンラインの利用である。eラーニングによるコンテンツ提供は2000年から始めていたが、全ての授業をオンラインで提供するプログラムは2015年から開始した。日本語と英語のプログラムがあり、TV会議を利用し受講者の在住地域との時差を考慮しつつ開講されている。第3は、3カ月で単位取得ができるクオーター制の導入である。これには、2つの目的がある。1つは、異動や長期出張等の場合、3カ月単位で休学ができるため復学が容易になる。もう1つは、3カ月であれば、集中力を途切れさせることなく学習できる期間だということである。第4は、履修年限を5年まで延長可能な長期履修制度である。

 グロービスの場合、あと2つの仕掛けがある。

図表2 大学院進学の2つのプロセス

 1つは、キャンパスの全国展開である。現在、東京、大阪、名古屋、仙台、福岡、横浜、水戸で開講しており、いずれも駅からのアクセスがよい。こうしたキャンパスの全国展開は、在籍キャンパス間での転校やキャンパスへの通学とオンラインとの組み合わせによる履修も可能としている。そして、これを可能とするための前提として教育内容の標準化があり、いつ、どこへ移動しても継続して教育を受けることが可能な仕組みが構築されている。

 もう1つは、単科生制度である。図表2にあるように、これは、開講科目を1科目から受講できるシステムであり、いわばお試し制度である。しかし、授業内容も成績評価も全て本科生と同一になされ、本科生になった場合は、単位として組み込むことができ、単科生として支払った学費も学費総額から相殺される。本科生のほぼ全てが、単科生を経ていることを見れば、この制度は入学者の増大に寄与していると言えよう。

教育内容と教育方法

 グロービスのカリキュラムは、「人事組織」「マーケティング・戦略」「会計・財務」「思考」「志」「テクノベート」から構成されている。このうち、やや聞きなれない「思考」とは「クリティカル・シンキング」「ファシリテーション・ネゴシエーション」等であり、「志」とは「リーダーシップ開発と倫理・価値観」「企業家リーダーシップ」等であるから、さほど特異というわけではない。「テクノベート」は、3年前から導入した新たな科目群であり、テクノロジーの分かるビジネス・パーソンを育成するためのものである。カリキュラム・マップからは、ほかのビジネス・スクールとの違いは見られない。

 しかしながら、それらの具体的な内容は、ほかと大きく異なる。というのは、大学院の本体にあたる株式会社グロービスは、大学院をはるかに上回る規模で年間約1400社(約9万3000人)の企業研修を行う「グロービス・コーポレート・エデュケーション」、また、独立系ベンチャーキャピタル「グロービス・キャピタル・パートナーズ」を有している。これらが、大学院の教育内容に大きな影響を与えているのである。前者からは、ビジネスの最前線の内容を大学院のカリキュラムに盛り込むことができ、後者からは、実際の投資事例をケースとして授業で扱うことができる。これらが、大学院教育を、ただのアカデミックな理論の習得に留まらずに、それを現実のビジネスの世界で使えるものにしているという。

 教育方法に関しては、ケースを利用した徹底したグループワーク、ディスカッション、プレゼンテーションが採用されている。最近でこそ反転授業が注目されているが、グロービスでは当初よりこうした授業進行を行っており、いわゆる講義形式はとっていない。これはハーバード・ビジネス・スクールの手法に倣ったものだが、ここで重要になるのは教員の力量である。どのように展開していくか予測がつかないディスカッションをファシリテートし、しかも、目的とする内容の習得を可能にするか。ファシリテーション能力の高い教員が求められる。

田久保善彦 経営研究科長

 この教材開発と教員のファシリテーション能力に関しては、厳しい基準が設けられている。ある比率で新しいケースを入れて常に内容の更新を図ること、学生の授業評価で2回基準点を下回った場合は、その後半年間、授業を持つことはできない等がそれである。

 「実務に役立つ学びを徹底して提供するには、個々の教員には厳しいかもしれませんが、教育の質を維持することが必要です。そうでなければ、ビジネス・パーソンの需要に応え続けることはできませんし、需要に応えられなければ大学院の経営は立ち行かなくなります。何ら、特別なことをやっているのではなく、当たり前のことをやっているだけです」。田久保善彦研究科長は、さらりと言われる。1990年代以来、大学における教育の質が云々され続けてきたが、考えさせられる一言である。

迅速な意思決定

 こうしたことができるのも、迅速な意思決定システムを持っていることに由来する。学長、研究科長、副研究科長のリーダーシップのもと、学生サービスや制度の変更等、学校運営に関わる事項や、各学期に行う学生クラスアンケートの集計結果や要望に関する事項は、隔週で開催される会議で検討し、必要であればその場で意思決定を行う。また、カリキュラムや科目、教員等の教育研究に関する事項は、本来、教授会で検討される事項であるが、効率的、起動的に検討し、迅速な意思決定をするために、教授会の代表者によって構成される代議員会で検討し、学長が意思決定する形をとっているという。

 加えて、トップダウンが機能する体制が敷かれている。田久保研究科長は言われる。「本学には100人以上の教員がおり、その教員を全て集めた教授会で合議しようとしたら、決まるものも決まりません。そのため、本学では、学校・教育関係の法令や学則、学内の規定に定められた範囲で、このような意思決定の仕組みを導入していますが、その分トップは責任を負います。トップは、明確な指針やスタンスを示し、それに賛同した者が従う。そのパワーでもって、これまでやってきました。しかし、他方で、下からの意見を吸い上げることも忘れてはなりません。学生に最も近い人からの意見やアイデアは、今後の経営を左右するからです」。

 確かにこの手法は、企業経営そのものである。このトップダウンの事例が、「テクノベート特別講座」科目群の導入である。既出のベンチャーキャピタルの代表も務める学長が、投資案件をずっと見続けてきた中で、これからの経営は最新のテクノロジーを理解し、イノベーションを起こすことができる新時代のリーダーが必要だとの強い考えから、特別プロジェクトとして「テクノベート特別講座」の開発チームが組成され、代議員会での検討を経て、1年足らずの開講にこぎつけた。これをもし教授会の審議に回していたら、いつ開講できたか分からないと、田久保研究科長は懐古される。他方で、ボトムアップの事例は、冬季の教室や受付でののど飴設置である。訪問時にも、各階に各種ののど飴の入った籠が置かれていたが、仕事帰りに3時間の授業を受ける学生に安らぎをという、スタッフの発案によって実現したそうだ。些細ではあるが、こうした細やかなサービスは随所に見られ、それはほとんどボトムアップによる決定だそうだ。

 もう1つ興味深いのは、教員評価システムである。教員はビジネスができてなんぼという考え方が徹底しており、例えば、マーケティングを教える教員は、実際にマーケティングで成果を挙げた者でなければ無意味だという方針のもとで教員採用を行っている。また、教員の研究成果は、著名な学会誌に投稿することよりも、ビジネス・パーソンが手に取ってくれる書籍を刊行することに重きが置かれている。

 これを現在の大学に求めることは、到底無理であるものの、経営という観点からは一考に値する。

志ある者を育てる

図表3 グロービスの志を醸成する仕組み

 グロービスのカリキュラムの領域には、「志」という科目群があった。その内容はリーダーシップ論であり、ほかのビジネス・スクールと大きく変わらないと述べたが、実は、この「志」とは、グロービスを貫く教育理念である。そもそもグロービスを立ち上げたのは、日本のビジネスを向上させるためには、就業後の学習機会が必要という考えが根底にあり、ビジネスを向上させるリーダーになるという「志」ある人を育成したいという思いがあった。そのもとに、大学院教育の収斂するところに「志」を存置している。図表3にあるように、正規のカリキュラム以外に、「志」を醸成する様々な仕組みが張り巡らされていることが分かる。

 それは、大学院教育を通じて、自分は何をすべきなのかを考えさせること、リーダーの社会的責務を自覚させることであり、これがグロービスの教育の根幹である。田久保研究科長は面白い例えを話される。「例えば、自身がマーケティングをよく分からなくても、それに長けた人を連れてこれればビジネスはできます。でも、そのビジネスをどのような方向に持っていくか、周囲をどのようにリードするのか、その志がなければ、ビジネスは成り立ちません。グロービスは、そうした志を持った人を送り出したいと思い、これまでやってきました。従って、どのビジネス・スクールが競合相手だと考えたこともありません。ひたすらわが道を行く、なのです」。

 学生数の増加を見れば競合相手など考える必要もないが、信じる道をひたすら走ってきた結果が、現在なのである。

教育効果はいかに

 では、学生数の伸びは、教育効果を保証しているのか。恐らく、外部からはこうした質問が出るだろう。確かに、修了生のアンケート調査は、ポジティブな傾向を示しているものの、それがグロービスの修了生であるからの結果なのかは、検証が必要である。例えば、グロービスの大学院修了者は、ほかよりも昇進・昇給が早い等の結果が得られれば、教育効果の一つの証左となる。

 しかし、それらの結果を待たずとも、効果の感触はある。その第1が、メンター制度である。修了生が中心となって在学生の学習を支援する制度は珍しいものではないが、グロービスの場合、自身の時間を擲って後輩のサポートをする者が多く、どこからの指示があるわけでもないのにメンター間での会議を持ち、メンター制度の改善を図る等しているとのことである。それは自身の受けた教育を、よしとするからこその行動である。

 第2が、修了生の再教育である。修了生のネットワークは各種あるが、2017年からは修了生向けにアルムナイ・スクールを開設した。そこでは、単位にはならないが、かなりハードな予習・復習が課されるコースを提供した。それにも拘らず多くの修了生が、受講料を支払って参加した。学習は1回限りではないという理念が、修了生の間に浸透していることを表している。

 第3が、ほとんどの学生が、職場の上司・先輩・同僚等の口コミで受講するに至っていることである。大学院に限らず、グロービスが事業展開する各種の教育・研修を受けた者の勧めが契機となって、大学院の門を叩いたのである。こうした口コミは、正直で容赦がない。その口コミで集客できていることは、教育が評価されている証である。

 「教育とは究極のサービス業です。また、教育はブランド・ビジネスです。明確な目標を掲げて、少しずつ実績を挙げていくだけです。特別の秘策があるわけではなく、当たり前のことをやっているだけです」。田久保研究科長は「当たり前」を強調される。とはいえ、これができないのが日本の大学であり、それは大学を成立させている制度によるとともに、大学を構成する教職員のマインドでもある。こうしたやり方を、「大学」には似つかわしくないと揶揄する声もあろうが、市場は正直である。伝統的な大学は、これをどのように受け止め、どのように反応したらよいのだろうか。

(吉田 文 早稲田大学教授)



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