一般入試で学力の3要素評価を行う/国際基督教大学(ICU)

POINT
  • 日米キリスト教界の尽力により1953年に教養学部大学として開学した大学
  • 大学教育の特徴はリベラルアーツ、ダイアログ、バイリンガル。2年次の終わりに31あるメジャー(専修分野)から自身の専門を選択するシステム
  • 大学教育への適性を入試で測るため、一般入試で従前より「リベラルアーツ学習適性」という試験科目が存在
  • リベラルアーツ適性を進化させる形で、一般入試(A方式290名・B方式10名)で総合教養(ATLAS)を2015年導入、今年で4年目を迎える

リベラルアーツを学ぶ素地を学際的な入試で見極める

 もともとICUの入試は独特で試験対策が難しく、「塾泣かせ」「予備校泣かせ」と言われてきた。その要だったのが「リベラルアーツ学習適性」と呼ばれる試験科目である。数量的領域・言語的領域・分析的領域にわたり、迅速かつ的確な判断力、論理的な思考力、これまで学んできた知識や考え方を柔軟に応用できる能力等を評価するためのものだ。組になった文字や数式・記号等から法則性を見出し、同じ関係性を持つ組み合わせを選択する方式が代表的で、高校生が共通に学習してきている知識レベルを前提とし、70分間で80問の多肢選択問題を解く。同意語、反意語、図形、論理、文字列、数列等、多様に用いられた素材から、企業の適性検査SPIに近いと表現されることもあった考査である。こうした入試の形式はICU固有のもので、文理別に科目選択している高校生に対し、それを横断した思考回路を持てているかを問いかけるものであり、こうした頭の使い方に慣れていないと、苦戦するであろうことは想像に難くない。しかし、「文系・理系を横断する思考力を測ろうという考え方はATLASに進化した今でも変わっていません」と森島泰則アドミッションズ・センター長は話す。一見すると奇をてらっているように見える入試方式は確固たる信念に裏打ちされている。では、それは何なのか。

総合教養ATLAS

 2015年に導入したATLASは本誌197号でもご紹介した。特徴的なのは、まず日本語の講義を「聴く」プロセスである。15分程度、何も見ずに講義を聴く。その間、メモをとることは許されている。その後、講義に関する多肢選択のマーク式設問に解答する。設問は学際・人文科学・社会科学・自然科学の4領域で構成されており、人文科学・社会科学・自然科学についてはそれぞれの観点から関連論文があり、それを読み解く仕組みとなっている。「本学の教育は多彩な分野を行き来しながら自分の専門を構築していく仕組みです。文系だから理系科目は無理、といった理屈ではなく、多様なことに興味を持ち、人の話を聴きつつ自分の論を構築できる素地があるかを見極め、入学後のリベラルアーツ教育でそれをしっかり伸ばしていく。入試から本学の教育は始まっているとも言えます。今回、聴く力を追加することで、聴くことと考えることを合わせて判断力として評価することができるようになりました」と森島教授は話す。ICUのようにリベラルアーツ教育が確立されている場合、伸ばすべき学生の資質について明確なビジョンを持てるということなのだろう。

 入試設計自体に非常に手がかかると見る方もいることだろう。こうした選抜の設計・実施は教職員の総力戦だという。中でも最も注力しているのは作問である。講義の作問と、それに関連した各領域の論文。これらは全て入学者選抜用のオリジナル・書き下ろしだそうである。担当教員は先述した「リベラルアーツ学習適性」と同様の条件を満たす内容を関連づけて用意しなければならない。また、毎年の作問では各設問を分析し、文理別の難易度が偏らないように、また似たような能力を測るのではなく、多面的な評価になるように配慮しているという。

導入4年目、見えてきた課題とは

 極めてICUらしい考査方法であるATLAS。狙い通りの学生は集まっているのか、どのような課題が見えたのか、今後どのような進化を遂げるのか、等は注目の集まるところであろう。参考としてICUのアドミッション・ポリシーを以下に示したが、果たしてこうした人材が狙い通り集まっているのだろうか。

参考:ICUのアドミッション・ポリシー(大学HPより)

 森島教授は、「志願倍率は概ね3倍程度を緩やかに推移しています。従前より同様の仕組みを続けているので、2015年の前後で劇的な変化があるわけではないですが、アドミッション・ポリシーに合致したICUらしい学生が引き続き集められています」と言う。数を集めるための入試ではない。もとより数を集めるよりもICUのリベラルアーツ教育との相性が良い学生を選抜するための入試である。そうした狙いに照らし、3倍という水準は極めて実際的なラインであるようだ。文部科学省が進める高大接続改革の文脈の言葉で言うと、学力の3要素の多面的・総合的評価を入れる際、これまでそうした類型であったはずのAO入試や特別入試でスモールスタートさせる大学が多い中、ICUは定員比率の高い一般入試で多面的・総合的評価を入れている稀有なケースである。国の動きよりはるか以前よりそうした仕組みを持ち、試行錯誤してきた集積がある。大学教育に向き合い、ICUならではの価値を教職員が共通認識として持っているからこそのスタンスであろう。今後も基本的な軸は変える予定はないという。森島教授は、「むしろ、構築しつつあるATLASの分析を進め、磨きこんで確固たるものにしていきたい」と話す。

 では課題は何が見えてきたのか。森島教授に問うと、それは高校側の理解浸透であるという。文理別の進路選択をベースとする高校からすると、文理融合的なATLASはハードルが高いと思われやすい。いわく、「理系なので国語は無理」「数学が嫌だから文系なのに」といったことである。しかし実際は、例えば数学的な知識を極めていないと解けないような問題ではなく、関連性も踏まえて考えれば文系・理系を問わず答えられるような設問を設計している。もともと「個性的な大学」と認識されている分だけ、こうした理解不足が生じやすいのが悩ましいようだ。一方、高校の先生は「こういう入試ならあの子が向いている」といった具合に薦めることも多いようで、首都圏だけでなく、地方からも受験生が集まるのも事実。高校教員から生徒への情報伝達を前提とした際に、ATLASを広く理解してもらうため、HPで説明したり、模擬問題を掲載したり、職員が直接説明するために出張したりと、理念に共感して受験するコアなファンを1人ひとり獲得するために粉骨砕身している。観点としては、まず文系・理系を問わず取り組める問題構成であるという正しい理解。そして、社会に出たら文理別思考では通用しないので、大学教育だけではなくその先にある社会を見据えて見てほしいという2点から説明しているという。それでも、実際問題として、国立大学受験を想定して多科目に取り組む高学力層でないと薦めにくいという高校側の声は多いようだ。結果的にそうした層は知的好奇心が高く、ICUの取り組みにマッチしている点も大きいだろうが。そうした実態もあり、予備校の偏差値ではICUはいわゆる早慶上智に並ぶレベルだが、伝統ある総合大学に比べ知名度ではどうしても不利になるため、高校教員に対してATLASと合わせ教育の質の高さを伝える地道な活動が欠かせないのだという。

 なお、今年度はATLASを経由した卒業生が初めて出るため、卒業まで紐づけての検証も行う予定だそうであるが、それは「入試の実効性を見るというより、教育成果の可視化の観点が強い」と森島教授は話す。そもそもコアなファンを獲得するための作問に工夫を凝らしているため、そうした学生を獲得できているかの分析検証のほうが重要視されているという。

 ICUの場合、入試改革は世情の動きではなく、理念に基づいた大学教育が起点になって創られているからこそ、初志が堅持されているのかもしれない。リベラルアーツへのポテンシャルがあるかどうかを問うというスタンスは今後も不変である。

編集部 鹿島梓(2018/6/12)