HOSEI 2030の策定と実施を通して具現化する「自由を生き抜く実践知」/法政大学 <HOSEI 2030>

法政大学キャンパス


 大学経営は厳しい時代を迎えている。少子化を背景に、特に私立大学で定員割れや経常収支の悪化が進みつつあることを伝えるニュースは珍しくなくなった。急速に進むグローバル化も大学のありように変化を迫っている。明日をも知れない環境の中で長期に未来を展望する作業が困難を伴うことは想像に難くない。しかし、大学が生き残っていくためには避けて通れない道でもある。

 今少なからぬ大学が中長期計画の策定に乗り出しているのにはそんな事情があるが、計画をレトリックに終わらせず、機能させていくのは容易でない。各大学の置かれた環境や条件が異なり、解が一つではないからだ。しかし逆説的だが、だからこそ優良な先行事例(グッドプラクティス)に学ぶことには意味がある。多くの経験に学ぶ先にこそ独自の解が見つかる可能性が高い。

 そこで本稿では、法政大学(以下、法政)の事例を見ていきたい。法政は、長期ビジョンHOSEI 2030を策定し、今その実現に向けて様々な取り組みを展開している。ビジョン策定やプラン実行における経験と知恵に迫りたい。市ケ谷キャンパスに田中優子総長を訪ね、お話をうかがった。

田中優子 総長

拡大路線を経てHOSEI 2030策定へ

 法政は2018年現在、市ケ谷・小金井・多摩の3キャンパスに15学部15研究科・2専門職大学院を有し、学部生約2万9000人・大学院生約2000人を擁する。2017年度には学部一般入試の志願者数が全国2位・東日本1位(2018年度入試では延べ12.2万人、旺文社調べ)に達する等、その人気は高まるばかりだ。1880年に「東京法学社」としてスタートを切った法政は、今や日本を代表する私立総合大学に成長した。

 興味深いのは、現在ある15学部のうち10 学部が1990 年代末からの10年内に設置(改組)されていることだ(図表1)。法政は、私学最古の歴史を誇る法学部を筆頭に、長く人文社会系学部を中心とする大学として知られてきた。だが、その相貌は1990年代から2000年代にかけて大きく変化した。法政の長い歴史においても特筆すべき拡大期を迎えたといえる。キャリアデザイン学部やGIS(グローバル教養学部)に代表されるように、21世紀のグローバル社会の新たなニーズに応える学部が続々と設置され、多様で幅広い人材育成に貢献し得る学部体制が整備されてきた。

図表1 1990年代以降に設置された10学部

 しかし、拡大路線だけで本当に問題はないのか、来たる少子化時代をどう乗り切っていくのか、腰を落ち着けて顧みる機会はあまりなかったと田中総長は振り返る。特に、法人の理事長も兼ねる総長として、今後の財政基盤をどうしていくのか、重要課題として強い関心を向けてきたという。

 実際、大学が急速に拡大するなか、いくつか問題も散見されるようになった。例えば市ケ谷キャンパスの狭隘化。学部数や学生数が増えて科目数が増えれば、それを実施するのに相応の教室数が必要になる。不足しがちな教室数を確保するためには、肥大化する科目数の整理も求められる。さらには、キャンパスの違いで学生が不利を被らないよう、多摩キャンパスの学生が都心でも学べる環境を整備しようとすれば、再びスペースの問題が浮上する。こうした問題を根本的に解決するためには、安定した財政基盤が鍵となる。

 そこで田中総長は、2013年11月総長選挙への出馬に際し、マニフェストとして「中長期ビジョン」の策定・実施を掲げ、その中で長期的財政見通しの検討やキャンパス再構築の必要性を訴えた。「数々の課題について、一つひとつ場当たり的に対処していくのではなく、全体として将来像を描く中で解決していくべきだと考えたのです」。田中総長はそう語る。

 こうして、種々の個別課題とそれらの改善や解決に必要な財政基盤の充実を中心に据えつつも、問題を近視眼的に捉えるのではなく、もっと先を見据えた長期的で一体的な長期ビジョンの策定が目指された。こうして誕生したのがHOSEI 2030だ。

図表2 HOSEI 2030の構成とアクション・プラン

HOSEI 2030策定と実施のプロセス

 長期ビジョン名にある「2030」はもちろん2030年のことだ。その年、法政は創立150周年を迎える。つまり、HOSEI 2030は、大学にとって重要な画期をなす年をゴールに定め、2030年のあるべき姿を提示し、そこに至る工程を明確化しようという試みである。

 田中総長は2014年4月の就任後、スーパーグローバル大学創成支援事業申請(同年5月)が一段落すると、早速7月からHOSEI 2030の策定に入った。そのプロセスは図表2にある通り、①構想策定(2014-15年度)→②アクション・プラン作成(2016年度)→③アクション・プラン実施(2017年度~)の3段階で進められた。

 2014年度から2015年度にかけての2年間は、長期ビジョンの全体構想が検討された段階だ。2014年7月、理事会によって、田中総長を委員長とする「HOSEI 2030策定委員会」が企画・戦略本部内に設置され、その下に①財政基盤確立、②教学改革とキャンパス再構築、③ダイバーシティ化推進、④ブランディングをテーマとする委員会が置かれた(図表3)。委員には常務理事、学外理事(オブザーバー)の他、2030年に在職予定年代を中心にした教職員が就いた。

図表3 HOSEI 2030 検討体制概念図(2014-2015 年度)

 それにしても、長期ビジョンを構成する4つの大テーマはどのように抽出されたのか。多くの場合、大学の中長期ビジョンは教育・研究・社会貢献といったあらゆる領域を網羅する形で策定される。しかし法政の場合は、多くの関係者が共通に感じていた「課題」を基に絞り込んでいったものだと、平塚眞樹総長室長(社会学部教授)は説明する。厳選した課題に取り組むことで既存の制度を大きく変えていくことを目指したのだという。だから、長期ビジョンに数値目標はほとんど使っていない。制度転換の後にこそ数値目標が意味を持つというのが基本姿勢だ。

 こうして、2年間にわたる検討結果は、2016 年4 月に「HOSEI2030最終報告」としてまとめられた。同時に、学内での議論は、社会に向けた「約束」を示す法政大学憲章「自由を生き抜く実践知」(2016年2月)や法政大学ダイバーシティ宣言(同年6月)の制定に至っている。

 続く2016年度は次の段階として具体的なアクション・プラン作成が進められた。策定委員会の下に16の具体的テーマに関する作業部会が設置され、実際に推進していく活動が明確化されていった。各委員会には構想策定と合わせ、必ずロードマップも作成してもらった、と田中総長は語る。そして2017年3月には「HOSEI 2030アクション・プラン報告」が出された。

 2017年度からは、本格的にプランを実行に移す段階に入った。そのための総括組織として「HOSEI 2030推進本部」が発足し、具体的な取り組みが始まっている。特に、財政基盤確立に関して4年間の「中期経営計画」が策定され、アクション・プラン具体化の財政的裏付けがなされている点は重要だ。精神論だけでは大学改革が進まないことの証左だ。

改革推進の鍵は学内コミュニケーション

 このように、法政が約3年間をかけ、極めて実効性の高い形でビジョンとプランの策定を進めてきたこと、現在それを着実に行動に移しつつあることは間違いない。ただ、その裏には、学内における丹念な課題共有の機会創出や活発なコミュニケーションのプロセスがあったことを強調しておきたい。

 例えば、ブランディング策定過程が好例だ。そもそもブランディングとはキレイな包装紙に包むような広告のことではなく、大学の実態を社会に知ってもらうためのもの。だからこそ、学内でヒアリングやワークショップを実施し、法政を表す言葉やイメージを集める作業を重ねてきたのだと田中総長は語る。そんなプロセスが、期せずして先述の大学憲章の制定につながったそうだ。ブランディングを考えるなかで、教職員が「法政」を知り、納得し、そして浸透していくこと、そんなプロセスこそが大切であることに気づいたのだという。

 こうして積み上げられたブランディングに関する実践は、法政に実際的な変化をもたらしつつあるように見える。毎年教職員を対象にブランディング・ワークショップが開催され、大学憲章が謳う「自由を生き抜く実践知」を自分ごととして捉えてみる機会が設けられているほか、大学憲章を体現する教育・研究等の諸活動を顕彰することを目的に「自由を生き抜く実践知大賞」が実施される等、大学憲章をレトリックにとどまらせず、実践に昇華させる挑戦が続いている(※法政フロネシスのサイト参照【外部リンク】http://phronesis.hosei.ac.jp/)。

 コミュニケーションが重視されたのは、中期経営計画の策定過程でも同様だ。2018年度から第1期が動き始めた中期経営計画だが、その策定に際しては、総長や常務理事の法人部門だけでなく、教学部門からも学部長や教育組織の長が参加してワークショップを開催したそうだ。役員だけで考えるのではなく教育現場の教職員達に耳を傾けることで、取り組み内容に漏れがあればすくい取り、計画の優先順位を決めていったという。役員になると見えている範囲には自ずと限界がある、だからこそできるだけ多くの人を巻き込み、現場の意見を聴き、一緒に考えることが大切だと田中総長は強調する。

 その意味で、「HOSEI 2030ニュース」も重要なツールだ。ビジョン策定やプラン実施の過程を学内関係者に伝える広報媒体として機能し、現在も随時、新情報を伝えている。さらに、大学ホームページにはHOSEI 2030特設サイト(【外部リンク】http://hosei2030.hosei.ac.jp/)が設けられ、学内外に向けて積極的に情報発信を続けている。

法政の改革が示唆するもの

 大学経営に携わる者にとって、こうした法政の「経験」は極めて示唆に富むものだ。確かに、法政は首都圏に立地し、伝統を有する日本有数の大規模私立大学だ。我が大学とは違いすぎると片づけてしまうこともできなくはない。しかしそれは早計だ。

 大学経営危機の時代、大学全体で危機感や課題を共有し、今後の改善方策を明確にしながら解決に導いていけるビジョンとリーダーシップが必要とされていることは、大学の規模や立地を問わない。むしろ、関係する学生、教職員、地域社会等々、多様なステークホルダーをまとめ上げていく苦労を考えれば、大規模大学のほうが不利だともいえる。

 法政の強みは、真っ当な危機感とそれに対処し得る知性を合わせ持ち、着実に現実を変えていこうとするリーダーシップが発揮されている点だ。ただ、改革を先導する田中総長の手法は単純なトップダウン型ではない。むしろ、「教職員の多様性(ダイバーシティ)を活かすこと、協力することで組織の強さが出てくる」という言葉が示唆する通り、現場の声を重視する包摂型リーダーシップを発揮されているという印象が強い。長期ビジョンにおいて「ダイバーシティ化」が示され、実際に「ダイバーシティ宣言」が制定されたことを見ても一本筋が通っていると見ていいだろう。ビジョンとリーダーシップを整合的に機能させているところからは学ぶ点が多い。

 インタビューの最後、著名な江戸学研究者であり歴史家でもある田中総長の目に、日本の大学がどう映っているのかを訊ねた。「グローバル化の中で日本の大学が見捨てられるのではないか」。田中総長は、日本の大学が独自性を喪失しつつあることへの懸念を表明される。法政が2017年度「私立大学研究ブランディング事業」の選定を受けて江戸東京研究センターを設立し、「江戸東京研究の先端的・学際的拠点形成」を推進しているのは、日本学や江戸東京研究の可能性に一つの活路を見いだすからだ。日本の大学が他国の大学では学べないことを提供できることの重要性を田中総長は強調する。

 つまるところ、法政で進む改革は、そんな時間軸・空間軸の広さに支えられているのではないか。2030年を見据えて着実に歩を進める法政が、大学自ら「自由を生き抜く実践知」をどう具現化していくのか、目が離せない。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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