科学研究をベースとした「ファーマシスト・サイエンティスト」を育成/京都薬科大学

京都薬科大学キャンパス


後藤直正 学長

 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあるといえるだろう。

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索する中、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、薬剤師養成の6年制課程でありつつ、薬学の多様な進路を意識した人材育成を目指す京都薬科大学で、後藤直正学長にお話をうかがった。

本当の基礎力を身につけた学生の育成を目指す

 前身を含め約130年の歴史を持つ京都薬科大学。後藤直正学長は「科学研究をベースにした教育が本学の伝統であり特徴だと思います」と言う。

 私立大学の薬学部は、薬剤師国家試験対策や即戦力育成に力を入れるところが多い。しかし後藤学長はそれを「体ができていない人にユニフォームを着せて試合に出しているようなもの」と見ている。

 「本学の場合は体を鍛えて、野球で言ったらバットの素振りも守備練習もする、汗をかいたところで初めてユニフォームを着せて試合に出す。

 大学教育とは何かということを捉えたときに、職業教育はしたくない。本当に基礎力を身につけた学生の育成を目指していれば、病院・薬局だけでなく、企業でも行政でも、どんな現場でも活躍できる人材を出していけると考えています」。

 薬学6年制課程の設置がスタートした2006年以降、6年制で育成するのは現場の薬剤師、4年制は大学院に進んで研究者という性格づけがされている。国公立を中心に6年制・4年制を併設する薬学部もある中、京都薬科大学は6年制課程に一本化した。しかしそれは、薬剤師教育への一本化を意味してはいない。

 「薬剤師も研究者も、両方育成すると掲げ、実行してきました。4年制の時代は企業志向が強く、企業、行政、大学に行ける人材を出すことを王道としていましたが、6年制移行後、現場の薬剤師の育成にも目を向けて、軌道修正したのも事実です。薬剤師免許は取りましょう、ただそれは最終目的じゃない、通過点だ。その通過点を越えたもう少し上の人材を育成しましょうというのが、掲げてきたことです」。

 「もう少し上」として目指している人材像が「ファーマシスト・サイエンティスト」だ。「決して薬剤師と研究科学者を引っ付けた言葉ではありません。サイエンス=科学、アート=技術、ヒューマニティ=人間性、の3つのバランスの取れた人をいいます」(後藤学長)。

英語による卒業研究発表会

 「科学研究をベースにしたファーマシスト・サイエンティストの育成」の具体的な取り組みとして、最も特徴的なものが、3年次の後期に始まり6年次の「卒業論文発表会」に至る卒論研究(科目名は「総合薬学研究A・B」)だ。


図表 分野等所属後のスケジュール


 研究室に所属し、実験研究をするが、問題発見・解決能力を身につけるための科学教育が主眼だ。高い研究志向を持ち、研究成果を学会や英語論文で発表する学生も少なくない。

 「1学年20名程度の研究室への配属には、年齢の違う人とのコミュニケーションというメリットもあります。院生も、若手から高齢までの教員もいる中で、色々な話をしたり、自分のやったことを発表したりで、コミュニケーション能力が磨かれると思います」(後藤学長)。

 学外実習による中断があったり、学生によっては研究テーマが途中で変わったりしつつ、6年次の6月には2日にわたり公開で行う発表会に臨む。全員がポスター展示とショートトークを、いずれも英語で行うのだ。当然、学生によって英語力には差があるが、最低限、「何を目指して」「何をしたら」「どうなった」の3つを英語でプレゼンするという。ただ、日本人だけの場で英語での発表を貫き続けるのは難しいと後藤学長は言う。

 「それで、海外の協定校から教員や学生に来てもらっています。日本語の分からない人たちがいるから、英語で話さないと仕方ない。質問も当然、英語でされる。そういう『仕掛け』です。アメリカ、台湾、ドイツ、ベトナム、中国、タイ、エジプトから、計二十数名。教員だけのところも、学生が参加してくれるところもあります」。

 研究の成果よりも、英語でのコミュニケーション能力向上の効果が大きいといえるかもしれない。「最後に、GettogetherPartyというさよならパーティー的なものを開きますが、海外からのゲストにはパーティーの招待状を持って頂き、非常に良かったとか、もう一度話したいとかの学生に渡してもらいます。それをもらってパーティーに出られる学生は、全体の4分の1ぐらい。これはコミュニケーションやプレゼンテーションの能力を評価する賞のようなもの。学生にも『招待状は、賞状と一緒だ。記念に残しておきなさい』と話しています」。

 これらの「仕掛け」を考えたのは後藤学長自身だ。「私が教務部長のときに学長に提案して、2013年度に始めましたが、当初は教員の強い反対がありました。学生にできるわけがない、もっと英語の勉強をさせてからだ、と。そんなこと言っていたら一生できない、ダメだったらダメと分かる経験をしたらよい、と押し切った」。今ではそういった反対の声も聞こえてはこないというが、「教員はポスターの英語をチェックしたり、多くの手間を掛けています。大変なのは事実だと思います」と話す。

英語で臨床開発業務を学ぶCRMP

 英語力強化を兼ねた教育プログラムとして、もう一つ、臨床開発業務について英語のみで学ぶクリニカル・リサーチ・マネジメントプログラム(Clinical Research ManagementProgram: CRMP)がある。ドイツに本社を置く開発請負会社パレクセル・インターナショナルとの共同プログラムで、5年次の希望者、例年20名前後が受講している。

 「最初は様子を見ながら2週間くらいから始めましたが、本格スタートの2016年度からは7週間、朝から晩まで、全く日本語を話せない講師に教わります。学生たちも初日あたりは、不安な顔つきです。しかし、英語の授業を聞くだけではなく、ディスカッションして、プレゼンテーションして、という日々の中でどんどん成長し、終わったときには自信にあふれた顔に変わっています」(後藤学長)。

就職先は病院、薬局、企業の正三角形

 薬学部の成果指標としてよく取り上げられるのは国家試験の合格率だが、京都薬科大学は違う。「入学時に、就職先は、病院、薬局、企業、3つのどれが希望かという調査をすると、病院が最も多いのですが、最終的には正三角形のようにきれいに3つに分かれます」。6年間でのこの変化を「教育力の表れ」と捉えている。

 「進路支援課は学生に対して、病院よりも企業が良いというような指導は一切、しません」。それにも拘わらず進路が図ったように「正三角形」になるのには、どれを選んでも先輩がいるため、情報が多い、安心感がある、新規開拓の困難がない、といった要素もあるのではないだろうか。

 「何よりも、科学をベースにした教育が一番大きいと思います。これが身についているからどこにでも行ける、ということの表れだと考えています。どれでも選べるから、自分に一番フィットするところを選んでいくということだと思います。

 18歳の学生に6年後、23、4になったときの人生を考えろというのは無理な話と思うのです。大学で学ぶ中で、自分で一番フィットするところが分かって、そこに行くのがベストですね。そう考えると、出口は多様になる。正三角形の良さだと思います」(後藤学長)。

社会性・自律性を育む学内Job

 幅広い人材育成が持ち味の京都薬科大学だが、後藤学長はさらに広いフィールドを考えている。「薬学の小ささが嫌いなのです。薬学の枠を破って出ていく人が出てきてほしい。例えば、薬局のチェーンに行って店長になるのもいいけれど、そのレベルでは面白くない。経営者になってほしい」。公務員なら行政に、企業なら研究開発方針にとどまらず全社の経営方針に関わる、そういう学生を出していきたいと言う。

 そうした思いも込め、「社会性・自立性をもった学生の育成にあたり、正課外における学生が活躍するフィールドを多様化、拡大化を目指す」狙いで近年始まったのが、学内ジョブプロジェクトだ。

 「オープンキャンパスで、学生に少しアルバイト代を払って誘導等、手伝ってもらった。その学生の動きを見たら、思った以上によくやっている。それがきっかけで、色々な学内の仕事を学生に任せていこうということになった」。

 実はこの学内ジョブは、学内アルバイト・学生企画を出すのも、集まった学生に業務の指示を行うのも、学内の各課だ。つまり、運営の中心は教員ではなく職員だ。

 「大学では教員が優位で、事務職員は下、という考え方はやめにして、学内ジョブだけでなく、色んなプログラムを教職協働で動かしていきたい」(後藤学長)。

他にない特異な単科大学を目指す

 今後の方向性について後藤学長は、日本の大学全体の連携・統合の動きを踏まえ、「将来的に他大学と組むかどうかを考える前に、特異な単科大学の姿を作るということがまず大事。それがなかったら、単に飲み込まれるだけだと思います」と言う。

 そこでは、やはり基礎科学教育が鍵となる。まず取り組むのは、私立の単科大学なので医療機関を持たないという、科学教育を行う上での課題の解消だ。「今も長期実務実習はありますが、もっと密な医療機関の中で、4年間座学で学んだ基礎科学が医療現場で生きるという経験をさせたい。自前では病院を持たないですが、学術交流協定等でそういう場を作りたいと、検討を進めているところです」。

 科学教育の内容としては、「医学研究と肩を並べる薬学研究・教育」を掲げる。

 「医学部でも看護学部でも基礎科学はしていない。薬学部が唯一、基礎科学教育をしているのは大きな強みです。

 カリキュラム改正も今検討に入っています。その中で、1年次から4年次までの4年間で有機化学、物理化学等とバラバラに学んできたことがトータルで現場に生かせると分かるような統合化授業科目を作りたいと考えています」。

 統合化科目の実現にはまだ時間がかかるというが、他の大学にない、特異な姿を作るものとなりそうだ。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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