ベンチャーのような大学として、世界中から注目される尖った大学に/立命館アジア太平洋大学
立命館アジア太平洋大学(Ritsumeikan Asia PacificUniversity:以下、APU)は、「自由・平和・ヒューマニティ」「国際相互理解」「アジア太平洋の未来創造」を基本理念に2000年に大分県別府市に開学した比較的新しい大学である。アジア太平洋学部と国際経営学部の2つの学部と、アジア太平洋研究科と経営管理研究科の2つの大学院から構成され、約6000人の在学生の半数が国際学生(留学生)、教員も半数が外国籍であり、開学以来、多文化共生キャンパス、「混ぜる教育」という明確なコンセプトのもとで、これまでの日本の大学にはない新たな取り組みを進めてきた。このようなAPUの実践は、2014年には文部科学省による「スーパーグローバル大学創成支援事業(タイプB)」に採択され、また、2016年には国際経営学部と大学院経営管理研究科がマネジメント教育の国際認証であるAACSB(The Association to Advance CollegiateSchools of Business)の認証を、2018年3月にはアジア太平洋学部観光学分野が国連世界観光機関(UNWTO)の国際認証であるTedQua(l Tourism Education Quality)の認証を取得する等、国際水準で高い評価を受けてきた。APUでは、公募によって新たに選出された出口治明学長のもと、さらなるグローバルとダイバーシティを意識した改革が推進されようとしている。APUのこれからについて、出口学長にお話をうかがった。
ベンチャー経営者が学長に転身した理由とは
2018年1月に、70歳で経済界から教育界に、APUの学長に転身したことについて、出口学長は、「60歳、還暦でベンチャー企業としてライフネット生命を立ち上げ10年間経営してきたが、若い人が育ってきたので古希で退任した。APUの学長就任は、推薦してくれた人がいたから。APUについては、“面白い大学”というイメージは持っていたが、それ以上のことは知らなかったので漠然としたイメージしかなかった。しかし、学長候補者選考インタビューで初めてキャンパスを訪れたときに、3つの点でこの大学はとてもいい大学だと感じた」と言う。その3つの点とは、1つは、様々な国の学生がキャンパスにいることであり、小さな地球、若者の国連のように感じたことであるという。次に、選考委員会の構成が日本人、外国人、女性と多様であり、ガバナンスにダイバーシティ(多様性)が確保されていたことである。のちにこの選考委員のメンバーに、理事、教員、職員、卒業生が混ざっていたことを知り、また、学長就任後に、国際経営学部とアジア太平洋学部の執行部である学部長・副学部長の9人のメンバーのうち、3人が女性、7人が外国籍であることを知り、ガバナンスやマネジメントにおけるダイバーシティの豊かさに驚いたという。そして、日本企業で、取締役会や指名・報酬委員会でこれだけのダイバーシティが確保された企業はあるだろうかと感じたと話す。第3に、APUでは「APU2030ビジョン」として、2030 年に目指す将来像を作っており、「APUは世界に誇れるグローバル・ラーニング・コミュニティを構築し、そこで学んだ人たちが世界を変える」というビジョンのもとで、どのような学生を育てるのかが明確に示されていたことである。SDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))に対応した経営計画を策定することがグローバル企業の世界基準になっているなかで、APUは既にそれに取り組んでいたのである。
APUは、その建学の理念を背景に、教員・学生の半数が外国籍であり、ダイバーシティがあり、グローバル志向が強いことは大学界では有名である。出口学長はこのことを企業経営の観点から意味づけて即座に理解し、高く評価したのである。
国際認証は“ミシュランの三つ星”のようなもの
APUは、ダイバーシティに富んでいるだけでなく、国際水準の教育を提供していることの証明として、経営学ではAACSB、観光学では、TedQualの国際認証を得ている。前者は日本で4校、後者は2校しか得ていないものであり、この国際認証が世界中から優秀な学生が集まってくる基盤となっている。これらの認証は、それを得るためにも多大な努力が必要であるが、維持していくためにも大変な努力が必要となる厳しい第三者評価であって、いわばミシュランの三つ星のようなものである。APUには、アジアからだけでなく、アフリカ、ヨーロッパからも学生が来ており、グローバルな環境に価値がある。これを維持していくためには、国際認証を取ることに尽きる、と出口学長は考えている。これらの認証は大学の教育レベルが国際基準であることの証明であり、APUは教育を専門とする第三者機関に評価されてきた大学といえる。さらに、APUは、これらの国際認証とともに、THE(Times HigherEducation)による日本版大学ランキングで全国私大5位、西日本の私大1位の順位を得ている等、大学ランキングでも高い評価を受けている。
しかし、残念ながら、このようなAPUの国際的な評価の高さはまだ一般には知られていない。出口学長は、「APUの学長に内定して、霞が関や丸の内に勤務する友人にAPUの特徴を紹介しても、多くの人から“知らなかった”という反応を受けた。また、ある県の教育関係者40人に会合の中で尋ねてみたら、立命館大学は広く知られていても、APUは知られていなかった」と話す。そこで、APUの学長になってまず取り組んだことは、APUについて広く知ってもらうことである。これらの国際認証や大学ランキングでの評価とともに、学生数(5963人)、学生に占める国際学生の割合(50.4%)、出身国・地域数(88)、海外協定大学機関数(465)等のAPUの特徴ある数値を記載した葉書大のカード(「大きい名刺」と呼んでいる)を作成し、自分自身の名刺とともに会う人会う人に渡すようにしているという(図1)。さらに、企業関係者にAPUを理解してもらうためには、APUの学生に接してもらうことが一番効果があると考え、企業からの研修生の受け入れを行っている。2カ月もしくは4カ月間APUの寮に住みながら、英語で開講している経営学の授業を受講したり、国際学生とペアになって英会話を練習する等に取り組む長期研修プログラム(GCEP)を開発し、また、短期集中研修等、様々な企業ニーズに合わせたプログラムを開発して企業に提案している。そして、学生の採用・インターンシップの受け入れの依頼とともに、それらの企業からの研修受け入れ内容を紹介する案内チラを作成し、広く発信することを始めた。このような取り組みには、企業の人にAPUを知ってもらうことと、APUの学生、特に、世界中から来ている国際学生に日本の企業を知ってもらいたいという双方向のコミュニケーションを願う思いが込められている。
「人・本・旅」で学生を鍛える
広報活動のみではなく、教育や学生への働きかけにも積極的に取り組んでいる。「大学は学生を鍛えるところであり、いい学生を育てることが大学の全てであり、大学の役割であると考えている。その中でも、人間は『人・本・旅』で鍛えられると思っている」と出口学長は話す。このことは、島崎藤村が、三智という言葉で「人の世には三智がある。学んで得る智、人と交わって得る智、自らの体験によって得る智がそれである」と言っていることと同じであるとして、学長就任後、APUでこれに対応すべく3つのことに取り組んでいる。まず、「人」の面としては、APUでは寮生活を通じて人との関係が鍛えられていくので、寮を充実させる方針を立てた。現在は、1年生の内日本人は7~8割、国際学生は全員が寮生活を経験しているが、これを100%にすることを目標にしている。「本」については、大学時代には、本を読まなければいけないことを学生に伝えている。しかし、ただ読め、というだけでは伝わらない。そこで、どのような本を読んでほしいのか古典を中心としたブックリストを作って、入学式で新入生全員に配った。また、元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞氏が中心になり、ウェブサイトで若いビジネスマン向けにノンフィクション書の書評活動を行っている集団である「HONZ」の関係者をAPUに招いて、本好きの学生、教職員との討論会を企画する等、読書を促す具体的な取り組みを実施している。「旅」については、現在、APUの国内学生で海外留学する学生は1割くらいしかいない。これを、2030年には、100%海外学習を経験することを目指して、学長直属のプロジェクトを立ち上げ、そこで、全員留学のための計画と目標を作って具体化を図ることとした。このように、「人・本・旅」で学生をさらに鍛えていくことを目指している。
ダイバーシティから生み出す「APU起業部(出口塾)」
APU の何よりの特徴は、教員も学生も日本で一番、ダイバーシティが進んでいることにある。APU のダイバーシティは、外国からの国際学生(留学生)が多いだけではなく、国内学生も全国から集まってくることにその特徴がある。APUの国内学生は、関東が3割弱、近畿が約2割であり、地元九州・沖縄は1/3 となり、学生数5000人以上の大学では、出身地域の多様性が一番高い。そして、APUの国際学生は、アジアからだけではなく、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパからも来ている。出口学長は、「このようなダイバーシティに富んだ環境は、ベンチャー企業を生み出すことに最も適している。このことは、アメリカの研究でも示されており、そうであれば、APUは日本で一番ベンチャーを生み出さないとおかしい」と話す。そこで、2018年7月に学長直轄プロジェクト「APU起業部」(通称・出口塾)を始動して、起業家育成を行うこととした(図2)。この新たな取り組みは、本気でビジネスプランを考える学生のみを対象として、その意欲ある学生に複数の教職員がメンターに付き、起業するまで支援するものである。「ビジネスコンテストに出ることが目的ではない。本気でビジネスプランを考えて起業することが目的」として、この取り組みを「出口塾」と名付け学長が塾長となることで、大学として本気であることを学生に示したという。2018 年6 月から7 月にかけて学内から塾生を公募したところ、71 組(件)90 人から応募があった。審査の結果、32組40人を採用し、ビジネスプラン作成から起業するまでに必要なことを教え、ハンズオンでサポートしていくという。
他方、APU では、地域交流や地域貢献にも積極的に取り組んでいる。大分県の全ての市町村と協力協定を結んでおり、年間1万2000人の小中学生らが訪れている。小中学生がAPUの国際学生と接することで、出会った学生の出身国から世界地理に興味を持ち、また、英語を学ばなければという気持ちになっていくという。さらに、APU の学生が地域農家に出向いて手伝いをする等地域との相互交流にも積極的に取り組んでおり、例えば、大分県臼杵市のフンドーキン醬油株式会社とムスリムを含むAPU の学生が協力してハラール醤油の開発が進んでいる。APUは、そのダイバーシティを地域に還元しているのである。その経済波及効果は年に200 億円を超えると大分県が試算している。何もないところに大学を作って、世界中から学生を集めているからである。APUは、地域の活性化という観点でも大きく貢献しているのである。このことが実現できているのは、APUが価値を明確にして面白い場所を創っているためであると出口学長は話す。
プロだけではなく、普通の人への発信を強化
現在、地方の学生が東京や都市部に流出することが問題視されているが、APUは、別府の山の上にあっても(APUのキャンパスは、文字通り山の上にあり、キャンパスの徒歩圏内には何もない)、東京や大阪からも学生が集まっている。国内学生の志願者も増えており、前年比で志願者数は1.7倍に増加した(図3)。その背景には、APUが開学以来の建学の精神を貫き、ダイバーシティの豊かな「小さな地球・若者の国連」を作り出すとともに、そこで国際水準の教育が提供されていることによる。もちろん、APUの特徴であるダイバーシティを維持するためには、世界中で学生募集を行ったり、ほとんどの科目を日・英二言語で用意する等、コストもかかっている。国際認証を取得し、維持するためにも努力し続けることは必要である。
他方、2000年の開学から18年が経つなかで、1期生らは30代半ばとまだ若いが、トンガの大臣やインドネシアの州副知事等が出ており、卒業生が世界中で活躍し始めている。同窓会も世界中にできており、34ある同窓会組織のうち25は海外の同窓会であり、APUは学生・卒業生にとって海外ネットワークの強い大学として成長しているという。例えば、国連で働いているフィリピン出身のAPUの卒業生は、休暇で母国に帰る前に、APUを訪ねて後輩に自分の活動を伝える等、母校に帰ることを楽しみにしている卒業生も多い。このことについて、出口学長は、「新しい大学に尖った人が来て、また、卒業後も様々な場所でみんな苦労もしているから、同窓会のつながりがとても強い。APUにはコアになる価値があることが求心力の原因」とその背景にある特徴を示す。そして、「APUはベンチャーのような大学として、さらに尖った大学を目標にしていく。尖って面白いことをやることで世界中の人たちから注目される。丸くなったら終わり。APUは一部の教育業界関係者に評価されて安住してしまっているという見方もある。一般にはまだAPUは知られていない。APUの課題は知名度が低いこと。普通の人への発信を大切にしていく」と話すのである。
APUはコアになる価値を明確にしていると出口学長は強調する。それは、建学の理念であり、「APU2030ビジョン」にも示されている。明確なビジョンに基づいた結晶のような特徴を持つ大学が、ベンチャー起業の実践者である出口学長のもとで、さらにどのように尖っていくのか、「APU起業部」の成果やAPUが日本社会へのダイバーシティの浸透を図っていくのか、今後の展開が期待される。
(白川優治 千葉大学国際教養学部准教授)