大学を強くする「大学経営改革」[79] RPAを活用した大学業務改革の可能性と課題について考える 吉武博通

幅広い業種で導入が急増するRPA

 日本でRPA(Robotic Process Automation)が注目され始めてから日はまだ浅いが、働き方改革や人手不足への対応という社会・経済的背景もあり、企業を中心に急速に普及しつつある。導入企業数は2018年内に5000社を超えると報じられている。

 ICT/ネット分野専門の市場調査機関である株式会社ミック経済研究所は、RPAソリューション市場の規模を、2017年度実績183.4億円から18年度見込み444億円、19年度は772億円と予測している(同社2018年6月11日付プレスリリース)。これらの数字からも、急激に立ち上がっていることが分かる。

 大企業が先行しているようだが、中小企業、地方自治体等へも広がりを見せ、国も2018年6月閣議決定の『未来投資戦略2018』の中で、デジタル・ガバメントの実現に向けた具体的施策の一つにAI・RPAを活用した業務改革を掲げるに至っている。

 大学関係者の間でも関心が高まりつつある。2018年7月に早稲田大学にて開催されたNPO法人実務能力認定機構(ACPA)主催のセミナー「大学における業務構造改革の実践と課題~RPA活用の可能性~」には、定員を上回る参加希望者があった。ただ、既に導入済みまたは導入を決めていると答えた参加者は2割に満たず、大学での本格的な検討・導入はこれからという状況のようである。

 2019年4月1日から働き方改革関連法が順次施行され、生産性を向上しつつ長時間労働をなくすための取り組みが求められるようになる。人手不足が進む中、働き甲斐のある職場づくりを進めることも必須の課題となる。

 RPAが有効な手段として定着し、さらに発展を続けるのか、それとも一時の熱狂で終わって幻滅期に入るのか予断を許さないが、大学にとっても生産性向上と働き方改革は、最も重要な経営課題の一つである。

 本稿では、RPAとは何か、その本質を含めて現時点での筆者の認識をまとめた上で、RPA活用による大学業務改革の可能性と課題について検討する。

定型業務をソフトウエアロボットで自動化

 RPAの定義は一つに定まっているわけではないが、総務省はウェブサイトで、以下の通り説明している。

 「RPAはこれまで人間が行ってきた定型的なパソコン操作をソフトウエアのロボットにより自動化するものです。具体的には、ユーザー・インターフェース上の操作を認識する技術とワークフロー実行を組み合わせ、表計算ソフトやメールソフト、ERP(基幹業務システム)など複数のアプリケーションを使用する業務プロセスをオートメーション化します」。(※注1)

 金融機関や一般企業をはじめ多くの組織は、長い年月をかけてシステム化を進めてきた。それにより従業員の仕事は、創造的な企画・開発業務やきめ細やかな顧客対応業務等にシフトされることが期待されたが、実務の現場では依然として多くの人手による作業が存在するのが実情である。

 具体例を挙げると、申込書や請求書等、書式に記載された情報のシステムへの入力・登録、申請内容の確認や既存データとの突合、複数のシステムやファイルにまたがるデータの集計、それに基づく各種報告書の作成等であり、いずれも人間がPC操作を行いながら処理している業務である。これらの業務の自動化を目指すのがRPAである。

 ロボットに置き換える仕事自体は決して高度なものではなく、むしろ単純作業といえるものである。UiPath株式会社の上田 聡氏は、「一つひとつは洗練されたシステムでも、それを繋ぐのは人間の手作業であり、それは増える一方。この“ラストワンマイル”を自動化するのがRPA」と解説する。RPAテクノロジーズ株式会社の藤田 守氏も、「技術的な新しさは少なく、Excelのマクロに近いもの。費用対効果が見込めるものはシステム化が相応しいが、そこから取り残された作業こそRPAが効果を発揮する領域」と語る。

 総務省も前出のウェブサイトで、RPAは業務の粒度や優先順位、コストがROI(投資収益率)に見合わない等の観点からシステム化が見送られてきた手作業の業務プロセスを、作業の質を落とさず、比較的低コストかつ短期間で導入できるという特徴があるとした上で、適用業務として、帳簿入力や伝票作成、ダイレクトメールの発送業務、経費チェック、顧客データの管理、ERP・SFA(営業支援システム)へのデータ入力、定期的な情報収集等を挙げている。

ニーズと目的に合ったRPAツールをどう選定するか

 IT投資については、多額の費用をかけて新システムを導入したものの、使い勝手が悪い、効率化に繋がっていない等の声を聞くことも多い。

 これに対して、RPAは定型業務の自動化という性格もあり、投資費用が大幅に抑えられ、開発工期も短く、トライアンドエラーを繰り返しながら、より使い勝手の良いものに発展させていけるという利点があるとされている。

 しかも、人手に付き物のミスもなく、定型業務を正確かつ迅速に処理し、労務管理の必要もない。デジタル・レイバー(仮想知的労働者)と呼ばれる所以である。

 RPAを導入する場合、どの作業を自動化するかを決め、それに相応しいRPAツールを選び、そのツールを使ってソフトウエアロボット(以下ソフトロボ)を開発することになる。

 RPAツールとしては、BizRobo!(RPAテクノロジーズ)、WinActor(NTTデータ)、UiPath(米、創業ルーマニア)、Blue Prism(英)、Automation Anywhere(米)等が広く知られているが、これ以外にもそれぞれに強みや特色を持つツールがある。

 RPAツールは、ソフトロボをクライアントPC上で動かすクライアント型と、サーバーで集中管理するサーバー型に分類される。前者は業務担当者の側でPC作業を支援するという点で、アテンデッド・ロボットと呼ばれることもある。これに対して、後者は人を介することなく、毎日決まった時間に大量データ処理を行う等の用いられ方をすることから、アンアテンデッド・ロボットと呼ばれている。

 ニーズや目的に合ったツールを如何に選定するかは、RPA導入の大きなポイントになる。

プロセス全体の見直しにより働き方が変わる

 RPA導入を生産性向上に繋げた事例は数多く報告されているが、RPAツールを導入すれば即効果が現れるものではない。

 早くからRPA導入を進めてきた日本生命保険相互会社は、2018年7月開催の定時総代会において、RPAに関する質問に次の通り答えている(日本生命保険相互会社「第71回定時総代会議事要旨」の関係部分をそのまま引用)。


 当社は、RPAの導入に、2014年から取り組んできたが、何度も失敗している。重要なことは2つあると考えており、1つ目は、人間が行う実務やノウハウの見える化である。実務を熟知していなければ、ロボットに置きかえようとしても、イレギュラーケースに対応できず失敗してしまう。2つ目は、実務の変化に応じてAIやロボットを育てること、また、そのAIやロボットを育てる人のマインドを醸成することである。例えば、当社ではRPAに「ロボ美」と名前を付け職員名簿にも載せることで、職員がロボットを仲間として育てるようになってきている。現在では、53台のロボットが各業務において活躍している。

 なお、単にデジタル技術だけを導入しても、業務全体への効果は薄いと考えている。新たなデジタル技術に加え、これまでのシステムや、人が介在するプロセス、この三つを業務プロセス全体にどのように組込み、どう変えていくかが重要である。プロセス全体の見直しによって、それに携わる一人ひとりの働き方が効率的になり、生産性が上がっていく。また、それによって、資源を成長分野やお客様サービスにシフトすることができると考えており、そのような点も念頭に置いて、会社全体の効率性、生産性を上げていきたい。


引用が長くなったが、RPA導入の本質が語られている。

トライアルを経て全学展開を進める早稲田大学

 ここで前述のセミナーで報告された早稲田大学の導入事例について、その要点を紹介したい。

 同大学は、2011年より業務構造改革に取り組んでおり、これまでに、専任職員、嘱託職員、派遣社員、業務委託の業務・役割・専門性の再定義、共通業務の集中化及び既存組織の再編成等を進めている。

 その中で、約130カ所で分散処理していた支払請求伝票の入力処理工程を段階的に集中化する一方で、ERPを基盤とする新たな研究支援・財務システムを開発。2018年4月稼働に向けて、処理方法や業務実施体制等の見直しを進めていたが、大きな効果が見込める単純業務の集中化は一巡したものの、分散化した事務所で一人分に満たない事務処理を集中化しても、要員の再配置に繋がらず、却ってコスト増をもたらすとの問題に直面。打開策としてRPA導入を検討することになった。

 トライアルの結果、年間約22万件にのぼる支払請求入力用紙の内容チェックとシステム登録にRPAを導入することで、約30%の業務削減効果が見込めることが分かり、適用領域の拡大を目指して全学展開を進めることになったという。

 その推進役として情報企画部と人事部を兼務する伊藤達哉担当部長は、「業務効率化やコスト削減にとどまらず、現行業務の目的や手順を再検討し、RPAに委ねる処理を考え、空いた時間で手をつけられなかった業務に着手する。ワークライフバランスの改善にも繋がる」と期待を寄せる。


図 大学業務におけるRPA適用例

「業務の可視化」は業務改革における最大の課題

 RPAを適用することで効果が見込める業務は、定型的であり、繰り返され、一定の処理量があるものとされている。

 早稲田大学のような大規模大学に対して、中小規模の大学の場合、処理量という点で条件面の厳しさがあるかもしれない。

 しかしながら、人件費増を抑えつつ業務の高度化・多様化に対処するという課題は、規模の大小や設置形態を問わず、全ての大学に共通である。生産性向上はもとより、成長を促す働き甲斐のある職場、働きやすい職場を作り上げるためにもITの高度活用を含む業務改革は不可欠である。RPAはそのための有力な手段の一つになり得ると思われる。

 大学の職員組織やそれが担う業務は現在も「事務」と呼ばれることが多い。職場を見てもPCに向かっての仕事が圧倒的に多い。そのこと自体が問題ではないが、学生に接する時間、新たな企画や問題解決のために話し合う時間、高校・企業・地域など学外に出向く時間を、これまで以上に生み出していかなければならない。

 PCに向かう姿だけでは、仕事の内容も方法も本人以外は分からない。処理の正確さや速さの個人差は決して小さくはないはずであるが、それを評価したり、職場内で教え合ったりすることは現状のままでは期待し難い。

 RPA導入に当たっては、業務の棚卸しを通して、自動化対象とする業務を洗い出し、As-Is(現状)フローを整理した上で、To-Be(あるべき)フローを描き、RPA適用部分を明確化しなければならない。この際に、既存の業務を所与のものとするのではなく、目的に立ち返ってその必要性を問い直し、必要性が低ければ業務自体をやめることも重要である。本来不必要な業務がソフトロボへの置き換えにより固定化されることは避けなければならない。

 この「業務の可視化」は業務改革における最大の課題であり、ITベンダーやコンサルティングを活用したとしても、業務担当者が当事者意識を持って能動的に関わらない限り、期待通りの成果を得ることは難しい。業務改革の経験に乏しい大学にとっては、RPA導入に当たっての最大の関門になると思われる。

 そのためにも、業務改革がなぜ必要か、RPAとは何か、組織と個人に如何なるメリットをもたらすか等について、担当者の理解を得るまで根気強く説明する必要がある。加えて、基礎的な業務分析手法の習得を含めた研修を行う必要がある。

小さな試行、運用体制の構築、大きく育てる

 次の課題は、PoC(Proof of Concept:概念実証)とも呼ばれているが、小規模な施行で効果を検証するステップである。ソフトロボが期待通りに動くかどうかを検証し、問題が見つかれば潰していかなければならない。この時点で効果が実感できれば、担当者の意欲も高まり、業務改革に向けた好循環が生まれるだろう。

 その上で、適用範囲を拡大し、RPA導入の効果をより広く行き渡らせる必要がある。

 本格稼動後の運用体制の構築も成否に関わる重要なポイントである。運用ルール、それに則った運用が行われているかのモニタリング、トラブル発生時の支援、業務処理方法変更に伴うソフトロボの修正等について、必要な体制を整えるとともに、これらを十分に周知させておかなければならない。

 ソフトロボは、24時間365日、正確かつ迅速に仕事を処理してくれるが、育てる気持ちがなければ、業務条件の変化に伴い、その機能を低下させていくだろう。その逆に、育てる意思があれば、AIとの連携を含めて、より大きな効果を生み出してくれる可能性もある。

 藤田氏は、「現場主導の取り組みによりデジタルレイバーを増やすことでオペレーションを強くする」と語り、上田氏は「全社員が関わることで、RPAはさらに大きな力を発揮する」とその可能性に期待を寄せる。

 RPA導入は、職員の仕事のあり方を中心に、大学業務を根本的に見直す好機である。Excelのマクロを使いこなせる職員がどれだけいるのか等、職員のIT活用能力を把握した上で、その強化を図ることも必要である。

 これらに関しては、ACPAが提供する「大学マネジメント・業務スキル基準表」が参考になる。内山博夫事務局長によると、2017年度以降提供件数が急増しているという。業務改革、働き方改革、職員育成等に対する大学の関心の高まりの表れでもある。

 この動きを実効ある改革にどう繋げられるか。トップの意思を含む大学の本気度が試されている。

 執筆にあたり、本文中に登場した各氏に加え、ACPA理事長の深澤良彰早稲田大学理工学術院教授、早稲田大学アカデミックソリューションの櫻井勝人氏、三宅麻美氏に助言いただいたことに謝意を表したい。


(注1) 総務省ウェブサイト「RPA(働き方改革:業務自動化による生産性向上)」
【外部リンク】http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02tsushin02_04000043.html


(吉武 博通 公立大学法人首都大学東京 理事)


【印刷用記事】
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