深い学びを可能にする教科横断型の「探究ナビ」を開発・実践/大阪府教育センター附属高等学校
2022年度から高等学校で実施される新学習指導要領では、従来の知識偏重を脱し、「思考力・判断力・表現力」を育成することに狙いが置かれることになる。学習内容を深く理解し、社会や生活で活用できるようになること、つまりは「主体的・対話的で深い学び」が目指される。27科目にわたって科目の新設や見直しが行われ、その核となるのが「探究」だ。「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」(総合探究)へと名称変更される点に象徴的に示されているように、今後「探究」への焦点化が進むことになる。
本稿では、そんな状況に先んじて実践を行ってきた事例に注目したい。大阪府教育センター附属高等学校(以下、教育センター附属高)は、「探究ナビ」と呼ばれる独自科目を設置し、教科横断的な学習や課題発見・解決能力の育成に努めてきた。大阪市住吉区にある同校を訪ね、喜多英一校長、宮田早永子教頭、酒井将平教諭にお話をうかがった。
大阪の教育を先導する「ナビゲーションスクール」
教育センター附属高は、その名称が示唆するように、大阪府の教職員向け研修や教育に関する調査・研究を担う「教育センター」の附属高校だ。2011年、かつて大阪府立大和川高校が立地してきた敷地に設立され、今年 8年目を迎えた。同校は、「共に学び、共に敬い、共に高まる」をスローガンに掲げ、「新たな学びを創造する学校」として実践を展開してきた。
教育センター附属高は、その名称が示唆するように、大阪府の教職員向け研修や教育に関する調査・研究を担う「教育センター」の附属高校だ。2011年、かつて大阪府立大和川高校が立地してきた敷地に設立され、今年 8年目を迎えた。同校は、「共に学び、共に敬い、共に高まる」をスローガンに掲げ、「新たな学びを創造する学校」として実践を展開してきた。
同校の強みは、隣接する教育センターの研修機能や研究機能を活用した教育活動を実践できる点にある。大阪の教育を先導する「ナビゲーションスクール」として位置づけられていて、教育センターの研究成果を活かしながら、大阪の教育課題を踏まえた実践・研究の推進、教員の指導力向上を図っていく役割を担っている。ナビゲーションスクールとは、①大阪の教育を先導する学校、②生徒の夢や志をはぐくむ教育実践、③学力向上を促進する質の高い授業、④充実した教育環境の構築、の4つの理念を掲げる学校のことだ。
それゆえ、教育の調査研究機能を有する教育センターで開発されたプログラムをいち早く実践できる府立学校だと喜多校長は説明する。そうした利点を利用し、実践の成果を活かして大阪府内全体の教育の充実を図るとともに、その成果を全国に発信していくことも求められていると校長は語る。
そんな役割を担う教育センター附属高が目指す教育像は、シンボルである四つ葉の「学びのクローバー」に配された「発見」「探究」「感動」「自信」によって象徴的に示されている(図1)。
同校の教育・学習活動では、生徒達がこれら 4つの側面をスパイラル的に経験しながら成長していくことが目指されている。つまり、生徒達は「目標に向かってチャレンジする中で自己の可能性を『発見』し、知識や技能を最大限に活用する『探究』的学習活動によって自立への歩みを進め、仲間とともに多様な活動に取り組み全力でやり遂げた『感動』を分かち合い、自己有用感をはぐくみたくましく生きる『自信』を獲得」することを何度も繰り返しながら、主体的に自己の確立・夢の実現に向けて努力する生徒に育っていくことが想定されている(教育センター附属高Webページより)。
こうした学びと成長のスパイラルを基礎に置きながら、同校が創設以来特に重視してきたのが、実生活において正解が一つでない問題について考え、課題解決につなげていく力、つまりは「PISA型学力」の育成だ。センター附属高の文脈で言い換えれば「探究力」だと喜多校長は述べる。そのための中核を担ってきた科目が「探究ナビ」だ。「探究ナビ」が柱となって、その他の教科にもつながっていくカリキュラム構成になっているという。
「探究ナビ」による学び
それでは、「探究ナビ」とは具体的にどのような目標と内容を備えた科目なのか。
教育センター附属高は、文部科学省の教育課程特例校に指定されており、いわゆる「総合的な学習の時間」の代わりに、人文・社会・自然等の各分野を融合した単元で構成した科目として「探究ナビ」を独自に開発・実践してきた。単なる座学ではなく、「知識・技能を活用する学習」や「探究活動を行う学習」を行い、「他者や社会と関わる力」や「適切に表現する力」の育成を目指すものだ。
冒頭でも触れた通り、新学習指導要領では「総合的な探究の時間」が設けられ、実社会や自己との関わりの中で課題を発見し解決に向けて探究活動を行っていくことが求められることになるが、教育センター附属高の試みはそれを先取りしてきたものだったといってよい。
そもそも同校で開始された「探究ナビ」は、日本全国でPISA型学力の育成が遅れてきていることが認識される中、大阪府において、教育センター独自で開発してきた手法や収集してきた情報を活用しながら同校で「新たな学び」を実践しようとした取り組みが結実したものだ。教育センターとの連携を活かし、指導主事に教科会議や実際の授業にも入ってもらいながら教科の開発や運営が進められてきた。
「探究ナビ」は、1年生から 3年生まで各学年2単位で実施されている。図2にある通り、3カ年を通して「自らの進路を切り拓くことのできる人材の育成」を目標に掲げており、キャリア教育の機能も含まれている。学年ごとのテーマを追ってみると、「人とつながる(1年生)」「社会とつながる(2年生)」「未来を拓く(3年生)」というように、自己理解から社会理解へ、そして社会に対する働きかけへと、生徒の学びが段階的・発展的に拡張するよう設計されていることがわかる。さらに、各学年における学習到達目標には、前出の「学びのクローバー」に示された「発見―探究―感動―自信」が盛り込まれていて、3カ年を通してスパイラル的に学びが深化していくように構造化されている。
こうした学習目標を実現するための具体的な教育活動(プログラム)は多岐にわたる。探究科主任を務める酒井教諭は、3年間の学びを次のように説明する。
まず、学びが深まっていくための基盤形成の仕掛けとして、集団づくりから始めるという。「クラス開き」と呼ぶ活動だ。2時間(50分2)を3回行い、安心して話し合える環境づくりが丁寧に行われる。1年間のアイスブレイクとして機能していて、生徒からも楽しかったと好評だそうだ。こうして1年生の段階では、話し合いを深めていくためのコミュニケーション能力の育成を軸に学びの基礎を固めつつ、防災に関する学びや、「仕事調べ」での職業観の涵養が図られていく。さらに、「演劇プログラム」を通して日常の生活や普段の状況を演じながら葛藤を感じとる経験も取り入れられている。
2年生になると、社会そのものに出て考える段階に入る。例えば、「あびこ探検」は文字通り、地元のあびこの街に出てフィールドワークを行う授業だ。2・3学期には沖縄に修学旅行に行くのに合わせ、沖縄の歴史・文化・経済について調べ、民泊も経験しながら現地の人達にインタビューを実施することで、当事者と関わりながら学びを深めていくのだという。そして3年生では、2045年問題(シンギュラリティ)、起業、環境といったテーマを切り口に、将来実生活の中でどのようなことができるかを考えていく。
このように、「探究ナビ」は同校の掲げる「新たな学び」を具現化したものだ。教科の壁を越えた学びを通して自らを見つめ、他者や社会とつながることは、21世紀を生きる生徒にとって得難い経験となるに違いない。
教科横断型授業を成功させるための仕掛けづくり
ただ、教科横断型であるが故に、「探究ナビ」のマネジメントには特有の難しさが付きまとうことも事実だ。
そもそも、数名で一学年を担当する他の一般教科に比べ、「探究ナビ」では 2名の教員が一クラスを受け持つ等担当教員が多く配置されている。学校全体でみれば教員の半数以上が関わっているが、そうして教員が増えれば、ちょっとした打ち合せをするにも事前調整が必要になる。さらに、府立高校である以上教員異動は避けられず、教科横断型授業の経験が少ない教員が配置され、それがひいては教員間の意識差や温度差を生み出してしまうこともある。慣れない教員達を巻き込んでいく仕掛けが必要になる。だからこそ、生徒側に立って実際の授業を経験してもらう研修会を開催しているほか、複数クラスで授業の進度が揃うよう、同じ教材やパワーポイントを準備する等の授業運営の工夫も重ねてきた。
しかし本質的な課題は、教員同士が「教科横断型の学びを語るための共通言語を持たないこと」だと、教科主任の酒井教諭は指摘する。「探究ナビ」を担当する教員には当然専門教科以外の内容を教えることが求められるが、例えば演劇の授業となれば、経験のない教員から「どうしたらいいか分からない」という反応も出てくるという。そんな教科の専門性を越えた学びについて語り考えるための言葉を共有していく工夫が必要になるというわけだ。
そんな共有化の取り組みの一つがICEモデルの導入だ。ICEモデルとは、カナダ・クィーンズ大学のスー・ヤング博士によって開発された、学習方法と一体的に構造化された評価モデルのこと。Ideas(知識)─Connections(つながり)─Extensions(応用)の 3つの視点で学びを捉え、学習者が学んだ知識を主体的に展開して深い学びにつなげていくことが想定されている。アクティブラーニングの導入が進むわが国の学校教育でも、広島県教育委員会等が先進的に取り入れてきた経緯がある。酒井教諭は、そんな先進事例に学びながら「探究ナビ」の設計や評価にICEモデルを活用することで、教員同士が学びと評価のあり方を語ることのできる共通基盤にしていきたいと語る(図3参照)。
「主体的・対話的な深い学び」のモデルとして
このように見てくると、「新たな学び」の開発・運営は教員にとっても大きな挑戦だと言っていい。「新たな学び」には従前の教育学習からのパラダイムシフトが必要になる。教員には、経験則に頼るのではなく、思考や手法を大胆に転換していく姿勢が求められる。
ただ、「探究ナビ」の実践を長く見続けてきた宮田教頭の目には確かな手応えも見え始めているようだ。宮田教頭によると、クラス内で最も優秀だったチームが出場する最終発表会を毎年開催しているが、参観した保護者から、社会で必要になる力が育成されていることを評価する声が聞かれるという。さらに、大学に進学した卒業生らも、「探究ナビ」での学びや経験が大学での学習に役立っていることを報告に来てくれるという。
教育センター附属高の試行錯誤は、今後全国で「探究」を学ぶ授業が導入されていくことが予想される中で必ずやモデルやグッドプラクティス(優良事例)になっていくはずだ。「探究ナビ」は新学習指導要領を先取りしてきた側面がある。例えば古典では、「探究ナビ」の演劇の単元で学んだことを活かして実際に生徒に演じさせている。生徒らは自分で演じてみることで、古典のテキストを外側から読んでいるだけでは分からなかった音や感触を登場人物になって感じ取りながら、対象に深く迫っていく経験をさせているという。他の教科で学んだことを教科を越えてどう探究的・応用的に活かしていくのか、そうした視点で捉え直す学びのあり方は、まさに新学習指導要領が謳う「主体的・対話的で深い学び」そのものだ。
「探究ナビ」の取り組みも今年で 8年目を迎えた。新学習指導要領が始まろうとする中、喜多校長は、これまで教育センター附属高が蓄積してきた知見や経験を総ざらいしながら、中核的な授業として改めて体系化を図っていきたいという。目指すのは、学校が何か新しい取り組みを始めたいと思った時に参照できる実績を持った、文字通りの「ナビゲーション」になり得る学校だ。そうなれば、生徒にとっても意味ある学びを提供できる学校になっているはずだと喜多校長は語る。そこには、「新たな学び」の実現に向けて挑戦し続ける高校の確たる意志を感じることができた。
(吉田 文 早稲田大学教授)