“言語+リベラルアーツ”で育成するKansai Gaidai型グローバル人材/関西外国語大学

関西外国語大学キャンパス


 21世紀社会に向けて育成すべき新たな人材像が政府や産業界から盛んに喧伝され、各大学の教育現場は慌ただしく対応を迫られている。最近では、科学技術力の強化と必要性を背景に、科学・技術・工学・数学分野に通じた「STEM(ステム)人材」の育成や、そこにArtを加えた「STEAM(スティーム)人材」の育成も議論されるようになり、少しずつ実践も始まっている。

 それに比べれば、21世紀におけるグローバリゼーションを前提に設定された「グローバル人材」は、大学が掲げる人材目標としてすっかり定着した感があり、さほどの目新しさはない。しかしだからこそ、「グローバル人材」育成をめぐる課題は実際の成果を問うものに収斂してきている。あり体に言えば、どんな教育内容や学習経験が「グローバル人材」の育成に効くのか、実質的な方法論が問われ始めている。

 本稿では、そんな「グローバル人材」育成に関する最先端の取り組みを、関西外国語大学(以下、関西外大)の事例で見てみよう。関西外大の特徴は、長い伝統に裏打ちされた外国語教育を基層にしつつコンテンツ重視のリベラルアーツ教育を整備・提供している点にある。そこには「言語+α」のグローバル人材モデルが機能している。

 レンガ色で統一された校舎の立ち並ぶ瀟洒な中宮キャンパスに谷本義高学長を訪ねた。

関西外大からKansai Gaidai Universityへ

谷本義高学長

 関西外大の前身となる谷本英学院が産声を上げたのは、太平洋戦争終結からわずか数カ月後、1945年11月のことだ。創設者は谷本義高学長の祖父母に当たる谷本昇氏・多加子氏。昇氏は戦前英語教員だったが、敵性言語である英語を教えることができず、やむなく数学教員として教壇に立ったという。終戦後の混乱の中、昇氏と多加子氏を英語学校の設立に向かわせたのは、悲惨な戦争を二度と繰り返したくないという強い思いと、そのためには外国語を学び多様な文化を理解できる人材の育成が急務だという信念だった。

 当初わずか8人の学生で始まった谷本英学院は、関西外国語学校(1947年)、関西外国語短期大学(1953年)を経て、1966年に関西外国語大学が開学するに至っている。外国語学部一学部からのスタートだった。

 こうした沿革が示すように、関西外大は外国語教育を主軸に据えた学校・大学として展開してきたが、かといって外国語だけを重視してきたわけではない。建学の精神に「国際社会に貢献する豊かな教養を備えた人材の育成」と「公正な世界観に基づき、時代と社会の要請に応えていく実学」を謳うように、教養と実学の両面の教育に力を注いできた。

 近年、関西外大の教育は単なる「外国語大学」という枠に収まらない広がりを持つようになっている。確かに、外国語大学として、話者の多い英語とスペイン語に焦点化しつつ最近では中国語にも力を入れてきた。「しかし本学は、言語を学ぶことでことばという障壁を下げた後どうするのか、次の一手を考えられるようになることを重視しています。そこで必要になるのが教養でありリベラルアーツ。関西外大は『言語+教養』を学ぶリベラルアーツの大学だと自負しています」。谷本学長はそう胸を張る。かつてKansai University of Foreign Studiesと名乗った英語名称をKansai Gaidai Universityに変更したところにも、単科の外国語大学からリベラルアーツ大学への「進化」が表現されていると言っていい。

“言語+リベラルアーツ”で徹底的に学生を鍛える

 それでは、関西外大では実際にどんな教育が展開されているのか。

 関西外大には現在、英語キャリア学部、外国語学部、英語国際学部の3学部に加え、大学院外国語学研究科、短期大学部、留学生別科が置かれ、約1万3000人の学生(大学だけで約1万1000人)が学んでいる。

 3つの学部に共通するのは、いずれも「言語」と「リベラルアーツ」を組み合わせて学ぶ構造になっていることだ。外国語大学である以上、まず外国語の学習が中心に位置づくのは言うまでもないが、現代はそれだけでは十分でない。外国語学習を通してコミュニケーションの障壁を下げることができたら、次は他国の文化、歴史、宗教、政治、経済等について学ぶ。そうすることで、物事を推し進める「ファシリテーション力」、問題を解決する「ネゴシエーション力」、人との対話を生み出す「コミュニケーション力」を身につけていくことができると谷本学長は語る。カリキュラムでは1・2年次に言語を集中的に学ぶ傍ら、1年次から上位学年にかけて緩やかにリベラルアーツが学べるよう工夫しているという。

 そんな基本構造を共有しつつ、各学部ではそれぞれに特徴的な教育が提供されている。

 まずは、2011年に設置された英語キャリア学部だ。120 名定員(英語キャリア学科)の少数精鋭体制がとられ、英語と社会科学がフュージョンした「英語キャリア学」で国際的に通用する高度国際職業人の育成を目標とする。「英語プロフェッショナル」「グローバル・ビジネス」「国際教養」の学習分野が設定され、目指すのは経済学・政治学・法学等の社会科学に基づく客観的な考え方と英語力を併せ持ち、判断力や交渉力を発揮できる人材の育成だ。

 同学部では3年次に原則全員が英語で専門分野を学ぶ「専門留学」を行うが、それに向けて1・2年次には米国ノーステキサス大学の教員を招聘して行うSuper IES プログラムが準備されている。2017年4月に刷新された英語教育プログラムだ。この「関西外大&ノーステキサス大学IESプログラム」を通して徹底的に英語運用能力を身につけ、さらに内容重視アプローチ(Content-based approach)によって留学後に履修する分野の知識も獲得することができるつくりになっている(図表1)。

図表1 英語キャリア学部における4年間の学び

 英語でビジネスやリベラルアーツを学べる学生に育てるため、入試においても工夫がなされている。2018年度からS方式と呼ぶ、「外国語」と「英語の資格・検定試験」(加点方式、最大20点)を組み合せた新たな入試が導入された。「外国語」試験では社会科学的思考を問う問題が英語で出され、論理的思考力がないと英語力だけでは解けない試験にしているそうだ。そんな難関試験をくぐり抜けた学生の歩留率は高く、進学後は積極的に海外に出て仕事ができる人材に育っていると谷本学長は語る。留学中に就職を決めてきてしまうような「尖った学生」も出てきているというから頼もしい限りだ。

 次に外国語学部。学生規模7000名を擁する最大規模の老舗学部だ。英米語学科は国際関係、国際文化、言語の3コースで構成され、英語に加えて内容重視アプローチ(Content-based approach)でリベラルアーツもしっかり学ぶことが可能だ。専門科目としてビジネス系の「経営学」「ホスピタリティ」「ホテル・ビジネス」「エアポート・ビジネス」等も提供されている。

 外国語学部では、2018年に「サービス・ホスピタリティ業界のリーダー育成プログラム」を立ち上げ、管理職として働けるホテルマンの育成も開始した。海外留学中には専門教育とあわせて必修のインターンシップを経験することで、対人能力(サバイバル能力)を身につけ、新しい分野を切り拓いていける人材を育成していくという。

 3つ目の英語国際学部は、2014年に国際言語学部が改組されて誕生した学部。1年次に英語と中国語を徹底的に学習し、2年次には原則全員が1学期ずつ英語と中国語の語学留学をするのが特徴だ。その後3年次・4年次には経済学・経営学の概論・各論を学ぶ。英語国際学部の目標は、中級レベルの英語と中国語を駆使できる分厚いミドル層のビジネスパーソン育成だ。

 関西外大はこれからの日本社会に必要とされる人材を切り分け、3つの学部の人材目標や教育に反映しつつ育成しているのである。

学生の送り出しと受け入れを手厚く支援

 このように見てくれば、関西外大の学びの主軸に「留学」が位置づいていることは明らかだ。しかもそのための支援や環境整備は極めて手厚い。その結果、関西外大は毎年1800名ほどの学生を海外に送り出す一方、逆に海外から北米やヨーロッパを中心に620名ほどの留学生を受け入れている。それを可能にしているのが海外大学との交換留学協定だ。

 谷本学長は、これまで長い時間をかけて海外大学との協定締結を進めてきたという。原点となったのは米国アーカンソー大学との交換留学だ。開学間もない1960年代末に始まった。その後も着実に協定数を増やし、2019年2月現在で55カ国384校に上る。今や全国トップレベルの規模だ。ここまで協定校を増やしてきたのは、できる限り多くの学生を一カ所に集中させることなく少人数ずつ協定校に送り出すためであり、同様に、多様な国・地域から少人数ずつ留学生を受け入れることで学内にダイバーシティを確保することを目指してきたからだと学長はいう。

 もちろん、単に協定校数が多ければいいというものではない。肝心なのは協定関係を形骸化させず、しっかり稼働させることだ。交換留学を活性化させるため、関西外大はしっかりと手を打ってきた。その一つが、日本人学生を送り出すための給付型奨学金の整備だ。どの学部の学生も、言語とリベラルアーツについて一定程度の学習成果を出せば、海外大学での学費・食費・住居費を全て大学が負担する給付型の留学奨学金システム(フルスカラシップ)を整備している。

 もう一つは、外国人留学生を受け入れるために、グローバルな水準で質保証されたカリキュラムや学習環境を提供することだ。留学生にとって、日本の大学で学んだ科目を帰国後に単位互換できることは交換留学の重要なインセンティブになる。

 その意味で、2018年に「関西外大流グローバル人材育成プログラム」がスタートしたことは注目に値する。特徴は、「アジア」に照準したAll Englishのリベラルアーツ教育という点だ。北米大学のナンバリングで言えば300番台(中級レベル)に相当する60科目(1科目4単位)ほどが提供され、例えば、Asian Religion and Philosophy、History inAsia、Anthropological Approaches to Cultural Issues、Japanese Lawといった講義科目が開設されている。授業を担当するのは各国出身の教員達だ。40カ国300〜400名の留学生向けに英語による10〜30名の少人数リベラルアーツ教育が行われ、そこには、英語能力や学内成績の点で審査を通過した日本人学生が交じって共に学ぶ。グローバルで多様性ある学習環境や、京都・大阪・奈良という豊かな歴史的教材の宝庫が揃い、世界から留学生を惹きつけることに成功している。今後、同プログラムはリベラルアーツ化を強める関西外大の顔になっていくに違いない。

グローバルタウンが育む多文化共生

 大学の国際化にとって、留学は極めて有効な手段だが、これだけ人の国際移動が進んだ現在、ただ海外に行けばいいというわけではなくなってきている。むしろ、観光客誘致や移民受け入れの政策が推進される昨今、外国人のインバウンドが日本社会にもたらす多文化共生の課題が身近な問題として顕在化しつつある。

 そんな変化に着目すると、関西外大の国際化戦略も次のフェーズに入ったことが理解できる。その象徴は、2018年4月、創立70周年記念事業の一環として「御殿山キャンパス・グローバルタウン」が開学したことだ。新キャンパスはメインの中宮キャンパスから西に400m、歩いて10分ほどのところに位置している。

写真 YUI が創出する多文化空間

 グローバルタウンという名称が示すとおり、新キャンパスは単に学ぶだけの場として設計されたわけではない。世界各国から集まった留学生とともに「学」「食」「住」を共に実現できる「街」となることが目指されている。街は5つのエリアに分けられて学びや生活の場を演出しているが、その中核をなすのは、約650人が生活を共にできる多文化共生空間「GLOBAL COMMONS 結–YUI-」だ(写真)。

 YUIは単なる寮ではない。Diversity(多様性)、Experiential Learning(体験型学習)、Accountability(自己管理力と責任)、Global Community(グローバルコミュニティ)の4つのコンセプトからなり、日本人と外国人留学生が共に生活しながら実践的に多様性を学んでいく空間だ(図表2)。27セクションに分けられた各ユニットにリビング、キッチン、ダイニング、シャワールームが設置され、レジデントアシスタント(RA)が統括・支援する形で運営されている。1ユニット23または27室の個室に居住する多様な背景を有する学生たちが、
共同生活を通してお互いの歴史・文化を学ぶという格好だ。

図表2 YUI のコンセプト

 そもそも、新キャンパス開学は英語国際学部が置かれていた学研都市キャンパスの移転が契機だった。ただ、普通のキャンパス移転では面白くない。いっそのこと、キャンパスを街に見立て、多様な人々が集い交流するグローバルなタウンにしてしまえば、学生は居ながらに多様性を学べるのではないか。そう思い至ったと谷本学長は振り返る。目指したのは関西外大の中に「世界の縮図」を再現すること。そんな取り組みは、「内なる国際化」が切実な課題になりつつある日本社会にとっても重要な意味を持つのではないかと学長は述べる。

 御殿山キャンパス・グローバルタウンは昨年4月にオープンしたばかりで、その教育的効果はまだ十分には読み切れないところがある。ただ、谷本学長は、学内での日常的な多文化経験がインセンティブとなって海外に出たいと思う学生が増えてくれることに期待をかける。

 関西外大は大学の国際化については老舗でその実績もある。実際、関西外大のカリキュラムはここ何年かで留学仕様を強める一方、正課外でも徹底した国際化が進む。国際化が組織の一部にとどまる「出島化」に苦戦する大学が少なくない中、これほど国際化を全面展開できる大学の存在は貴重だ。日本の大学国際化の方向性を占う試金石の一つと捉えたい。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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