学ぶ姿勢作りから自己実現までをサポートする「東邦STEP」/愛知東邦大学
大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学に留まらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあるといえるだろう。
この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長および改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索する中、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。
今回は、自校の学生の現状を踏まえた「東邦STEP」が成果を上げ始めている愛知東邦大学で、榊 直樹学長と松井慶太氏(入試広報課 課長補佐)にお話をうかがった。
愛知東邦大学が経営学部地域ビジネス学科の単科で開学したのは2001年(当時の名称は東邦学園大学)。1923年に東邦商業学校(現・東邦高等学校)、1965年に東邦学園短期大学商経科を作った経緯を引き継ぎつつ、4年制大学としてのスタートを切った。
学園の創設者を曽祖父に持つ榊学長は、人材育成の方針を「学生個々がいかに自信や強みを身につける4年間にできるか」だと語る。「2001年開設の経営学部、2007年開設の人間健康学部(当時の人間学部)、2014年開設の教育学部の3分野において、就職決定に留まらず、社会でも学び続け、活躍する人材を輩出したい」。現在は3学部4学科で定員350名の規模になっている。
課題は教育の“育”の部分
開学当初こそ当時の定員200人を超す学生を集めたが、榊学長が常務理事として来た2006年頃には、人数の減少に加えて質的な低下も目立っていた。榊学長の目には「学ぶ意欲があるだろうか、というような学生」と映り、「将来への強い希望や意欲を持っている人たちばかりではない」との実感を抱いたという。
「18年間、あるいは小学校からの12年間、経済的に難しい状況や、それに伴う家庭環境から、自分が生きていく目標・価値・生きがい等を感じたり考えたりできてこなかった。それを基本に立ち返ってやろう、と。
全体としてやはり教育の“育”、育むのほうに力を入れていかなければならない。これは相当エネルギーがいることですし、学生一人ひとりを人間として敬意を持って丁寧に見る姿勢、心根がないとできないと思ってきました」(榊学長)。
就職合宿~東邦STEP
こうした危機感の中の様々な取り組みの1つが、3年生の2月に1泊2日で行う「就職合宿」だ。希望者のみ・有料だったものを、2009年度の文部科学省「大学生の就業力育成支援事業」採択を機に、全学化・無料化した。
主な内容は、企業の人事担当者を招いての模擬面接だ。自分の強みを発見し、それを伝えるトレーニングであると同時に、他の学生を見て自身の現在位置を確認することで「自分の物差し」を持つことを目的としている。
榊学長が「1泊2日にしては不思議なくらい、格段に意識は変わる」と評価する就職合宿に加え、そこまでの3年あまりをどう過ごすかという観点で2015年度に始まったのが「東邦STEP」公務員コースだ。2017年度には教員コースも追加された。
東邦STEP運営委員会の副委員長である松井慶太氏(入試広報課 課長補佐)は、「実は自分も本学が母校ですが、しっかり努力した高校生活を過ごしていれば、ここに入学していなかったと思います」と苦笑まじりに語る。「東邦STEPは、学生がかつての私のように、色々な意味で『事足りない』、という前提に立っています」。
目標に対して逆算して行動できない、言い換えると自己管理能力が乏しい。やらされないとできないし、しかもメニューを消化するだけという姿勢。無目標・無意識で、基本的に頑張る気がない。これでは卒業後も社会で活躍するのは難しいのではないか。こうした学生に対する課題認識が東邦STEPの出発点となった。
社会で活躍する人材のベーシックスキルとして、『目標に向かって努力しようとする姿勢』『目標に向かって行動できる習慣』という2つのコンピテンシーを設定。それを身につけるプロセスを松井氏は、「うたい文句は『勉強の部活』」とし、野球部の「部活」を例に説明する。
「野球部は『目標』が甲子園で、その『勝負』は最後の公式戦です。最後の公式戦のために『能力確認』として練習試合が組まれ、『日々の活動』として練習がある。これを勉強に応用すると、『目標』は公務員・教員採用試験の合格。『勝負』は採用試験で、甲子園への公式戦と同じく一回勝負です。練習試合にあたるのが資格挑戦。1年次9月にFP3級、1月に2級やその後の定期的な模試に挑戦させるのが『確認』で、『行動』は採用試験対策講座や講座外活動です」。
部活のたとえをさらに続けると、東邦STEP顧問の松井氏は監督、採用試験対策に知見を持つ専門学校TACの講師はコーチにあたる。
採用試験対策の予備校との違いはまず、上位概念として2つのコンピテンシーがあること。もう1つは、1年次から3年間にわたって取り組むことだ。「予備校の多くは3年次の1年間ですが、うちの学生の場合、いきなり予備校に行っても、講義に集中できなかったり、寝てしまったりするでしょう」(松井氏)。だからまず1年次で学ぶ「姿勢」を、2年次で意識的に頑張らなくても自然に取り組める「習慣」を作るのだという。そのため、1年次の9月には、講座外活動として1泊2日の合宿形式でのチームビルディングも実施している。「誰かに言われてやるのではなく、自分で課して、自分でできた、そういう好循環に持っていく」との意図で、学生たちにPDCAサイクルを示し、自分で回す姿勢作りをしているのだと、榊学長は語る。
東邦STEPのもう1つの特色が、課外活動にも拘わらず、「放課後」ではなく正課の時間内に行うことだ。2019年度は毎週水曜日の4限めと5限めに設定されることになっている。一部の職員ではなく、教職員が全学的に取り組む象徴として「月曜から金曜までの、1限から5限」は重要なポイントなのだ。各学部はもちろんのこと、教務課、学生・キャリア支援課、学術情報課など東邦STEP運営への協力は多岐にわたる。
教職協働の効果を高める役割分担
時間割の調整は最大の教職協働といえるが、その一方で東邦STEPは、企画・運営ともに職員が主体で、教員が具体的に学生を指導することはほとんどない。
「東邦STEPを含め、プログラムを一緒にやることだけが教職協働ではない」と松井氏は言う。「教員コースでいえば、学部ではいい教員を育てることに注力し、採用試験対策はこちらで預かる。相乗効果で学生により大きな変化を与えられるのが本当の連携だと思います」。
ここには職員と教員の、お互いへの期待と信頼が垣間見える。榊学長は学長・理事長の立場での思いを「レベルも手法も、上場のいわゆる一流企業を目指す学生がたくさんいるような大学とは違った、我々なりのやり方で、入学してくれる学生に見合ったことをする必要があると思いました。次に思ったのは、それには教員だけではダメで、職員の力が必要だ、ということでした。職員の学生に対する志の高さは、本学の大きな力になっています」と話す。一方、松井氏も、「東邦STEPという企画の成立だけを考えれば教員に協力してもらわなくても成立したと思います。でも、教職が役割は異なれど手を取り合うほうがいい成果につながると考えました」と言う。
教職の関係は良好とはいえ、東邦STEP導入時には困難もあった。予備校が関わることや正課活動との混在への懸念には、時間をかけて丁寧な説明を重ねたという。それでも学部の反対が一部覆せず、教員コースを断念して、公務員コースのみで始めることとなった。
榊学長は、東邦STEPに対する教員の意識の変化を「最初経営学部以外は参加しないということでしたが、最近はその他学部もぜひ学生を参加させたいというようになっています」と説明する。
「東邦STEPの受講生たちが真摯で非常にいい手本なので、他の学生から見える場所で勉強させたい、そのために特別にガラス張りの部屋を作ってほしいと言った教員がいます。また、東邦STEPとの関わりの少ない教員が1年生に東邦STEPを勧めたという例も聞いています」(榊学長)。
成果と課題
甲子園が目標の野球部の場合、甲子園に出たかどうかは成果指標から外せない。これを「勉強の部活」に置き換えるとすると、成果指標は採用試験合格者数になる。東邦STEP1期生の現4年生は6名。そのうち公務員採用は消防の1名で、残り5名は一般企業に内定を得たものの、公務員は採用に至らなかった。
この数字だけでは、成果は小さく見える。しかし、東邦STEPの意義等が受講生以外にも広まってプラスの影響があり、各分野合計で全学から15名の公務員採用試験合格者を出した。これは2001 年の開学以来最多だという。「これまで安定的に輩出することができなかった公立保育士の採用試験でも、初めて1年間に4人合格しました。そんな成果を目の当たりにして、全学的に意識が高まっています」(榊学長)。
松井氏は、受験時・入学前セミナーで取るアンケート等で「東邦STEP」の具体名が挙がり、入学動機になっていることも大きな成果だと指摘する。
東邦STEPの受講者数も順調に伸びている。2018年度は入学者402名の約17%にあたる69名で、「入学者の20%」としてきた目標に近づいてきた。この間の実績が何もない中で受講者数が伸びている現実は、示している方向性への共感といえる。現在の課題は、まず「完走率」だ。1期生である2015年度入学生は、22名のうち今年4年次まで受講を続けたのは6名。松井氏は「1年生は合宿も含めて講座外活動がしっかり組めているが、2年生、3年生はやや手薄」と分析する。対策として、アセスメントテストによる成長の可視化や公務員の仕事への意識を高める被災地支援ボランティア等、講座外活動の充実を考えているという。
しかし実は、離脱理由で一番多いのは「目標が見つかって、公務員(教員)を目指さなくなった」というものだ。「初めの目標は公務員・教員採用試験合格でも、その上位概念にあたるコンピテンシーを強化していくと、自立して違う目標を見つける学生が増えてくるのです」(松井氏)。これは防ぐべき脱落ではなく、むしろ成果ともいえる。だから松井氏は「もちろんそうした学生の背中も押します」と言う。
目標を自分で決め、努力する学生を
愛知東邦大学は2018年度、「オンリーワンを、一人に、ひとつ。」というコンセプトフレーズを打ち出した。榊学長はその意図を次のように語る。
「これからの時代、偏差値とか学歴とか、そんな一つの物差しや過去形に頼っていては、刻々変化する社会で活躍できない。自分自身も充実した生活を送るには、小目標も大目標も自分の意思で設定し、それに向けて努力する姿勢を持ち、行動を習慣化して、目標を達成していく生き方に変えていかなければなりません。本学の4年間で自信や強みを身につけることに我々教職員が向き合っていく誓いとして掲げた『オンリーワンを、一人に、ひとつ。』。最も大事な私たちのスタンスだと言っています」。
(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)