食を取り巻く社会経済環境の変化を捉えたフード・マネジメント学科の創設/中村学園大学

中村学園大学キャンパス


 中村学園大学は、福岡市に立地する栄養科学部、教育学部、流通科学部と短期大学部の4学部からなる在籍学生数約4200人の男女共学の大学である。四年制大学に3学部4学科、短期大学部に3学科(食物栄養学科・キャリア開発学科・幼児保育学科)を有する。学園祖である中村ハル(1884-1971)により1954年に設置された福岡高等栄養学校を淵源に持ち、2014年に短期大学部が創設60周年、2015年に大学が創設50周年を迎えた伝統ある私立大学である。建学の精神の一つとして、教育研究の基本に「理論と実践の統合を図り、学問と生活の統合を重んじ、教育と研究に努める」ことを位置付けている。1965年に設置された四年制大学は、家政学部(2002年に栄養科学部栄養科学科に改組)から始まり、2000年に流通科学部流通科学科、2002年に人間発達学部人間発達学科(2011年に教育学部児童幼児教育学科に改組)を設置し、栄養・教育・ビジネスについて教育研究する大学として発展してきた。さらに、2017年4月に、栄養科学部に日本初となるフード・マネジメント学科を設置し、新たな領域を切り拓いている。今回、フード・マネジメント学科創設の背景やその特徴について、甲斐諭学長にお話をうかがった。

栄養科学と食に関するビジネスの両方が分かる人材を育成

 福岡市には、福岡大学、西南学院大学、九州産業大学、九州大学という、学生数が8000人から2万人の大規模大学が複数あり、中村学園大学は、それらの大学に囲まれた場所に位置する。大規模大学との学生募集競争の中で、同大学は、短期大学・学部教育・大学院をそれぞれ、栄養・教育・ビジネスという3つの系統の領域で構成することで、理系・人文系・社会科学系を持つ「ミニ総合大学」として教育研究体制を構成してきた。大学としては、1958年の中村栄養短期大学からスタートし、1965年に四年制大学を開設してから2000年まで家政学部の単科大学であったこと、また、現在の学部構成の特徴から女子大学としてイメージされやすいが、創設時から男女共学であり、学生の2割は男子学生である。2017年に新設したフード・マネジメント学科は、同大学が総合大学としてさらなる発展を図る中で、短期大学部の入学定員を100名削減し、入学定員100名の新学科として設置されたものである。

甲斐諭学長

 甲斐学長は、フード・マネジメント学科創設の背景について、「これまで、栄養科学では、台所に入ってきたものをどのように調理するか、それを食べたら人間にどのような影響があるのかを中心に扱ってきた。日本中・世界中から、食材をどのように調達していくのか、どのように食料の自給率を高めるか、つまり、どのようにして台所まで食品を持ち込むか、ということはあまり扱ってこなかった。しかし、現在の日本では、飲食料の最終消費額が76兆円にのぼる中で、食材を調理して食べる生鮮品等が占める割合は約15%。最終消費額の50%は加工品、35%は外食になっている。そこで、食品の加工や外食、流通について扱う学科を構想した。調理だけでなく、加工品についても知らなければならないし、そのことを無視しては食がブラックボックス化してしまう状況にある。そのことを研究し、人材を送り出していくことが重要になっていると考えた。また、日本の産業構造では、第一次産業である農林水産業はGDPの1%しかないが、食の流通は、アグリビジネスや食料関連産業としてGDPの10%を占める。食産業はサービス産業化している。そこには、就職先もある」と話す。フード・マネジメント学科は、日本社会の食生活や食を取り巻く社会経済環境が変化する中で、伝統的な栄養科学とは異なる観点から食をテーマとする教育研究の必要性を背景にして作られたのである。そして、この「フード・マネジメント」の名称は、高校生への調査をもとに決めたものであり、食産業やフードビジネス等の候補の中で、高校生に最も人気のあった名前が採用されたという。日本初の学科名称は、変化する社会のニーズへの対応と進学者のニーズが重ね合わさった名称なのである。

 フード・マネジメント学科は、「栄養科学の知識・技術を基盤として、食品の研究・開発・製造に関する食科学をグローバルな視点から国内外のビジネスにつなげる高度な専門性と実践力を備え、食産業で活躍できる人材」の養成を教育目標とし、栄養学・食品ビジネス学・食品学等文理融合の教育課程として、栄養科学と食に関するビジネスの両方が分かる人材を育成するための教育を行っている(図1)。教員も文系・理系の教員によって構成されており、食品化学や経営学、食文化等様々な分野を専門とする教員が混在している。そして、教育の大きな特徴として、産業界との連携を進めており、30を超える企業・団体の協力を得ている。具体的には、1年次の「食品ビジネス戦略論」では、食品製造業、食品流通業、外食産業等の九州地域の食品ビジネスの企業からゲストティーチャーとして講師を招いており、食産業の第一線のプロによる講義を通じて、フードビジネスの現場や課題を実践から学んでいる。さらに、これらの企業・団体には、工場見学やインターンシップ等での協力も得ており、実践的な教育を取り入れているのである。実際に学生は、既に、様々な地域や企業と連携してプロジェクトを企画、商品開発等を体験しているという。

図1 「フード・マネジメント学科」で学べる学問

資格取得で専門人材を養成

 そして、実践的な教育が重視されているもう一つの側面として、学生が、様々な資格が取得できるようにしていることが挙げられる。食品衛生監視員資格や食品衛生管理者資格(いずれも任用資格)が得られ、フードスペシャリスト資格、専門フードスペシャリスト資格の受験資格を得られるようにしている。さらに、姉妹校の中村調理製菓専門学校とのダブルスクールによって調理師免許の取得もできるようにしたうえで一部の科目免除や学費補助によってその資格取得をサポートしている。また、学生にはHACCP管理者資格の取得も勧めている。HACCP(ハサップ:Hazard Analysis Critical Control Point)とは、1960年代に米国で宇宙食の安全性を確保するために開発された食品の衛生管理の方式であり、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握したうえで、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去または低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法である。この手法は、国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (コーデックス) 委員会から発表され、各国にその採用を推奨している国際的に認められたものであり、わが国では、2018年6月の食品衛生法改正において、今後、原則として、全ての食品等事業者がHACCPに沿った衛生管理に取り組むこととされた(この法改正は3年以内に施行されることになっている)。そのため、HACCP管理者資格を得ることは、食品産業への就職の際に有利になるだけでなく、就職後にも役に立つためである。これらの教育方針から、フード・マネジメント学科が、食品産業の中で専門的な知識を実践に活用できる人材の育成に取り組んでいることが分かる。

「就職のナカムラ」と高い志願率

 このような専門職として実践的な学科の新設は、中村学園大学の伝統に根付いたものである。それは、建学の精神として、「理論と実践の統合を図り、学問と生活の統合を重んじ」ることが重視されてきたことを背景に、管理栄養士や教員採用において高い実績を有してきたことにも表れている。具体的には、フード・マネジメント学科とともに栄養科学部を構成する栄養科学科では、西日本1位・全国2位の管理栄養士国家試験の合格者数(2018年度実績)を誇る。2018年3月卒業生では、223人全員が受験し、221名が合格しており、合格率は99.1%であった(管理栄養士養成課程の新卒者全体の合格率は95.1%)。卒業生全員が必ずしも管理栄養士になる学生ばかりではないにも拘らず、同大学では管理栄養士試験の全員受験を課しており、そのうえでの高い合格率であることは特筆に値するだろう。また、教育学部では、平成31年度小学校教員採用試験の受験者現役合格者が71名(現役受験者数107名中、延べ74名合格)であり、その合格率も高い。さらに、就職状況を見ると、2018年3月卒業生の大学全体での就職決定率は99.3%(就職希望者数683名)であり、高い就職率を誇っている。甲斐学長は、これらの高い成果の背景として、「高いレベルの良い教育を行っていること」「一人ひとりの学生を大切にしていること」の2つを挙げる。

 前者の「高いレベルの良い教育を行っていること」は、良い研究に裏打ちされた良い教育をすることを重視しており、そのために、毎年、教員の教育研究業績について評価を行い、研究を推奨していることにあるという。国家資格試験に合格するためだけの教育だけでなく、研究に基づいた高いレベルの教育を提供している。このような教育の成果は、文部科学省による「トビタテ!留学JAPAN」において、これまで8名の学生が選ばれており、2019年には、その留学成果報告会において最優秀賞を受ける学生を輩出したことにも表れている。後者の「一人ひとりの学生を大切にしていること」は、3年次から全ての学生をゼミに配属することで、一人ひとりを指導する体制をとっていること、さらに、管理栄養士試験に対しては、栄養科学科において、教員を配置した管理栄養士国家試験対策室を設置し、さらに管理栄養士国家試験対策委員会を設置して、組織的な対策を行うとともに、専任教員・助手によって、一人ひとりの学生に対して、個人指導を含めたきめ細かいフォローが行われていることが挙げられる。また、教員採用試験に対しても同様に、教育学部において教職課程委員会を中心に組織的な対策と、個人指導が行われている。組織的な取り組みとして、一人ひとりの学生を大切にする指導が行われているのである。このような一人ひとりを大切にする指導は、日常の学習指導として設置されているラーニングサポートセンターによる学習支援にも反映されている。ラーニングサポートセンターでは、高校教員経験者や中村学園の系列高校の教員によって、個々の学生の学習を高めている。特に、文理混合の学科であるフード・マネジメント学科では、高校まで文系であった学生が理系の授業科目に対する苦手意識を克服するために、ラーニングサポートセンターの役割は大きいという。「大きな大学に挟まれている立地の中で生き残るのは、一人ひとりの学生を大切にすることしかない」と甲斐学長はその重要性を強調する。

 このような高い教育成果や学生の就職実績から、甲斐学長は、「『食のナカムラ、教育のナカムラ、就職のナカムラ』ということが広く浸透しており、高校の先生方がそのことを理解してくれている」と話す。そして、そのような高校からの評価は、志願倍率の高さに表れている。2019年度の入学試験では、3学部4学科全体で740人の入学定員に対して、のべ3555名の志願者があり、各学科共に、定員を大きく上回る志願者を集めた。推薦入試等を除いた試験入学選考の志願率をみると、大学全体で5.6倍、各学科は3.5~7.3倍の倍率を有しており、各学科共に高い人気を維持している。なお、学生の出身地は、福岡県が中心であるが、九州全域から集まっているという。この背景には、学生のUターン就職においても就職率が高く、2018年3月卒業生のUターン就職決定率は、94.3%となっている(Uターン希望者141名中133名)ことが挙げられる。九州という地域でしっかりと評価されているのである。そして、図2からは、2017年のフード・マネジメント学科の創設により、志願者数が増加していることが分かる。新学科は、学生募集に成功していると言えるだろう。

図2 志願者数の推移

九州という立地の強みを生かしたさらなる産学連携

 甲斐学長は、「新しい学科は、今までのところ、必要な修正をしながらうまくいっている」と話す。そして、「時代が変わる中で、今後も必要な修正をしながら進めていく」と、時代の変化に柔軟に対応していくことを見通している。同大学では、法人において3年おきに中期総合計画を策定しており(現在、第7期中期総合計画の1年目)、その中で様々な観点から目標・方法・成果をどのように実現していくかを検討している。計画的に運営しながら、柔軟に見直していく体制ができているのである。

 フード・マネジメント学科については、今後、学生が3年次、4年次となり、就職活動の時期を迎えるにあたって、九州地域での就職先だけでなく、関西や東京に送り出していくことも視野に入れているという。そのために、産業界での認知度を高め、企業との連携したインターンシップや研修を関西や関東に拡張していくことを検討している。栄養や調理の研究者を有する大学として、全国的な大手食品企業からの研究開発の提携の打診もあり、それらを生かしていくことを想定している。九州は、人口規模では日本の10%であるが食料生産では20%を占めていることから、その原材料調達をも視野に入れて、食の専門家を有する中村学園大学に大手食品企業が提携を求めているためである。九州という立地の強みがそこにあり、それはまさに、原料調達から研究開発に至るフード・マネジメントの産学連携であると言えるだろう。

 中村学園大学が新たに設置した「フード・マネジメント学科」は、日本社会の食生活の変化の中で、新たに求められている食の専門的知識を有する人材を育成しようとするものである。実践を重視する建学の精神と50年以上の栄養科学の伝統を背景に持つものであり、このような日本初の学科を中村学園大学が創設したことは偶然ではないだろう。今後、完成年度を迎える中で、卒業生が社会で活躍し、さらなる産学連携が進むことで、同大学の取り組みは、九州地域を超えてさらに広く社会から注目されるようになるのではないだろうか。今後の展開が注目される。

(白川優治 千葉大学国際教養学部准教授)



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