大分全域を学びのフィールドとした「人間力教育」を推進/日本文理大学

日本文理大学キャンパス


菅 貞淑 理事長・学長

 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあると言えるだろう。

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索するなか、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、「人間力」を教育理念の1つに掲げ、その育成に取り組む日本文理大学で、菅貞淑理事長・学長(以下、菅学長)と吉村充功教授(学長室長)、高見大介人間力育成センター長にお話をうかがった。

建学の精神は「産学一致」

 日本文理大学の改称前の名称は大分工業大学。その名の通り工学部のみで1967年に開学した。それは地元自治体・地元産業界のニーズに応えるものだったと菅学長は語る。「大分県が戦後、工場誘致等を行って重厚長大産業の成長を目指しましたが、当時、県内には工業系の人材を育成する大学が一切なかった。それで県の要請もあって工業大学を作ったのです」。

 この創立経緯を反映し、建学の精神は「産学一致」だ。菅学長は「産学共同ではなく、一致です。産業界と同じ視点に立つ。つまり、想いや行動をともにその時代のニーズに応え、未来を創造できる優れた人材を育成する」と強調する。

 1982年度に現名称「日本文理大学」に改称し、開学ニーズだった「工業」の文字は消えたが、「産学一致」の理念は何ら変わっていない。それは、同時に新設したのが商経学部(現・経営経済学部)であることにも表れている。

折れない人間を育む「人間力」育成

 菅学長が学校法人文理学園の経営に加わった1992年当時、喫緊の課題は少子化に伴う学生数の減少だった。私立大学の場合、これは経営危機に直結しかねない。教学改革を打ち出したのは、財務整理にいちおうの区切りがつき、副理事長になった2000年頃からだ。2002年度には工学部を改組して情報メディア学科を開設した。続いて、2007年の創立40周年に向けて、教育理念の整理・再編に着手。その過程で出てきたのが「人間力」育成だ。

 「学生を見ていると、ある意味功利的であると同時にとても繊細であるように感じました。高校時代に引かれていた思考の基本的なガイドラインと、社会に出て道なき道を切り拓く応用的な思考と行動力を接続し、しなやかさを兼ね備えた人材を育成するために、何事も前向きに考え、諦めず、一歩前に踏み出すことができる人を育てる。そのために大学ができることは何なのかを議論しました」(菅学長)。

地域社会に出て行って五感で気づきを得る

 菅学長はまず、野球部、サッカー部等、団体スポーツの強化に乗り出した。先輩後輩、チームメイトという縦横の関係性の中で、コミュニケーション力が身につくという考えからだ。対象となった学生は人間力が鍛えられ、「就職も大成功」だったと菅学長は言う。

 次に始めたのは、学生を地域に送る試みだった。

 「比較的、間接体験が多いと言われる今の学生にとって、直接体験が必要であると考えました。昨今の少子化問題は異世代間の交流による学びの機会も減少させていると感じます。人格を形成する上で最も重要な社会体験の一つであるこの体験と、物事を断片的に捉えることのないように理解できる体験できるプログラムです。例えば森林という現場に行くと、植林はただ苗を持っていって植えれば育つとは限らないことが分かる。また、学内外の多様な仲間との協働によって感じる『五感を使った教育』では、現場で他者と共に汗を流し、手と足を使うことが、必要なのです」(菅学長)。

 さらに「職場見学」を、「特別な準備はいらない、ただ会社の様子を見させてほしい」と地元の企業に依頼して進めた。「私立大学である本学の理念に賛同して入学した学生は、私立ならではの特色ある教育を求めているとも言えると思います。自分が本当にやりたいことを見つける作業を、手間隙をかけてもしなければなりません。

 学生は感受性が強いですから、現場をわずかな時間見ただけで、職場の雰囲気や企業風土を感じることができると思いました」(菅学長)。

正課の授業と正課外プロジェクトの両輪で育成

 こうした取り組みを全学的な教育にするために、2007年、従来の教授会、評議会とは別に教職協働の「人間力育成プロジェクトチーム」を作った。後の学長室につながるプロジェクトチームだ。

「地域創生人材」育成のための学修サイクルとカリキュラムフロー

 正課の中では教員に理解を得やすい教養科目の再編から着手し、既に2003年から準正課で行われていたキャリア教育の必修化や、アクティブラーニング的なキャリア教育として学部協働型のワークショップを導入、必修科目とすることを提言。また、「企業課題挑戦型プログラム」も教養基礎科目として立ち上げた。

 企業課題挑戦型プログラムは、企業に課題を提示してもらい、半年かけて10名前後のチームで取り組み、最終的に企画を提案する授業科目だ。

 人間力育成プロジェクトチームのリーダーで、現在は学長室長を務める吉村充功教授は、プログラムの狙いをこう説明する。「例えばラーメンチェーンから新しいメニューの企画という課題を頂きましたが、農学部とか食品系とかの学生がメニュー開発をするということではないんです。単に実物を作るのではなく、思想とか、仕事に関わっていく姿勢とはどういうことかとかを、リアルに体験してほしい」。成果を「社会人基礎力育成グランプリ」に応募する流れも作った。

 「そういう教育改革を進めながら、私が理事長になった2007年、教育理念の1つとして正式に、人間力の育成を打ち出しました」(菅学長)。同じく2007年、再編した教育理念を支える教育機関として、人間力育成センターを設置した。学生が活動できる多目的ルームを拠点に、地域・企業の現場での正課外活動に行く枠組み。メンターとして学生をサポートするのが、センター教職員の重要な役割の1つだ。

 一方、企業課題挑戦型プログラムの試みは、2014年度に文部科学省の大学COC事業の採択を受け、専門教育科目に移行した。ただ、この深い取り組みを、全ての学生に提供するのは難しい。全体の底上げには、浅くとも広く実施できるものが必要だ。そのような全体底上げを担保するのが、2013年に全学必修化した職場見学だ。1年生は社会参画入門と社会参画実習1、2年生は社会参画応用と実習2、という2年間のキャリア教育・人間力育成プログラムがあり、その中で各学年最低2回の職場見学を行うこととなった。

 1年次前期の社会参画入門では、企業の現場を見せてもらい話を聞くというシンプルなもので、時間も半日と短いが、全員にとにかく地域企業を見せることが主眼だ。「2年目は事前に課題を準備して行く。3年次のインターンシップでは、言われて行くのではなく、自分にとっていいところを選ぶ形です」(菅学長)。

 現在は、広く浅くの社会参画科目群と、狭く深くのCOCとの両輪が定着している。これは正課内での「教養」と「専門」との両輪だが、「正課での授業」と、「正課外のプロジェクト」の2つもまた、パラレルとなっている。菅学長は「『教育の質』を問われるとき、正課の科目を指すことが多い。しかし、自由な時間を有意義に過ごすための『正課外プロジェクト』が主体性を引き出すものだと思います」と、正課外プロジェクトの意義を指摘する。

「パラレルキャリア」10年後の幸せを考える

 高見大介人間力育成センター長(工学部助教)は「我々教員は、学生たちの10年後の幸せを考えなければいけない」と痛感すると言う。

 「生きていくためにはカセギとツトメが必要。例えば、優良な企業に就職しても、『この仕事は誰でもできますよ、つまりあなたでなくてもできますよ』という仕事の振り方では、自己肯定感は育まれない。『君がいてよかった』とか、『自分は社会のここを担っている』という感覚を得るのは、企業だけだと難しい時代になってきたのではないでしょうか。10年20年と続く幸せのためには、例えば月曜日から金曜日まで企業で働き、週末は、地元の少年野球で教え、『個として必要とされる』という『パラレルキャリア』、カセギとツトメ、二足の草鞋を履く生き方が必要だと感じ始めました」(高見センター長)。正課と正課外とがパラレルであることは、「パラレルキャリア」を見据えたものでもあるというわけだ。

 「『カセギ』にあたるのは授業。もう一方で、『ツトメ』にあたる、社会において必要とされる存在になる経験を学生時代に送れば、社会人になった後も色々な形で自己肯定感を感じられるタイミングが出てくるだろうと思います。

 実際、正課の授業も正課外もパラレルで頑張った卒業生達が地域の活動に参加しています」(高見センター長)。

 菅学長は、最近ボランティアに若い人が集まる傾向と結び付けてこう言う。「今の学生は、何か人のため、社会のために役立ちたいと思っている。しかし、関わり方が分からない。だからこそ、教職員と共に地域に訪れ、様々な魅力や課題がある実態を見せるのです。活動をしてみると面白いじゃないか、と目の色が変わってくる。それが人間力になるのです」。

ものづくりと実体経済に貢献できる産学一致教育を

 取り組みの成果を「量(数)」と「質」で問うと、「数のほうは、志願者数がV字回復。学生のレベルアップも同時にできていると思います」(吉村教授)という明確な答えが返ってきた。

 「一番大きかったのはCOCで、学生が地域に行くことで地域や企業、高校生にも見てもらえます。こんなに成長しましたと数字で示す以上に、こんな学生になるんだ、と地域の中で見てもらうことのほうが効果がある。学生が出向く『地域』の多くは県内のため、県内の高校からの進学者増という成果にもつながっている。

 学生の成長に関していえば、自分の考えを持ち、それを伝えるコミュニケーションの力もついています」(吉村教授)。

 これからの課題は、「人間力」のその先だ。菅学長は、「我々にしかできない教育が地域での実践型教育を通した『人間力』育成ですが、2019年度から中長期計画の第3期に入り、その実現のために『先生方の専門研究を表に出した教育』を考えている」と言う。「本学は工学部と経営経済学部ですから、ものづくりと実体経済です。それは大学だけではできません。だから企業の皆さんも一緒に教育してくださいと。原点に還る『産学一致』です。この原点を変えてはいけないと思っています」(菅学長)。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


【印刷用記事】
大分全域を学びのフィールドとした「人間力教育」を推進/日本文理大学