大学の独自性を標榜する新学部開設/高崎健康福祉大学 農学部 生物生産学科

POINT
  • 1936年創設の須藤和洋裁女学院を前身とし、1966年群馬女子短期大学開設を経て、2001年に開学した大学
  • 「自利利他」を「健大精神」と掲げ、他人に貢献する喜びを自分の喜び・エネルギーにして自己を向上させることのできる人材育成を展開
  • 人間発達学部、健康福祉学部、保健医療学部、薬学部に加え、2019年農学部を新設

 高崎健康福祉大学(以下、健大)は、2019年4月に農学部を開設した。高崎キャンパスを訪ね、須藤賢一理事長・学長にその趣旨を伺った。

国家資格取得中心から研究領域確立へのパラダイムシフト

 今回の農学部開設は、前身である群馬女子短期大学時代からの迅速な改革の延長線上にあるという。1966年に開設した短大は、家政科や国文科といった女子教育を展開していたが、次第に少子化、女子の四大志向上昇といった時代の流れには逆らえず、募集が悪化。2001年には四大開設に当たり、一部の学科を大学に移管したうえで男女共学の短期大学部として残ったが、2008年に募集を停止した。一方の大学だが、当時の文部科学省の新増設政策は抑制傾向にあったところ、その例外だった福祉と情報の2分野を健康福祉学部に開設。現在も医療情報学科と社会福祉学科として教育を行っているが、苦しい時代もあったという。「健康診断データをデバイスに送って即座に診断を行うような世界が来ることを予見して健康情報に関する学科を立ち上げましたが、設置当時は健康医療領域と情報を掛け合わせるのは珍しかったようで、募集は苦戦しました」と須藤理事長・学長は話す。現在は医療領域に絞った医療情報学科として、診療情報管理士の資格取得を軸にした専門職育成を行っている。社会福祉学科も開設当時は人気だったが、介護領域の不人気に伴って募集は苦しくなった。しかし、当座の募集の是非よりも社会変化や将来ニーズを見据え、学部学科構成を判断しているという。特に、大学名が表すように、健康福祉領域の人材育成というドメインで勝負することは決めている。この観点から大学設置後、保健医療学部看護学科、理学療法学科、薬学部薬学科、人間発達学部子ども教育学科を立て続けに設置してきた。「21世紀社会のニーズに合った人材育成をする大学でありたい。少子高齢化やグローバリズム進展等から派生する社会課題から逃げない大学でありたい」と須藤理事長・学長は言う。

独自性ある大学創りのための農学部開設

 時代のニーズに応える学部学科創りが大前提だったとはいえ、見てきたように、これまでは医療・福祉・教育系統の資格取得を軸にした学部学科が中心で、資格取得率を向上させることが戦略上重要であったが、そこに須藤理事長・学長の課題感があった。「地方の新設校というと、学生募集と地域ニーズの両面から、医療系の学部学科ばかりになるケースは多い。しかし、大学は教育と研究両面を司る機関です。学生のキャリアにおいても業界での就業を考えても資格取得はもちろん大事ですが、一方で、大学らしい研究で社会貢献する道も模索したかったのです」。それがひいては大学の特色=独自性につながるのではないか。地方で生き残るために、地域の中で独自性のある大学への道筋として、選択したのが農学部開設だったという。

 群馬県は利根川水系の豊かな水資源と全国2位の日照時間の長さ等に支えられ、バラエティー豊かな野菜生産を中心に農業県としてのポテンシャルが高い。当然農業人材ニーズや研究ニーズも高いが、国公立を含め、農学部を持つ四大が存在しない。確固たる産業があるのに、その人材を育成する大学がないのである。また須藤理事長・学長自身も農学博士であり、農林水産省森林総合研究所での勤務経験やカナダでの研究活動等に裏打ちされた農学のプロである。大学としての研究の必要性、社会発信・社会貢献の必要性と、地域での人材育成ニーズ、経営者自身の思い等を総合して、農学部を選択したとも言えそうだ。健大では通常、こうした学園の管理・運営の方針や将来構想等については、学園の全体集会で理事長より告知されるという。

次代に合う新しい「農学」の確立へ

 須藤理事長・学長は言う。「日本の農業は就農者の高齢化や後継者不足等の深刻な問題に直面しています。その一方で、日本の和食が世界無形文化遺産となる等、日本の食に対する関心は非常に高い。農産物が高品質で安全性が高いことも高く評価されている。本学ではそうした課題の克服と国際優位性のブラッシュアップを両立させるため、農作物の高付加価値化・ブランド化を基盤に輸出を増進させ、就農者が誇りを持て、同時に所得が向上できるように、日本の農業の魅力を高めていきたいと考えています」。

 また、農学は民芸や祭り等、地域社会とも密接に関係する産業である。農業振興は地域振興にもつながる。地域の活性化に貢献し、地域産業を支える人材を育成し、農業従事者が自らを誇ることができる状態を創り出したい。こうしたビジョンを実現するために、どのような教育を展開していくのか。

 キーワードは「スマート農業」である。ロボットやICTをフル活用し、機械の力を借りながら、農業にかかる労力を減らし効率を上げるシステムを構築する。例えば水やりの必要から長期旅行ができないといった現在の就農環境を、AIやIoT技術を応用することで改善し、働きやすくする。広大な農地のケアにドローンを活用する。市場ニーズを取り入れた商品開発を行い、高付加価値化を目指す。食品の安全を管理し、その土地の独自性を活かした環境保全を行う。このように、農業生産のみならず環境整備や加工流通までに渡る広い視野を持ち、GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)のできる人材を育成していくという。

2年次から専門性で分かれる4コース

 カリキュラムの概念図を図に示した。1年次は共通教養を中心に学び、2年次からは専門性に応じた4コースに分かれる。

図 農学部カリキュラム概念図

 生命科学コースでは、生物生産・食品・健康の一連のサイクルを理解した上で、遺伝子工学、システム生物学等の最新技術を活用し、高付加価値な農作物を作出するための研究開発に携わる人材育成を担う。種苗関連企業や自治体、農協、研究機関等での技術研究員等への就職が想定されている。

 作物園芸システムコースでは、ICT等の先端技術を活用し、農作物生産過程の省力化や作物の高品質化等、スマート農業に係る研究開発・指導者の育成を行う。農協、農業生産法人、自治体等での指導的役割が期待される。

 フードサイエンスコースでは、食品加工や保蔵技術、機能性食品等、人々の健康に直結した研究開発・品質管理に携わる人材を育成する。食品開発や安全管理に関する就職が想定されている。

 アグリビジネスコースでは、生物生産・食品・健康の一連のサイクルを、経営学・経済学・社会学を用いてリード・サポートする人材の育成を担う。行政・農協・農業生産法人等での政策・企画・運営や農業コンサルタント等での活躍を想定している。


 取材を通して感じたのは、経営的な判断の的確さと、それを実現するための教職員の方々の不断の努力である。いかに県内ニーズが高かったとはいえ、農学部設立という一大事業をやり遂げるのは並大抵なことではなかったであろう。一期生の卒業タイミングに合わせて大学院の設置も構想されている。研究分野がどのように展開され、大学の独自性に昇華されるのかについても、引き続き注目される。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2019/7/11)